27.酔う毒
──ピピピピッ、ピピピピッ。
と、二回目のコールで即座に彼女は覚醒し、枕元にある自らのスマフォに手を伸ばす。
そして碌に目も開かぬまま指を動かし、アラームを停止させた。
どうやら、寝起きはかなり良いほうらしい。
「…………起きました」
ベッドから起き上がり、誰へともなしにそう呟く。
そして即座に──スマフォと同じく枕元に置いてあった数冊のアルバムの内の一つを手に取った。
「これは…………小一の時。ドッジボール大会…………ワタシは逃げてばっかだったけどあの子が片っ端から当ててった…………これは…………小二の時。家族ぐるみでキャンプに行った…………川で魚追いかけてたら深みに嵌まったワタシをあの子が引っ張り上げてくれた…………これも、小二だったよね…………羽子板やって…………これはワタシが圧勝して顔に墨塗りたくってやった…………」
沸々と、ブツブツと、アルバムの中の写真を眺めながら、譫言のように少女はただ呟く。
「大丈夫…………覚えてる…………覚えてるよ…………忘れてない…………忘れない…………」
やがて中の全ての写真を網羅し終えたのか、ゆっくりとアルバムを閉じ、はああああああぁ、と大きく息を吐く。
「大丈夫…………あんたは…………あんたはちゃんと生きてるよ…………
涙目で、少女は──
この光景は。
きっと、彼女が親友と離ればなれになったその日から───毎朝毎朝、繰り返されているものなのだろう。
△△△△△△△△△△△△△△△△
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
それまでは朝食を摂らずに活動出来る人種を心底不思議に思っていた彼女なのだけれども──いざ自分がそうなってみると、それまで平気でガッツリとした朝食を口にしていた自分が別人のように思えてくる。
流石に
ともあれ何も食べず、飲むヨーグルトだけを胃に流し込んで、
日付は四月二日の朝。
もう電車は使わない。寮から学園までは大した距離はないのだ──昨日電車に乗ったのは、実家から出発したからである。そして昨晩から寮生活を開始したというワケだ。
「…………早く着きすぎたなぁ」
昨日の一件がちょっとしたトラウマになっているのか、かなり早めの時間にアラームを設定していた
学園にいるのは部活動で朝練に励んでいる二年生以上の生徒ばかり。新入生の姿などまず見かけない。
ともあれ、
「ワタシはD組だっけ? えーっと場所は場所は、と…………」
やがて1-Dの看板を見つけると──
「──うん。そりゃ開いてないよねー。知ってた知ってた」
はあぁあ。と、また溜め息。しばしその場で立ち尽くす。
やがて気持ちを切り替え、職員室へと鍵を取りに行こうとするも──
「お、おはようドスサントスー!」
──などという奇矯奇天烈な挨拶が背後から聞こえてきた。
はああああぁああぁああああぁあああっ。
と、一層大きな溜め息を吐き。
振り向かないままに
「…………いくら地球広し人類多しとはいえそのネタが通じる人間が一体何人いると思ってんの?
