35.悪と獄
──ベチャリ、ドサッ。
鈍い音が二回、続けて響いた。
一度目の音は、斬り飛ばされた
二度目の音は、残った下顎から下の身体が倒れ伏した音である。
「やっぱり
キリッ、とした表情で。
ビシッ、とポーズを決めて。
眼帯を付けた少女の
「ぬ、
「──止まれっ!
「は、はわわわわ………」
無惨な亡骸と化した仲間。
それを見て残る三人の
「さぁーて、どうしょっかなぁ…………んー、【
「お前──何者だ」
班長である
「はいぃ? 意外だな。論外だね。愚問だよ。その質問、今しなきゃいけないことぉ?」
小馬鹿にしたような口調で、紫苑色の髪の少女は肩を竦めながらそう答える。
「ったく…………運よく【
整ったその顔立ちからは考えられないような下卑た哄笑を上げるその
「質問に──」
「あ"ーーーーはいはい、わーかったっての五月っ蝿いなもぅ。まぁオレ基本潜伏してたし、
「あん、たっ──」
巫山戯ているようにしか思えないその態度に、怒りを露にする
それを片手で制する
(【
「に、逃げましょ? お二人とも」
そんな思案中の
「に、逃げましょう。逃げるべきです。逃げるしかないです。逃げなきゃヤバイです。逃げないなんて選択肢はありません。だからだからだからだから逃げよ逃げましょ逃げる逃げる逃げるに限ります限るんですってば逃げますさあ逃げましょすぐ逃げるんです──」
「っ、何言ってんのよ──
「い、いや、その、ざ、残念ですけどそれはまたの機会にするべきというかですね。わ、わかるの、わかるんですって、根拠がないのが申し訳ないんですが、あの人、あの
もはや身体の震えを隠そうともせず、
その様子を見て、
(このざまじゃ、
「ざぁ~~んねえぇぇぇえん!!!! じ~~~~か~~~~ん~~~~ぎ~~~~れ~~~~!!!! デデーーン! ぜーいーん、OUTーーー!!」
競技場全体に轟くような爆音染みた大声で、突如として【
「いっやーーーー残念っ! 残念無念また来年! 来年っつーか来世かな!? な? なーー! 兎も角! たーいむあーっぷでーーーーすっ! 今オレの脳内で今後の
【
その両手に。
片手サイズの小さな
告げる。
「ぜーいん手羽先のように手早くぅ、みにゃー殺しっ! ………………てなわけでぇ」
【
この世凡てを凌辱するような。
おどろおどろしい、冒涜的な笑みを浮かべ。
言い放った。
「
その言葉を言い終わるかどうかのうちに、猛然とした速度で
「っ、クソっ…………! 【
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、
が、
「槍なんて、懐に入れば、即落ち2コマ、だ、よ、ねーッ!」
床に伏しているかのような低姿勢のまま、しかしまるで鞭のようにうねる斬撃を放ち、
「舐めんじゃ、ねぇ…………っ!」
その鋭い攻撃を何とか槍で受け止め──しかし【
「あっ、ひゃあーーーー!」
「う、おおおおおっっっ!!」
ギ、ギャリリリン! と、甲高い金属音が立て続けに響き渡る。
【
槍の穂先、刃、時には柄や石突きをも駆使し、猛攻を防ぎきった。
「お、らあっ…………!」
そして、防戦一方にはなるものかと、返す刃で渾身の一撃を放つ。
「うにゃっ?」
ガィン、と大きく弾かれ、
──その隙を見逃す
「くた、ばれぇっ!」
しかし。
「ひら、ひら、ひ~ら~りんっとぉ」
体勢の崩れた状態とは思えない動き──まるで宙に舞う紙切れのような頼りない足取りのままに、【
「くそ…………ちょこまかと!」
「疾いな…………だが、なんとか食らいついていける」
目前の
強敵ではあるが、太刀打ちできない相手ではない。そう思った。
思ってしまっていた。
哀れにも。
「んー…………ん、んっ、んー」
酔っ払っているかのような千鳥足じみた足取りで、ゆらゆらとぶらつきながらに【
「んぁー………………18点っ!」
退屈そうにしている──かと思いきや突如声を張り上げる【
「ん。18点。甘く見てね。身体捌きはいちいち雑だし、そのクセ二手三手先はてんで見えてなーい。目前の対処だけに泡食って必死こくばっか。ダメダメよ駄目ですなだ~~~めだこりゃー!」
両手を挙げる【
「なんですって──」
「だっかーーーら
「──? 何を…………」
ポロリ。
と、
