44.龍




「──【死屍輪廻舞踏宴エル・バイレ・デ・ラ・ムエルテ】」


 その御名が紡がれた、次の瞬間。

 によって認識せかいが駆逐されてゆく。

 

 かつて人類ひとびとが夢想した死の世界を、現代に再び呼び戻す。

 それは。


 もはや遥か遠い場所。


 忘却の彼方へと置き去られていた筈の。






 異聞録トオイムカシノオトギバナシ






「…………ったく。そうホイホイ使いたいもんじゃないんだがな、コレは。こないだ【孤高皇帝ソリチュードペイン】の根暗野郎に使わされたばっかだぞ」


「………………」


 その言葉に反論する余裕も【首吊り兎ヴォーパルバニー】にはありはしない。

 彼女はただ、目の前に築き上げられた世界に、目を奪われていたのだった。


「……………………綺麗」


 ──マリーゴールドの花弁が宙空で舞い散っている。

 二人の死神が立つ場所は既に別物へと摩り替えられていた。

 そこは遺骨を思わせる白さを湛えた、純白の──

 威風絢爛なる筈の意匠はどこか寒々しい雰囲気を漂わせており、華やかな筈の舞台でありながら、まるで墓碑群に立っているかのような錯覚さえしてしまいそうになる。


「…………ここは無為と無明と無窮の坩堝。死に怯え、死に惑い、死に抗い、死にもの狂いで死に立ち向かった勇者バカモノ共の夢の跡──ただただ踊り狂う事で生という過程の浪費を赦される、無謬なる死祭壇アルタールだ」


 さしたる感慨もなさそうな口調で【刈り手リーパー】はそう溢した。


「生憎と時間はかけられん。お前はここで、刈られて消えろ」


 呟きと共に、【刈り手リーパー】は静かに【首吊り兎ヴォーパルバニー】を見据えた。

 ただ、それだけの筈だった。


 ──パンッ。


「──っ、あ」


 なんの前触れもなく。

 【首吊り兎ヴォーパルバニー】の片腕が、【死業デスグラシア】──荒縄で編まれた巨大な死腕ごと、刈り飛ばされた。


「か、ぁ」


 【刈り手リーパー】は──微動だにしていない。

 身動ぎ一つ、指の一本たりとも動かしてなどいない。

 ──瞬きさえ。


「ぐ、うぅ──!」


 片腕を失い、それでもなお【首吊り兎ヴォーパルバニー】は動きを止めない。

 それは神話級ミソロジークラスとしての矜持故か。

 それとも──


(これ、が、あいつの【死因デスペア】──…………)


 左脚を踏み出す。

 地に足がつく前に腿を絶たれた。

 残った右腕を伸ばす。

 指先から肩口までを順に輪切りにされた。


(行動を起こそうとした次の刹那には、既に阻止された後──)


 それでもなお差し向けようとした【絶命括る腐貌の皇女イシュタブ】の巨腕が細切れにされる。

 その間も。

 【刈り手リーパー】は動かない。

 舞踏場を模したこの世界で。

 演者は一人。

 死の舞踏Dance macabreを踊り続けるのは──【首吊り兎ヴォーパルバニー】だけだった。

 最後に残った四肢。

 右脚が消し飛んだ。

 支えを失い、落下する【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 しかしその身体が床へと落ちる前に──背後から伸びた手が、彼女の頭部を掴んだ。

 いつのまにやら、背後に白き死神が立っている。


「お前の命運いのちは今潰えた。幕が降りる時だ」


「…………そう、そういう感じか」


 虚ろな瞳で、【首吊り兎ヴォーパルバニー】は【刈り手リーパー】を見据える。

 人も、死神グリムも。

 皆同一に。おしなべて平等に。

 総ての人生を。あらゆる過程を。

 全ての総てを刈り取ってみせる、悍しき裁定者。

 生と死、白と黒、零と一、それら全ての狭間に揺蕩い、夕闇に嗤う【死に損ないデスペラード】。


 常に、不変普遍。

 故に、無辺無限。


 無辺なる刈り手Grim reaper──




「俺の【死因デスペア】は──」




 【刈り手リーパー】は。

 時雨峰しうみね せいは言う。

 そこにあるのは、弔いか、或いは──














「────【】だ」













 ──主要劇場メインホール屋上部。

 ──【死に損ないデスペラード】 【刈り手リーパー】 対 【十と六の涙モルスファルクス】 【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 勝者、【刈り手リーパー時雨峰しうみね せい






