29.奔雨




「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ──まぁそれなりに形にはなってきたかなあああああぁぁぁぁぁッッッと」


 闇の中。

 響くのは無機質で、それゆえに清廉な電子音。

 それを引き裂くのは、無神経極まりない、巫山戯た不愉快な哄笑だった。


空白スカどもは感謝してほしいよねー。オレの可愛い子供の教材になれたんだもんねー。ま、もうちょい学習はしてもらわなくちゃなんだけどさー」


 冷たい床に寝そべりながら、は実に上機嫌にラップトップのキーボードを叩く。


「──泡沫の空オムニアにおける死神犬グリムの認知に偏向性を持たせるのはクリア、っと…………あとはその偏向性に任意の指向性を合わせられればー…………あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 偏向性と指向性の両立って我ながらオレながらどんなもんだい無理難題ーーーーっつってつって! あーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 嗤う嗤う嗤う。

 嘲る嘲る嘲る。

 は全てを侮辱する。

 は総てを冒涜する。


「だああああああれもかれもかのじょもどいつもすいすもおらんだもひっとり残らず台本通りの芝居しかしないんだもんなああああ! 一人くらいアドリブ入れて脚本にメリハリつけなきゃだよねええええええ! やっだオレちゃんってばマぁジ健気ーーーー! 意識高ああぁぁい! 素敵! 抱いて!」


 やがて誰もが欠落する。

 故に誰もが失楽する。


「ま、お祭り騒ぎの為には下準備が何より大切ってこーっとっでぇ。とにかく今は地道に、データ収集試行錯誤、デバッグデバッグテストラーン! っつってねつってねー!」


 冷たい闇の中、稼働音を立てて並ぶのは──無数のサーバー郡。

 それらが延々と佇む姿はまるで、オベリスクのようで──


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 無粋な嗤い声はそれらに反響し、更に不快な不協和音と化し──それでもやがては闇に融けては消えていった。






■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆

◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■






「それはともかくとして──本題に入りましょーよ、ナギさん。その変なサイトについて」


 場所は東京、公務員宿舎。その一室。

 鞄から取り出したカプリコにかじりつきながら、【駆り手ライダー】──都雅とが みやこはそう話を切り出した。


「顔と名前を書き込めば死ぬ──厳密には『死神グリムが死なせてくれる』でしたっけ? もし本当に死神グリムがそんなサイト経営して、律儀にあくせく人間死なせてるってんなら──笑っちゃいますけどね。あはは」


「笑い事じゃないんですけどね…………私達人間にとっては」


 僅かに眉間に皺を寄せ、ため息混じりに女刑事──矢木柳やぎやなぎ 山羊やぎは言葉を溢す。


「いや、笑っちゃいますって──人間の言いなりになってヘコヘコ人間死なす死神グリムって、プライド無さすぎですもん。何がしたいんだろ。何? そんなにアクセス数稼ぎたいの?? YouTuberでも目指してんの??? って感じですよー」


 ケラケラと笑い声を上げるみやこ──心底可笑しそうな様子。


「だから、笑えないんですってば…………死神グリムの存在が明るみになって以来、水面下では死神グリムする人々は決して少なくありません──死神グリムという超常の存在をカルト的に崇める活動は、日々爆発的に活発化するばかり。…………貴女は一般人の心情なんて考えたこともないかもしれませんが」


「そりゃー考えませんよ。この期に及んであたしが一般人視点に立てるワケないじゃないですか──人間としてのあたしは、もう死んじゃったも同然なんですから。わからないことを考える程暇じゃないですし、わからないことをわかったふり出来るほど器用でもないんです。あたしは」


