40.颱




 ──第一施設、主要劇場メインホールにて。

 舞台壇上に座すのは灰祓アルバ一行──【聖生讃歌隊マクロビオテス第五隊サイプレス頭尾須ずびす あがな唐珠からたま 深玄みくろ煙瀧えんだき 音奈ねな、そして第五隊サイプレス選抜生セレクション弖岸てぎし むすび

 観客席にて向かい合うは最高位──神話級ミソロジークラスに位置する死神グリム、【十と六の涙モルスファルクス】メンバー、【砂塵の嘴デザートイーグル】と【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 そして。

 その狭間に身を置くのは──


「「【刈り手リーパー】…………」」


 その死神は、純白の学生服、俗に言う白ランに身を包む少年の姿をしていた。

 血のように赤い瞳は何処とも言えない中空を見据えている。

 ただ、その背後には巨大な鎌を持つ死の影が、虚ろに幽かに漂っていた。


「…………やっっってらんないなぁもう。ってことはどーせ【醜母グリムヒルド】、こいつ来んの見越してたでしょ絶対。せめて一言ぐらい言えっつーのったく」


「確かに。これで我らも軽々には動けなくなったワケだが…………さて、どう出る気かな、【刈り手リーパー】」


「………………」


 白衣の死神は口を開かない。

 静かにその場で佇むばかり。


「…………あい、つ。ってことは…………もしかして…………あの子、も」


 硬直する灰祓アルバ一同の中、真っ先に動こうとしたのはむすびだった。

 しかし。


「逸るなむすび。状況を見ろ。一手誤れば全員が危険だ」


「…………は、い。ししょー」


 弟子を諌めるのは、師である頭尾須ずびす

 しかし突如としてこの戦況に投げ込まれた【刈り手リーパー】という爆弾に、身動きが出来なくなっているのは死神グリム灰祓アルバも変わりなく。

 その膠着状態はどれだけ続いたのか。

 数秒か、数分か──或いは刹那の刻だったのかも知れない。

 なんにせよ、最初に沈黙を破り動き出したのは──狭間に立つ白き死神だった。

 【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいは、その赤い瞳だけを二人の死神グリム、【砂塵の嘴デザートイーグル】と【首吊り兎ヴォーパルバニー】へと遣る。


「…………ちぇっ。やっぱ狙いはあたしらか」


「二対一に臆する事もなしか…………無謀、というワケでもないだろう。さて──どう来る? 【死に損ないデスペラード】」


 睨み合う死神達。

 だが、視線を交わし合うのはほんの一瞬。

 先手を切ったのは──




悲嘆の日なるかなLacrimosa dies illa,


 人土より蘇りてqua resurget ex favilla


 犯せし罪を審るべければjudicandus homo reus:




「は?」


「な、に?」


 【砂塵の嘴デザートイーグル】と【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 両者の口から間の抜けた声が思わず溢れる。




嗚呼天主よ之を赦し給えHuic ergo parce Deus.


 慈悲深き聖なる主よpie Jesu Domine,




「えっ、は? ちょっ」


「いや、貴様、何を」


 止まる気配など微塵も無く。

 白き死神は葬送の祝詞を紡ぎ続ける。




彼等に安楽を与え給えDona eis requiem.


 主、そして信仰に厚き王よAdonai Melef Neman.




 【刈り手リーパー】の背後。

 朧気だった死の具現化ビジョン

 黒々しき鎌を手に取った純白の刈り手がくっきりとその輪郭を顕し──その刃を振りかぶる。


「や、あ、はいぃ? う、そおおぉぉッ!?」


「いやちょっ待」


 そこまで。

 狼狽する獲物に躊躇するほど、白衣の死神は慈悲深くもなければ暇人でもなかった。


 かくして刃は振るわれる。

 人も死神グリムも差別無く、一切平等に刈り獲る葬送の鎌が。




「──【涙葬送Lacrimosa二重葬Duo】」



 迸る白き閃光、その数は二つ。

 白き巨影が放った斬撃をまともに受ければ、耐えられるものなどいる筈もない。

 故に。

 それを目前にした二人に。

 ──など、ある筈も無かったワケだ。




「──【絶命括りしイシュ腐貌皇女タブ】ぅぅぅッッッ!!」




「っっっ、【旱魃嗤う柩王モート】!!!!」




 再びの白光がホールを埋め尽くす。


「くっ…………!」


「きゃっ…………!?」


 その閃光と轟音、衝撃に怯む灰祓アルバ達。

 やがて刹那の空白が終わり、視界が開けると──


「…………チッ、やっぱ初手必殺は決まらないもんか」


 と、億劫そうな【刈り手リーパー】の呟きが漏れた。

 その【刈り手リーパー】が見据える先には──


「くううううぅぅぅぅ、き、読めないにも程があんでしょこのろくでなしがあっっっ!! なぁに初手からいきなり最大火力ぶっぱしてんの順序ってもんがあんでしょ闘いにもさぁ!」


