26.DANGER




「──この子の事はもういいでしょ。時間ないんだからさっさと本題に入らせてくれる?」


 そんな風にさっさと話を進めようとするむすびだったが、囚われの死神グリム──【灰被りシンデレラ】にはそのつもりは無いらしかった。


『そっけないねーむすびは。行儀良く名乗ったんだからせめて名前の交換ぐらいはさせてくれたまえよ』


「あ、えっと、すぐ、儁亦すぐまた傴品うしな、です…………」


 【灰被りシンデレラ】の言葉に、まるで反射のように応える傴品うしなだった。


『すぐ、また? うしな? ふぅむ、独特な名前だねぇ。どういう漢字?』


「え、えーっと、ええっとですね、ハイ シュンとか シュンしゅんの字の訓読みですぐと読みます。また亦戸川原またとかわらまたです」


『あーはいはい。すぐれると将亦はたまたまた儁亦すぐまたね。なるほどなるほど』


「…………は? いやいやいやいやいやいやなんでわかんの!? なんで? ぜんぜん意味不明な喩えなんだけど!?」


 むすびが引き攣った声を上げた。


『伊達に長生きはしてないのだよ。ちなみにハイ シュン シュンは古代中国の政治家だ』


「えと、亦戸川原またとかわらは岩手の地名です」


「どっから出てくんのその語彙…………?」


 まさか傴品このバカ、成績は良いのか? などという不安にむすびが苛まれる中、傴品うしなの自己紹介は続く。


「で、傴品うしなは…………あー、うー、えー、は…………傴僂せむしの、アレです。しなはフツーに品物の品です。はい」


『なるほどなるほど。それで「傴品うしな」ね…………ふーむふむふむ、中々面白い名前だ。…………喩えは些か自虐的だがねぇ?』


「あー、まぁ、自分ではそんなにいい名前とは思ってないので、はい…………ようは──ってなもんですからね、はい…………うへっへ」


 いつもの三割増しぐらいに卑屈な笑みで、傴品うしなはその顔を歪めた。


『クックックック…………なるほどなるほどなーるほどね。うんうん…………いやー面白い面白い。水火みかがわざわざここまで送り込むだけはあるってことかな?』


 本当に愉快そうに、焼け爛れた顔で【灰被りシンデレラ】は嗤った。


「………………はい、自己紹介終わりね! さ、もういいでしょ! 本題入るよ!」


『わかってるわかってる、まったくせっかちさんだねぇむすびは』


 はぁあ、とため息を吐き──いや、水溶液の中で呼吸が出来るワケがない、というかそもそも喉も肺も【灰被りシンデレラ】には残っていないので、あくまでもため息を吐いたような表情をしただけなのだが──しかしちゃんと【灰被りシンデレラ】は話を元に戻した。


『で、傴品うしなちゃんの顔合わせってのもあるんだろうけど、それはついでという事で──それで私に所用とくれば、いつもの御意見番というワケかい?』


「ご明察。古びたオンボロ死神グリムの見識を借りようってワケ…………最近妙にこの東京内で空白ブランク死神グリムが幅を利かせてるもんでね。単独でそれなりに大きな被害を出してる」


『ほほう、無銘達が? そりゃ確かに奇矯だなぁ』


 ピ、とむすびが端末を操作すると、むすび達と【灰被りシンデレラ】とを隔てる分厚いガラスに画像が映し出される。


「わぁ…………ハイテクぅ」


 気の抜ける傴品うしなの言葉はスルーし、むすびは説明を始めた。


「今日にワタシが解決したのを含めて、ここ1ヶ月で六件。…………空白ブランクの仕業にしては被害が大きいのは、どの案件でも多数の死神犬いぬが出没してるからだね」


『ははぁ。つまり無銘達が死神犬ちくしょう共を飼い慣らして嗾け出したと? なんとまあそりゃあ──益体も無い』


 むすびの説明とディスプレイに映し出された情報を見聞きして、感心半分、呆れ半分といった風に【灰被りシンデレラ】は言った。


「あ、あのう、初歩的な質問で悪いんですが」


 と、そこで傴品うしなが質問を入れた。


「犬型の死神グリムがいるっていうのは知ってるんですがね…………なんで犬なんです? 犬の死神なら犬を襲えばいいじゃないですか」


「あー…………まぁそっか。そうなるよね、普通…………」


『まぁピンとは来ないかな? 若い子にはねぇ…………けどね、犬っていうのは古来より【死】と縁があるものなのさ。低位の死神グリムが犬を象るのは、そういう面が顕れてるんだろうねぇ』


「犬、と、死が? 縁?」


 やはりピンと来ていなさそうな傴品うしなに、むすびが助け船を出す。


「んー…………ほら、一番有名なので言ったら、あれだね。ケルベロス。アレ、でしょ?」


「ああー、はいはい、ケルベロスですか。あー…………確かにそう言われてみれば、色々と浮かんできますね…………えぇーっと、確かエジプトの…………アヌビス? でしたっけ。犬の顔した冥界の神様」


『そうそう、そんな感じ。そういう神話を始めとして、「死にまつわる犬」は世界を見渡せば幾らでも散見される…………知っての通り、犬は古来より人類の頼れる相棒として付き添ってくれた。猟犬──としてね。やがてその認知は、転じてという存在に昇華されていった…………その認識しんわは人類の心象に深く根付いているというワケだ』


