32.紆余




 ──施設正面玄関口、突入舞台。


 第三隊ヴィブルナム選抜生セレクション閑樽かんだる 詩縫しぬい

 第五隊サイプレス選抜生セレクション弖岸てぎし むすび

 第九隊ゲンティアナ選抜生セレクション鮎ヶ浜あゆがはま すずり

 計三名、三人部隊スリーマンセル

 選抜生セレクション、第一班。




 ──第一施設、主要劇場メインホール

 ──選抜生セレクション 第一班 対 【GRIM NOTE】 【毒撃手オーバードーズ】。

 ──開戦。






◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■






「──一先ずはようこそ、と言わせてもらおうか。梟。今宵の演劇ショウへ」


 主要劇場メインホール、壇上。

 紺のパーカー、黒のスキニージーンズ──フードを被り、その上更にガスマスクを装着しているその姿は、自身の姿を覆い隠そうとしているとしか思えない。

 背丈以外の外見情報全てを遮断したその格好で──【毒撃手オーバードーズ】と呼ばれる記銘済コーデッド死神グリムは、天敵たる灰祓アルバ達を迎え入れた。


「…………【毒撃手オーバードーズ】。【】の【死因デスペア】を持つ死神グリムだな」


「いかにも。【GRIM NOTE】のまとめ役もやらせてもらっているよ」


 観客席の通路から壇上へと向けて、一班の中では最年長となる鮎ヶ浜あゆがはまが呼び掛け──それに【毒撃手オーバードーズ】は特に何も感慨も抱かない様子で返答していた。


「なら丁度良い──今回のお前らの、この、悪趣味な祭りは何が狙いだ」


 観客席の数は千席を優に越える──そしてそれらの多くは空席ではない。

 いや。

 空席ではなかった、と言うべきなのだろうか。

 席に座る人々。

 それらは皆一様に、物音一つ立てる事なく穏やかに佇んでいた。

 まるで。

 人形の、ように。


「ただ人を集めて──殺す為だけに、こんなわざとらしい茶番を催したワケでもないだろう」


「ごもっとも──けど、その問いにわざわざ律儀に答える義理なんて無いね」


 席に座する数百人の人々。

 彼らは皆目を鎖し、身動ぎ一つすることもなく、静かに眠っていた。

 無論それは。

 永遠に醒めることのない、眠りである。


「…………クズ野郎」


 閑樽かんだるの静かな罵倒を意にも介さず、【毒撃手オーバードーズ】は肩を竦める。


「気に病む事はない。ここにいる全員は全てを承知の上でやって来た人間なんだから──そして、皆揃って苦痛なく命を閉じた筈だ。眠るように、安らかに息を引き取った。自分の意思で自分の望んだ時に自分の夢見た形の死を遂げる…………それを幸福と呼ばずに何と言うのかな?」


死神あんたらと死生観を議論する気はないよ。無為無情も良いトコだ──この集会の目的だって、おおよその見当はつくし」


「…………何?」


弖岸てぎし…………?」


 【毒撃手オーバードーズ】が怪訝そうな声を上げ、鮎ヶ浜あゆがはまは隣のむすびに視線をやる。


「規模も効果も劣化版極まりないだろうけど──、でしょ? くっだらない」


「…………お前」


 心底うんざりした口調でいうむすびに対し──不快感を隠さない声色で【毒撃手オーバードーズ】は言った。


「お前に、何がわかる。知った風な口を利くな、梟風情が」


「心配しなくたって死神あんたらの心情を慮るなんてこっちから願い下げだよ。…………ただ、あんたらのその惨めな悪足掻きは見ていて気分の良くなるもんじゃないなってだけ。三下が寄って集って何をするかと思えば、一流の安易な模倣模造イミテーションときた…………やってて虚しくないの?」


「…………黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れだまれだまれだまれだまれダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレッッッ!!」


 この上なく煩わしそうに、【毒撃手オーバードーズ】は怒鳴る。

 が、それに臆することも憐れむことも遠慮することもなく。

 弖岸てぎし むすびは言い放った。




「──幻想から滲み出した不出来な汚濁でしかないあんたらに、奇跡は降りかからない。身の程じぶんを識れ、死神グリム。何者にも成れなかったあんたらは、何事も成せないままに消え失せるのが道理だ」




 純黒の刃を鞘から抜き放つ。

 憎悪を滾らせる死神を相手に微塵も退かず、むすびは挑みかかった。


「様子見は無し──第二刃型セカンドレイジ突入! 飛ばしてくよ、【鐚黒アクロ】っ!」


 威圧感の増した黒刀を手に取り、装甲を纏った右腕を振るい、むすびは瞬く間に詰めた間合いから一閃する!


