28.強い酒
「いい人でしたねー。
「…………そーだねー」
「スッゴい美人でしたもんねー。大和撫子! 食堂の視線を独り占め! って感じで」
「そーだったねー」
放課後。
地下鉄の中で、
「あ、けどやっぱり
「あんたもその卑屈さの滲み出た愛想笑いをどうにかすりゃ、引く手数多だと思うんだけどね…………」
「うひっ。そーんな誉めても何もあげませんよ
「だからそういうとこだってば…………ほら、もうすぐ降りるよ」
『まもなく、国会議事堂前です。足元に、ご注意下さい。出口は、左側です』
と、車内アナウンスが鳴り響く。
「はひ? こ、国会議事堂に何の用ですか。何があるってんですか」
「いや、この次だよ…………流石に国会には用も興味もない」
「おやおやいけませんねー
「ワタシもあんたも選挙権まだ持っとらんでしょーが」
『次は、霞ヶ関です。日比谷線、千代田線は、お乗り換えです』
「霞ヶ関…………の、何処に、何の用でしょう?」
「そりゃ霞ヶ関と言えば、決まってるでしょ」
「…………工部大学校跡ですか?」
「いや、なんでそのチョイス…………ワタシらの仕事柄を考えたらわかるでしょーよ」
車両から降りながら、
「警察署」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「警察署じゃなくて警察庁じゃないですか」
「…………に、似たようなもんでしょ」
「一緒にするのは違うと思いますー」
そんな風な会話をしながら、二人は警察庁の廊下を歩く。
「うー。しかし、緊張しますねー…………場違いですよー。アタシ先月までフツーの中学生だったんですよ?」
「何事も、慣れだよ。何回か来ればすぐ慣れるって。ワタシは中学時代からししょーにくっついて何度か顔出してるし」
「アタシは初めてなんですよぅ……」
やがてたどり着いた扉の横には立て札が立て掛けてある。
『死神災害特別捜査本部』
と、そこには書かれてあった。
「失礼しまーす」
「し、しっつれいし、まぁぁぁす……」
扉を開き、並んで部屋の中へと入っていった二人の目に飛び込んで来たのは…………
「…………が、ガラッガラ…………」
「ガラガラだねぇ…………」
人の見当たらない、だだっ広い部屋だった。
机や椅子は散乱しているものの、乱雑に書類等が置かれるばかりで、人の姿は──
「…………あ、いた。よかった。──すみませーん。【死対局】からの人員ですー」
部屋の片隅にいたのは、デスクトップPCの前に鎮座し、無表情のままに画面と向き合い、キーボードを打鍵する女性──
「──お待ちしておりました」
おもむろに眼鏡を外し、女性はこちらへと歩み寄ってくる。
女性は艶やかな黒髪の短髪に、黒のスーツを着込んだ──まさに『女刑事』のお手本のような姿をしていた。
「【
そう言うと
「ほら、あんたも」
と、
「は、はひっ。第四十五期局員 第三階悌戦闘員
最後に盛大に噛みつつではあったが、
「ご丁寧にどうも…………私はこういうものです」
と、女性もまた二人の前に警察手帳を差し出す。
そこには。
「………………えっと」
「………………これ、は」
ふぅ。と、嘆息を一つして。
彼女は名乗った。
「──
「……………………」
「……………………」
二人はただ沈黙する。
「…………笑ってもらって構いませんが」
自嘲の気配は特に漂わせる事なく、極めて淡々と、平静に彼女──
「い、いえいえいえとんでもない! ご立派な名前ですとも! ねぇ傴品!?」
「は、はふひっ! 全くです! アタシの名前の方がよっぽど妙ちきりんですっ!」
「わ、ワタシの方もねー! ちょっと物申したい名前なんですよねー! みんな初見ではワタシの名前、
勝手にノリツッコミを決めだす
「えーっと、で、
「彼は呼び出しがありまして今は外しています。ご覧の通りに、万年人手不足ですので」
「あ、あのー。その。そもそもアタシなんかは警察の人達も
「んー、まぁ、【死対局】とかいうポッと出の新参組織に任せっきりじゃ、警察としてもカッコつかないって事でしょ…………だけど、
「は、八人…………」
「いえ、六人です。先日一人が辞めて、もう一人は殉職しました」
「「………………」」
気まずい沈黙が流れる。
「そういうワケで、いよいよ人手不足が深刻化しているのです。なので、急ではありますが私が変わりに捜査報告等を行うことになりました。よろしくお願いします、
