41.custom




「つぶ、れろ」


 施設屋上。

 荒縄で編まれた巨腕を振るい、【首吊り兎ヴォーパルバニー】は【刈り手リーパー】を叩き潰さんとする。


「チッ──加減知らずが」


 轟音が響き、床面に大きな亀裂が走った。


「施設ごと砕く気かよ、大雑把な……」


「チマチマした戦法やりかたは性に合わなくて、ねーっと」


 その巨腕で空を薙ぎ払いながら猛攻をしかける【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 しかしそれが命中する事はなく、【刈り手リーパー】はその全てを躱し続ける。


「そー、れっと」


 ラリアットを思わせる一撃。

 それを【刈り手リーパー】は大きく跳躍して回避した。


「浮いたね。はい狙い目」


 瞬間、【首吊り兎ヴォーパルバニー】の巨腕がほどけ、そこからいくつもの縄索が宙空を疾駆する。

 目指すのは当然──【刈り手リーパー】のくびだ。

 身動きの取れない空中では躱しようがない──

 ──が。


「つまらん」


 パチン、と【刈り手リーパー】が指を鳴らすと。

 【刈り手リーパー】へと迫っていた数多の縄索は、一本残らずにバッサリと

 そのまま【刈り手リーパー】は床面へと着地──する瞬間を狙って。

 四方八方から【刈り手リーパー】へと覆い被さるように、床面から更なる縄索が襲いかかる。


「くどい」


 が、それも一閃。

 またしてもそれらの縄は一本たりとも【刈り手リーパー】に届く事なく、刻まれた。

 【刈り手リーパー】はほぼ身動ぎしないまま、何のモーションもないままに──である。


「さっき床を割ったのは、気付かれないよう床下を経由して亀裂から縄を繰り出す為か。先を見越して戦いを組み立ててきてるな──中々に抜け目ない」


「褒めたって出るのは縄だけだよー。ま、あの程度で終わるようじゃこっちとしても拍子抜けだしねー…………しっかし、マジであんたの【死因デスペア】何なのさ? 未だに全然全貌が見渡せないんだけどもー」


「わざわざ敵に手の内明かすかよ…………といっても、別に大したものじゃない。見たまんまの力なんだがな──」


 そう言うと。

 またしても【刈り手リーパー】の姿は【首吊り兎ヴォーパルバニー】の視界から消え失せた。


(──来た! なら……!!)


