42.遊戯役




白極びゃっきょく貫け──【白真乃帝ハクマノミカド】」


 その言葉と共に──第五隊サイプレス隊長、頭尾須ずびす あがな生装リヴァースの姿が、変成する。


「…………変質トランス系の生装リヴァースか」


 その姿を目にした死神グリム──【砂塵の嘴デザートイーグル】が呟いた。

 頭尾須ずびす あがなのその両手には──金色の紋様が刻まれた白の直剣がある。

 

 頭尾須の背後からさらに四つの機動腕アームが伸び、それらの先にもそれぞれ白き剣が光っていた。


「腕六本、剣も六本──まさかそれで有利になったなどと思っているワケでもあるまい?」


「たりめーだ。どこぞの悪魔騎士扱いしてくれるなよ」


 六芒の剣を構える頭尾須ずびすは静かに【砂塵の嘴デザートイーグル】を見据えて言い放つ。


「まあ、それでも油断はすまい──近接特化なのは間違いないだろう。ならば距離はとっておかなくてはな」


 そう言うと【砂塵の嘴デザートイーグル】は自らの【死業デスグラシア】──巨大なかんおけを姿をとったそれを改めて構える。

 【死業デスグラシア】のは、【干魃嗤う柩王モート】。

 ウガリット神話において死と乾季を統べる、冥府の神だ。


「【砂塵の嘴デザートイーグル】……司るのは、【】の【死因デスペア】……!」


「よくご存じで」


 弖岸てぎし むすびのその言葉に、【砂塵の嘴デザートイーグル】は微かに口元を歪めて応える。


「では、小手調べだ。早々に枯れてくれるなよ」


 ぎ、ぎ、ぎ、ぎ。


 不吉な、そして重苦しい音を軋ませて。

 干魃の柩は僅かにその蓋を開く。

 その僅かな狭間からは柩の中身は未だ伺い知れないが──その中からサラサラと砂塵が零れ出てきたのだった。


「砂……」


「そう、砂だ。我ながら安直だな」


 砂塵はみるみるうちにメインホール内に舞い飛び始める。

 そして砂塵は収束、形を成し──幾多の刃なって、第五隊サイプレスの面々に狙いを定めた。


「──来るぞ!」


 あがながそう叫ぶと同時に、砂の刃達は第五隊サイプレス目掛けて殺到した。

 それを迎え撃ったのは──




第二刃型セカンドレイジ突入──【億翼千羽おくよくせんば】っ!」




 煙瀧えんだき 音奈ねな

 若くして第五隊サイプレスの若きエースと言えるポジションに立つ少女が、隊長に続いて自らの生装リヴァースの真の姿を開帳する!


「翼と、羽か──だが、隊長同様、随分と数が多い」


 その翼の数は、二対四翼。

 無機質な純白の翼が四つ。

 背中に現れた二翼と、両腕が変質した二翼が、大きく羽ばたいた。


「舞い散れっ…………!」


 その四翼から雨霰の如くに繰り出される弾丸のような羽が、迫り来る砂刃を迎撃、かき消してしまう。


「ほう。遠距離にも対応出来るようだな」


「呆けてる暇なんかあげないっての──第二刃型セカンドレイジ、突入っ……! 飛ばすよ【鐚黒あくろ】!」


 両腕両脚に漆黒の装甲を纏い、威圧感の増した黒刀を閃かせながら、猛スピードでむすびは【砂塵の嘴デザートイーグル】の元へと疾駆する。


「速いな。だが──正直過ぎる」


 【砂塵の嘴デザートイーグル】の足場、観客席最上段──が、瞬時に

 色を失い、形を喪い、ただただ不毛な塵となって千切れ散ってゆく。

 ──【】の【死因デスペア】が、少しずつその真価を現し始めたのだ。

 風化し、砂塵と化した地形は再び死神によって偽りの存在カタチを与えられる。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】の周囲の砂塵が今度は数多の砂の掌を模し、むすびへと襲いかかる。