「は、はい。よろしくお願いします」
「よろしくです…………」
そんなやり取りの後、直ぐに
「昨日
「そうですか…………やっぱり」
「やっぱりって何ですかって…………ええっと」
パラパラと書類を捲り、
「…………? スマートフォン、ですか?」
「正確にはスマートフォンの中身、かな。実行犯の
「アプリケーションに関しては今現在警視庁のサイバー課と【死対局】の【
「このサイト、律儀にログイン前に匿名化ソフトインストール推奨の警告が出るんですよねー。ワタシも昨晩ちょっと夜更かしして潜ってみたんですけど、利用する側はソフト一つ落とせばOKだからそんなにハードルは高くないけど、こっちからすれば他の利用者探すのも一苦労──てかかなり難しい」
悩ましげに語る二人だが、間の
「サイトが推奨してる匿名化ソフトから何か掴めるかとも思ったんですけど…………オープンソースにされちゃってるから、他の第三者達に弄くり回されてて、原型のソースコードはブラックボックス状態。製作者の痕跡に関してはお手上げです」
「…………ふむ。【
「あーいや、昔取った杵柄といいますか…………ジャーナリストになるからにはそっち方面の技術は必須と思ってたというか…………いや、なんでもないです」
「なんでもないどころか何が何だかって感じなんですけどアタシは…………」
完全に置いていかれている
「あ、あー、えー、ようするに、怪しいサイトとアプリが見つかったから、それを調べましょって話」
「まずそれを最初に言ってくださいよう…………」
カタカタタタ、と
「…………
「噂によれば、なんでも──」
ディスプレイには──
──【GRIM NOTE】。
とのサイトのトップページが記されていた。
「このサイトに顔と名前を書き込まれた人間は──死ぬ」
「…………………………………………」
「…………アウトでは?」
◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●
●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎
凛としたその態度、風貌から、周囲からはよくキャリア警察官と見られがちな彼女ではあるが、その実態は現場での叩き上げ組だ。
かといって、では彼女が泥臭く暑苦しく犯人逮捕に燃える正義漢なのかと言えば、しかしそうでもない──彼女の仕事ぶりは、大多数の人間がそうであるように、
淡々と。黙々と。
機械的に。故に人間的に。
日々目前の事件に向き合う──向き合い、尽力し、解決に導く。
それを繰り返す内に彼女は凄腕とまではいかずとも、実力のある女性警察官として出世を続け、今の立場にいる。
自身が『おまわりさん』を夢見たのはいつだったか──あまり覚えていない。
ひょっとしたら高校時代の就職活動中に親戚のコネで入れると聞いたからとか、そんな夢のない理由だったかもしれない。そんな気もする。
あまり覚えていない。
大して興味がない。
彼女が見つめるのは、思うのは、いつだって
見も蓋もなく、ありきたり且つ分かりやすい表現をするならば。
『後先考えない』。
それが、
予想をせず予定も立てず。
反省をせず後悔もせず。
ただただ、その場その場の判断と対処の連続と断続で──彼女はここに立っている。
それで、これといった失敗も失態も冒す事はなかったから。
──『死神災害特別捜査本部』。
そんな、現在最も就きたくない職場に身を置いても、彼女のスタンスは変わることはなかった。
あっさりと同僚の何名かが殉職し──それが切っ掛けとなって凄まじい勢いで退職者が続出しても。
彼女は変わらない。
彼女は動かない。
ただ、
その場を、凌ぎ続ける。
──そんな彼女は、今日もまたその場を凌ぎ、彌縫策を講じ、そして一日を終えて──彼女が暮らす公務員宿舎へと帰って来たワケである。
オートロック式の玄関を抜け、エレベーターに乗り、自らの部屋へと向かう。
部屋のロックを開き、ようやく気の抜ける我が家へと帰って来た──と玄関にて靴を脱ごうとした
玄関に乱雑に脱ぎ散らかされた。
無駄にスタイリッシュなデザインのインラインスケートだった。
「………………はぁ」
素直にため息を吐く
「来るときにはあらかじめ連絡の一本でも入れておいて下さいといつも言っているでしょうに…………」
廊下を進みリビングへと入る。
