37.耀




「あーりゃーりゃー…………みーんな死んじゃってるし」


 ポリポリと頭を掻きながら、呆れるような口調でそう言うのは──【駆り手ライダー】、もといあたし。都雅とが みやこである。

 複合文化施設「イルミティ29」、玄関ホール──そこは、そりゃーもう惨憺たる有り様だった。

 天井という天井から数多くの縄が垂れ下がっており、その先で括られているのは言うまでもない。

 人間──灰祓アルバ達である。

 夥しい数の灰祓アルバが、そこかしこに縄で首を吊るされていた。


「…………キャプテン・キッドも悲鳴を上げるよ、ったく…………エッホケホ! てか空気悪! 空気清浄機つけとけっての!」


 施設内で舞い散るに咳き込みながら愚痴りつつ、改めて思案する。


「さーて、どこに行きゃいいのかなー。センパイはもう着いてるんだろうけど…………この分だともうあらかた終わっちゃってたりするのかな? まさかの徒労? センパイがもうチャチャっと片付けちゃってたり?」


 有り得る。大いに有り得る。

 ここ最近のゴタゴタ、そして今回の一件の原因とされる三下愚連隊──ええと名前なんていうんだっけ? …………色々とアブなそうな名前だった気もするし、思い出さなくていっか。

 ともかく。

 その愚連隊共の実力は未知数──というワケではない。

 あたしも下調べぐらいはしてくるのだ。

 いや、実際に調べたのはあたしじゃないけど。ナギさんなんだけど。

 ともあれ、確認されている目標は三体。

 いずれも記銘済コーデッド死神グリムではあるものの──しかしいずれもせいぜいが逸話級フォークロアクラス。一応は灰祓アルバ達でもなんとか対処出来るレベルとのことだ。

 が。

 ナギさんやセンパイは何やらキナ臭いものを感じており──あたしもまた、まぁ、言われてみればなんか厭な感じはしないでもなかった。

 故にあたしもわざわざ駆けつけたワケなのだけれど──


「センパイの手にかかれば、だいたいの相手はソッコー昇天だもんなぁ…………はーやだやだ。バランスブレイカーめ」


 ともあれ、ここまで来て今更フけるというのは、まぁありえない。

 見当はさっぱりつかないが、とにかく施設内を散策してみようか──




「──よう、お嬢ちゃん。厭な夜だな」




 …………背後から、声がした。


「厭な夜だってのには、まぁ全面的に同意するね…………こんな遭遇戦エンカウントしちゃうぐらいだし?」


 油断なく背後を振り返る。

 そこには──白衣に身を包んだ二人の男。

 声をかけてきたのは、大柄で無精髭を蓄えた獣じみた雰囲気を漂わせる男だ。


「──第十隊ダチュラ隊長、神前こうざき ぜんだ」


「ん? 神前こうざき、って──」


 なんかどっかで聞いたような。


「偏在波長パターン情報保管庫ライブラリと照会──既存波長パターン、適合。コード【駆り手ライダー】です」


 と、そういったのは大男──神前こうざき ぜんから数歩下がった位置に立つ青年。神前こうざきと比べれば相当に若い──二十代半ばぐらいか。スマートな体型をしていたが、身長は高い。


「おいおいおいおーーーーい…………これで三体目かぁ? こんちきしょう、この場に何があるってんだ。天下の神話級ミソロジークラスがポコジャカ湧いて来やがって」


「…………三体目? あたしの他の二体って誰?」


「…………【首吊り兎ヴォーパルバニー】と【砂塵の嘴デザートイーグル】だ。いずれも【醜母グリムヒルド】の配下とされているが…………君はなんの用なのかな、【駆り手ライダー】」


「…………【十と六の涙モルスファルクス】、来てんだ? あ"ー…………そりゃセンパイが重い腰上げるわ。なるほどね………………あ、あたし? あたしはいつも通りイキッてる死神グリム連中がいるらしいから轢きに来たってだけだけど」