 【首吊り兎ヴォーパルバニー】は瞬時に自らの周りに縄を張り巡らせる。

 そして。

 プツン、とその縄の中の一本が切れた瞬間。


「はい、そこっ!」


 巨腕を翻し、瞬時に【首吊り兎ヴォーパルバニー】は迎撃に移った。

 狙いは背後。


「何度も同じの、喰らうかーっ!」


「チッ…………!」


 振るわれる巨腕。

 その一撃を【刈り手リーパー】の背後の白き虚影が受け止める──が、耐えきれずに後方へと吹き飛ぶ。


「腕っぷしも反応速度も一級品だな…………流石」


 真っ向からの殴り合いは不利。

 そう判断した【刈り手リーパー】は、距離を置きながら切り込む隙を伺おうとする。

 しかし。


「余裕はあげない──ロケーット、パーーーンチっ!」


「はぁっ!?」


 【刈り手リーパー】がらしくもない仰天した声をあげる。

 【首吊り兎ヴォーパルバニー】により幾多の縄で編まれて形づくられた巨腕、それが数十メートルはゆうにある距離をものともせず、猛然と襲いかかってきたのであった。


「冗談じゃねえ、つの!」


 背後の虚影──【無辺なる刈り手グリムリーパー】がその一撃を受け止め、弾き飛ばす。

 しかし既に。


「掴まえた」


 グキャリっ。

 肉が潰れ、骨が砕ける音が響いた。


「ッッッ、テメっ──!」


 音の在処は、【刈り手リーパー】の右足。


「一度目が防がれたからって、二度目が必ず通じないとは限らない。でしょ?」


 巨腕での一撃は陽動──足元から密かに【刈り手リーパー】の視界外から忍び寄った縄索が、【刈り手リーパー】の右足首を捕らえ、砕いた。


「そーれこっちおいでー」


「この──」


 捕らえた獲物に逃げる暇を与える程甘くはない。

 一本釣りよろしくに、【刈り手リーパー】の身体は宙を翔け、【首吊り兎ヴォーパルバニー】の元へと引き寄せられる。


「からの~、メガトンパーーーンチ!」


 豪速球を打ち返す猛打者のように。

 迫る【刈り手リーパー】目掛けて、【首吊り兎ヴォーパルバニー】は全霊を込めた巨拳を叩き込む──!


「──っ、【穢れし御魂に憐れみをKyrie eleison】!」


 反撃の白い斬光が閃き、【首吊り兎ヴォーパルバニー】を迎撃する。

 縄の巨腕は白の死鎌に斬り裂かれ──しかし完全に断ち斬られはしない。

 それでも足を捕らえていた縄は刈り取られ、【首吊り兎ヴォーパルバニー】の身体には斬創が刻まれ、鮮血が舞い飛ぶ。


「く、ぎゃっ…………!」


 それに乗じて【刈り手リーパー】は即座に距離を取り、辛くも難を逃れる。


「いったいなもう…………あれ防がれるかぁー。ちょっとショックー。ま、【刈り手あんた】の片足潰せただけでも自慢は出来るかな」


「かもな…………クソ、凡ミスしちまったよ」


 そう言いながら、【刈り手リーパー】はひしゃげて潰れた自らの片足に手を伸ばす。

 すると文字通りの『瞬く間』に、【刈り手リーパー】の片足は元に戻っていた。


「んんー? なんだその偏在反応…………何か、ただのじゃないっぽいかな?」


「まぁな。悲しい事に俺の回帰効率は酷いもんで──【死因デスペア】と併用しなけりゃまともに四肢の再生も出来やしねぇ」


「ほっほーう。そりゃ良いこと聞いた」


 自らもまた受けた傷を跡形もなく再生しながらに【首吊り兎ヴォーパルバニー】は言った。


「まぁ、なんとなーくあんたの手札は見えてきた…………噂話を聞く限りじゃ、とんでもない化物って話ばかりだったけども、この分だと割かし勝ち目もあるのかな?」


「抜かせ。お前十中八九、基礎スペックなら【十と六の涙モルスファルクス】でも最高峰だろうが。この期に及んで猫被ってられると思ってんじゃねぇ…………猫どころかバニー呼ばわりされてるなんざ、悪い冗談もいいとこだ。どうみたってゴリラだろお前」


「ゴリ……っ!? 言って良いこと、悪いことー!」


 【刈り手リーパー】の暴言に素で絶句した後、流石に怒りを見せて【首吊り兎ヴォーパルバニー】は再び【刈り手リーパー】へと躍りかかる。


(もちろん油断は出来ないけど──少なくとも力比べならこっちに分がある。ワープめいた移動をするみたいだけど、移動距離はそう長くない。全力で跳ねれば即座に詰めれる……)