「侮るなよ、梟…………!」


 その一閃を真正面から受け止める【毒撃手オーバードーズ】。

 その手には紺色の死鎌デスサイズが握られている。


「迂闊に近づくな弖岸てぎしっ──【雨安吾うあんご】!」


 数瞬遅れつつ、鮎ヶ浜あゆがはまもまた壇上に登り、その手に取った生装リヴァース──長柄戦斧ロングポールアックス型のそれを振り下ろす。


「大振りすぎだ、バカめっ!」


 むすびの【鐚黒アクロ】と鍔迫り合ったまま、【毒撃手オーバードーズ】は足運びと体捌きだけでその一撃を躱し切った。

 だが。

 選抜生セレクション側にはもう一手がある。


「──貰った。喰いつけ【阿杭あぐい】っ…………!」


 蛇の如くにうねるその一刺は、【毒撃手オーバードーズ】の守りを潜り抜け、その身体に突き刺さる。


「チッ──ウザいんだよ雑魚っ…………!」


 むすびを弾き飛ばし、その場から距離を置こうとする【毒撃手オーバードーズ】だったが──


「っだコレ、抜けない──」


「逃がすか。さっさと死ね」


 閑樽かんだる 詩縫しぬいの手にある生装リヴァースは、刺突槍スティレットというには些か飾り気の無い、その名の通りに杭のような外見の二振りの武器だった。

 しかしそれには一際目を引く特異な箇所がある──二本の杭が鎖で繋がっているという点だ。

 【毒撃手オーバードーズ】の身体に喰い込んだその刃から伸びた鎖、そのもう一方側を握り締め、振り絞る。無論相手の動きを止める為に。

 当然止められるのは四肢の一つのみ──そして、完全に止める必要など無い。それで充分過ぎる。

 選抜生セレクション達は一人では無いのだから。


「せぇぇいっ!」


 返す太刀でむすびが黒い刀身を閃かせる。

 容赦も躊躇も有りはしない。

 狙うは頚。

 速攻でカタを付けにかかる──!


「侮るなと、言ってるんだっ!」


 それを甘んじて身に受ける【毒撃手オーバードーズ】である筈もない。

 手にある死鎌デスサイズでその太刀を再び弾き返す──


「今度は外さん!」


 鮎ヶ浜あゆがはまがその長柄戦斧ロングポールアックスで薙ぎ払う。

 むすびの一閃を弾いたその体勢からでは、大きな回避行動はとれない──


「く、おおおっ!」


 一投足。

 それで【毒撃手オーバードーズ】は鮎ヶ浜あゆがはまの攻撃範囲から逃れる。

 その一歩の方角は、鮎ヶ浜あゆがはまに向かってだった。


「ぐうっ!」


 長柄武器の欠点である──大きく懐の内へと詰められれば、刃は届くことはない。

 【雨安吾うあんご】の柄は強く【毒撃手オーバードーズ】の身体を打ったが──しかしそれだけだ。


「くたばれッ」


 【毒撃手オーバードーズ】は打撃に怯むことなく、鮎ヶ浜あゆがはまへと手を伸ばす。


「っ! ヤ、ベ──」


 【毒撃手オーバードーズ】の【死因デスペア】は【】。

 一撃でも貰えば──否。掠るだけでもその身は毒に侵され、じきに死に至るだろう。

 たとえ毒死するまでに幾らかの猶予があったとしても、満足に戦える状態かはかなり怪しい。

 現状、互いにほぼ無傷ノーダメージと言える──否、【毒撃手オーバードーズ】が少々の手傷を負っている、その状態でも、ほぼ拮抗状態。

 選抜生セレクション側の一人でも墜ちれば──闘いの天秤は大きく【毒撃手オーバードーズ】に傾く事になる筈だ。

 が、この間合い、このタイミング。

 最早避けることは不可能──!


「…………なら、さ」


 鮎ヶ浜あゆがはまは自らに伸ばされた手を受け止め──そのまま腕を取り、関節にめた。

 ──腕緘うでがらみ


「ん、なっ──」


「ぐ、ふううぅぅッ!」


 ──ドクン


 と、鮎ヶ浜あゆがはまは自身の内側で厭な音の鼓動が走った事を自覚する。

 が。

 力は、決して、弛めない──


「しょ、正気かお前ッ──」


「これ、いじょ、なく、しょうきだ、くそやろっ…………ぐッ…………おまえらには、わかんないだろがな…………も、もッ……………!」


 既に鮎ヶ浜あゆがはまの身体は【】の【死因デスペア】により蹂躙されている──され続けている。

 それでも迷いも躊躇いもない。

 ただ毒に侵され戦闘不能となるぐらいならば、相手諸共に潰れてみせる。

 潰れて、なんら問題はない。

 何故ならば──


「──ありがと、鮎ヶ浜あゆがはまさん」


 ──仲間がいるから、だ。

 むすびは黒刀を大上段に構えていた。


「テ、メエエエエェェェェッ!!」


 ──一閃。

 漆黒の一太刀が【毒撃手オーバードーズ】の身体を二つに割った。

 鮮血が、飛沫を上げて舞い飛ぶ。


「ガッ、あアぁぁァぁアああアアアぁあがァァアアあァァァっ!」


 絶叫。

 怒声と血霧を撒き散らし、【毒撃手オーバードーズ】の身体が跳ねる。


「クソッ、逃した──」


 否。

 確かにむすびの振るった一太刀は【毒撃手オーバードーズ】の身体を絶った。

 しかしそれは四肢の一つ──腕一本。

 【毒撃手オーバードーズ】は刹那ギリギリで体躯を捻り、致命傷を避けたのである。

 が、それでも紛れもない痛打。

 むすびは続ける二の太刀にて、止めを刺さんとする。

 狙うのは頚。

 今度こそ引導を渡す!


「これで、終わりいいぃいぃぃ!」


 黒の刃が閃く。

 その一閃が、【毒撃手オーバードーズ】の頚を絶ち斬る──






 ──一瞬前に、【毒撃手オーバードーズ】はもう片方の腕をむすびの鼻先に突きつけた。











「【死業デスグラシア】、解放──【毒濁煙撃者マッドガッサー】」



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