「チンピラか」


 うるせいやい。

 他にやることもないんだっつの。


「…………あー。あと、四体だよ」


 と、あたしは一応訂正しておくことにした。


「…………何がだ?」


「この場にいる神話級ミソロジークラス。あたし入れて四体。…………いや、ひょっとしたら──まだ増えるかも」


 うん。それも有り得る。

 【十と六の涙モルスファルクス】が出てきたのはいいとして、その目的がわからない。

 年末のゴタゴタみたく死神グリムの存在認知を高めるためってんなら、こんなショボい規模スケールで収まってるワケがない。あの埒外集団にかかれば、街の一つや二つ無くなるぐらいの大災害になる筈。

 が、今起こってる一件──あたしからすれば、まぁ災害というにはちと物足りない。

 良いトコ、お祭り騒ぎフェスティバルといったところかな。

 しかし、神話級ミソロジークラス二体もの投入はあたしからしても相当なもの。

 事前情報を見た限り、例の愚連隊を目標としての投入だったのならば、過剰戦力オーバーパワー極まりない。

 センパイの参戦を見越しての布陣と見ることも出来るけど…………センパイ、というか【死に損ないあたしたち】と雌雄を決するにはまだ時期尚早の筈だ。イザナさん自身がそんな風な事言ってたし、間違いない。うん。

 だとしたら。


「この場に、あたしたちもまだ見ぬ驚異的な脅威が潜んでいる…………ってのは、的外れってワケでもないんじゃないかなーってさ」


 なんて風に、あたしは適当な予想、っつーか適当な妄想を口走った。

 が。

 途端に目前の二人の顔が強張った。

 …………え、えー。ちょ、そんな本気にしないでよ言ってみただけなのに。


「…………あ"ー。明騎みんき、お前先行しろ。俺が止めとく」


ぜんさん、ですが──」


「………………えんのやつ、頼むわ」


「っ、それは卑怯でしょ…………あぁくそ、わかりましたよ」


 そういうと、青年の方があたしからやや逸れた方面へと駆け出す。


「ん、と──」


 どーしよ。一応止めといたほがいいのかなぁ──

 と、あたしが逡順したその一瞬で。


生装リヴァース転装──【万天ばんてん】」


 白衣の大男、神前こうざき ぜんは既にあたしとの間合いを詰め、生装リヴァースを振るっていた。

 生装リヴァースの形状は大剣型。今あたしたちがいる正面玄関ホールは結構な広さな為、その丈でも振り回すには支障はない。


「わ、速いねっ!」


 その馬鹿デカい剣身に似つかわしくない中々の速度。それに少々驚きつつ──あたしもまたその手に死鎌デスサイズを喚び出し、その一撃を受け止める。


 ──ガィイイインッ!!!


