25.動く油
「…………はい?」
引き攣った顔で、
「き、聞き間違いですよね? ひゃくごじゅーいじょーって」
「言い間違えた、って言えればワタシ達も少しは気が楽なんだけどね…………」
それに憂鬱そうな声色を隠そうともせず答えるのは、彼女の
「残念だけど事実だよ…………
「…………い、いやいや! いやいやいやいや、待ってください!
「あー…………うん。まぁ。一応」
「…………えっ、と。その
「…………91.1パー。瞬間的な最高値で、ね」
自嘲を滲ませた、渇いたような笑みを浮かべながら、
「……………………」
何とも言えない表情のままに
「…………無理ゲーじゃないです?」
と溢した。
「…………まぁ、無理ゲーかもね」
「か、かもねじゃないですって。ど、どどどっどどうすんですか、このままじゃ人類めつぼー待ったなしじゃないんですか」
「んー…………滅亡はしないと思うけどね。多分」
「へ、へぇ? そ、その心は?」
「いや、
「はぁ…………
「…………あんま笑えないけどね、その喩えも。あ、あとこの話はあんまり吹聴しない方がいいよ。流石に分かると思うけど、
「あー…………はい。わ、わかります。やっぱアレですね。局員さん方の基本スタンスは『駆逐してやる!』っていう感じなんですね」
「ま、
「あー、まー、そりゃそうですか。自明の理、ですか…………」
シュイィィン。
と、音を立てて目前の自動ドアが開いた。
少し距離を置いて二人を先導しているのは、
「…………」
追従する二人の会話が聞こえているのかいないのか、ともあれ黙して何も語らぬまま、彼女は歩を進める。
「で、その、あのですね。その、
不安げな顔色でそう訊ねる
「あるよ」
と、端的に返答した。
「あ、あるんですかぁ。あーよかっ……」
「ここ半世紀で二、三体ぐらいだったと思うけど」
「………………」
露骨に『選択肢ミスった……』という雰囲気を醸し出す
「あまり新人に後ろ向きな話をするものではありませんよ、
そこで初めて、
「……後ろ向きだろうと何処向きだろうと事実を伝える事が間違いって事はないでしょう」
「事実真実だけがこの世の全て、というワケではありません…………いえ、この辺りの論法は止めておきましょう。水掛け論ですね」
「…………同感」
──『生体認証完了。
機械音声が響き、目的地への到着を示す。
「【
「そうですね。──
「…………了解です。で、もう一つの用件はなんです? 厭な予感しかしないんですけども」
「生憎とその予感は的中ですね…………ステージD内部まで
「………………あ"ー、マジに言ってます?」
「無論です。貴女の時は私が付き添ったでしょう?」
「……じゃー今回も会長サンが付き添ったらいいんじゃないですかねぇ?」
「局長です。……生憎と私はアレにあまり好印象を持たれていませんので。貴女はどうやらお気に入りのようですし、色々と都合が良いでしょう」
「…………はー、なんっか面倒事ばっか押し付けられてる気がすんだよねーホント…………勘弁してほしーわマジにさ…………」
割かし大きめの声で愚痴る
円筒状のその広大な空間、中心にはまるで貫く柱のようなエレベーターが直立している。その周囲をまるで吊り橋のような頼りなく感じる歩道が壁面と中央エレベーターを繋いでいた。
「…………こ、ここって、えっと、落ちたら、どうなります?」
歩道の柵から底の見えない眼下の空間を見下ろし、
「多分、というかほぼ確実に死ぬからあんま覗き込まない方がいいよ」
「うひぃ!」
そのまま中央エレベーターまで辿り着いた三名。その扉の横の操作パネルを
「
『電子コード、認証。指紋コード、認証。声帯コード、認証。オールクリア。
「はぁ!?」
「どういうことですか委員長!」
「局長です。何がですか
「何がも何もないでしょ! なんで今日入局したての新人がワタシと同じ階悌なんです!?」
「えっ、えっ、えっ」
不満をあからさまにする
「理由は幾つかありますが…………そうですね。一言で言えば適材適所ですよ。即戦力が必要だと言ったでしょう? ですが一階悌の戦闘員を
「………………なるほど。なるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなるほど。よくわかりましたこれでもかというほど。で、更に質問を重ねて申し訳ないんですが」
隠そうともしない怒気を滲ませ、
「じゃあ! なんでっ! ワタシは一階悌からスタートだったんですかっ!」
「
「…………へー…………そう……………」
「ひ、ひぃ……」
感情の失せた顔で、冷えきった声を絞り出す
その様子に怯え切った悲鳴を漏らす
「…………念の為に言っておきますが、
「そーですかー。そーですねー。えーそーでしょーともー。はいはいわかってますよー」
およそ上司の上司のそのまた上司に対する態度ではなかったが、
「では、このままエレベーターに乗ってください。エレベーターを降りた瞬間から経過時間のカウントが始まりますので、三十分以内に面会を済ませて再びエレベーターに戻るように。時間をオーバーしてしまうと異常有りと判断され
「は、はい? えっと、面会って、その」
「わかってますよー。ったく、んなヤバいのになんでわざわざ会いにいかなきゃ…………いや理由はそりゃわかってるけど…………」
「では両隊員、よろしくお願いします」
ピ、とタッチパネルを
困惑したままの
「ふぅ…………あ、
エレベーター内の壁に凭れかかりながらそういう
「いやいやいやいや楽にって言われてもそもそも何がなんなんだかえっといやだからあのだいたいそもそもここってここってあうあうえうあえええっと──【
「うん、そーだけど?」
「そ、そーだけどじゃなくてですねぇ。なんなんですかここ? えっと、その、会話とか雰囲気的に、は、あー…………監、獄…………?」
「ん、わかってんじゃんさ──そ、監獄。
肩を竦めながら、
「…………えっと、出来るんですか?
