43.唯卵




「っ、かポ」


 喉の奥から溢れ出るは鮮血。

 第十隊ダチュラ隊長、神前こうざき ぜんの投げ放った短剣型生装リヴァースは、あたしの喉元を正確に刺し貫いた。


「王手──からの」


 神前こうざきは大剣を振りかぶって叫ぶ。


「これで、だ──【冥月みょうげつ】」


 放たれる漆黒の弧月。

 致命傷を負ったあたしはなす術なくそれを喰らう──


「──ワゲに"っっっ、いぐがあ"あ"ああぁぁぁぁッッッ!!!!」


 瞬時に喉から刃を引き抜き、あたしは二速の速度でその姿勢のままに真後ろへ後退──間合いから脱出する。


「っ、しぶてぇな!」


「よく言われるよ!」


 そのままサムライブレードを逆走させ、壁面を後進しながらかけ登り──一先ず一時停止。


「え"ぇっほゲホ! あ"ー、あー、あー。ん"ンっ! ふぃー、痛かった。ったく、【死に損ないあたしら】は他の神話級ミソロジークラスと違って回帰の効率悪いんだっての。手こずらせないでほしいんだけど」


「…………何処がだよ。あっさり完治しやがって」


「やー、そこは創意工夫っていうか。広範囲の大ダメージならともかく、ちょろーっとつつかれた程度なら、回帰を全体じゃなく一点に集中させれば、まあこんな風にね。苦手はちゃんと克服しとかないと…………ま、回帰に秀でてる個体ならこんな小技使うまでもなくあっさり戻しちゃうだろうけどさ」


 単純な物理攻撃なら碌に負傷もせず、したとしてもたちどころに元に戻る。それが死神グリム──だが、その無敵の死神の唯一の天敵、それが灰祓アルバの振るう刃だ。

 だが、その天敵の牙でさえも──上位の死神グリムにかかってしまえば、あっさりとあしらえてしまうものばかり。


神話級ミソロジークラス仕留めたいなら、やっぱ【神髄デスモス】を絶ち斬らなきゃねー。ま、あんたみたいな凄腕には釈迦に説法だったかな?」


「だから──【神髄デスモス】をぶった斬る為に、喉を突いて動きを止めようとしたわけだが」


「あーそう。そりゃ残念ハズレー」


 なんて風に軽口を叩いてみたりするあたしだけども──内心は、まあそう余裕をこいてるワケでもなく。

 いや、マジでびっくり。

 このおっさんマジで人間??

 ギャグみたいに強いんだけど。

 基礎能力値だけを見ればあたしの半分以下の筈なんだけどなぁ。

 よくもまあここまで綱渡りめいた戦闘をしてきたもんだ。


「神業めいた技術スキル──達人の業、か。うん。面白い!」


 おっし。悲しいかな、アホみたいな不様晒して肩の力は抜けた。

 油断なく、そして容赦なく。

 慢心なく、そして呵責なく。

 目前の敵を、轢き潰してしまうとしよう。


「あたしの偏在強度ちから&偏在駆動はやさVSあんたの技術わざってワケだ──シンプルでいいね!」


「お前が脳筋なだけだろうが」


 否定はしない! 脳筋上等!!