「おっと、殴り合いに付き合う気はねーよ」


 接近戦を望む【首吊り兎ヴォーパルバニー】に、それを避けてつけ入る隙を伺う【刈り手リーパー】。

 互いのスタンスは明白に噛み合っておらず、それ故に戦況は膠着する──

 が、やはり素の身体能力差で僅かに勝る【首吊り兎ヴォーパルバニー】の方がチャンスが舞い込むのは早かった。


「ほいここ。もーらいっ」


「やらねぇよ。この間合いなら【死因デスペア】で──」


 躱そうとした【刈り手リーパー】の身体に──【首吊り兎ヴォーパルバニー】の巨拳が突き刺さった。


「ぐっ……がっ!?」


 ここまでの互いの応酬で間合いは把握していた──が、その間合いよりも更に長い。

 これまでの倍近い距離をものともせずに、【首吊り兎ヴォーパルバニー】の巨腕は【刈り手リーパー】を撃ち抜いた。


「てめ…………ブラフ張ってやがったな、くそ」


 仕組みは極めて単純。

 殴った方とは逆の片腕をほどき、縄とし、それを費やしてリーチを伸ばした。


「あんたみたいな強敵と闘る以上、伏せ札ぐらいはもっとかないとねー…………そんで、もう──逃がさないっ!」


 届いた拳で殴り飛ばすのではなく──捕らえる。

 巨腕状に縄で編まれたその腕を完全にほどき、数えきれない程の縄索として【刈り手リーパー】の身動きを縛り付け、封じ込めにかかる──!


「させるかぁ!」


 【刈り手リーパー】の背後。

 【無辺なる刈り手グリムリーパー】はその巨大な死鎌デスサイズを振るい、自らを封殺せんとする無数の縄を刈り取り斬り開く!


「無駄。全力全開。このまま……物量で押し潰す!」


 更なる縄索が追加。

 それは濁流──どころか津波にさえ思える絞首の波濤万里。


「おおおおおおッッッ!」


 【刈り手リーパー】は目にも止まらぬ速度で迫り来る縄の奔流を刈り、捌き続ける。

 だが、しかし。

 斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても刈っても!!!!!!


「ッッッ! 【死因デスペア】を、見せすぎたか、こいつ、容量キャパをっ、見抜いて──!!!」


「縊り潰れちゃえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!」


 涯無き縛縄の圧倒的な封殺。

 抗い切れるものなどいたものか。

 かくして、白き刈り手は黒縄の波濤に呑み喰らわれた。

 ──それでもなお!


「まだだよ──集え黒縄捻れろ縛鎖、そらの果てまで螺旋を築けっ…………【黒縄縊絞樹ヤシュチュ】!」


 【刈り手リーパー】を呑み込んだ圧倒的な量の縄索──それらを一点に収束、空を目指すかのように捻り引き絞る!

 風情のない喩えをするならば、雑巾搾りを思わせる、猛烈な螺旋絞り。

 四方八方を包み込んでいた筈の無数の縄は一つの荒縄へと纏め上げられ──一本の巨大な大樹の如き様相となって屹立している。

 【縊死・・】の【死因デスペア】、神話級ミソロジークラスのそれを究極にまで究め抜いた果てに立つ到達点が、この光景だった。


「…………これで、終わった、かな」


 全身全霊──全神全霊。

 自らの全てを灌ぎ込んだそれを見上げ──遂に、【首吊り兎ヴォーパルバニー】が片膝をついた。


 そして──














「─【冬の風は吹きすさび、夜は深いLe vent d'hiver souffle, et la nuit est sombre,】」





 奏でるは、死の舞踏曲ワルツ





「【菩提樹から漏れる呻き声Des gémissements sortent des tilleuls ;】」





 幾度輪廻を越えようとも、その宿命から逃れられる者などおらず。





「【青白い骸骨が闇から舞い出でLes squelettes blancs vont à travers l'ombre】」





 ──故に死は、生きとし生ける全てのものを平等にする。





「【屍衣を纏いて跳ね回るCourant et sautant sous leurs grands linceuls,】」





 世界が暗転する──世界が顕現する。





 架空ゆめが。神話くうそうが。虚構げんそうが。

 唯一げんじつを圧し退け、ぜったいを踏み潰し。

 今──この認識セカイを捲り上げて形を成す。


「…………保有する神話大系による、泡沫の空オムニアの書き換え──


 その光景を見る【首吊り兎ヴォーパルバニー】の洩らす声に悲壮感はない。

 目前で巻き起こる奇跡を、彼女はただ眺めていた。








偏在率パラダイム200%超克オーバーエンド





 【死界デストピア】、開境──





 ──【死屍輪廻舞踏宴エル・バイレ・デ・ラ・ムエルテ】」



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