34.太陽




「【毒濁煙撃者マッドガッサー】ッ!」




 ──【毒撃手オーバードーズ】が放つ全開の毒煙ガス

 それに対するむすびは大上段に愛刀を構え、真っ向から立ち向かって行く。


「──最大出力だっ、どう足掻いたって死ぬしかないぞ…………!」


 むすびへと襲いかかる膨大な毒煙ガス

 それを。

 むすびは──




































 ──人類全体から見て、偏在率がプラスに傾いている者は、むしろ少数派である。

 偏在率とは【泡沫の空オムニア】──集合無意識により構築、投影される高次心象偶像内での個人としての存在ウェイトの大きさを表したものだ。

 つまり、【泡沫の空オムニア】への接続、干渉が行えない大多数の人々は偏在率で表すだけの存在定義アイデンティティを所有出来ていない、ということである。

 そんな人々の偏在率を敢えて数値化するとするならば、それは0%以下──マイナスの数値で表される事となるだろう。

 だが。

 あらゆる数値がそうであるように、偏在率もまた一定ではない。

 人間も、修練を積んだ灰祓アルバも、そして死神グリムも──偏在率は、不定値なのが当然だ。

 戦闘の中では灰祓アルバ死神グリムも、互いの存在規模を競い合い、偏在率を高め合っていく事となる。

 だが。

 肉体という枷により、個人認識──【現世メディウム】に縛り付けられている灰祓アルバ含む人間達には、100%

 100%以上の偏在率に到達できるのは──最初から【泡沫の空オムニア】の存在である死神グリム、その中でも抜きん出た資質を持つ一握りの個体だけだ。

 故に。

 偏在率の数値で競い合う限り──死神グリム

 ……………………………………故に、アプローチを変える必要が灰祓アルバには合った。

 そして数多の試行錯誤の果てに──ある僥倖に灰祓アルバは出会ったのである。

 それは、とある不確定現象バグ

 二つの認識せかいを揺蕩う、灰祓アルバにしか到底見つけられる事はなかったであろう、裏技だ。

 ──偏在率の推移は、当然プラス方向だけではない。

 マイナス方向。

 偏在率を減衰させる、というアプローチ自体は、そこまで突飛なものではなく、早い段階から行われていた。

 だが、その成果は惨憺たる有り様。

 偏在率を0以下、マイナス値にしたところで死神グリムにとってはなんの障害にもならなかった。

 ──【泡沫の空オムニア】と【現世メディウム】は決して別世界というワケではない。

 少し視点が違うというだけで、少し認識が違うというだけで──その二つの在り方は表裏一体というよりは、渾然一体といった方が正解に近いものなのだ。

 故に、偏在率が0以下の民間人相手だろうが数十の偏在率を持つ灰祓アルバだろうが、死神グリムにとっては排除する分にはなんの差異も支障ない──筈だった。

 ──そのが発生する頻度は、極めて低い。

 『対象偏在率が80%以上から0%以下まで、0.4秒以下の時間で推移する事』。

 それが、その現象バグの発生条件だ。






『いやいやいやいやダメですって…………無理ですってこれ…………絶対出来ないですって…………』


『出来る出来ないは訊いてねぇ。やれっつってんだ』


『横暴ですー…………パワハラです…………』


 ──その現象を利用した御業の習得の為の修練中の事。

 頭尾須ずびす あがな弖岸てぎし むすび儁亦すぐまた 傴品うしなの三名の会話である。


『いやししょー…………これ、想像以上にしんどいですって…………頭痛と乗り物酔いと胸焼けと高山病が悪魔合体して襲いかかってくる感じの苦しさです…………』


『てか、既存のしんどさで表現出来るレベルじゃないですよぅ…………こんなの不可能でしょう流石に』


『さっきオレがやってみせただろうが。お前ら二人とも、呑み込みは悪くない。それはオレが保証してやる。必死こいて身体に覚えさせろ』


『ふへー、カラダに覚えさせるって、頭尾須ずびすさんなんか表現がやらしーですよ…………』