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第三刃型サードレイジ突入──黒冥に吼えろ、【鐚黒王アクロオウ】」


 黒き閃光が迸る。

 弖岸てぎし むすびの姿は先程までとは一変していた。

 両手で構える黒刀は明らかに先刻よりも長大な大太刀へと変貌し、その手足には新たなる漆黒の具足を纏っている。


『──鋭角化完了レイジングクリア第三刃型サードレイジ駆動限界時間…………残り58秒です!』


「大丈夫──40秒で始末する」


 そう言い捨てると、むすびは改めて標的──神話級ミソロジークラス死神グリム、【砂塵の嘴デザートイーグル】を睨み付ける。


「良い目だ──だがその闘志に実力は伴うか?」


 頭尾須ずびす あがなと鍔迫り合っていながら、【砂塵の嘴デザートイーグル】はむすびを見据えて不敵な笑みを浮かべた。

 しかし、その笑みも。


「──【冥月みょうげつとかきぼし】」


 次の瞬間には消えて失せた。


「んなっ──!?」


 流星の如きはやさ。

 瞬時に速度でむすびは相手の背後へと移動し、黒の剣閃を見舞った。


「くぅっ!」


 即座に【砂塵の嘴デザートイーグル】は舞い散っていた砂塵を自身へと収束させ──拡散。

 爆弾を思わせる勢いで炸裂した砂塵──が、それらの全てを斬り裂いて。

 絶対なる闇月は死神の身体を侵した。


「ぐっ、があ!」


「クソ、浅いっ…………!」


 広範囲を襲った砂塵の爆裂。いくら【冥月みょうげつ】で斬り裂いたとはいえ、深く懐へ踏み込むことは叶わなかった。

 しかし──


「充分だッ──【白真乃帝ハクマノミカド】!」


 遂にダメージを負った相手に息つく暇など与えられない。

 あがなは弟子の作った隙を見逃すことなく、即座に畳み掛けようとする。


「【億翼千羽おくよくせんば】!」


「【天馬てんま】ぁ!」


 煙瀧えんだき唐珠からたまの両隊員もまた、隊長に続き追撃の体勢に入る──


「────な、めるなよ人間がああああああああぁぁぁぁ!!!!」


 【砂塵の嘴デザートイーグル】が怒声をあげ、それと同時に。


 ガラン。


 と、音を立て。砂の死神が背負う棺桶──その蓋が完全に剥がれ落ちた。

 その中からは。


『ギ、グガ──ガ、ゴ』


 腐り、渇き、朽ち。

 それでもなお滅びず、生者を妬み、犯す。

 その存在の名は──誰もが知るところだろう。


──!」


 その名が響き渡ったが早いか、その朽ちた死者は棺の中から両腕を伸ばし──


「全開だ。後悔するがいい、梟──!」


 ズズン、と。

 干からびた両の巨腕を床に突き立てる──その衝撃で舞台は罅割れてゆき。

 飛び散った破片は瞬時に枯れゆき、砂塵へと回帰していく。


「っ!! 全員、退けぇええぇぇえ!!」


 即座に異変を察知した頭尾須ずびすが隊員達に命令する。


「ガァああああああああぁぁぁぁ!!」


 背負いし棺から伸びる両腕、そこを起点としてみるみるうちに枯渇が始まり、【枯死こし】の【死因デスペア】が主要劇場メインホール全てにまで及び、何もかもを砂塵へと帰してゆく。