 黒刀を振るいながらそれらを斬り伏せてゆくむすびではあったが、突撃の勢いは見事に殺されてしまっていた。


「くっ……! 迎撃だけじゃない、足場も崩しに……!」


「止まるなむすび、捕まるぞ!」


 失速する教え子を叱咤しつつ、あがなは六腕を振るいつつ【砂塵の嘴デザートイーグル】へと突き進む。


「さて、本命か──その実力は果たして本物か。見極めさせて貰うぞ、頭尾須ずびす あがな


 ぎぎ、ギ。


 と、音を鳴らして。

 干魃の柩の蓋が、またしても僅かに開き始め、更に多量の砂塵が溢れ出してくる。

 砂で出来たそれらは時に刃、時に矢、時に鎚となりてあがなに襲いかかる。

 しかし。


「遅すぎるし、少なすぎる」


 神速の剣閃。

 六腕にて乱れ舞う白き鋒は、砂塵の脅威を尽く退けてゆく。


「やはり手数が自慢か。細かいのをぶつけても意味はないようだ──」


 【砂塵の嘴デザートイーグル】が自らの攻め手を変えようとした、その一瞬の逡巡。


「ぶーーーーちぬけ【天馬てんま】ぁぁぁぁっっっ!」


 舞い踊る砂塵の隙間を縫うように飛来、むすびにも勝るとも劣らないその速度で【砂塵の嘴デザートイーグル】へと一撃を叩き込んだのは、第五隊サイプレス副隊長──唐珠からたま 深玄みくろ

 【天馬てんま】という名のその生装リヴァースの姿は、両脚を覆う装甲──それに宙を舞う為の加速装置ブースターがついていた。


「機動力に重きを置いた生装リヴァース──いや、それよりも」


 自らに立ち向かってくる灰祓アルバの部隊。その面々を改めて見据え、【砂塵の嘴デザートイーグル】は一つの事実を悟る。


(こいつら…………全員が、変質型トランスタイプ生装リヴァース持ちか…………!)


 変質型トランスタイプ生装リヴァース

 通常の武装型アームズタイプとの決定的な差異は、『泡沫の空オムニア内の自らの肉体の一部分を生装リヴァースへと変質させる』という特異性だろう。

 武装型アームズタイプとは違い、肉体そのものを変質させる事により、偏在強度、偏在駆動、共に通常の灰祓アルバの枠を越え、死神グリムのそれにまで限りなく肉薄することが可能となる。

 しかし、当然ながらリスクも高い。

 元々強大な死神グリムとの戦闘となれば、生装リヴァースが破損する事などはさして珍しくはない。通常ならたとえ破砕されても使い手本人には大した影響はなく、修繕するのもそう難しくはない──しかし自らの身体と一体化する変質型トランスタイプはそうはいかない。生装リヴァースの破損はそのまま肉体の損傷と直結するし、修繕には多くの時間と費用が必要になってしまう。

 そもそもその性質上、使い手に求められる偏在率も高い……最低でも70%台の偏在率がなければ起動さえままならないのだから。

 その希少な変質型トランスタイプの使い手が、四人。


「──面白い」


 そう呟き、【砂塵の嘴デザートイーグル】は口元を歪める。

 目前の人間達の実力を認めた証だった。

 唐珠からたまの一撃はしっかりと防御し、【死業デスグラシア】の出力を更に上げてゆく。

 【】の【死因デスペア】による会場の侵食は更に進行し、【砂塵の嘴デザートイーグル】の周囲はもはや不毛の大地と化していた。


(だが、ここまでの戦りとりである程度は見えてきた──)


「突っ走るなよ、合わせろむすび!」


「無理ですっ! ししょーが合わせてください!」


 声を掛け合いながら白兵戦を挑んでくるのは、頭尾須ずびす あがな弖岸てぎし むすびの師弟タッグ。

 あがなは手数と豪腕、そして最高峰の剣術で以て猛攻をしかけつつ、弟子の僅かな隙をカバーし、師に全幅の信頼を置いたむすびは、【砂塵の嘴デザートイーグル】をして目を見張る程の基礎能力を駆使し、人間離れした剣閃を浴びせてくる。


