30.痒い雨
「死に憧憬を抱いてしまう人というのは、いつの世にも一定数存在します──昨今のこの国ではもはや珍しくもないほどに。嘆かわしくも微笑ましいですね」
ある日の銀泉学園食堂。
黒々しき少女──
「統計によると
「いや、それ省略していいんですか? お嬢様」
黒き少女の隣に座る絹鼠色の髪の少女がツッコミを入れた。
「はい、
少々の間がテーブルに降りる。
そして、向かい合う少女はその問いに答えた。
「ふふ、やはり優しいですね、貴女は──『苦しい環境の人達程助け合っている』、ですか。まぁあながち間違ってもいません。というよりその通りです。困難や窮地に追い込まれれば人間は手を取り合うものです。友情やら信頼やらの感情論はさておいて、それが長い時を生き抜いてきた、人類の生存戦略なのですから」
「所詮は人間も群体、群れで生きる生物ということでしょうかねー」
「群れない生物など事実上存在しないでしょう。複数の個体が存在している時点でそれはもう種族という
更に投げ掛けられたその問いの答えは、既に用意されていたのか、向かい合う少女はすぐに返答する。
「そう、この国を始めとする先進国では、既に高度な
「別にそれは悪いことじゃないと思いますけどねー私とかは。人間関係なんてギブアンドテイクが当然でしょう。そりゃ義理や人情に価値がないとは言いませんけども、それは人それぞれの裁量次第ですよやっぱり。自分を犠牲に他者を助けるのはそりゃ美しいですけども、それを強要するのは絶対に違います。『犠牲無き献身こそ真の奉仕』と、かのナイチンゲールも言ったそうですよ。等価交換だからこそ助ける方も全力で助けれるし、助けられる方も遠慮なく助けられる事が出来るんじゃないですかね」
「なるほど、それもまた真実ですか。──まあさっき言ったように、他者に無関心で、自分を最優先にする生き方を糾弾するつもりはないんですよ。それが正しいと言うつもりもないですが、まぁ生き方は人それぞれですものね」
そこでまた一旦紅茶を口に運び、
「昨今では『根性論』がようやく否定されるようになりましたよね。嫌な思い、辛い思い、苦しい思いをすればそれが立派だと讃えられる──『苦労主義』あたりも。確かに苦労すればするほど偉いというのは論理が飛躍していると思いますが…………ここだけの話、私は苦労したものが偉い、という考え方にはそれなりに共感出来てしまうんですよね」
「う"ぇーっ。マジで言ってます?」
「マジで言ってるわよ、
「いや、別に──自殺する人だって色々と事情があるでしょうに……」
「どんな事情があっても生きる事を放棄するなんて人間失格、いえ、生命落第だわ。蚯だっておけらだってアメンボだってゴキブリだって『生きる』ことには真摯で、懸命に生きようと努力しているというのに…………自殺するってことは自身がこの地球上で最も劣った生物だと立証するようなものよ」
「清々しいまでに最低な事を言うなぁこの人…………」
「ともあれ、逆光の前に立ってこそ、生命は輝かしく光るものだと私は思います──そう、貴女のようにね」
そう言いながら微笑む黒い少女を前に──向かい合う少女は、何とも言えない顔をする。
「何が言いたいかと言いますと、私は貴女に敬意を表したいという事ですよ──死に怯えながら、死を厭いながら、それでも生を掴むまで諦めることなく懸命に闘う勇士をね」
にこやかに告げられたその言葉に。
向かい合う少女は。
「いや、別に、ワタシはそんなんじゃないです」
○●○●○●○●○●○●○●○●
●○●○●○●○●○●○●○●○
五月五日。
仙台某所にて。
「い、いっ、いいっ、いよっいよですね
「うん、そうだね
作戦当日。現場から少し離れた待機場所にて、
「そんなこと言ったって緊張しちゃいますよぉ~…………なんでアタシだけほとんど面識ない人達とチームアップしなくちゃなんないんですか~…………
「そう言ってくれるのは嬉しいしありがたいけどね。偏在率のバランスからいったらワタシらはそりゃ分けられちゃうよ」