「…………ホント、自己分析は出来るんですね」


「自分の事ぐらいわかってます──というより、あたし自身があたし自身ををわかってあげなきゃ、もうあたしをわかってくれる人は他にいませんから」


 ──

 などとは、当然にみやこは口にしなかった。


「ともかく、とも言える死神グリムのシンパサイザーは水面下で膨大な数になっていると予想されます。気に食わない人間を始末してくれるとくれば、なおさら」


「はっ。で、そのサイトにドハマりした達が何をどうしたものかわかったもんじゃない──って話ですか? 笑える。まんま悪い宗教ですね」


「宗教に良いも悪いもありませんよ…………信教の自由は人権として認められていますから。だから──そこにあるのは、良い人間と悪い人間の違いだけです」


 その山羊やぎの意見を薄く鼻で嗤い、みやこは言う。


「良い人間と悪い人間ねぇ…………強い人間と弱い人間の間違いじゃないです?」


「『悪とは何か──弱さから生ずる一切のものである』、ですか? ニーチェを信奉してるとは知りませんでしたが」


「別に。ただのあっさい経験則ですよ。ニーチェって何です? フルーチェの仲間ですか?」


「…………いえ、話がそれましたね。本題に戻りましょう。とにかく、この熱狂的な信者が数多くいるであろうこの【死神サイト】に、件の空白死神ブランクグリムがアクセスしていたこと──そして、このサイトにこんな告知が乗せられたことです」


