31.戦友・断




 20XX年 五月五日 PM 10:20

 宮城県仙台市 複合文化施設「イルミティ29」にて。

 死神グリム集団、【GRIM NOTE】討伐戦、開始。






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『施設内の偏在反応、増加を続けています──中でも、90%を越える偏在反応が、三つ!』


本丸ターゲットだな…………既存の偏在反応との照会、急げよ」


「民間人の保護はどーすんすか頭尾須ずびす隊長? この集まり、例の死神グリム信者の集会なんでしょ? 事実上人質みたいなもんじゃないすか?」


「当然、民間人の保護は最優先だ──ま、人質なんて取る死神グリムなんざ見たことないがな。…………奴らが人間の命に『人質』なんていうを見出だすとは思えん」


「わー胸糞悪ぃ話」


 作戦開始直後。

 今回の作戦における主力にして扇の要、第五隊サイプレスの面々がやり取りをしていた。


『偏在反応照会、終わりました──グリムコード、【毒撃手オーバードーズ】、【電撃手ショッカー】、【爆撃手ボマー】の三体です!』


「想定通りですね──どうしますか、隊長」


 局地的な戦闘とはワケが違う──大規模な集団戦。全ての鍵を担うのは、情報だ。

 オペレーターの報告を受け、煙瀧えんだき頭尾須ずびすへと対応を求める。


「当然、第五隊おれたちが主力を叩きたいところだ──が、それは向こうが何の策も弄しない愚鈍共だった場合、だ」


「是非ともそうであって欲しいところっすけどねー。…………ま、こんな袋小路にわざわざ自分から入ってくれて、『煮るなり焼くなり好きにしてー』って具合にはいかないっしょ」


「…………噂をすれば影ですね」


 頭尾須ずびす唐珠からたま、隊長と副隊長のやり取りを受けて、第五隊サイプレス最後の一人──公橋きみはし 辰人たつとがボソリと呟く。

 瞬間。




 ──ヲオオオオオオオオォォォォォン!




 その作戦範囲内に轟き渡る、寒気のする遠吠えが聴こえてきた。


「…………そーら来た」


 鬱陶しそうな口調で、頭尾須ずびすは吐き捨てる。


『作戦域内を取り囲むように偏在反応発生! 膨大な数です!』


「──自身を餌にした囲い込み猟ですか。豪胆というか、傲慢というか…………」


「つっても、突発的な偏在ってことは例の死神犬いぬどもでしょ? 精々が巨悪魔犬バスカヴィル程度──」


『作戦域を取り囲む偏在反応、以前増加中──っ!? そんなっ…………!』


「何があった? …………嫌な予感しかしないが」


『──周囲の偏在反応群の中に、飛び抜けて高い偏在反応が、複数体…………っ! 計七体! 全て90%前後の偏在率です──嘘、速いっ…………!? 一体、本隊、施設ホール正面へ到達します!!』


 風が啼く。

 まるで空間を裂くが如くに、死を運ぶケダモノが襲来する──!




 ──ヲオオオオオオオオオォォォォォォンッッッ!!!!




 轟々たる雄叫び、そして風切り音と共に──白き巨影が第五隊サイプレスの元へと到来し、躍りかかる!


 ──ヲオオオオオオオオオ!!


「──煩い。喚くな、犬コロ」


 空を、そして生命を絶つその一撃を、頭尾須ずびすは煩わしそうに受け止める。


生装リヴァース、転装──薙ぎ払え、【白真はくま】」


 瞬間、頭尾須ずびすの手に顕れた純白の直剣は襲いかかるその一撃を難なく受け止め──そして返す太刀で相手の頸を墜としにかかる。


──ヴブァルブフグルルルルルゥ!


 不快そうな唸り声を響かせ、そのケダモノは辛うじてその白き一閃を躱し、頭尾須ずびすから距離を取る。


「うお、なんすかこの死神犬いぬ。見たことねぇ」


「…………なんか、服着てますけど。犬の癖に。二足歩行なんですけど。犬の癖に」


「………………犬神イヌガミだね。出現記録は少ないから、情報庫アーカイブにも大した記述はなかった」


 そう。

 目前に現れた死神犬グリムは、完全なケダモノでありながら、どこか人のような立ち振舞いを漂わせる様相であった──図体スケールは三メートルを越え、霊長類よろしくの二足歩行で直立している。平安時代辺りを連想させる衣服に身を包み、並々ならぬ殺意を滾らせて第五隊サイプレスを睨みつけていた。