「っ、何が──」
落ちていたのは。
「…………………………………………は?」
唖然とする
の、手の中で──武器が、バラけた。
切断されたのは柄の部分だけではない、槍としての本体部分──刃そのものまで、まるでバターか何かのように呆気なく両断されている。
ガランゴロン。
と、音を立てて。
細切れになった
「…………………………………………」
「………………な、にが?」
「いやいやいやいやいやいや…………なにがもへちまもありゃしないでしょ。さっき斬り結んだ時に、こう、ズンバラリンと。…………見えてなかったのかぁー。アぁホくさ。なぁにが
はぁあ。
と、先刻のおちゃらけた態度とは一転、【
「に、逃げ──」
「られるらりるれ逃げられるわけないっしょーーー! 手遅られりるれーーー! バカ丸出しかい! …………まぁ、丸出しなのは別のモノだけどね──あひゃ(笑)」
ボドボドボド。
厭に重苦しい音がした。
と。
腹部
が 破けて。
が
ボドボドと。
ボドボドと。
ボドボド。
ボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボドボド──
「い、いやああああああああぁぁぁぁ!」
悲鳴が──否、絶叫があがる。
臓腑の溢れ落ちた
「あ、あ──? っ、あっあ"、あヴ……」
「ったく、
テクテクと
「さっき言ってたの聞いてなかったぁ? 【
そっ、と
その指先を
【
「ホラ。傷」
「………………ッ! こ、ソん、な……絣り、傷…………!」
「いやいやいや…………毒、ナメてない? あの霧吹き小僧のショボショボシャワーと一緒にすんなっての。触れただけでおっ
隣で臓腑を撒き散らして倒れ伏している
ボチュリ。
と、湿った音がした。
【
──上半身、だけになっていた。
「…………………」
「ん、もう呂律も回らないか。ちょっと残念。可愛いコの悲鳴は嫌いじゃないからねー。あっひゃあっひゃ。あ、ちなみにコイツに使ったのは腐食毒──わかりやすく言うと強酸とか強アルカリとか、そういうのね」
ポーイ、と片手で無造作に
「さて、と」
ニンマリとした笑顔を浮かべて。
【
「…………………っ!」
「まな板の上の鯉になった気分でお願いしまああああぁぁぁぁっす、てね。…………で、不公平なのは良くないし、あなたも腐食毒で逝かせてあげよーかなーって気分なんだよねー。やっだオレってやっさしー♪ といってもまるっきり同じってのも芸がないでしょ? だからまぁこの通り、お目目からいこうかなー、って、さぁ?」
うれしそうに。
うれしそうにうれしそうにうれしそうにうれしそうに。
たのしそうに。
たのしそうにたのしそうにたのしそうにたのしそうに。
まるで。
蟲の脚を毟って遊ぶ、
無邪気な無邪気な微笑みを浮かべて。
「心配しなくていいよー? グッサリやったりはしないから。ほんのちょーっとだけ角膜をチクッとして腐食毒を投与するだけ。そこから虹彩、水晶体が腐り落ちていって、眼球の大部分である硝子体へ突入する。この硝子体って99%が水分で出来てるんだってさー。硝子体が終わればいよいよ網膜だね。そんで脈絡膜、強膜まで溶け落ちちゃえば眼球 is dead. そんで眼球の奥にある骨壁、眼窩底までもが終われば──後はまあ、脳に到達しちゃうよね。そんで、脳味噌がドロドロに蕩けて、脳漿と混ざりあってグチャグチャのシチューになっちゃうわけだ。あひゃー♡」
「………………………」
その時、
きっと、絶望一色だっただろう。
それを見て。
【
「…………………………うん。自分で言ってて白けてきたな。あひゃ。B級スプラッター映画じゃないんだから。過度なゴア描写は下手すると笑えてくるからなー。あっひゃひゃ」
「んー、んじゃ、どーすっかなぁ。…………めんどくなってきちゃったなー。もうほっぽっちゃおっかなぁ……………」
「…………………」
「んー………………」
しばらく
「──よしっ」
曇り一つ無い満面の笑みを浮かべて。
【
「サッカーやろうぜ! お前ボールな!」
「────」
【
「トルネードアロースカイウィングシューーーット!!!」
どゴッ。
ポーン、
ポーン、
ポーン、
ポーン。
マルいものが宙に飛び。
ボールのように床を弾んで、転がっていった。
「ゴーーーール!