「く、ぉ…………やって、くれるな【刈り手リーパー】…………! なるほど【醜母グリムヒルド】が目をつけるワケだ、見事にネジが外れている」


 【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】。

 共に健在。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】は多少の手傷。

 【首吊り兎ヴォーパルバニー】に至っては、傷らしいものは見当たらなかった。

 そして、それぞれその様相は一変している──死神グリムの真髄、【死業デスグラシア】を発現させたのだ。

 【砂塵の嘴デザートイーグル】は身体の正面に巨大な棺桶を出現させている。それを盾がわりにし、斬撃を受け止めたらしい。

 だが、異様なのはその隣──【首吊り兎ヴォーパルバニー】の姿であった。

 まず目に入ってくるのは巨大な両腕だった。それを交差させ【刈り手リーパー】の一閃を凌いだのだろう。

 そして【首吊り兎ヴォーパルバニー】本人の身体は宙にあり、。巨大な縄の両腕の根元は一本の縄で繋がっており、その中心で括られ、ぶら下がっている形だった。

 が、その有り様ながらも苦しむ様子は一切見せないまま、【首吊り兎ヴォーパルバニー】は憎々し気に【刈り手リーパー】を睨み付けるばかりだった。


、その担い手──とか言ってたっけね、【醜母グリムヒルド】は。話半分に聞いてたけど…………あぁそう。割かしマジ話だったワケだ。笑えない」


「勘弁してくれ。あのクソ女に好き勝手噂話を吹聴されてると思うと胸糞が悪くなる」


 毒吐く【首吊り兎ヴォーパルバニー】の言葉に、【刈り手リーパー】はしかめっ面で応答する。

 そこで一旦【刈り手リーパー】は視線を二人の死神グリムから外し──背後の灰祓アルバ達へと向けた。


「…………またお前か、頭尾須ずびす。いい加減お前のツラは見飽きたんだがな」


「こっちの台詞だよ、行く先行く先現れやがって。合縁奇縁と言うには随分と業の深い因縁だ」


「止めろ。鳥肌が立つ。お互い金輪際会うのは御免だろうに──それと…………」


 チラリ、と。

 【刈り手リーパー】はあがなの背後──弖岸てぎし むすびへと目を遣った。


「………………」


「………………」


 視線は交錯し──しかし、言葉を交わす事はない。

 、語るべき事はない。

 両者はそう判断し──実際それは極めて正しいだろう。

 この修羅場じょうきょうでは。

 【刈り手リーパー】は即座に二人の死神グリムへと向き直り、そのまま背後に告げる。


「なんにせよ、ぐちゃぐちゃと呑気に言葉を交わす猶予はないな──おい、梟共、くれてやる」


「…………は?」


 【刈り手リーパー】の言葉に、灰祓アルバ達は当然ながら困惑した。


神話級ミソロジークラス相手に二人がかりで来られると、流石に俺も。片方──【砂塵の嘴デザートイーグル】はお前らが刈れ」


「んな──何勝手なコト抜かしてやがんだテメェ」


「嫌か? 断るか? なら俺は構わん。このまま三つ巴の乱戦スタートだな。まぁ九割九分九厘、灰祓お前らが真っ先に一分ももたずに墜ちるだろうが」


 何気無い口調で、さらりと【刈り手リーパー】は避けようもない現実を口にする。


「………………」


「…………隊長、どうするんですか」


「ししょー…………」


 灰祓アルバ達に沈黙が降りる。

 が、戦局は彼らが迷いを断つまで動かず待ってくれはしない。


「随分と…………舐めた発言をしてくれる。灰祓アルバ如きに私が遅れを取るとでも?」


「さあな。…………果たして舐めてるのはどっちなのか。それがわかるのは勝負が決した時だけだ」


 微かな苛立ちを見せる【砂塵の嘴デザートイーグル】の言葉を気にもせず、【刈り手リーパー】はそう言っ








 た瞬間には【首吊り兎ヴォーパルバニー】の肩を背後から掴んでいた。


「──な」


「さて、次の幕を開くとしよう。──せいぜい跳ねろ白兎、皮を剥がされたくないのならな」


 そのまま【刈り手リーパー】は即座に死刃を閃かせる。


「──【穢れし御魂に憐れみをKyrie eleison


 更なる葬送の唄が紡がれ──白光がホールごと【首吊り兎ヴォーパルバニー】を貫き、そのまま天井にまで風穴を穿つ。


「──っ! 【首吊り兎ヴォーパルバニー】……!」