『よし儁亦すぐまた、無駄口叩ける余裕が出来たなら休憩は終わりだ』


『ひょぇああああぁぅぅ…………勘弁してくださいぃ…………』


『とか言いながら、ワタシより覚えがいいあたり、なんつーか天才肌だよね…………傴品うしなって…………』


『おら、儁亦すぐまたは後は推移時間の調整が出来りゃ取り敢えず形にはなる。脳に0.4秒の間隔と感覚を刻み付けろ。それ以上長くても短くても命取りになる』


『無理無理無理むーーーり~~~でーーーす~~~…………』


『確かにしんどい…………けど、けど、これを使いこなせるようになれば──』


 確固たる決意と共に。

 むすびは言葉を溢した。


『必ず、あの子の背中に、手が届く──』






 ──対象偏在率が80%以上から0%以下まで、0.4秒以下の時間で推移したとき。

 その瞬間から、推移時間と同じ時間──0.4秒なら0.4秒間、対象の身体に異変が起こる。

 対象は【泡沫の空オムニア】での現象、干渉を一切受け付けなくなり。

 現象時間内で対象の身体、存在した空間、移動した軌跡においては【現世メディウム】と【泡沫の空オムニア】の融和は完全に隔絶され、不可侵となる。

 ……………もっと端的に表現するならば。

 その現象の発生期間中は。




 死神グリム




 ──この現象を応用し、対死神グリム戦闘術の奥義として体現した者のその御業を振るう姿が。

 まるで、くらき月の弧弦を描いているかのようだと謳われた事から。

 その現象、及びそれを応用した対死神グリム戦闘術は、こう名付けられたという。




 そのは────



















「……………………【冥月みょうげつ】」






 ──両           断。






「……………は?」


 【毒撃手オーバードーズ】は。

 自らの放った毒煙ガス諸共、唐竹割りで真っ二つにされながら。

 そんな、極めて緊張感の無い声を上げた。

 正中線に沿って真っ直ぐに引かれた赤い線。

 やがて、その線から血が滲み始め。


 ドバッ。


 と、血飛沫が弾けた。

 放たれた血潮はまるで雨のように舞い──舞台に降り注ぐ。

 その赤い豪雨スコールは壇上と、なにより真正面に立つ金髪の少女を深紅に染め上げ──しかし、そう時間の経たない内に跡形もなく霧散していく。

 十秒も過ぎたその後には、飛び散ったその血はあらかた消えてしまい。

 血みどろで仰向けになっている【毒撃手オーバードーズ】と、刃を振り下ろした状態で静止しているむすびの姿だけが──そこにはあった。






──第一施設、主要劇場メインホール


 ──選抜生セレクション 第一班 対 【GRIM NOTE】 【毒撃手オーバードーズ】。


 勝者、選抜生セレクション 第一班──閑樽かんだる 詩縫しぬい弖岸てぎし むすび鮎ヶ浜あゆがはま すずり






○●○●○●○●○●○●○●○●

●○●○●○●○●○●○●○●○







 純白の刃が振り下ろされ──ドスッ、という鈍い音が響く。


 ──アヲオオオオオオォォォ……ン。


 ──という、どこか切な気な断末魔が轟き。

 犬神イヌガミはその活動を停止させ、やがてその身体は塵となって消えていった。


「……………これで、三、か」


 第五隊サイプレス隊長。

 頭尾須ずびす あがなは面白くなさそうに、そう呟いた。


「──俺らが四、でしたねー、頭尾須ずびす隊長」


「うるせえ…………くそ、やっぱ辰人たつとの有無はデカかったか」


 そこに駆けつけた三人の部下達。

 唐珠からたま 深玄みくろ公橋きみはし 辰人たつと煙瀧えんだき 音奈ねなは──見事、作戦域内の犬神イヌガミを殲滅し、自らの隊長と合流したのだった。


「隊長は私たちをみくびりすぎです。三人がかりで隊長以下の戦果しか上げられないようじゃ、足手まといにしかならないじゃないですか」


「馬鹿言うな、お前らの実力は知ってる。だが、だからこそ隊長として上を行きたいっつーかだな…………」