「…………いっそ烏帽子えぼしでも被ってりゃもっとサマになったろうに。で、これと同じ偏在反応が計七体。間違い無いな?」


『──はい! 残る六体は徐々に包囲を狭めながらホールに近づいて行きます!』


「…………こいつらがホール内に雪崩れ込んだら大惨事だな。進明隊ディステル破幻隊カレンデュラじゃ紙切れ同然にバラバラにされる」


「どうしますか、隊長。各突入口にいる選抜生セレクションを呼び戻すという手も──」


「駄目だな。時間のロスが大きすぎる。時間が経てば経つほどこちらの損傷は増えるばかりだ…………下手を打てば死神犬こいつらと中の記銘済コーデッド共に挟み撃ちになる」


「となると──中の記銘済コーデッド達は…………」


選抜生セレクション達に任せる。単純な身体能力だけをみるなら死神犬こいつらは中の記銘済コーデッドに勝るとも劣らないからな。第五隊おれたちが狩り獲るしかない」


 目前の死神犬グリム──犬神イヌガミから目を離さぬまま、頭尾須ずびすはそう宣言した。


「…………第五隊おれら死神犬こいつらを仕留めるのが早いか。記銘済コーデッド達が選抜生セレクションを仕留めるのが早いか、すか」


選抜生あいつらを舐めるなよ。記銘済コーデッド相手であろうとも充分に勝算はある…………記銘済コーデッド達が既存の情報通りまでの実力なら、な」


「何にせよ、時間との闘いになるでしょう──分断わかれますか?」


「戦力の拡散は下策──とは言え、この状況だと視野には入れるべきですね。賭けにはなるでしょうが」


 隊員達はそう言って自らの隊長へと命令を求め、視線は向けぬまま、ただ待った。


「──隊長おれ単騎ひとりでいい。お前らは固まって他の犬神イヌガミ共を仕留めろ。俺が四、お前らは三だ」


 隊長の命令を受け──第五隊サイプレス隊員三名は。

 ニヤリ。

 と、不敵な笑みを浮かべる。


「隊長が三で私達が四です」


隊長おれが四でお前らが三だ」


「いやいや俺らが四で隊長が三っすよ」




「「「「……………………」」」」




 第五隊サイプレスに刹那の静寂が降り。

 そして。

 隊長、頭尾須ずびす あがなが叫んだ。




「──早い者勝ちだ!!!!」


「「「応!!!!」」」






▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

△△△△△△△△△△△△△△△△






 ──施設東側入口、突入部隊。


 第二隊アネモネ選抜生セレクション安羅梳あらぐし とおる

 第七隊ハイドレンジア選抜生セレクション湯屋谷ゆやだに 淑乃よしの

 第八隊バレンワート選抜生セレクション布引ぬのひき 暢昭のぶあき

 第十隊ダチュラ選抜生セレクション儁亦すぐまた 傴品うしな

 計四名、四人部隊フォーマンセル

 選抜生セレクション、第三班。



「【堝貫透かかんどう】──」


 先頭を往く安羅梳あらぐしが、襲いかかる空白ブランク死神グリム刺突槍ランス生装リヴァースで串刺しにし。


「【COLTコルト】っ!」


 最後尾の湯屋谷ゆやだにが、ナイフ型生装リヴァースで追撃してくる死神犬グリム達を切り刻み。


「【流々転々るるてんてん】」


 そして二人が撃ち漏らした残りを、布引ぬのひきが長い鎖で繋がれた連結鎚フレイル生装リヴァースで仕留めていく。


「……………………」


 その中心で。

 儁亦すぐまた 傴品うしなは所在無さげに佇むばかりだった。


(ア、アタシ何もやってない…………いや、皆さんスゴいからやることないだけでそれはむしろ良いこととも言えるけれどだけどももしかすると怠けてるって思われてるかもいやいやだってアタシの生装リヴァース的にどうしようもないといいますかええっとその)


「おい、儁亦すぐまた


「うっひゃぁあぁぁあぃ!!??」


 安羅梳あらぐしの声に、傴品うしなはすっとんきょうな奇声で応える。


「…………だ、大丈夫か?」


「だっだだだっただ大丈夫ですおーけーですアタシ大丈夫なので、えとその決してサボタージュでないというワケなので別に皆さんの命がけの闘いに水を差しにきたつもりはわわ」


