46.悪友




 ──夜闇の宙天に跳ね、蒼の死鎌デスサイズを手に取る。

 目標は言わずもがな。

 眼下でニヤついた笑みを浮かべている──眼帯死神グリム


「っ、らあああああああああぁぁぁぁ!」


「っ、ひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 大上段からのあたしの一閃。

 それをこの死神グリムは真っ向から受け止める。


「──っ、二挺……?」


 あたしが振り下ろした蒼刃。

 それを目前の死神グリムは──両手に顕現させた、髪と同じ紫苑色の死鎌デスサイズで受け止めていた。


「よーい、しょっと!」


 その草刈り鎌シックルサイズの死鎌デスサイズ(サイズだけに)を器用に操り、笑みを浮かべたままにあたしの死鎌デスサイズを捌いてみせる。

 あたしは後方に跳躍し、一旦距離を置いた。


「………………」


「あひゃ♡」


 ──今宵は新月。

 月明かりもない闇夜。

 遠くで春雷が轟き、あたし達を刹那の閃光が照らした。


「…………あんた、何者なにもん


 あたしは目前の死神グリム──紫苑の髪を揺らし、眼帯を着けた謎の女に誰何の声を投げる。

 そう。

 まさしくこいつは正体不明だ。

 何の目的があり何をした何処の誰なのか。

 一切合切わかっちゃいない。

 故に投げ掛けたその問いに──


「……………………ブッ」


 その死神グリムは、吹き出した。


「──ッッッッひゃあああああぁあぁああああぁぁっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 誰かって!? 何者かって!? んなもん一目瞭然明々白々っしょ! わかんない!? わっかんないかなぁ!? んー、知りたい!? 教えてほしい!? 仕方がないなぁ考えたらわかると思うんだけどなぁ!! ──怪人ヴィランですよ怪物モンスターですよ怪獣クリーチャーですよ! 愛と真実の悪を貫くラブリーチャーミーな敵役ですよ!!!!」


 呵々大笑。

 鄙陋極まりない下劣な笑い声をあげながら意味不明な台詞を並び立てる。


「あっ、呼び方は【狩り手ハンター】でいいよーん。シンプル・イズ・ベスト! よろしくねー♡」


 ニタリ。

 とした気色の悪い笑みに表情を変え。

 その死神グリムは──






「────ミ・ヤ・コ・ちゃん♡」






 ──言ってはならない名前を言った。


「………………」


 あたしの脳裏が真っ白になる。


「ん、ミぃぃぃぃぃぃ~~~~…………ャコちゃん。でしょ? でしょだしょでしょ? あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ──知ってるよ」


 ニヤニヤニヤニヤ。

 ヘラヘラヘラヘラ。

 しながら。

 目前の死神グリム──【狩り手ハンター】は続ける。


「とっ、とっととっと、とががとがとがとーが~~~~ミヤコちゃん! あっひゃあひゃひゃひゃ──あーえーてー、うれーーーしぃなぁ~~~~って」


 限界だった。


「っっっ、黙れや!!!!」


 グーパン。

 そのニヤけた面に、叩き込む。


「ぶッッッッ、ぎにゃああああああぁぁ、パがァ!」


 顔面にあたしの拳をモロにぶちこまれた【狩り手ハンター】は奇声をあげながら公園の敷地を跳ね回り──やがて止まる。


を呼んでいいのはこの世でたった一人──いや二人…………三人? だけだっ!」


「…………いや、結構いるじゃん。いいでしょ別におれが呼んでもさ。あっひゃっひゃ。あー痛」


 さして痛痒も感じていなさそうに【狩り手ハンター】は起き上がった。


「…………何であたしの名前を知ってる。イザナさんか?」


「マッカーサーまっさーかー。おれあの婆ァキライだしー。それに聞いたところで意味ないよ普通。──名前ってのは所詮は記号、ラベルに過ぎないワケだけど、おれ達死神グリムはちと違う。死神グリムは文字通りに。実体を持たない架空の存在ゆえに、一定以上の存在強度を得るには名前というよすがを必要とする」