「……………その辺子供ですよね、隊長は」


「うひゃー、辰人たつと手厳しー」


 そんな掛け合いの中、司令室のオペレーターから連絡が入る。


『──緊急事態エマージェンシーです! 頭尾須ずびす隊長に対応を求めます!』


「──クソっ。またろくでもない報告か、なんだ?」


『少し待って下さい、通信を繋ぎます──』


 数瞬の合間の後、頭尾須ずびすの耳に聞き覚えしかない口調が響いた。


『──おう、あがなか』


「……………マジなトーンですね。何が有ったんすか──ぜんさん」


 ──通話の相手は。

 第十隊ダチュラ隊長、神前こうざき ぜんだった。


『ああ、最悪に近いニュースだ──




 ──第十隊ウチが追ってた神話級ミソロジークラスがな、今そっちの現場に急行してる』




「……………………は?」


『念の為言っとくが、第十隊おれらがそっちの方向に追い込んだってワケじゃあねぇからな。むしろ水面下に身を潜めてたのを探ってる段階だったんだが──急に浮上して、移動し始めたのさ』


「……………冗談じゃねぇぞ、くそ」


 頭尾須ずびすは不快感を隠そうともせずに、そう吐き捨てる。


『あーあ、全く冗談じゃねぇ。第十隊おれらも追跡中だが、かなり水をあけられちまった。悪いが追い付くのは無理筋だ──このままだとお前の現場へ殴り込みをかけかねん』


「タイミング的に、それしかねぇっしょ──くそ、なんだってんだ? この現場に、?」


『それは今考えたってわかりゃしねぇさ。…………とにかく、状況をみて判断してくれ。迎撃するか、撤退するか。判断はお前に任せ──』




『緊急通達! 緊急通達! イルミティ29に接近中の神話級ミソロジークラス死神グリム、【首吊り兎ヴォーパルバニー】の元に──新たな神話級ミソロジークラス死神グリムの反応があります! ただいま偏在波長照会中! 両者共に合流、並走している模様!』




「………………」


『………………』


 悲報とか訃報とか。

 その次元では及びもつかない、絶望的な異常事態を知らせる通達が灰祓アルバ達へと届けられた。

 ──


 それは例えるなら、地震と台風が同時に襲ってきたようなものだ。


『──あがな、お前らだけでも撤退しろ』


 その言葉は、冷酷で──それ故にこの上なく現実的な代物だった。


『どう考えたってそこにいる人員でどうにかなる規模じゃねぇ。最低でも【聖生讃歌隊マクロビオテス】が三隊は要る。だが現在、そこに居るのは第五隊おまえたちのみ。対抗は絶望的だ。なら、生き残る事を優先すべき──それもまた、人類の護り手としての務めだぜ』


「……………ああ、全くもって正論だよ。ぜんさん」


『…………そうかい。で、撤退するのか?』


 その問いには。

 深い諦観と、少しの羨望が込められているかのように聞こえた。




「──ワリぃな。ま、骨は拾ってくれよ」




『ハッ──お前のカッコつけは治らねぇなぁ、ガキの頃からよ』


「うっせーよ…………撤退はするさ。中の連中を回収してからだけどな。…………えんも、もちろんだ」


『チッ───第十隊おれらが行くまで踏ん張れ。死ぬのはまだ早いぜ、若造』


 ──通信は、そこで切れた。


「……………つーワケだ。残りたいヤツはのこっ──」


「さて、んじゃー行きますかっ! いやーずびっさんと居るとホント碌な目に会わねっすねー」


「まったくです…………ついていく人間の身にもなってほしいですね」


「また時間との勝負になりそうです。遠慮してる暇は無いと思います、隊長」


「……………ホント、気ぃ遣うのがアホらしくなってくる、素敵な部下だなお前らは」


 ボリボリと頭を掻いた後。

 頭尾須ずびすは言った。


「──施設内へ突入する。中にいる隊員達を可能な限り回収し、即座に撤退だ。…………だが、二体もの神話級ミソロジークラスがわざわざここに向かって来てるってことは──間違いなくここにはただ事じゃない何かがある。最大限の警戒と共に行動しろ。いいな?」