笑う笑う笑う笑う。
嗤う嗤う嗤う嗤う。
この上なく悦ばしそうに。
隻眼の死神は、一連の行為を愉しみ尽くしていた。
「あひゃーーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あー…………あらん?」
そこでようやく、【
「……………んん? 一人足りなくない?」
そう。
あと──一人。
「…………なぁんだ。馬鹿でないのもちゃんといるんじゃん。──及第点あげるよ。うん」
と、真面目な顔で【
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ご、ごめんなさい──ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…………でも、でもでもでもでも」
ブツブツと謝罪の言葉を洩らしながら。
極力足音を立てる事なく、
「だって、だってだってだってだって、どうしようもなかった…………! 一瞬で
そう。
【
客観的な視点で両者の戦力を比較すれば、あの盤面で【
無論。
客観的な視点など、当の本人達に持てる筈もない。
第三班にとっては【
たとえ、両者の相手に断崖のような彼我の差があったとしても。
そんな現実、第三班の面々には知るよしもない。
そしてその片鱗を直感的に感じ取っていたのは。
だが。
『直感』などという曖昧なものを、他者に上手く伝えられる筈もない。
そして、【
あの状況で三人全員が生き残る可能性が、ほんの僅かでもあったとしたら。
それは──『
それは──絶対に不可能、ということもなかった筈だ。
だが。
現実は非情だ。
真実は無情だ。
それを知ってか知らずか、【
あの時点で、第三班に残されていたなけなしの希望は完全に潰えたのだ。
人間一人に出来ることは、所詮人間一人に出来ることしかない。
あの瞬間、
一人だけ逃げるか。
三人で死ぬかだ。
「ごめんなさいっ……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許して、許して許して許して許して、だって! だってだってだって、アタシはアタシはアタシはっ……!」
死にたくなんか、ない。
「う、うう、ううううぅぅ…………!」
嗚咽を漏らす。
それでも、足は決して止めない。
ああまでして逃げ出した以上は、自分は決して死んではならない。絶対に生き残らなくてはいけない──
──そう思い、必死に
内心に響く、
『よく言うね。見殺しにしたくせに』
という自分自身の言葉に、必死に耳を塞ぎながら。
──カツン。
と、廊下に音が響いた。
「ヒッ────!」
悲鳴を噛み殺し、咄嗟に手で口を覆う。
(お、追いかけて…………来た?)
どく。どく。どく。どく。どく。
痛いぐらいに心臓が鼓動を立てる。
「フッ…………フッ…………フッ…………」
動悸を押さえつけ、呼吸を精一杯静め。
ゆっくり、ゆっくり。
背後を、
振り、
返ると────
「……………………」
そこには。
誰の姿も、影も形も、ありはしなかった。
(よ、よかっ、た…………は、はやく、はやく施設の、外へ)
そうして、
「どこ いく のん♡」
パク、パク、パク、と。
最悪の
災厄の
──【
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