「…………知ってるよそれぐらい」


 死神グリムの強大さというのは、つまりはどれだけ揺るぎない、具体的な自己同一性を得ているか、という事に尽きる。

 曖昧で、空漠たる存在──空白ブランクと呼ばれる死神グリム達には、だから名前もなければ記憶もない。

 いるかいないかもわからない。

 いてもいなくてもかわらない。

 本来死神グリムとはそういう、空虚な存在だ。

 だが──一定以上の存在強度、自己同一性を得た死神グリムには固有性が生まれる。

 それが死の抽象化、【死因デスペア】であり──そして死神グリムの単一記号、グリムコードである。


「グリムコード──死神グリムとしての名前を得た以上、存在に貼られたラベルが人間から死神グリムに変わり、生前の名前は本当に意味を為さなくなる。たとえそれを口にしたところで、そこにはもう意味も意義も意思も伴わない」


「そのとおーり。だからだから、おれが後からミヤコちゃんの名前を聞いたところで、それはもう意味不明で無価値な記号でしかないんだなー。…………けどまぁ【死に損ないデスペラード】であるミヤコちゃんには色々と例外、抜け道がある。例えば同じ、人間としての自分を喪いきっていない者──【死に損ないデスペラード】ならミヤコちゃんの名前を認識できるかもだねぇ。バグ技じみた方法だけども」


「ってことは──」


ってぇ? あひゃ♡ ざーんねんー、おれはただのしがない死神グリムでごぜーまーすよー。まぁ確証はないけど…………十中八九、今この世に現存する【死に損ないデスペラード】はミヤコちゃんと【刈り手リーパー】の二人だけだよー。【醜母グリムヒルド】の婆ぁだって万能ではあっても全能ってワケじゃないはずだし、そこまで反則技を連発出来ないでしょ──否、出来たとしてもやらないね。悪趣味ではあっても無粋じゃないし、あの婆ぁ」


「…………それは同感」


 【狩り手ハンター】の言い分をあたしは渋々認めた。


「ま、【死に損ないデスペラード】になれてたら確かに色々と楽しめてただろうし、羨ましく思っちゃうけどねぇ。人間だけじゃなく死神グリムも殺せるんでしょ? 殺して殺して狩り殺せるんでしょ? あー羨ましー」


「…………殺す、ね。それは死神グリムの台詞じゃないでしょうに」


「あ? 何それミヤコちゃんの意見じゃないでしょ、あの婆ぁの受け売りっしょ? ダメだよーそういうの。他人の意見をさも我が事のように吹聴するのは誉められたもんじゃないね」


「…………そりゃ失敬」


 言うことやること為すこと支離滅裂なくせして唐突に常識的な事も言う。

 つくづく意味不明だ、この女。

 捉え所が欠片もない。その有り様はまるで雲か霞か、曖昧模糊もここに極まれり。


「殺せばいいんだよ。死神グリムならね。ただだけとか勿体無いでしょ、というかつまんないっしょ? それじゃ死んでいく方も浮かばれないってもんよ──いい? おれ達死神グリムは人類が生み出した、自滅を回避する為の自浄機構。即ち、おれ達には至上の大義名分があるの。『世の為人の為』! 究極無二の絶対正義だよねー。だーかーらー、殺せるの。殺していいの。殺すべきなのー! これまでの歴史で数えきれない程繰り返してきた事をおれ達もやるべきなのさぁ!」


 尊大に、両手を拡げ。

 謳うように、高らかに醜悪なる死神グリムは宣言する。


死神おれたちは──悪意を以て死なせるべきだ。殺意を以て死なせるべきだ! そして大いに楽しもう、華々しく毒々しく面白可笑しく逝かせよう! それは全ての死神グリムに与えられた当然にして必然なる権利なんだから! だぁーって、だってだってだってだってだってだってだってだって! ──全ての死は、悪意と共に在るものなんだから。殺意を以て生まれるものなんだから」