「「「──了解!」」」


 ──その言葉と共に、第五隊サイプレスの隊員、全四名は駆け出した。






 ──第五隊サイプレス、計四名。

 施設内、突入。






◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇






「ったく…………【醜母グリムヒルド】にもつくづく困ったもんだよねー…………いくらなんでもから二人も出撃させるかなフツー……………」


「今更愚痴っても仕方あるまい。それに──個人的にはあの手のゴミは早めに払っておいた方がいいと思っている。仕事が確実になったと思えばいいだろう──【首吊り兎ヴォーパルバニー】。」


 日も落ち、月が輝き始めた仙台の夜闇の中。

 宙を駆けながら二人の死神が言葉を交わしていた。


「相変わらずあなたはクソ真面目だねぇー…………【砂塵の嘴デザートイーグル】。ま、流石にここまできてバックレたりはしないよ。どうせやるならキチッとやんなきゃねー、キチッと。…………メリハリは大事だ。うん」


 ふう、と一度だけ嘆息し。

 俗に言う、ウサミミ付きなフードのあるパーカーを着込んだ少女の死神グリム──【首吊り兎ヴォーパルバニー】は隣の死神グリム、砂色の髪をした青年──【砂塵の嘴デザートイーグル】へと質問した。


「で、やりかただけどさぁ──取り敢えず顔合わせた人間は全員死なせてく感じでいいよね?」


「構わんだろう」


「だよねー。りょーかーい」




 ──【十と六の涙モルスファルクス】所属。


 じゅうなな、【首吊り兎ヴォーパルバニー】。


 じゅうきゅう、【砂塵の嘴デザートイーグル】。


 ──参戦。






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲






「っ、あ"ぁーーーー! やっぱりもうとっくに始まっちゃってるっぽいですよセンパイ!」


「わかってるっつーの…………大声出すな煩わしい」


 仙台の街中。

 街灯が灯り、街の光が明るく思え始めた頃合い。

 白い少年と黒い少女が並んで小走りしながら言い合っていた。

 …………時雨峰しうみね せい

 と、都雅とが みやこの二人である。


乙女オトメさんからの連絡も音沙汰無しですしねー。ま、それはそれであたし的には嬉しくもあるんですが」


「あいつはとっくに隠居した身だ、当てにするのが間違ってるさ。…………だいたい、だ。時間に遅れたのはお前が食い意地張ってごま摺り団子食いまくってたからだろうが」


「っ、あぁー! それ棚上げ、棚上げでしょセンパイ! センパイだって時間押してるのに、むかでやさんで領収書貰うんだって言ってきかなかったじゃないですか!」


「OWSONのコラボTシャツ買うんだってコンビニ巡りまくってただろ!」


「ミヤテレタワーでえる写真上手く撮れるまで粘ってたクセに!」


 ──なんて風に、いつのまにやら二人は足を止め、侃々諤々ちわげんかに興じていたのだが。


「…………あ"ーーーーっ! 時間の無駄だな!」


「えーぇ無駄ですね! 無駄無駄です! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄! 女の子にだけ責任押し付けたりして恥ずかしくないんですぅ!? 恥知らずな男は嫌われますよぉ!?」


「…………あぁそうかい、それじゃな」


 パッ。

 と、瞬き程の間に、せいはその姿を影も形もなく消してしまった。


「に"ゃーーーーッ! まぁた【死因デスペア】使って逃げたぁーーーーっ! 腰抜け! 根性なし! ヘタレ! チキン! 女の子に恥かかせてトンズラ! これで何回目かな!? あのろくでなしー!」