 タブレットを操作し、山羊やぎみやこへとその内容を見せた。

 それを見たみやこはニヤリとほくそ笑み。

 呟いた。


「…………ふーん? いいですね。先輩風に言うならば──随分と、






『──きたるゴールデンウィーク。

 死神グリムの裁きを信ずる者達が、その尊き意志を分かち合う集会を行おう。

 死を想い、死に焦がれ、死を慈しむ者達の元に、真なる死神グリムの導きを』






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

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「──わざわざ呼び出して何の用だ、水火みか


 【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、局長室にて。

 部屋の中で向かい合うのは、局長である煦々雨くくさめ 水火みかと──第五隊サイプレス隊長、頭尾須ずびす あがなだった。


「…………公衆の面前ではその呼び方は止めてくださいね、あがなさん」


「わかってるよ…………んで? 東京まで呼びつけて教職なんぞに就かせた弁明でもしてくれるのか?」


「ええ、話が早くて助かります──とは言え、その様子だとおおよその見当はついてると思いますが」


 デスクの上のティーポットを手に取り、実に優雅な手つきでカップに注ぎながら煦々雨くくさめは言う。

 対する頭尾須ずびすは憮然とした表情でそれを見つめていた。

 やがてティーカップに注がれた紅茶に両者共々口をつけ、しばしの沈黙がおりる。


「……………………念造ねんぞうの煎れたヤツしか美味いな」


「精進します」


 やがて二つのティーカップの中身が空になり、両者が一息吐いたところで──やはりというべきか、目上の立場にあたる煦々雨くくさめから話を切り出した。


弖岸てぎし隊員、儁亦すぐまた隊員への任務拝命を一ヶ月間停止します──その期間で両隊員が使にまで引き上げて下さい」


「──無茶苦茶言いやがるな、ったく…………パワハラで訴えんぞ」


「出るとこに出ても私は構いませんよ」


「そりゃそうだろ勝ち確なんだからな、上級国民め」


 大きな嘆息の後、頭尾須ずびすは再び口を開く。


「教職なんぞに就かせたのはあの二人を鍛える為だけかよ。効率的なんだか回りくどいんだか…………念の為に訊くがな。使ってのはどこまでの話なんだ?」


「決まっているでしょう──私達と肩を並べられる、即ち『神話級ミソロジークラスに対抗できる』隊員にしてくださいという意味です」


「………………本ッッッ当に好き勝手言ってくれんな」


「無茶を言っている自覚はあります。が、を言っているつもりはありません」


「…………神話級ミソロジークラスに対抗できるってことはつまり【聖生讃歌隊マクロビオテス】の入隊ラインって──」


「──というラインで留まる才能ではありません。弖岸てぎしさんも儁亦すぐまたさんもね。それは貴方が誰よりもわかっているのではないですか?」


 死神グリムの最高位、神話級ミソロジークラス──それに対抗しうる灰祓アルバの最高戦力部隊、【聖生讃歌隊マクロビオテス】である。

 だが──そこに留まらぬも、確かに存在する。

 ──人の身でありながら、単騎で死神グリムに比肩しうる例外えいゆうが。


「──煦々雨わたし頭尾須あなたと同じ領域にまで引き上げて下さい、と言っているのです」


「………………一ヶ月で?」


「一ヶ月、です。時間が無いのは周知の事実でしょう? 方法は任せます。設備、資金は要望があれば必要なだけ引っ張ってきますので」


「暴君かお前は。なんで俺に押し付けんだよ儁亦すぐまたぜんさんの教え子だろう」


「そのぜんさんからの名指しの指名がありました。彼女を高みにまで引っ張り上げられる者がいるのならば、それは頭尾須ずびすだろうと。私も同感ですよ──貴方の教え子としてね。あがな師範せんせい


「………………チッ」


 信頼の念がこもったその言葉に、頭尾須ずびすは思わず舌打ちを溢した。


「そうは言っても、一ヶ月じゃ出来る事と出来ない事がある。それはわかってるだろう?」


「ええ、勿論──泡沫の空オムニア内での偏在駆動を始めとする基礎能力は、貴方とぜんさんが鍛え上げた段階で一定のレベルに達している筈です。それ以上の領域を目指すなら、後は場数けいけんを積むしか無いでしょう──の面では」


「つまり、基礎じゃなく応用を習得させろってワケだ──どころか、対死神グリム戦闘術のに足を突っ込ませろと」


「はい。貴方もいずれはそこまで弖岸てぎしさんを導くつもりだった筈。時期を早めるだけです。リスクは飲み込んで下さい。ぜんさんに至っては、最初からを見込んで儁亦すぐまたさんを鍛えていたようですしね」


「…………わーったよ、引き受けてやる。だが最後にこれだけは答えろ。一ヶ月後が期限って事はつまり──」


「ええ、選抜生セレクション達の真価を問う時が来たのです。作戦日時はゴールデンウィーク──悪しき死神グリムの企てを叩き潰す。選抜生セレクションはその為の刃となって貰わなければなりません」