 今度こそそのワザ、掻い潜ってやる──


 ──と意気込んだ直後。




 あたし達の頭上。

 建物の屋上に当たるであろうその位置で──が炸裂した。




「──っ、センパイ……!?」




 間違いない。

 センパイが、切り札を。

 死神グリムの秘奥にして最奥──【死界デストピア】を解放した。


「…………マジでか」


 飽きてさっさと片付けてしまいたくなったのか──はたまた、そうせざるを得ない程の強敵とぶつかっているのか。

 なんにせよ。


「…………もう人間相手にぐだぐだやってる暇なさそうだね。あー、オジサン。一応最後通告しとくよ」


「ああ"?」


「あたしからすればあんたには大して興味ないしからさ──あたしを追わないならここでお開きになるよ。ほら、お互いそっちの方が利点ありそうじゃない?」


 あたしは珍しく親切心からその言葉を口にした。

 の、だけれども。


「断る──どんな事情かは知らねえが、お前ほどの死神グリム灰祓アルバとして断じて見逃せねえよ」


 迷いない口調で神前こうざき ぜんはそう言った。


「そっか。そりゃ残念。心底」


 言ってみた。

 言ってみただけだけど。

 まあいい。

 『事情』だの『覚悟』だの『信念』だの──そんなのは誰だって抱えてる。

 誰もが平等に不平等を押し付け合うのがこの世ってものだということぐらい──あたしも流石に学んだ後だ。

 じゃあ、往こうか。

 あたしは壁面からまっしぐらに降下&加速し、神前こうざきへと怒濤の連撃を叩き込む。


「おっっっらあああぁぁあぁぁぁッッッ!!」


 手に取った死鎌デスサイズの斬撃とあたし式インラインスケート、サムライブレードによる蹴撃のコンビネーション。

 その全ての一撃一撃には、轍を刻む【轢死れきし】の【死因デスペア】が込められている。

 被弾はそれ即ち必死を意味する。

 その恐るべし死の乱舞を──


「雑だな!!!」


 この男は身の丈程の大剣を以てして、一つ残らず捌き続ける!

 数多の車輪群。それを払い、空かし、流し、一撃としてまともには受けない。

 百戦錬磨の経験と技能が実現するその絶技を前に、あたしの猛攻は片っ端からあしらわれてゆく。

 すげぇ。

 裏表無しにそう思った。思わざるをえなかった。

 本当に、スゴい。

 そう。

 思わずほどに──


「大振り、ここだぁ!」


 腕、そしてその身体を大きく捻転し、あたしの死鎌デスサイズを逸らし弾く。

 返す刃に宿るのは、言わずもがな。

 冥き、極光──




「【冥げ「大振り、ここだ」




 自らの死鎌デスサイズ、あたしはそう溢した。

 本来ならあたしは弾かれた死鎌デスサイズの勢いのままに、体勢を崩していただろう。

 故に。

 あたしは受け流される一撃の衝撃のままに、手を離し死鎌デスサイズ

 向こうはそのまま身体に染み着いた経験のままに、追撃に移る事となる。

 そもそも力も速さもあたしが勝っているのだ。相手からすればあたしの動きを読み切り、予め読み通りの流れ、型に乗って動くしか対抗手段はない。

 僅かでも読みと動作が狂えば即終了の綱渡り。

 神前こうざきはここまで見事にそれを成し遂げていたが──たった今、読み違えてしまった。

 無理もない。あらゆる死神グリムが共通して振るう、死神の象徴、アイデンティティともいえる武装をあっさり手離す死神グリムなんて本来はまずいない。そもそも灰祓アルバ達にとっては、武器とは命綱そのものだというのが常識なのだ。

 その意識の空白をあたしは突いた。

 必殺の一閃を、あたしは──


、かな?」


 【冥月みょうげつ】とやらが発動する直前。

 最速の前蹴りで、相手の攻撃に移らんとしていた手元の勢いを、微かに逸らし、空かす。


「なっ──」


「おし、いけた」


 放たれた【冥月みょうげつ】は、あたしの頬に微かな切創を刻み──しかしそれだけ。

 暗き月の刃は、神に届かぬまま夜空そらに失せた。


「テメ、エ」


「ありがと、いっぱいみせてくれて。『受け流し』と『弾き』──これはを駆使するあたしの車輪ちからにこそ必要な技術スキルだった」


 腹の底からの本音だった。

 車輪の力は回転の力。

 しかし、我ながらあたしはその力を十全には使いこなせていなかったように思う。

 けど。

 今。


「…………掴んだぞ」


 回転──流転──輪廻──その核心を。


「っ、おおおおおおォォォォっっっ!!!!」


 それでも怯む事なく続く一太刀を浴びせにかかってくる神前こうざき

 ああ、だけど。


「そっちから攻めこんだ時点で、もう王手だね」


 焦りから先刻まで欲しいままにしていたをあたしに譲り渡した時点で──大勢は決してしまっていた。

 あたしは神前こうざきの大きな踏み込みに呼応するように、同じく相手の懐へと踏み込んだ。

 タイミングは同時。

 しかし『よーいドン』が同じなら、後の勝負を決めるのは、純然たる──




 戦 


 闘


 能


 力


 !!!!




 相手の腕の初動を抑え、そのまま捻転の力を込めたままに神前こうざきを宙へと弾き飛ばす。


「が、あっ。小娘ぇ──!」


「──あんがと。あんたのお陰で強くなれた」


 そう言うと、あたしは改めて餞別を渡す。

 言葉と、弔花を。




「死神走法──姫椿サザンカ三輪さんりん!!!!」


 瞬速の三連撃。

 それは春雷の如くに、神前こうざきの身体を貫いたのだった。



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