 ダンダンとその場で地団駄を踏んでブーたれるみやこ

 …………周りの目等は気にかけないタイプらしかった。


「ホンット狡いんだからさ! 性格も! 【死因デスペア】も! はぁーぁあ、いいよなぁチート能力…………あたしもワープとか使いたかったなぁー」


 プクー、と膨れ顔を一つし。

 そこでみやこは深めに息を吐き、気持ちを切り換えた。


「…………うし! 気合い入れよう。今回も結構な激戦の予感がしてるしね。さぁて、それじゃ──」


 ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り 。


 彼女の相棒。

 死神グリム専用ローラースケート、サムライブレードが唸る。




「──ばして往きますかぁっ!!!!」






 【死に損ないデスペラード】、二名。


 【刈り手リーパー】、時雨峰しうみね せい


 【駆り手ライダー】、都雅とが みやこ


 ──参戦。






△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






「──大丈夫なんですか? 弖岸てぎしさん」


「ん、なんとかね。…………あいつ倒したら、毒も消えたっぽい。詩縫しぬいちゃん達は大丈夫?」


「はい。鮎ヶ浜さんはまだ動けないようですけど、外傷自体は少なめですし、しばらく休めば大丈夫かと」


 決着後。

 しゃがみこむむすびへと駆け寄りながら、閑樽かんだるが心配そうに声をかける。


「そっか…………よい、しょっと」


 むすびはなんとか立ち上がり、そして──目前の斃れた敵へと目をやる。


「ガッ…………ぁ、っガッ…………」


 ものの見事に一刀両断されておきながら。

 未だに【毒撃手オーバードーズ】は、消滅仕切れていなかった。


「…………トドメやります」


「いいよ、詩縫しぬいちゃん。もう直に消える」


 【毒撃手オーバードーズ】の息の根を止めようとした閑樽かんだるを、むすびは片手を軽くあげて制した。


「…………っ、ガ…………ガぅ……………ち、が、ゥ……………」


「…………?」


 そこでむすびは。

 目前の死神グリムが、何かしらの言葉を紡ごうとしていることに気づいた。


「ちが、ゥ…………こんなの、チガう…………まだ、ぼくワ、やレる…………だって、ぼくは、ボクなんだ…………よゥやく、ぼくに、なれたンだ、もドレたんだ…………だか、ら、だかっらっ…………!」


 声にならない声を上げる【毒撃手オーバードーズ】。

 その言葉は。

 紛れもない、嘆願だった。


「やめ、テ、見スてないで、まだやれる、もっと、デキルんだよぼクはぁ…………! まっ、て。待ってまってマッテ待っテまッて! ぼくはボクハ僕わ! ────────【狩りハン……っ!」


 ブチャリ。


 と、厭な音をたて。

 【毒撃手オーバードーズ】の肉体は、ヘドロのように溶け、崩れ落ちた。


「………………」


「………………」


 沈黙の帳が落ちる。

 それを言語化することも出来ないまま。

 むすび達は、例えようもない不吉な予感を胸に湛えていた──






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──第二施設、屋内競技場。


 選抜生セレクション 第三班 対 【GRIM NOTE】 【電撃手ショッカー】。


 勝者、選抜生セレクション 第三班──安羅梳あらぐし とおる湯屋谷ゆやだに 淑乃よしの布引ぬのひき 暢昭のぶあき儁亦すぐまた 傴品うしな






「ンなの──あり、か、よ」


 負け惜しみじみた台詞が響く。

 そうして、【電撃手ショッカー】と名付けられた記銘済コーデッド死神グリムは呆気なく消滅していった。


「──対象死神グリムの消滅を確認。戦闘終了」


 班長を務める安羅梳あらぐしがそう告げると──


「ふひぃ~~~。疲れましたぁ…………」


 と、気の抜ける間の抜けた声色で、儁亦すぐまた 傴品うしなはそう溢した。


「………………」


「………………」


「………………」


 残る三人から、白い視線が投げ掛けられる。


「あ、いや、その。も、もち、もちろん皆さんの活躍あってこその勝利でしたよねー、的な! うんうん、てゆーかアタシ何にもしてなかったですよね! ごめんなさいゆるしてください全面的にアタシが悪ぅございました勘弁してくださいいいいぃぃっ!!」