 煦々雨くくさめは決意と共に厳かに言い放った。






「故に。頭尾須ずびす あがな隊長──弖岸てぎし儁亦すぐまた両隊員に、何としても灰祓アルバにとっての極限の御業みわざ──【冥月みょうげつ】の習得を」






△△△△△△△△△△△△△△△△

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽






「──なんかテンション低いですねむすびさーん。入院した選抜生セレクションの皆さん、みんなすぐ退院出来るっていってたのに」


「んー…………そうだね。それはよかったよね。ホントに…………」


 夜。

 警察庁からの帰り道に【鳳凰機関】直轄の病棟に寄り、傴品うしなの顔合わせがてら、昨日の闘いで負傷したという選抜生セレクション四名の見舞いに行ってきたのである。

 結果、全員そこまで重い怪我というワケでもなく──しばらくすればすぐに退院出来るとの事だった。

 そしてそのまま帰路についた二人だったのだが。

 ピローン♪ と、結の端末AReTから着信音響く。


「…………あ、ししょーからだ。んー…………ワタシと傴品うしな、しばらく任務入らないって」


「ほぇ? ってことは暇ですか? リラックスしていいんですか? 優雅にバケーションですか?」


「んな美味い話があるワケないっしょ。一ヶ月ぐらい学園の授業含めて、ミッチリと対死神グリム戦闘術訓練させられるってさー」


「ぐえー………………ま、それは仕方ないですか」


 と、そう何の気なしに言う傴品うしなの姿に、むすびは僅かに眉をひそめた。


「…………んー、もっと喚くかと思った。『鍛練なんていやですぅー!』みたいな」


「あ、いえ、嫌といえば嫌ですけど。ただ、それでも一応局員になったわけですし、嫌がってても仕方ないですよねという」


「ふむ…………うぅん、まだ会ってから二日も経っちゃいないんだから当然だけど、ワタシまだあんたのキャラをいまいち掴めてないんだよね…………ええっとさ」


 夕焼け空を見上げながら、むすびは訊ねた。


傴品うしなは──どうして、何の為に灰祓アルバになったの?」


「………………」


「…………いや、別に、答えたくないなら──いいんだけどさ」


「…………いえ、別にもったいぶるほど大層な理由じゃないですよ。ホントに。ええっと、そうですね。と問われれば──





 ──、でしょうか」




 曖昧な方向へと視線を遣りながら、傴品うしなはまるで独り言のようにそう呟いた。


「…………どういう、意味かな?」


「いや、そのまんまですけど…………転ばぬ先の杖的な…………え、えーと、そのですね。ほら、地震とかあるじゃないですか。大地震。首都直下型だの南海トラフだの」


「…………? うん。まぁ。あるけど」


「そういうのって、でしょう? でも誰も特に気にしないまま生活してる。いつか大災害が降りかかるってわかってるのに、何をするでもなく当たり前に日常を過ごしてる。いや、そりゃどうしようもないからって言われると返す言葉はないんですけど」


「…………」


「で、去年のクリスマス。死神グリムっていうある意味地震や台風以上にハチャメチャな存在りふじんが実在するって知って──思ったんです。って」


「…………ん?」


 流石に、そこでむすびも明確な懐疑の表情を浮かべる。


「だから【死対局】に入ったというわけです」


「いやいやいやいや、話が飛んでるでしょ。『だから』じゃないってば」


「あ、いや、えと、その、つまりですねぇ。『一般人』として死神グリムの事を何も知らないままでいるのが、ちょっと、嫌だったと言いますか、耐えられなかったといい、ます、か…………」


「………………」


「…………あ、えっと、ご、ごめんなさい。意味わかんないですよね、矛盾してますよね、はい」


「…………んにゃ」


 わからなくも、ないかも。

 と、むすびは素直にそう思った。

 他ならぬむすび自身、似たようなものだ。

 何も知らないままでいるのが、嫌だった。

 何も出来ないままでいるのが──怖かった。

 だから灰祓アルバになった。

 それがどういうことかわかっていながら。

 灰祓アルバになるということ。

 つまり、死神グリムの敵になるということ。

 それは、親友あのこの──敵に回るということだ。

 本末転倒と言われればそれまでだろう。


「ア、アタシにだけ言わせないで下さいね、むすびさん。むすびさんも、言ってください、聞かせてください。…………どうして、灰祓アルバになったんですか?」


「んー…………そうだねぇ」


 ──それでも。

 止まっていられなかった。

 留まっていられなかった。

 果てしなく開いてしまった親友あのことの、久遠にさえ思える距離を──少しでも縮めたかった。

 縮め続けたかった。

 非力だろうと、無力だろうと。

 親友あのこへ向かって──歩み続けたかったのだ。

 むすびは、瞬き始めた星空に手を翳し。

 呟いた。






「届かない星に、手を伸ばす為──なんていう、月並みな理由だよ」






「…………………………………………






 ………………えっと、すみません。ちょっと何言ってるのかわかんないです…………」


「いやそこはわかったようなフリしとけやああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 絶叫した。

 半泣きになりながらむすびは絶叫した。


「えぇ…………むすびさんに昨日わかったようなフリをするなって言われたから正直に言っただけなのに…………」


「空気を! 雰囲気を! 行間を! 読みなさいっ!!」


「無茶振り止めてくださいよ読めませんよそんなの。わかんないものはわかんないですって…………あぁ、いえ、その、むすびさんがものすんごい自己陶酔に浸った痛々しい台詞を吐いたことはわかりましたけど…………」


「は、はあぁぁぁぁぁ!? んなっ、なぁに抜かしちゃってんの、あんっ、あんたぁ! ジコトースイとかぁ! しっしっつれいなことぉ!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、傴品うしなの胸ぐらを掴んで怒鳴るむすびだった。