 轟音と共に衝撃が手を僅かに痺れさせる。

 こないだの選抜生セレクションなんていう連中とは数段格の違う相手だということは、あたしにも一目でわかっていたが──しかしそれでも予想以上。


「やるね。そうこなくっちゃ!」


 大剣の威力を上手いこと受け流し、捻転の勢いへと変換、あたしは相手の力を利用、流用し反撃に転じる。

 さあ、この一撃はどう捌く──







        ゾッ






 怖気が背筋を駆け巡った。


「──【冥月みょうげつ】」


 ──はしるのは、黒き剣閃。


 迸る黒曜の煌めきに、あたしは本能的な反射で動いた。


 ──ザン。と、空を絶つ音。


 あたしの背後。

 エントランス二階へと通じるエスカレーターが、ものの見事に分断されていた。


「~~~~ッ!!!」


 寒気が走る。

 反射的にになっていなければ、今頃あたしの上半身と下半身は泣き別れだ。


「はッ──そうそう、聞いてた聞いてた」


 あたしは。

 薄い笑みを浮かべながら、いつかセンパイから聞かされた内容を反芻していた。


神前こうざき ぜん──神話級ミソロジークラスに単騎で対応出来る、灰祓アルバの頂点の一角、だね?」


 あたしのその言葉を。


「ハっ」


 と、鼻で笑い。

 神前こうざき ぜんは言った。




「情報が古いぜ、嬢ちゃん──今は、だ」






○●○●○●○●○●○●○●○●

●○●○●○●○●○●○●○●○






「んあーーーーーーーーーーーーっっ!!!」


 と、観客席から大声上げるのは──紫苑の髪を揺らし、むすびへと人差し指を突きつける隻眼の死神グリム

 【狩り手ハンター】、だった。


「──むすびちゃんだーっ!」


 と。

 【狩り手ハンター】は言った。

 呼んだ。

 弖岸てぎしむすびの、名前を。


弖岸てぎし むすびちゃん! でしょ! だしょ!? でしょだしょ!?」


 ブン、と【狩り手ハンター】は無造作にその片腕を振るう。

 宙を舞い。

 ドンガラゴッシャン──と、盛大な音を立てて、むすびのすぐ側の観客席へと儁亦すぐまた 傴品うしなは墜落した。


「う──傴品うしなっ!? 嘘、そんな、ヤダっ!」


 既に真っ青と言える表情を更に強ばらせながら、不確かな足取りでむすび傴品うしなへと駆け寄った。


傴品うしな! 傴品うしなぁ! お、お願い、しっかりして、うし、な…………………………」


 傴品うしなの身体を抱き抱え──すぐに気づくことになる。

 呼吸──停止。

 心拍──停止。

 瞳孔──散大。


傴品うしな


 儁亦すぐまた 傴品うしな





                  シ

                  ん

                  で

                  い

                  る

                   。





 そう、むすびが認めるのに。

 そんなに時間はかからなかった。


「ちょーっとぉー! 無視はよくなーい! んな屍体ほっぽって会話しよーよかーいーわ~~~! むー! すー! びー! ちゃぁぁぁぁん!」


「…………あんたが──」


 やったのか、なんていう未練がましい言葉を呑み込み。


「──あんた、何者」


 と、誰何の声を投げ掛けるむすび


「ガーン! ショーックー! でも会話してくれるだけで喜ぶオレちゃんってば実はチョロイン疑惑浮上ー!」


 ──わざとらしいオーバーなリアクションを取った後。

 【狩り手ハンター】は謎のポーズをとりながら言った。


「月に叢雲花に風! 陽炎稲妻水の月! 千紫万紅山紫水明、お転婆小悪魔プリティ死神グリム、【狩り手ハンター】ちゃん! 呼ばれてなくとも勝手に飛び出てじゃじゃじゃじゃーーーーーーんっ!」


 どや顔で言い放つ【狩り手ハンター】。


「決まった…………っ! あぁっとサインなら後にしてね──」


 と、その時にはもう。

 【狩り手ハンター】の視界から、むすびの姿は失せていた。


「あり?」


「【冥月みょうげつ】」


 死を祓う剣閃。

 黒の軌跡が【狩り手ハンター】を狙う。


「…………ッ!!」


 【狩り手ハンター】の顔から、笑みが消えた。

 異様なまでの反射により、黒き弧月の範囲から逃れる。


「…………へぇ?」


 【狩り手ハンター】の背後。

 既にむすびは回り込んだ後だった。

 狙うは頚。二ノ太刀は不要いらず


「くたばれっ…………!」


 黒刀を全霊で振り抜くむすび

 それを──


 ──ガィイン!!


 …………【狩り手ハンター】は片手に呼び出した死鎌デスサイズで、振り返りもしないままに受け止めた。


「すごいすごい。さっき仕留めた塵芥達とは雲泥だね。あの黒い斬撃は連発出来ないっぽいけど、基礎的な偏在駆動からして他の有象無象と比べて数段は格が違う…………能力値スペック差も大きいだろうけど、一番の違いは──装備かな?」


 視線だけをやり、【狩り手ハンター】は自らの頚を刎ねんとする黒の刃を一瞥した。


「………………」


 【狩り手ハンター】の言葉に、むすびは何のいらえも返さない。

 ただ氷よりも冷淡な、殺意を向けるのみだ。


「やん、情熱的ぃ~。イケナイだなぁむすびちゃんはぁ。あっひゃっひゃ。【毒撃手オーバードーズ】のボンクラ、何あっさりおっんでんだとキレ気味だったんだけどー、むすびちゃんの経験値になれたってんなら上等かにゃー? うんうん」