「くっ──錯誤トリック適応オン!」


 その声と共に、【砂塵の嘴デザートイーグル】と最も近い位置にいたあがなむすびの二人の姿が消失し。


「くっ──」


「わっ!」


 枯渇崩壊から距離を置いた位置に、瞬時に二人が現れる。


「危ねぇ…………ありがとう辰人たつと


「礼には及びません、隊長──くそ、偏在迷彩も蹴散らされたか」


 ジジジジジジ、とスパーク音を立て、いなかった筈の人物がそこに姿を現す。

 第五隊サイプレス最後の一人、公橋きみはし 辰人たつとは部隊のキーマン──の使い手だ。

 しかし、その隠れ蓑も全て取り払われた。

 相対する死神グリムの圧倒的な力によって。


「これ、が…………神話級ミソロジークラスの、底力…………!」


 もはや劇場の八割が崩壊、砂塵へと化してしまっている。

 それは誇張なしに、この劇場そのものが【砂塵の嘴デザートイーグル】の武器に──つまりはあがな達の敵になったということに他ならない。


「逃げ場は与えん──これで終わりだ」


 背負う棺、その中から伸びる木乃伊の腕がまるで指揮者マエストロのように振るわれ──これまでの攻撃とは桁違いの規模スケールでの絨毯爆撃を思わせる制圧攻撃、全てを呑み干す砂塵の瀑布が巻き起こる。


「くそ、が…………!」


 あがなは思わずそう吐き捨てる。

 なす術はない。

 【冥月みょうげつ】で斬り払える範囲、密度を明らかに、そして遥かに超過している。


「そん、な──」


 もはや万策尽き。

 灰祓アルバ達は【枯死】の具現化たる砂塵に呑み込まれ──




 ──る、直前。

 絶体絶命の窮地にて。

 ゆっくりと、その目蓋を開き。

 静かに、立ち上がるものがいた。


「──目標、確認。排他的偏在領域、構築。【抗戦仮説パラドクス自業自得フェアデルプトハイト】、起動」


 むすびと同様の、最新鋭の【抗戦仮説パラドクス】を走らせる──相対するは、巻き起こる枯死の波濤。第五隊サイプレス──そしてここ数ヵ月間におけるの命を背に、はそれに真っ向から立ち向かう。


「貴様、はっ──!?」


 【砂塵の嘴デザートイーグル】の驚嘆の声が響く。

 だが、既に状況は粗方終了しきっており──後は結果が出るのみだったのである。


「みんなを、護って」


 小さくそう、呟いて。


 死んでいた筈の彼女は。




 ──儁亦すぐまた 傴品うしなは、自らの生装リヴァースを起動した。




「【不昊フソラ】、拡力展開──【冥月みょうげつなまめぼし】!」




 傴品うしなが掲げたのは生装リヴァース、【不昊フソラ】。

 それと同時に発動された【冥月みょうげつ】は、【不昊フソラ】の固有機構により拡大解釈され──全ての死神グリムの干渉を遮断シャットアウトする、絶対不破たる城塞と化す!

 結果、砂塵の大瀑布は完全に打ち消され──爆散。原型を失った会場に砂塵が飛び散る。


「──き、決まった……」


「この、アホ傴品うしなああああぁぁぁぁっっっ!!!!」


 速攻で傴品うしな後頭部に張り手が入った。


「ふべぇーーーぃ!?」


 張り倒された傴品うしなはその勢いのままに床に突っ伏した。

 張り倒した張本人たるむすびの顔には──微かな笑みと、涙が浮かび。

 そして即座にむすびはそれらを引っ込め、そのまま目標──【砂塵の嘴デザートイーグル】へと躍りかかる!


「──っっっくぞお前らぁ!!!!」


「「「了解!」」」


 ──最後の好機チャンス。全員がそれを確信した。

 半瞬遅れ、それでも即座に第五隊サイプレスの面々がむすびに続き、最後の勝負に打って出る。


「おの、れええええぇぇぇぇ!」


 憤怒の形相を浮かべ、【砂塵の嘴デザートイーグル】は再び周囲の砂塵を構築し、大規模な攻撃を放とうとする。

 しかし──何度も同じ手を許す第五隊サイプレスではなかった。


「【億翼千羽おくよくせんば】、全射出!」


 煙瀧えんだき 音奈ねなの放つ数え切れない程の羽弾の嵐が、集まり形を成そうとしていた砂塵達を蹴散らしてゆく。


傴品うしなちゃんの【冥月みょうげつ】でかなりの量の砂塵がかき消された。攻撃もさっき程の規模じゃない──何より、大規模攻撃の為の砂塵の構築には一拍のタイムラグがある。何度も見せすぎよ…………!」