「とはいえ、流石に現代ではその認知も薄れてるみたいで…………そういった死にまつわる犬は、死神グリムとしては薄弱な存在しか保ってないんだよね」


「な、なるほど…………なんとなくわかりました…………」


「…………ホントに?」


「ほ、ホントですとも!」


 むすびの白い目線を浴び、傴品うしなはキョドりつつもそう答える。


『ま、流石にケルベロスやアヌビスなんかのビッグネームとなれば相当な存在強度で顕現するだろうけどね…………掛け値なしの、神話級ミソロジークラスとして』


「ま、そんな感じ…………あー、また話が逸れた。んで、あんたはどういう風に観るの? これらの案件を」


 再び話を元に戻すむすびに、【灰被りシンデレラ】も応える。


『んー、まぁ確実に背後バックに何かしらが居るよね』


「んな事わかってるよ…………問題は何が居るのかってコト。捕縛した死神グリムもいるけど、情報らしい情報を吐いたヤツはいない」


『ほー? そりゃ少し意外だね。口の固い死神グリムなんてあんまり想像出来ないなぁ』


「そりゃあんたみたいなフワッフワな口の軽いヤツからすりゃそうなんじゃない?」


『辛辣だなぁ。事実だけれども。──いや、真面目な話、そもそも死神グリムってのは基本的に責任感とか連帯感とかってモノとは縁遠い連中ばっかなんだよ。高位の連中ならまだ自分を喪いきってないから、まだマシかもだけどねー。無銘共なんかはなんて在って無いようなもんなんだ、実際。死神犬ちくしょうに至っては言わずもがな、さ。だから高位の死神グリムの腰巾着をやってるときも、ただの鉄砲玉として使い潰されるのが常なんだ』


「……………胸くそ悪い話」


 むすびは不快感を隠そうともせずに、そう吐き捨てた。


『ま、その無銘を使い捨ててる、という事には変わりはないみたいだけど…………うーむ。それにしたって無駄に手が込んでるみたいだね。私からしたら小細工が過ぎるというか』


「言うじゃん。流石は腐っても、腐りきっても、神話級ミソロジークラスってだけはあるって感じ?」


『腐って腐って腐りきった神話級ミソロジークラスから見ても、小細工が過ぎるという話だよ。まず真っ当な神話級ミソロジークラスなら間違ってもこんな七面倒臭い真似はしない、そもそも思い付きもしないだろうさ』


「……………うん、まあそれは確かに納得いく」


 【灰被りシンデレラ】の言に素直に頷くむすび


『かといって、無銘共が自力で画策した、というのもしっくりは来ないねぇ。んな発想と、それを実現する実力ちからがあるかと言えば、甚だ疑問だ──となるとつまり、「一定以上の力を持ち、しかし神話級ミソロジークラス程の存在規模スケールは持っていない」死神グリム…………といった所かな?』


「……………逸話級フォークロアクラス、って事?」


『そこまでいくかどうかも微妙だね、所感で言わせてもらうなら。繰り返して言うけどマジもんの大物死神グリムの仕業とするならいくらなんでもやることがみみっち過ぎるよ。貧弱脆弱な死神犬いぬをちょっと沢山連れ回していい気になって、それがなんだってんだいって話だ。…………いや、まぁ、だけに目を向ければ…………悪くはない、のかな? 無力な一般人を死なせる分には死神犬いぬで充分とも言えるわけだし…………』


「…………………」


 そこで一旦両者の間に沈黙が降りる。

 その沈黙を破ったのは──当然空気の読めない傴品うしなである。


「…………あー、まぁ細かい事を考えだすと切りがないんじゃない、でしょうか? えっと、つまり──『弱くはないけどそんなに強くもない』死神グリムが怪しい、って事でいいんですよね?」


「……………ま、そうなるかな」


『そうだねぇ。…………個人的にはどうにもキナ臭いなぁ。まったくもって胡散臭いよ。歯車が噛み合わないというか──歯車が足りないというか』


「……………あんたでさえも、そうなるのか、やっぱり。【死対局ウチ】の情報屋連中もだいたいおんなじ結論みたい」


『おいおいこうまで話させておいてそれかい!』


 流石に呆れ気味の言葉を飛ばす【灰被りシンデレラ】だったが、それはむすびも同じようだった。


「ワタシだってガッカリだっての。わざわざこんな穴蔵まで来て得るもの無しとかさ…………」


弖岸てぎし隊員、儁亦すぐまた隊員。滞在時間、残り五分です』


 そこで機械音声でのアナウンスが鳴り響く。


「──ってワケだから、帰らせてもらうわ。ごきょーりょくどーも。…………はー、終わった終わった帰ろ帰ろ」


『うわー、酷い。心ない。やれやれ…………せっかく助言してあげてるのに随分と辛辣だよねぇ。こういうのアレだろ? 塩対応っていうんだろ? ──ねぇ? 傴品うしなちゃん』


「は、はひっ!? アタシですか!?」


 ビクリ、と飛び上がって傴品うしなは悲鳴数歩手前の声色で答える。


『うんうん。少しの時間だったが私は君が実に気に入ったよ。次の機会にも是非君が来てくれたまえ。なんなら一対一で』


「──ダメに決まってんでしょーが。行くよ傴品うしな。そいつと必要以上に喋らないで」


「あ、え、は、う、ら、らじゃです」


 むすびの言葉に戸惑いつつも了解し、傴品うしなは踵を返してむすびに追従した。






『また会おう、二人とも。また、きっとね──』






 【灰被りシンデレラ】は目を細めながら、笑ってそう溢した。



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