「落ち着けよ…………そう固くなるな。お前の生装リヴァースについては聞いてるさ。いざって時には頼りにする。だから今は俺たちの背中を守ってくれればそれでいい」


「はっ…………はひっ! 了解しますた!」


(噛んだ…………)


(噛むなぁ…………)


(噛みすぎでは…………)


 そこで、四人は開けた場所へと辿り着く。

 そこは本館から少し離れた第二施設。

 屋内競技スポーツの為の運動場コートだった。

 その、筈だった。


「………………っ!」


「ぐ、ぅ…………!」


「酷いっ…………!」


「……………………わぁ」


 そこにあったのは人間の群れ。

 否。

 人間だったものの群れ、だった。

 らはの大半は黒焦げになり不快なオゾン臭を漂わせている。

 中には脊髄反射か、ビクンビクンとその黒い躯体を跳ねさせているものさえあった。


「──なんだ、ようやく来たか。呑気なもんだな」


 その中心。

 した屍体の山の上に、金髪の死神グリムが待ち受けていた。


「…………降りなさい」


「んぁ?」


「その人達から、降りなさいっつってんのよ!」


 激昂した湯屋谷ゆやだにがナイフを投げつける──それを苦もなく躱し、死神グリムはコートへと降り立った。


「…………【電撃手ショッカー】。司るのは【】の【死因デスペア】だな」


「見りゃ解る事を得意気に言ってんじゃねっつーの…………ほら、さっさとろーぜ。ワザワザ掃除してやったんだからよ」


「掃除、だと?」


 安羅梳あらぐしもまた怒気を滲ませて強く目前の死神グリム──【電撃手ショッカー】を睨む。


「ほらまたいちいちキレるしよ…………こいつら愚者アホ共の仕事は終わった。【GRIM NOTEおれたち】の完成の為の共有認知構築は完了だ。だからこいつらのお望み通りに──死神グリムの力を味わわせてやったまでさ。お前らが口出しすることじゃない。梟共」


「共有、認知、構築…………」


 そんな中、隊員チームメイト達の背後で。

 

 なんて風に。

 儁亦すぐまた 傴品うしなは、一人得心していたりしたのだけれど。

 そんな事はまるで露知らず──他の選抜生セレクション三名は、戦闘態勢に入る。


「いくぞお前達──確実に仕留める」


 年長である安羅梳あらぐしがそう言うと。


「了解…………絶対に逃がさない」


「細切れにしてやるっての…………!」


「あ、はい」


 と、他の三名も──温度差はあれど──応える。


「手加減の必要は無さそうだな──んじゃ、焦げろ」


 電撃を統べる死神は、その手に黄色い死鎌デスサイズを取り──ジジジ、という不快な音を響かせ、それを構えた。




 ──第二施設、屋内競技場。

 選抜生セレクション 第三班 対 【GRIM NOTE】 【電撃手ショッカー】。

 ──開戦。







△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

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 ──施設裏口、突入部隊。


 第一隊ブラックサレナ選抜生セレクション神前こうざき えん

 第四隊クローバー選抜生セレクション罵奴間ののしぬま 鍔貴つばき

 第六隊モンクスフード選抜生セレクション蘆名あしな 羯磨かつま

 計三名、三人部隊スリーマンセル

 選抜生セレクション、第二班。




「──抜けたぁ!」


 第二班。

 彼らもまた、襲い来る死神グリム達を打ち倒し──やがて辿り着いたのは、この施設の中庭に当たる場所だった。

 県内、どころか国内を見渡しても有数の大きさとされる施設である。

 中庭もまた無駄にだだっ広い代物だった。

 そんな中、大きな庭石の上に腰掛ける少女が一人。


「………………」


 何も言わない。

 やって来た第二班、宿敵である筈の灰祓アルバに一瞥もくれる事なく──死神グリムの少女はスマートフォンに没頭していた。

 正確には。

 …………スマートフォン向けソーシャルゲームに、没頭していた。


「………………」


「………………」


「………………」


 リアクションに詰まり、一瞬固まる第二班の面々。

 が、何とか気を取り直し──神前こうざき えんが目前の死神グリムを怒鳴り付ける。


「こらぁ! こっち見なさい! 死神グリム! わたしたちを舐めてんの!?」


「………………はぁ」


 と、ため息を一つ。

 そして死神グリムは、あくまでも視線はスマートフォンの画面に注いだまま、言葉を返す。


「タイミング悪いんだよねぇ……………事の前にスタミナ消費しときたかったのにさぁ…………まーたメンテ延長するとかホント仕事しろよ運営…………詫び石少ないしさぁ…………倍にしろっての倍に。…………後で捨て垢でクソリプ掃射してやるからな覚えてろ」