「つ、通じてるじゃないですかぁ!」
冷たい視線と台詞をやりながら、
「いや、しかしマジでどういう趣味してんのよあんたは…………もしかしてアレ? クソ漫画愛好──」
「ふざけるなァ!!」
「いやマジギレかよっ!?」
突如として響いた
「言って良いことと悪い事があるんですよ
「え、あ、うー、えっと、ご、ごめん」
ここは素直に謝る
「うん。クソって言い方はよくないね。ホントゴメン」
「わかってくれれば良いのです。伝統と敬意を以て『つきぬけ漫画』と読んで下さい」
「…………それも蔑称だと思うんだけど…………いや、いいや。てかなんの話してんのワタシ達。マジで」
朝っぱらから閉まった教室の前で立ち往生して意味不明な会話をしている現況に、
「…………朝っぱらから頭の悪い会話が聞こえるぞー」
と、聞こえてきた声は廊下の奥から。
声の主は白い目線と共にこちらへ歩み寄ってきた。
「え"。なんでいるんですかししょー」
「その呼び方ヤメロ。ここでは先生だ」
「あー…………そういうこと? うっへー。
「えっあっ、えっと、
「ししょ…………エフン。
「ま、そういうことだ」
はぁ。とため息を吐く
それを見た
「しっかし、【
「それに関してはおれも同意ではあるんだが…………後進育成の為、だとさ。
「ふーん………… 即戦力が求められてるとか言ってたけど…………一応育成しようって気はあるんだ、あの会長さん」
「局長だ」
などと弟子へとツッコミながら、ピ、と取り出した端末をドアに翳すと、カチリと鍵がアンロックされ、自動でドアが開いた。
「うへー…………ホントハイテクですねぇ。最新鋭の設備が導入されてるとは聞いてましたけど」
「無駄な金の使い方だな、全く…………ほら、中で座ってろ。朝の
「? 伸された、って誰のことですかししょ…………じゃなくて先生」
「…………災害報告に目を通してないのかお前は。何のために局員一人一人に専用端末が配布されてると思ってる」
「えと…………あーその、昨日は疲れてたんで、すぐに寝落ちちゃいまして…………」
ふぅ、とまたしても嘆息。
ともあれ
「昨日の夕方、板橋で発生した
「……………………へぇ」
その名前に、
「そーですか」
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
△△△△△△△△△△△△△△△△
「あ"ーー…………うひーーーー…………つかーれまーしたー…………」
「ん、そだね…………まさか午前丸々、
時刻は正午、昼休み。
食堂に辿り着いた二人はくたくたの体で愚痴っていた。
「まぁほら、部活の強豪校とかも午前中みっちり部活の練習やってたりするらしいし…………」
「アタシ中学は文化部だったんですがね…………」
「…………それなのにやたら運動神経はいいよね、あんた。……………ま、【死対局】入局を条件にほぼ裏口入学させてもらってる身で文句は言えないけどさ」
「D組の人らはアタシ達含めてみんな【死対局】の関係者っぽかったですからね…………それ用のカリキュラム組まれてるみたいでした」
これから三年間の学生生活がかなり風変わりかつ過酷なものになりそうな気配を感じ、少々憂鬱になる二人だった。
「そーいえばですね。
「あの子達は今日は午後から防衛任務入ったってさ。ここ最近のキナ臭さを受けて、急に収集されたっぽい。やだねー、午前中しごかれて午後からは仕事。同情せざるを得ないわ」
「うー。けどアタシ達もそのうちそんな風に、馬車馬の如くにコキ遣われるんですかね?」
「…………ま、多分。その内ね。まぁあの二人はワタシより経験あるし、身内のコネでしょっちゅうそこいらじゅうに引っ張られてってるから、流石にあそこまで多忙になるにはまだ時間がある…………と、思いたい。あんたはまだ入局したばっかなんだしね」
「あ、安心なような不安なような…………」
そんな会話をしながら食堂を歩く二人──しかし。
「しかし──バカっ広いねこの食堂。何人入れんだろ? なんか色々なコーナーみたいなのあるし」
「和食カウンター洋食カウンター…………中華カウンターまでありますよ。ふおっ! デザートのコーナーまで! はわわわわわ、選り取りみどりですよ
「いいねいいねー。これは昼食がお楽しみタイム待ったなしな感じだねー。…………おし。今日は和食いこう。軽めのあっさりしたのをいきたい気分だ」