「前衛はこの二人が担当──そして……」


 環境の侵食により地の利を得た【砂塵の嘴デザートイーグル】が、更なる範囲攻撃を仕掛けようとする──


「させるかよおぉっ!」


 そこにすかさず横槍を入れるのが、唐珠からたま 深玄みくろだった。


「お前が遊撃担当──掻き回す役割か」


 機動力を活かし、隙が生まれれば見逃す事なく攻撃をねじ込み、隙がなければ陽動をしかけ隙をこじ開ける。


「小蝿が鬱陶しいな──叩き落とす!」


 そう叫んだ【砂塵の嘴デザートイーグル】はこれまでに無い数の砂塵武器を展開。

 会場を隙間なく埋め尽くす逃げ場なき絨毯爆撃で殲滅にかかる。


「させない──【億翼千羽おくよくせんば】!!」


 それらを真っ向から迎え撃つのが──煙瀧えんだき 音奈ねなの四翼から打ち出される無数の羽刃。

 全てとはいかぬまでも多くの砂塵武器を相殺し、味方の逃げ道を切り開く。


「こっちの小娘がオールレンジ対応で全体のフォローをこなすバランサー、か」


 第五隊サイプレスの面々、それぞれの役割ロールを把握した【砂塵の嘴デザートイーグル】は──そのまま一気に攻勢に移る。


「油断は出来んが危険という程でもないな。これが底だというのなら──一気に潰させてもらうか」


 そう言った瞬間、砂漠と化し始めている会場、その範囲全体がうねり、鳴動し始める。


「呑まれて枯れろ」


 大瀑布。

 うねる流砂は波のように荒れ狂い、逃げ場など無しに第五隊サイプレスへと襲いかかった。


「【】の【死因デスペア】、その真価を見せてやろう──砂に呑まれれば一瞬で木乃伊ミイラと化して死ぬぞ」


 迫る砂塵の濁流。

 それを前にして、師弟は並んで黒き弧月を閃かせる。


「「──【冥月みょうげつ】」」


 双月が躍り、砂の津波を斬り開く。

 自分達に迫る死の波濤を打ち破り、突き進んでゆく。


「お前達二人は良いとして──さて、残りはどうだ?」


 戦域全体を押し流そうとする砂塵、逃げ場はない。

 あがなむすびのように、砂塵そのものを突破出来なければ──あるのは必死だ。

 だが、無情にも。

 二人はなす術なく、砂塵に呑み込まれ──




『──錯誤トリック適応オン



 ──たと思った瞬間。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】の目前に、煙瀧えんだき唐珠からたまが現れていた。


「【億翼千羽おくよくせんば】!」


「【天馬】ぁ!」


 両者共にすかさず攻撃を叩き込む──!


「なめ、るなああああ!!」


 怒声と共に数多の砂塵の矛を周囲に張り巡らせる【砂塵の嘴デザートイーグル】。


「っ、音奈ねなちゃん!」


 迫る砂塵を目前にしながら、唐珠からたまは中空で煙瀧えんだきを攻撃の届かぬところまで押し退けた。

 押し退けた、その腕が。


 ゾグッ。


「ッッッ!!!!」


 砂塵から逃れきれなくなり──【】の力はその腕を容赦なく


唐珠からたま先輩!」


「ッッッ、気ぃ逸らすな音奈ねなちゃん!」


 自らに気を取られそうになった煙瀧えんだきを即座に副隊長として叱責する唐珠からたま

 そしてそのうちに──前衛の二人が自分達の間合いへと踏み込む。


「真っ向勝負か、良い度胸だ……!」

 

 【砂塵の嘴デザートイーグル】は裂けたような笑みを浮かべ、迎撃する。


「【白真乃帝ハクマノミカド】──!」


 遂に両者は足を止め、真正面から斬り結ぶ。

 片や六芒の白剣で、片や無尽の砂塵嵐で。


「おおおおおおぉぉぉぉっ!!」


「はっ──!」


 凄絶なる生死の乱舞。

 白光と砂塵が入り乱れるも──消耗してゆくのはやはり人間、あがなの方だ。

 剣戟の果て。

 轟音を立て、【白真乃帝ハクマノミカド】の剣腕アームが一本、へし折られる。


「よくぞここまでやったものだが──終わりだな」


「…………さて、どっちがかな」


 苦痛を堪えながら──それでもあがなの顔に浮かぶのは、不敵な笑み。


「やっちまえ──むすび


「──!」


 あがなの後方。

 弖岸てぎし むすびは自らの愛刀を鞘へと納刀し──目を瞑り、静かに抜刀の刻を待っていた。


「──お願い。垂香たるかちゃん」


『了解──共存情報支援レゾナンスオペレーション開始イン。カウントダウンスタート!』


 次の瞬間。

 むすびの偏在率が、突如として跳ね上がる。

 それを知覚した【砂塵の嘴デザートイーグル】が目に見えて狼狽する程に。


「──!? 馬鹿な、これは……人間の至れる偏在率では!」


『【抗戦仮説パラドクス自業自得フェアデルプトハイト】起動──鋭角化完了レイジングクリアまで、5、4、3、2、1──』


 黒き閃光を走らせながら。

 むすびは遂に、逆襲の切り札JOKERを開帳した。






第三刃型サードレイジ突入──黒冥こくめいに吼えろ、【鐚黒王アクロオウ】」



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