ソファーの横にキャスター付きのスポーツバッグが凭れかけてある──相変わらずの風来坊な生活を続けてるらしい。
しかし、本人の姿が見つからない──何処に居るのだろうか、と思った途端、キィー、パタン。と戸を開き閉じる音が聴こえた。この戸の音は…………
しばらくすると、やがて黒髪の少女がタオルでその濡れた短髪を拭いながらリビングへとやって来た。
「おーっ、おかえりなさーいナギさん。勝手にお風呂いただいてましたーっ」
「…………本当に『勝手に』ですね。申し開きもしませんか。つくづくフリーダム過ぎでしょう貴女は」
「いーじゃないですかっ。あたしとナギさんの仲なんですから」
「
「だからぁ。友情ですってば友情。立場を越えたフレンドシップです。…………あ、ドライヤーどこです? 洗面所になかったんですけど」
「ソファーの近くに置いてあるでしょう」
「あ、らじゃです。てかひょっとしてあれですかナギさん。寝っ転がってテレビを見つつ缶ビール片手に自堕落に髪乾かしたりしてるんですか。いけませんよ、キューティクルに悪影響が出ちゃいますよ」
「私の普段の生活習慣はどうでもよいでしょう。というか、髪を乾かすのも結構ですが、その前に。何よりも先に──」
ジト目で少女のあられもない姿を眺めながら。
「──まず、服を着なさい。【
□■□■□■□■□■□■□■□■
■□■□■□■□■□■□■□■□
「別に女同士なんだから気にしなくていいと思うんですけどー」
「人としてのモラルの問題です」
「あたし
「
「いや、流石にそんなことはないかと…………あー、いや、けど、変態は割と多めな気がしないでもない、かも」
「要りませんからそんな残念な情報」
バッサリと切り捨てる
「何のようですか? 生憎とウチにはインスタントものぐらいしか食べるものはありませんよ」
「あ、それは大丈夫です。さっきあたしが──」
ピンポーン、と、インターホンが響く。
…………嫌な予感を感じつつ、
『雷來軒でーす。出前に参りましたー』
との声がした。
「………………」
家主に無断で勝手に出前を頼んでいた。
ともあれ五分後。
テーブルの上には中華料理がズラリと並ぶことになったのである。
「あ、いや、料金はもちろんあたしが出しますってば」
「ええ、そうでしょうとも…………いただきます」
「いっただっきまーす!」
テーブルの上に並んだ料理は、炒飯、天津飯、餃子、唐揚げ、酢豚、小海老の天ぷら──等々。
ずいぶんな量とも言えるが、何だかんだで肉体派らしい二名の前に、料理は瞬く間に平らげられて行く。
「…………服を着なさいと言ったんですが、何で私のカッターシャツを勝手に着てるんですか」
「着替え持ってないんですよ今は。下着は流石に持ってましたけども」
「根なし草でしょうに…………なんで持ってないんですか。あの大きなスポーツバッグの中身は何なんですか」
「ん、見てみます?」
【
「………………これ、は」
「カプリコです」
「………………」
「百個ぐらい入ってます」
バッグの中にはイチゴ味のチョコレート菓子がギッチリと詰まっていた。
「小さい頃から好きなだけカプリコを食べまくるのが夢だったんですよ」
「…………たまに私は貴女がただの馬鹿にしか思えなくなります」
「しどいっ!」
そんな気の抜けるやり取りの後。夕飯も食べ終え。
「それで、何の用です? 流石に単に寝泊まりしに来たというワケではないでしょう」
「いや? 半分はそれだけですけど。ちょっと前まで四国に出張してたんでナギさんに会えてなかったですし」
「………………」
「そ、そんな睨まないでいいじゃないですか。…………最近東京で妙なゴタゴタがあるっていうし、それについて話聞きたいなー、ってのがもう半分です。あたしはあんまゴチャゴチャ考えんの得意じゃないんで、他の賢い人らに教えてもらった方が良いだろうと思ったワケです」
「その辺の自己分析はちゃんと出来るんですね…………ですが、こちらもまだ調査中ですよ。今日も
「へーえ。それでもまだ全貌が見えてはいないんですか?」
「ええ、中々に面倒そうな
「あはは、わかりますよーそれ」
「ええ、ですがあのような少女がいるなら、存外捨てたものではないかもしれない──
──名前は、
「……………………へぇ。そう」
一切の感情を窺わせない、無機質な声色で。
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