「そーですか。ではではアタシも」
食券制のようなので、まずは食券の列に並び、しばし待つ。そんなに時間はかからずに順番は回ってきた。
「んー、よしよし。そばとかにしよっか。お、あったあったー、せいろそば。本格的だね。えーっと値段は、一、十、百……千。あれ?」
と、そこで
「一、十……百……千、あれ? いーち、じゅーう、ひゃーく、せ、せーーーーーん?? ん? ん? んんんんん?」
「…………えと、
「いや、わかってるんだけども…………ちょっと
「は、はい? そんなの──」
「『せいろそば 1000円』」
「……………………なんて?」
ひしっ、と
「ないっ……ない、ないっないないない、ないいいぃぃぃ!? さっ! さんっ三桁がっなっいんんんんん!? ぜっっっ!? ぜんんんぶ千円いじょょょょ!?」
「に、日本語おかしくなってますよ
「ひ、ひぃぃぃぃ!? オバケだっ! オバケ食券機だぁ!」
「落ち着いてくださいただの食券機です」
「え、ただ? なぁんだただなんだぁ。そっかそっかそりゃそだよねー。ただなんだただだよただただただたっだただっただただたっだ」
「む、
苦肉の策で自分の財布から取り出した千円札を突っ込み、
「か、返して下さいね? 千円。流石に奢りませんからねアタシ」
「せ、千円…………そばが千円…………最低額が千円ン…………あ、ありえん…………きっとこれは策謀だ陰謀だ。フリーメイソンだアノニマスだノストラダムスだぁっ!」
「いや、そこまで恐慌に陥ることですか…………千円前後のおそばなんて別に珍しいってこともないでしょうに」
「そだねー! 料亭さんとかで出るそばならねー! けど! ここ! 学園の! 食堂っ! 普通半額以下でしょ値段! 下手すりゃ五分の一! 二百円で売ってるもんでしょ!」
「まぁ設備同様に昼食にもお金かけてるみたいですし…………ほら、あっちの紅茶とか一杯八百円ですよ」
「…………き、聞こえない。なーにも聞こえない…………こ、ここ、ひょっとして異次元的金持ち学園? 貧乏人のくるところじゃナッシング?」
愚にもつかない独り言をブツブツと
「…………明日から弁当作ってこよ…………」
「おお、いいですねー。
「…………うん。なんでナチュラルに作って貰える気でいるんだよあんたはワタシの彼氏かコラ」
「えぇ、いいじゃないですかー。一人分作るのも二人分作るのも大して手間は変わらないでしょう」
「それは作る側の言う台詞であって作って貰う側が言って良い台詞じゃねんだっての。作って欲しけりゃ食費出しなさい食費」
そんなやり取りと共に食堂の中で座る席を探す二人。
「んー、結構埋まってますねー。一人分なら空いてる所ちらほらありますけど」
「別に別々に座ったって良いんじゃない? ほら、ワタシここ座るからあんたも適当に──」
「やーですよそんなの。それだとアタシがまるで惨めなボッチだと思われちゃうかもしれません。仲良く並んで一緒に食べましょうよー」
「その言い方で一緒に食べて貰えると思うのかあんたはホント…………」
などと、やんややんやと言い合いながらに席を探す二人に。
「あの」
と、美声が投げ掛けられる。
「席を探してるのなら、よければここ、空いてますので、どうぞ?」
「わ、ホントですかー? ありがとうございますー」
「………………」
銀泉生の制服は、名前の通り白銀をイメージさせる白をベースとした色でデザインされている。
なのに。
真っ 黒。
に、見えた──
「──
「あ、うん、そう、だね──」
四~六人用のテーブル席の、招いてくれた少女の向かい側に二人は座る。
「貴女達も一年生でしょう? 多分、外部からの。せっかくの新生活だし、交遊は広げていきたくて。せっかくのテーブル席を少人数で占有しちゃうのも忍びないし、ね?」
「はぁ。それはありがとうございますー。…………スッゴい美人さんですねー。
「あ、うん。そうだね。ホントに──」
本当に、その少女は美しかった。
まるで。
ニ
ン
ゲ
ン
離れ。
していると、思ってしまう、ぐらいには。
艶やかな黒髪を靡かせるその黒き少女に。
「あの、名前…………なんて、いうんですか? 名札からすると、えっと…………
クスリ、と微笑んで。
少女は答える。
「──
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