「一応出来る、らしいよ? ワタシは捕まえた事とかないけど、捕獲班みたいなのがいるらしくてね…………【
「ええっと、でも、捕まえるのとか…………
「へえぇ、わかったような事いうじゃん。
「え、あ、いや、ほら、ポケモンとかも倒すより捕まえる方がめんどいですし」
「……………………」
「あのー、
「………………」
「ええっとー。あのー…………」
「……………………」
「そのー…………もしもしー…………」
「………………………………」
その後、エレベーターが停止するまで
やがて、ポーン、という無機質な音が響き、扉が開いた。
『最下層、ステージDに到着しました。承認滞在時間は、三十分です。』
「…………んじゃ行くよ、
「い、いやー、いえー、アタシまだ何が何だかといいますかですね」
「迷わず行けよ、行けばわかるさ」
「えっ、何故に猪木?」
「んにゃ、正しくは清沢哲夫だよ」
そんな緊張感のないやり取りをしながら、幾重にも幾重にも閉ざされた重厚な扉を二人は越えて行く。
やがて、大銀行の金庫もかくやという巨大な鉄扉を抜けた、その先に──
ソレは、辛うじて存在していた。
『──やーあ、
「…………前に来たのは二ヶ月と半月前だよ。あと今日は若干曇り気味で、もう日は落ちてる頃だから」
『ははぁ、そりゃ残念というかなんというか。いや、まぁその辺は許してくれよ、わかるだろう? なんせこんな地の底の、そのまた奥の奥の奥に閉じ込められちまってんだからさ。時間感覚なんざ爪の先程も残っちゃいないんだ。連中もつくづく臆病な事だ──こんな虫の息以下の消し炭みたいな搾り滓、どこに怖がる要素があるってんだろうねぇ? ──【鳳凰機関】だなんて御大層な名前が咽び泣いてるよ、まったく』
「…………それには微塵も同意できないかな。畏れて当然でしょ、あんたみたいなの…………まぁ確かに、こんな風にただ閉じ込めるぐらいなら、とっとと殺しちゃえばいいのにとは思わなくもないけど」
『あっはっは、そりゃド正論だけどもそれをいうのは酷ってもんだよ
ソレは話を一旦切り、
『──ソレ、なんだい? 初めて見る顔だなぁ。そりゃあの
「…………ソレが何かって訊きたいのは──」
表情はおろか、感情も、血の気すら失せた顔色で。
「絶対に、アタシの方だと思うんですが」
『──ハッ、ハハッ! また面白い子を連れてきてくれたなぁ…………初対面で私にまともに口を利いた人間は、それこそ
「………………」
「…………あー、吐いていいなら吐きますけどね。エチケット袋とかないです?」
『ふ、くくくくっ…………いやぁ、残念ながら無いねぇ。確かに不親切だな、
「…………いや、それより…………質問には答えてもらえませんかね? あなた…………何です?」
分厚いガラス面を隔てた、その先に在ったのは──
──水溶液の中にふよふよと浮かぶ。
少女の頭部、だった。
顔面のその半分は、焼け爛れ。
灰色のその長髪は、みすぼらしく漂うのみ。
首の下から胴体は存在しない──が、何故故か脊髄だけは欠損しないままに残っている。
『──私は、
その
醜く歪んだその顔で、それでも尚愛らしく──微笑んだ。
『もう百年以上、ここで揺蕩っている──
それは、或いはどの
『──【
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