「…………あぁ、あれですか? 『星に手を伸ばす』と『月並み』で、『星』と『月』の天体繋がりで上手いこと言ったと思ってるんですか…………? そうなんですか…………? …………うっわぁ…………」


「お"ッッッ! お"前ぇー! お"前お"前お"前お"前お"前お"前お"前お"前え"え"え"えええぇぇぇッッッ!!!!!!」


 ──夜の東京に、少女の悲愴過ぎる慟哭が響き渡った。






 …………憤怒に駆られながらも、それでも彼女は最後まで暴力に訴える事はしなかったのだと、少女の名誉の為にここに追記しておく。






◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□

□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇






「大方の準備は整った、って事で良いんだな?」


「君らが十全な働きをしてくれた、というのならね」


 夜の東京の人気のない街並みを、少年と青年が並んで歩いている。

 片方は髪を金髪に染めているらしい、周囲にあからさまに軽い印象を持たせる風貌をした青年。

 そしてもう一人が──無骨なガスマスクを装着した、やせぎすの少年だった。当然ながら、その表情は伺えない。


「…………それで。【爆撃手ボマー】はどこにいったんだ? 目を離しちゃいけないやつだろうあいつは」


「あー。なんか晩飯買ってきてくれるって言ってたから頼んどいた」


「…………は?」


 ピタリ、とガスマスク少年の足が止まった。


「あいつに、金を、渡したのか?」


「? おう。そりゃ金がなきゃ何も買えねーだろ」


「金があっても何も買えないんだよあいつは…………!」


 途端に駆け出すガスマスク少年と、それをおうチャラついた青年。


「おいおい、どこいくんだいきなり?」


「あいつが買い物にいくとしたらコンビニだ…………あっちのセブンは確かすぐそばに公園があった筈…………!」


 そのまま走り続け、やがて目当ての公園へとたどり着いた。

 公園のベンチ。

 ニット帽を被ったダウナーな雰囲気の少女が、スマフォを操作していた。


「来る…………次は絶対来る…………確率は収束する…………もう三百連近く回してるもん…………今度こそ…………」


 少女の座るベンチの上には何枚もの魔法のギフトカードが散乱している。


「おまっ…………! てめえこら俺の諭吉何枚つぎ込みやがった生活費まで入ってたんだぞゴラァ!!」


「…………喚くな【電撃手ショッカー】。不用意にこのガチャ廃人ジャンキーに財布を渡したお前の敗けだ」


 ガスマスク少年の言うとおり、少女は目前に立つ二人の事などまるで目に入っていない様子で、ひたすらスマフォの画面をタップし続ける。

 そして。


「お"っ………! キタ。キタキタコレキタコレキタコレキタコレ、キタキタキタキタキタキタキタキタキタキタアアアアァァァァ! おおっしゃ確定演出! 勝ったッ! 第二章、か、ん…………」


 途端に目から光が消え、呆然とする少女。


「………………」


「………………」


 それに引けを取らない陰鬱な表情で立ち尽くす二人。

 やがて少女はとその身体を震えさせ──絶叫した。




「あ"あ"あ"あ"ああああぁぁぁぁぁッッッ!!!! またしたあああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"ッッッ!!!!」




 チュ、




    ドオオオオオオオオオンッッッ!!!!




 と、その場に大音量のが轟き渡る。




 公園のすぐそば。

 乱立するビルの二階にある不動産会社が、凄まじい爆発により木っ端微塵に吹き飛んだのだった。


「う、うぐうううぅぅぅぁぁぅぅ…………もう二度とピックアップなんか信じない……………………あれ、【電撃手ショッカー】に【毒撃手オーバードース】じゃん。なんでここに」


「てんめえええを追いかけてきたんだよこのクズ! 生活費返せコラこの魔法のカード全部ヴァリアブルじゃねーかまさか限度額の五万突っ込んだのか!? 一枚につき!!?? 何十万溶かしやがった腐れアマぁ!!」