 などと、緊張感の欠片もない声色で言いながら。

 【狩り手ハンター】は受け止めていた黒刀を往なし、すかさず回し蹴りを放った。


「っ、ぬるい」


 対するむすび歩みステップは一歩のみ。あとは身体を反らすだけでその一撃を回避した。

 だが。


「あひゃーっ!」


 その程度は折り込み済みと言わんばかりに、【狩り手ハンター】は両手の死鎌デスサイズで強襲する。

 ふたつの死刃による死の乱舞ダンスを、むすびは──


「下手くそ。足運びが雑なんだよ」


 一蹴する。

 黒の月光が、刃に宿る。


「──【冥月みょうげつ】」


 光芒一閃。

 それは一瞬の閃き──しかし、あらゆる死神グリムのあらゆる能力ちから断罪ひていする漆黒の朔月だ。

 それは目前の死神グリムも例外ではなく。

 深淵なる月牙は醜悪なる死神の身体を斬り裂いた。


「うっっっぎゃあああああぁぁぁっ!!」


 すっとんきょうな絶叫があがる。

 鮮血が乱れ舞い散り、四散する。

 しかし。


「クソっ、浅い……!」


 否。

 傷口で言えばかなりの深手。

 だが、致命的なものでもない。


「とどめっ…………!」


 気は抜かない──抜けない。

 確実にとどめを刺さなくては、何が起こるかわからない。

 そう思い、追撃の一歩を踏み出した瞬間。


「べぇ♡」


 深手を負った筈の【狩り手ハンター】が、ベロリと舌を出した。

 その舌先は二つに別れた──蛇舌スプリットタン

 それをみた瞬間に、むすびの身体に走ったのは──


「──あ"?」


 激痛。

 激痛激痛激痛。

 激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛、激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛! 激痛!


「あ"っ──あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


「あひゃあああああぁぁぁっ、いい声ぇっ…………♡」


 恍惚に身震いしながら、【狩り手ハンター】が呟いていた。


「オレの【死因デスペア】の説明はぁ──要らないよね? 身を以て実感中だろうしぃ? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! どんな感じどんな感じ? 贋作パチモンと本家本元の違いはさぁ!」


「う、う"あああああぁぁぁっ! あああああああああああ"あ"あ"あ"あぁぁぁ!」


 のたうち回るむすび

 同じ【】の【死因デスペア】──なワケがない。

 格が違う。次元が違う。

 この苦痛に比べれば、先刻の【毒撃手オーバードーズ】の毒など虫刺されと大差ない──なんとか身動き出来る程度の痛みなどとは比べ物にならない。

 だが、いつだ?

 いつ攻撃を喰らった?

 相手からは触れられてさえいなかったというのに──


「いっやぁ、触れてたでしょ浴びてたでしょおもいっきしー。オレに近接仕掛けくる時点でほぼほぼ詰むからねー」


 、という言葉でむすびは激痛の中で瞬時に察する。


(…………っ! あの時っ、まさか、斬った際ので…………)


「勝負を決するのは一瞬の選択肢だよね~~~っと。あっひゃっひゃー」


 果てなき激痛に苛まれるむすびを、【狩り手ハンター】は首元を掴んで持ち上げる。


「さああああああてっ、と! どーんな風にして楽しんじゃおっかなー、むーすーびーちゃぁぁぁぁあああああん♡ 迷っちゃうなー悩んじゃうなー、あーんなこととかこーんなこととかそんにゃことまでしーちゃーいーまーしょっっっっかーーーー?」


「がっ、は、あ、あああああ──」


 視界が眩む。音が遠く聞こえる。

 痛みが、五感をザクザクに陵辱してゆく。

 確信があった。

 このまま意識を手放せば。

 自分の命は、ここで終わると。


(ミ、ヤ、コ──)


 そうして。

 むすびはその目を──






 ─────斬。





 その一閃は、流星ほしのように。


 むすびを吊し上げていた【狩り手ハンター】の腕が、斬り飛ばされた。


「…………」


 【狩り手ハンター】はしばらく消失した自らの腕を眺めた後。

 問うた。


「えーっと…………どちら様?」


 その問いに、彼は答えない。


 その変わりに。


 彼の。


 頭尾須ずびす あがなの腕の中で。


 弖岸てぎし むすびは、呟いた。




「………………し、しょう」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る