 揺るぎなき確信を噛み締めながら。

 【狩り手ハンター】は言い放ってみせる。






「────






 ──見てて怖気の走る、不吉極まりない笑みを湛えて。


 紫苑死怨なりし死神は、高らかに宣誓した。


「…………反吐が出るね」


 あたしは率直な感想を吐露する。


「ちぇー、みんなそう言うんだよねー」


「当たり前だっつのこのウスラボケ──はぁーあ、期待して損した。いったい何者なんだー、なんて考えるまでもなかったわ。…………知性も品性も感性も欠落したボンクラ死神グリム。それがテメェだ。だよ、テメェは」


「あっひゃー♡ そんなに誉めないでよ照れちゃうなぁ。けー、どー。けどけどけどけど!」


 ゆ、ら、り。


 言いながら【狩り手ハンター】は、死鎌デスサイズを持った両の手を、まるで幽鬼のような掴み所のない姿勢で構える。


「そんなボンクラに、みーんな殺された♡ 笑っちゃうよねぇー。いやいや、ミヤコちゃんにも見せたげたかったなぁ──」


 底無しに賤しい笑みを浮かべながら。

 ──【狩り手ハンター】はあたしの地雷を踏み抜いた。


「──むすびちゃんの泣き顔、とかさぁ♡」


 ブチッ。






「──【狩りハンッッッッ、ター】ああああああぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!」


「あっひゃーーーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ミぃーヤっコちゃぁーん! ああぁそびぃぃましょおおぉぉぉ!」


 あたしは死鎌デスサイズで【狩り手ハンター】に斬りかかろうと──


 ──したところで、思うように動かない右手に気付いた。


「──あ?」


「あひゃっ♡ 神経毒ー♪」


 笑いながらに【狩り手ハンター】は両手に死鎌デスサイズを構え、あたしへと躍りかかってくる!

 あたしも即座に残る片腕で死鎌デスサイズを駆使し、同時に足に纏ったサムライブレードで真っ向から打ち合う。


「チッ…………これがあんたの【死因デスペア】か」


「ご明察ー。【毒死どくし】の【死因デスペア】でございまーす。…………んー、しかし今の流れでもう一撃くらい入れたかったんだけどなー。流石はミヤコちゃん♡」


 鍔競り合いながらも、【狩り手ハンター】能天気な態度を崩さない。


「けどー。正直そこまでよく利くとは思ってなかったかなー。おれの【死因デスペア】は対人間専用みたいなとこあるからさぁ。死神グリム相手には効き目はいまいちな筈なんだよねぇ」


 ニヤつきながら、【狩り手ハンター】はあたしの死鎌デスサイズを大きく弾いた。

 あたしは片手、相手は両手とはいえ──こうもあっさりとっ。


「──人間の自分なんか遺してるからだよ。あひゃ♡ 相性最悪って、ヤツだねええぇぇぇっ!!」


 身の丈程のあたしの死鎌デスサイズと、片手サイズの【狩り手ハンター】の死鎌デスサイズ

 どちらの方が取り回しが利くかなんて、考えるまでもなく。

 【狩り手ハンター】は体勢を崩したあたしの側面、使えない片手側から、容赦なく強襲する。

 

「あっ、ひゃああああああぁぁ!!」


「っ、ガっ──!」


 色の死鎌デスサイズが、更にあたしの身体を抉った。






 ──違う。


 相性とか。


 油断とか。


 そういうの、全部抜きにして。


 ふざけんなコイツ。


 コイツ…………


 コイツ。


 コイツっっっ!!!!






「あひゃーーーーひゃひゃひゃひゃひあひゃゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」






 めっっっっちゃくちゃ、強いっ…………!!!



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