 閃光が収まった頃には、最早【刈り手リーパー】の姿も【首吊り兎ヴォーパルバニー】の姿も、ホール内から消え失せている。


屋上うえに上がったか。追わねば──」


 ポッカリと天井に空いた大穴。それを目指す【砂塵の嘴デザートイーグル】。

 だが。

 それを彼らがみすみす見逃す筈もない。


「──【冥月みょうげつすぼし】」


 冥き衝天つきが【砂塵の嘴デザートイーグル】へと襲いかかり。

 ピッ。

 と、その頬を小さく裂いた。


「──あー畜生気に食わん。結局あいつの描いた絵図にまんまと乗せられるのは全くもって気に入らねぇ、が」


 と、頭尾須ずびす あがな


「そうも言ってられる状況じゃあ、ねえっすよね」


 と、唐珠からたま 深玄みくろ


です。神話級ミソロジークラスが相手とはいえ、勝ち目がないとは思いません──いえ、これで勝てないようでは、人類に未来はない」


 と、煙瀧えんだき 音奈ねな


「ぶっっっった斬ります」


 と、弖岸てぎし むすび

 そして──


『始めますよ、みんな』


 戦局を何処かから俯瞰しながら。

 公橋きみはし 辰人たつとがそう言い放ち──第五隊サイプレスは戦闘態勢へと移行する。


「──やはり、舐められているようだな。私は」


 それに相対する死神グリムは、決して表立って感情を現す事はなく。

 しかし、超越者に相応しいだけの気迫を確かに放ちながら。

 砂塵舞う玉座に座す死神は、その業を容赦なく解放する。



 巻き起こる砂塵嵐。

 先頭で対峙する頭尾須ずびす あがなは、静かに自らの生装リヴァース──純白の直剣型兵装、【白真はくま】を翳し。


鋭角化レイジング完了クリア──第二刃型セカンドレイジ突入」


 その、真の形態かたちを解放する。




白極びゃっきょく貫け──【白真乃帝ハクマノミカド】」







 ──第一施設主要劇場メインホール

 ──【聖生讃歌隊マクロビオテス第五隊サイプレス 対 【十と六の涙モルスファルクス】 【砂塵の嘴デザートイーグル】。

 ──開戦。





▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

△△△△△△△△△△△△△△△△






「──ったく、分断するにしたって荒っぽいなぁもう」


「まぁそう言うな。お前クラスを相手に手を抜けるほど自惚れちゃいない」


 施設屋上。

 戦場を移した二人の死神グリムが向かい合う。


「しかし、二対一を嫌ったのはわかるけど、灰祓アルバ如きに【砂塵の嘴デザートイーグル】を押し付けるのは性格悪くない? ──勝てるわけねーし」


「……俺は同じ事を二度言うのは嫌いなんだが。勝負は終わって初めて結果がわかる。ガキでも知ってるぞ」


「はいはい、すみませんでしたー。ま、時間稼ぎと割りきったのならアリかもね…………で、一対一であたしと決闘デートしてくれるってー? 熱烈だなー。泣いちゃいそー…………そんなにあたしを買ってくれてるワケ?」


「まあな…………初手での【涙葬送Lacrimosa】、【砂塵の嘴デザートイーグル】は手傷を負ったがお前は無傷で凌いだ。あの一撃ははかりだ。【首吊り兎おまえ】は【砂塵の嘴あいつ】より明確に格が上。それは俺の【死因デスペア】で確定してる」


「はっ。スカウターみたいなノリであんなもんぶっぱなされちゃたまんないっての。それじゃあ──とっとと始めよう。あんたを吊るして【醜母グリムヒルド】の眼前に突き出してあげるよ」


 ザワザワザワ。ザワザワザワ。


 まるで蛇の大群のように、周囲に絞首の荒縄が押し寄せてくる。


「──【】の【死因デスペア】。拝火教ゾロアスター悪魔ダエーワ辺りと踏んでたが…………蓋を開ければマヤ神話における首吊りの女神、ガチ神格だったか。骨が折れそうだ」


「わかってんじゃん。その素っ首、あたしの縄で絞り折ったげる──よっと!!」


 夥しい数の縄が襲いかかり。

 【刈り手リーパー】はそれを眉一つ動かさないまま、迎撃した。






 ──主要劇場メインホール屋上部。

 ──【死に損ないデスペラード】 【刈り手リーパー】 対 【十と六の涙モルスファルクス】 【首吊り兎ヴォーパルバニー】。

 ──開戦。



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