「なんの話しとんじゃあああああ!」


「あーはいはい、わかってるって…………後で相手したげるからもうちょい待って。あと五分あればデイリー消化出来るからさ」


「…………っ!」


 頭に青筋を立てたえんが飛びかかろうとし──背後から鍔貴つばきが押し留める。


「落ち着け。挑発だ、乗るな──」


「あんた、あれが挑発に見えんの? ホントに? マジで?」


 怒りに身震いしつつそう訊ねるえん


「………………」


 言い淀む鍔貴つばき

 正直に言えば、全然見えなかった。


「もういいぜ。取り敢えずぶん殴ろう」


 ずい、と一歩前に出て、蘆名あしな 羯磨かつまがそう言った。


「賛成。大賛成。流石蘆名あしな先輩話がわかる」


「…………それしかないすかね」


 全力で同意するえんを見て、渋々承知する鍔貴つばき


罵奴間ののしぬま、打ち合わせ通り頼むぞ」


「ハイっす…………」


 三人で事前に構築した陣形フォーメーションをとり──


「──【Altoアルト】」


 鍔貴つばきが手に取ったクロスボウ型の生装リヴァース──それから放たれた一矢が、目標の死神グリムへと襲いかかる。

 瞬間。

 残る二人が、同時に駆け出した。


「【麹塵きくじん】!」


「【一空いっくう】!」


 手甲ガントレット型と、大剣型。

 両者ともに生装リヴァースを展開──そして。

 そして。




        Bombボン




 そんな、どこか気の抜ける、しかし大きな音が響いた。


「──えっ」


 その声はえんのものか、はたまた鍔貴つばきのものか。

 どちらにせよ。

 蘆名あしな 羯磨かつまのものではないことだけは──確かだった。


「あんたらさー。ガチャ宗教は何教?」


 片手で【Altoアルト】の矢を掴み取りながら。

 しかしもう片方では絶えずスマートフォンを操作しつつ。

 目前の死神グリムは珍妙な問いを投げ掛ける。


「わたしはね。理性的な現実主義だからね。ちゃんと数学的見地に基づいたのを信奉してるんだよねー。ほら、言うでしょ。確率は収束する──正しくは確率変数の収束だっけ? まぁあれだ。ようするに。ガチャは引けば引くほど当たりやすくなるってヤツだよね。(※違います) 逆を言えばさ。爆死すればするほど爆死は遠ざかるんだよ。(※遠ざかりません) 神引きするやつが少なくなればわたしが神引きする確率は上がり、(※上がりません) 爆死するやつが多くなればわたしが爆死する確率は下がるんだ。(※下がりません)」


 ワケのわからない妄言を吐く少女──すると、彼女が掴み取った矢が。


 Bombボン


 と、爆ぜた。


「爆死させれば爆死させるほど引きが良くなる──即ち、爆死教。これぞわたしが開いたさいきょーなガチャ宗教なのであーる。…………んなワケであのバカっぽいアホには早々に爆死してもらったのでしたー。単細胞ー。トラップぐらい警戒しろよ──敵地だぞっ?」


 つい数秒前まで、蘆名あしな 羯磨かつまの立っていた場所。

 爆心地。

 そこには。少量の焦げ跡。

 それだけだった。

 彼の生きた足跡は。

 彼が死んだ痕跡は。

 本当にそれだけしか、残っていなかった。


蘆名あしな、先ぱ──」


「…………ほい、デイリーミッションおーわりっと。さて、約束通り相手したげるよー。って、その前にもう、一人死んじゃったけどね。ウケるー」


 スマフォをポケットに押し込み。

 死神グリムの少女は。


「さてさて、わたしのより良いガチャの為。わたしが爆死しない為──」


 【】の【死因デスペア】を手繰る、【爆撃手ボマー】と呼ばれる死神は──笑った。


「換わりに爆ぜろ。人間」




 ──第一施設、中庭。

 選抜生セレクション第二班(一名死亡) 対 【GRIM NOTE】【爆撃手ボマー】。

 ──開戦。



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