「そりゃ理屈はわかりますけども~。うう、あの人達なんかピリピリしてて怖いんですって」
「いや、別にあんたにイラついてるワケじゃないと思うよ。ほらあの一件ででしょ。あの──」
ほんの一拍の間を空けてから。
「──例の、
「…………なるほど、そうですか」
「うん、そうだよ」
「………………」
「………………」
二人の間にしばしの無音が流れ。
「あの、
「ん? 何、
「いや、その…………大丈夫、ですか?」
「……………………………………何が?」
「…………いえ、何でもない、です。ごめんなさい」
会話が打ち切られる。
それがこの
──そこに新たな人影が来訪する。
「おいーっす。久しぶりだねーむーすーびーちゃんっ」
金髪をツンツンに立てた髪型をした、チャラついた雰囲気の青年が二人の前にやってきた。
「あ、
青年──
「うん、といっても二ヶ月ぶりぐらいかな? 隊長とはずっと一緒だったみたいだけど、俺ら残りの隊員達はそりゃもーまた会える日を心待ちにしてたよ。一日千秋ってやつ? いやー、また東北に来てくれて嬉しいよまったく」
「大げさですね相変わらず…………あ、
「どもー、
「ふ、ふぇっ!?
「いやいや、そんな畏まんなくていいよー。副隊長っつったってほぼ名ばかり。
「堂々と言わないで下さいよ…………」
「俺の話はまぁ別にいいでしょ。そーれーよーりー。俺としては
「…………あ、や、その、自分は、別に、あの」
と、口ごもる
「ほーらー女の子とあらば即ナンパする癖直してくださいって言ったじゃないですか。この子はデリケートなんであんまズケズケいかないであげてください」
「うおっとゴメンゴメン! そっかウブなタイプの子だったかー。女子の
申し訳なさそうな顔で真摯に謝ってみせる
「い、いえっ、いえいえお気になさらず! だっだ大丈夫ですので……」
「まったく…………
「あ、それは止めて。勘弁して。
そんな風な既知同士のやり取りが続けられ、
「………………」
「あ、そういえば二人とも、ここ
「どうだったって、何がです?」
「いやほら、二人とも、
「!」
「!!!」
ピタリ。
と、
「あの
「………………」
「……………………」
長い沈黙の後。
二人は口を開いた。
「痛みを知らない子供が嫌い」
「心を失くした大人が嫌い」
「いやゴメン何言ってんの!? 何の話!?」
そんな
「おっと、そろそろか。んじゃ、二人とも──生き残ろうね」
「はい」
「あ。は、い……」
サラリと告げられたその言葉。
それは──まったくもって、この場に相応しい言葉だっただろう。
そうして
「…………えっと、何で話しかけてきたんでしょあの人。ホントにナンパです?」
「いや、たぶんワタシ達が緊張してるのを見て気を遣ってくれたんじゃないかな…………あの人、口さえ開かなければ顔も性格もイケメンだし」
「褒めてるんですか? 貶してるんですか?」
そこで、隊員達のインカムに通信が入る。
『──総員注目』
その一言で、その場に集った全ての【死対局】局員達の視線が一点に集中する。
その先にいたのは──
──【
──隊長、
──副隊長、
──隊員、
──隊員、
総員四名。
東北地方担当の【
それを率いる隊長──
「総員、それぞれの班に分かれ、戦闘態勢を取れ──三十分後に、作戦開始だ」
◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□
□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇
「はぁ…………憂鬱憂鬱陰惨陰惨。──おい、【
ガスマスクを着けた
【
舞台は、死に焦がれる子羊達が招かれし集会場──
「
ガスマスクの奥。
にこりともしないままに、彼は開戦を宣言した。
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