「…………いや、謝られても困るぞ、儁亦すぐまた


「とゆーか、嫌味? 嫌味ですか? 儁亦すぐまたさんが何もしてなかったっていうなら私達だってろくすっぽ仕事しなかったってことになりかねませんよ」


 安羅梳あらぐし湯屋谷ゆやだにの二人がそういうも、変わらず傴品うしなは恐縮した態度のままだ。


「い、いやー、ほら、あれですよ。アタシが倒したワケじゃないでしょう。倒したのは皆さんで…………」


「…………勝敗を決定づけたのは儁亦すぐまたさんでしょ。相手ほぼ完封してたし」


「あー…………いやー…………あれは…………そのぅ…………え、えっとぉ! ほ、他の班の皆さんの戦局はどんな感じになっちゃんてるんでしょう!? 無事ですかね!?」


 …………かなり強引だったが、傴品うしなが話の流れを変える。


「それが、通信の類いは施設内に入った段階で上手く機能してない。ジャミングをかけられてるみたいだな…………」


「そ、そんな事、死神グリムが、やるもんなんですか?」


「普通はまずやらないさ。そんな小細工。やはり、つくづく違和感とキナ臭さが増していくな。他の班も無事だといいが…………」




 そんな。


 会話の。


 背後で。






 ──乱雑に床に転がっていた屍体の中の内の一つが、ムクリ、と無造作に起き上がった。


「…………え?」


 と、そんな声を溢したのは誰だったのだろうか。

 ──その少女は、改めて見れば随分と奇抜な容姿をしていた。

 不穏なまでに毒々しい紫苑色の髪をサイドテールに纏めている。翡翠色の不穏な形に感じる瞳孔。右目には医療用の眼帯を付けており、左右の耳には不揃いな形状のピアスが揺れていた。

 フード付きのミニジャンパーを羽織り、その下には飾り気のないチューブトップだけがあり、軽くダメージの入ったデニムショートパンツを履いている。そんな軽装に相反して、足元だけが厳つい黒皮の厚底ブーツで覆われていた。


「えっ、と…………民間人の方ですよね? 大丈夫ですか…………」


 と、慎重にその少女に歩み寄る布引ぬのひき

 すると。






 パン。





 と、素っ気ない音が響き。

 布引ぬのひきの頭部、その上顎から上は宙を舞う事となった。


「……………………え?」


 その不吉で毒々しい眼帯少女の片手には。

 草刈り鎌を思わせる。

 小さな、死鎌デスサイズが握られていた──


「……………………………………………………………………………………………………………………なぁに負けてンの【毒撃手オーバードーズ】ゥぅぅぅぅううううううッ!!!! 有り得ないんですけどマァジ落胆&失望なんですけどぉ! おーばーどーずなんつー厨二ちゅーにクサい渾名持っといてなぁにさその体たらくはかませまっしぐらじゃん! かませ相場は以前値上がりを続けております~ってか! 笑えないっての! わざわざの【死因デスペアってのにフッツーに負けてんじゃないってのぉ! オレの格まで下がっちゃうでしょうが何考えてんのよホンットーにもおおおおおおおおやんなっちゃうなぁあのボンクラ空白ブランクわああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 ガシガシガシガシガシガシガシガシバリボリバリボリバリボリバリボリ。

 と、すっとんきょうな言葉を喚き散らしながら乱雑に頭を掻き毟る少女。

 が、唐突にピタリ、と動きを止め。


「はああああああああぁぁぁぁぁぁ……………………」


 と、バカデカいため息を一つ吐き。

 気を取り直したように、顔を上げて。

 言った。











「やっぱり粗製乱造品マグロくってるようなのは駄目だな…………次!」











 こうして。

 死神グリムが──ここに、正体を顕したのである。






 ■■??クラス死神グリム、【狩り手ハンター】。


 ──参戦。






 第二局面セカンドステージ開帳オープン



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