「はぶっ!?」


 脳天をひっぱたかれる少女──【爆撃手ボマー】はそこでようやくスマフォから手を離した。


「…………はぁ。大丈夫なのかなこんな調子で…………せっかくちまちま小賢しい小細工を積み上げてきたんだ、決行日はもう少し真面目にやってくれよ?」


「このバカ女に言え」


「わ、わたしだってちゃんとするよ。ちゃんと」


 ガスマスク少年──【毒撃手オーバードース】を筆頭に、【電撃手ショッカー】、【爆撃手ボマー】の二体、合わせて三体。


 ──いずれも記銘済コーデッドと称される、高位の死神グリム達が徒党を組み──そして、雌伏の時を終え、ついに動き出すのだった。

 

「【GRIM NOTE】での仕掛けは上々。細工は流々仕上げを御覧じろ──だ。この目論見が上手くいけば、もう【十と六の涙モルスファルクス】だけにデカい顔はさせない」


 ニタリ、とガスマスクの奥で【毒撃手オーバードース】は微笑んだ。






「祭りの開催日はゴールデンウィーク。開催場所は──



       ──だ」






◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆






「──ここにおられましたか、イザナ様」


 東京某所、豪奢な屋敷の一角にて。

 黒き死神グリムの女王に、一人の死神が拝謁していた。


「久しぶりねー、にっしゃん。よくルイの面倒みてくれてるでしょ? 助かってるわ」


 高級そうな、というよりは間違いなく高級であろう紅茶を啜りながら、【醜母グリムヒルド】──イザナは、目前の女性に相対する。

 その側に佇むのは、黒と赤を基調とした服に身を包む、高貴な気配を漂わせる女性だった。


「いえ、大したことでは…………それで、私を呼び出したのは何用ですか」


「いや、ちょっと他のメンバーに言伝てを頼もうと思って。…………私が言ってもみんな無視するからさー。メッセージ送っても既読スルーされるし…………なんでだろうね…………私ボスなのに…………リーダーなのに…………」


「…………日頃の行いとしか言い様が…………いや、何でもありません。それで、言伝てとは?」


「…………えーっと。ほら、最近東京このまちで有象無象がゴチャゴチャやってるでしょう?」


「あー…………なにか、やってましたね。よくは知りませんが」


「うん。私も良くは知らない、知る気にならない。羽虫の羽音を逐一気にする程神経質じゃないものね。他の十五人もそうでしょう」


 この上なく気軽そうに、イザナはそういう。

 今、この東京を起点とする騒動など。

 本当に、歯牙にもかけていないようだった。


「しかし、気にせずにはいられない、という事ですか?」


「そう。今は確かに小さなうねり。けど、このうねりはやがて少しずつ大きくなり──ひょっとしたら【十と六の涙わたしたち】をも押し流す波濤に成りうる、かもしれない」


「かもしれない、ですか。私には到底そう思えませんが…………らしくもなく、警戒しているのですね」


「警戒半分、楽しみ半分、ってとこかしらね。いや、この一件自体はは本当に大したことじゃないし、大したことにならないと思う。あくまでこれはなのよね──けれどこの小さく爆ぜた因縁が、連鎖誘爆を繰り返し──そしていつかはこの女王わたしまで届く。それを狙っているんでしょう…………は」


ですか。私には所詮は小物に過ぎないとしか思えないのですが──」


「いや、それは合ってるよ。は紛れもない小物。けど──小物が大事を成せないなんて決まりは無いしねぇ。うんうん。その向上心、挑戦心はやっぱり楽しみだし、私としては嬉しくもあるんだけど──ねぇ?」


 一転し、死神女王は。

 底冷えするような、酷薄な笑みを浮かべる。


「そう簡単に私の脚本シナリオを引っくり返せると思われるのは、やっぱり──ちょっぴり業腹なのよねぇ」


「…………それで、つまらない叛逆の意思は早めに摘んでおく、という事ですか。──【処刑者わたし】が出ましょうか?」


 赤黒き衣を纏いし女死神が、そうイザナに進言する。

 しかし。


「いや、にっしゃん──【処刑者パニッシャー】は今回は出なくていいわ。乱戦になると思うから、不測の事態も有り得るもの…………にっしゃんがいなくなったら困るのよ。主に組織運営的な意味合いで」