 乱れ舞う数多の白羽が、死神の反撃の芽を摘み取る。


! 深玄みくろ!」


「はいよー! 隊員遣いの荒い隊長です────ねっっっと!!!」


 唐珠からたま 深玄みくろの脚に乗ったあがな。そして深玄みくろの脚は生装リヴァース天馬てんま】によって加速され──まるでカタパルトを思わせる勢いであがなの身体は射出される!


「【白真乃ハクマノミカド】オオオオォォォォ!」


 六芒の白き聖剣を構え、空裂きて突き進むあがな


「【鐚黒王アクロオウ】ーーーーーー!」


 宵闇の閃光を纏った黒刀を佩き、地を砕きながらに駆け抜けるむすび

 もはや狙いは一つだけ。

 神話級ミソロジークラス死神グリム、【砂塵の嘴デザートイーグル】の首級のみ!


「だああああああぁぁぁぁっっっ!!!!」


「はあぁーーーーーーーー!!!!」


 裂帛の雄叫びを上げ、両者共に必殺の間合いまで踏み入る。


「いいや、ここまでだ…………!」


 そして最後にして最大の壁。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】が背負いし宿業、【干魃嗤う柩王モート】の真価──柩に眠っていた木乃伊の巨腕が、五月蝿い蝿を叩き落とさんとその両腕を振り下ろす!

 その速度は人間の反射速度を優に越え。

 その力量は人間の肉体強度を優に潰す。

 その速度はむすびに回避を赦さず。

 その力量はあがなに防御を赦さない。

 それが死神グリム

 それが神話級ミソロジークラスだ。

 この攻撃に全ての力と意気を費やした二人に、もはや為す術はなかったのである。


「枯れ失せろおおおおおおおッッッ!!!」


 そしてその巨腕が振り下ろされる。






                直前に。


錯誤トリック適応オン


 と、公橋きみはし 辰人たつとの声が響く。


 あがなむすび、両者の身体が消失し。

 次の瞬間には、ほら、もう。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】の目前で、それぞれの刃を振りかぶっていた。


っ、」


「たああああ!」


 白と黒。

 太極なりし双刃が、死神グリムの肉体を斬り裂き──


「ぐッ、がああああぁぁぁぁ!!!!」



 それ



 でも



 なお!!!!!!



 【砂塵の嘴デザートイーグル】はなんと素手でその刃達を受け止め、歯を食いしばって押し留める!!!!

 当然。

 反撃に移行する。

 再び【干魃嗤う柩王モート】が巨腕を振りかぶり、今度こそ二人を叩き潰そうと──


「「まだ、だあああああぁぁぁぁっっっ!!!!!!」」


 師弟が叫び。

 その咆哮に応えるが如くに。




 二人の刃に──冥き月魄が煌めいた。




「おおおおおおおおお!!!!」


「あああああああああ!!!!」




 決着の刻。

 神を裂きうるは、只人の祈りのみ。




   「

     みょう

     げつ

冥月みょうげつ ・ なかごぼし!!!!!!」

    すばるぼし

     !!!!!!

      」




 双つの冥き月輪が、十字を斬る。


 死神グリムの墓標には──相応しい光景だった。






 ──第一施設主要劇場メインホール跡。

 ──【聖生讃歌隊マクロビオテス第五隊サイプレス&選抜生セレクション 対 【十と六の涙モルスファルクス】 【砂塵の嘴デザートイーグル】。


 勝者、第五隊サイプレス&選抜生セレクション──頭尾須ずびす あがな唐珠からたま 深玄みくろ煙瀧えんだき 音奈ねな弖岸てぎし むすび儁亦すぐまた 傴品うしな



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