「…………はぁ。まぁ、その言葉はありがたく思っておきます」


「うん。いや、にっしゃんを軽視してるワケじゃないのよ? 本当に。神話級ミソロジークラスに限りなく肉薄する逸話級フォークロアクラス。──の筆頭たる、一だものね」


「ありがとうございます…………それでは誰に声をかければ? 【処女メイデン】辺りでも呼び寄せましょうか?」


「んー。めいちゃんも、今回はいいや。あれから自力もつけてるみたいだし、実力は認めてるけど──流石にまたぞろみやこちゃんとバッティングさせちゃったりしたら、マジに嫌われかねないしねー」


「…………多分手遅れだと思いますが…………いえ、何でもありません。では誰を──」


「んー、そうだね──




 ──の中から、二人。




 で、どうかなーと思ってるんだけど」


「……………………は?」


 赤黒き死神──【処刑者パニッシャー】は。

 自らの耳を疑った。


「だからぁ。から、二人出そうかなーって」


「…………正気ですか? い、いくらなんでも、大人気無さすぎでは…………」


「そっかなー? クリスマスにはから一人、から一人出して、結果は返り討ちだったでしょ?」


「いや、それは、相手があの【死に損ないデスペラード】二体だったからで──」


「でも、来るよ? 多分。みやこちゃんも──




 ──せいも、きっと、ねっ♡」




 イザナはこの上なく嬉しそうに。


 愛する白き死神の名を告げた。






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲






「──ああ、わかってる。乙女オトメにも、一応声かけとけよ…………まぁ十中八九来ないだろうが」


 とある高層ビルの屋上にて。

 白き死神が電話をかけながら、夜闇に瞬く眠らない都市を見下ろしていた。


『って事は二人きりですねセンパイ! 仙台ですよ仙台! 一緒に牛タン食べに行きましょう! 牛タンデートです!』


「未だかつてないレベルで色気を感じさせないデート名だな…………」


『おっ! 意外と好感触!? やぁったぁー! センパイと仙台デートだひゃっほー!』


「…………お前の知り合いの女刑事がスッぱ抜いてくれた情報通りの作戦決行日時に現地集合だ。おれは当日にしか出向くつもりはない」


『え、え"ーーーーっ!? 何でですか何でですかせっかく行くんだから時間つくって観光しましょうよ』


「真面目にやれ」


『大真面目ですっっっ!!!!』


「はぁ……………………やることが全部終わってからなら、飯ぐらい付き合ってやるよ」


『……………………え、マジで?』


 電話の向こうで素の声が漏れていた。


「それじゃあな」


『あっえっ、ちょっと待ってセンパイ具体的なデートプランを──』


 プツリ。


「…………緊張感ってもんがないのかね、アイツは…………まあいい。久々の、派手な演目ステージになりそうだ」


 そう言った【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいの口元には。

 微かな笑みが、浮かんでいた。




「さて、征くか──祭りの時間だ」




 因縁は収束し、宿命は収斂し。




 新たな死闘の、幕が上がる──













































 忘却の淵より、終末の穹へと宛てて。




 わたしは肪の黒海うみ


 あなたは鎖されぬかぜ


 わたしは酔い潰れる蠕虫むし


 あなたは憂いを喰むけだもの


 わたしは土塊つちくれの鏃。


 あなたは硝子ガラス明星ほし


 わたしは欺かれしみかど


 あなたは神聖なる禍人まがびと


 十王、九死、八極、七星、六道、五輪、四獣、三界、二天、一生。


 啼き喚く宿痾しゅくあこいねがう運命。


 鴉はしもべ。轍はしるべ


 叡智の欠落せし楽土。


 黒白なりし庭園にて、あなたを待つ。



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