21.今宵、飼う




「──つーワケだからコイツの指導任せたぞ弖岸てぎし。オレはそーいうの向いてねーから帰る。さらばさらば」


「はぁーーーー!?」


 と、神前こうざきの言葉にすっとんきょうな声をあげて異を唱えるのは、言わずもがな弖岸てぎし むすびであった。


「な、なんでワタシがんなことしなきゃなんないんですか! まだワタシ入局一年目ですよ!?」


「そのポンコツ──傴品うしなと似たような立場ポジションだからだよ、お前は。やる気のねーオレよりかはお前の方がよっぽど向いてる。色々教えてやってくれや」


「いや、やる気は出しましょうよ! 選抜生セレクションの育成は【聖生讃歌隊マクロビオテス】各隊長の必須義務の筈でしょう!」


「オレは感覚派だから人にもの教えたりとかは無理なんだよ」


 むすびのぐうの音も出ない正論を雑に却下する神前こうざき

 そんな父を見かねてか、娘のえんからも言葉が飛ぶ。


「そーだよねー。実の娘もほっぽりだして他人に押し付けちゃう位だもんねー」


「うるせぇ嫌みか」


「嫌みだよこんの育児放棄ネグレクト親父! 今度はお弟子さんまで放り投げる気か!」


 極めて真っ当な意見を飛ばす愛娘にも、まるでぜんは取り合わない。


「別に師匠とかいらねーだろって。オレそんなのいなかったし。同僚とバチバチ競い合ってりゃそれで強くなれんだろ」


「そりゃあんたの新人時代っつったら対死神グリム戦闘教義ドクトリン黎明期でしょうが! 右も左もわからない、ノウハウゼロの手探り時代と一緒にすんなや!」


「しちめんどくせー理屈だの堅苦しいだけの論法だのは死神グリム相手にゃろくすっぽ役に立たねーっていつも言ってんだけどなーオレは! 結局実戦の中で身体に覚えさせるしかねぇんだよそういうのは!」


「はー! でましたよ『身体で覚えろ』だの『自分で盗め』だの! 老害の常套句! 自分の教導能力のなさを誤魔化すために新米に負担を押し付けて恥ずかしくないのかなーまったくあーみっともない自分の無能を証明してるだけだっていつになったら気付いてくれるんだろねつくづく!」


「おう言ったな小娘良い度胸だひよっこ吐いた唾ぁ飲めんぞコラ父親兼上司に向かってよくもまあそんなクチ利けたもんだな灸を据えてやるよ覚悟しろ!!」


「スミマセンねぇクチが悪くて何しろ碌な育ち方してませんもんでいやぁまったくもって親の育て方が悪かったからなぁ我が身が不憫だわこんちきしょう!」


「あー言った言ったな言いやがったな誰に育てられたと思ってんのかな自分一人で育ったと勘違いしてんのかな覚悟しろ尻叩きじゃ済まさねぇからなオイ!」


「上等だいい加減私も親離れの時期だって身を以て思い知らせてあげんよいつまでも一緒にお風呂入って貰えると思うなやエロ親父! 丁度いいよこれから訓練室に行くところだったし一緒に、ついて、こ、い…………」


 と、そこでえんが周りを見渡す。

 講堂内。

 立っているのはぜんえん神前こうざき父娘おやこ二人きりであった。


「「…………って誰もいねーーーー!?」」


 神前こうざき父娘おやこ

 仲はともかく、息は合っているらしかった。






▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽

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「…………なぁんで先行っちゃってんのよみんなー! 私が案内役の筈なのに!」


 猛ダッシュで講堂から駆け出し、訓練室まで辿り着いたえんの第一声はそれだった。

 ちなみに父親ぜんはすぐにどっかいったらしい。


「いやほら…………父娘おやこコントに水を差す程ヤボじゃないって。かといって新局員のみんなを待ちぼうけさせるワケにもいかないしさ。ていうかあそこでスルーしたのはむしろ優しさだよいつものとはいえ後輩たちにあの面白醜態みせていいの?」


 やれやれといった口調で答えるむすびは、やや白い目をしつつそう返す。


「お、面白醜態…………そ、それはわかるしありがたいけども一言かけてくれればそれでいいじゃん!」


「時間押してるんだって。詩縫しぬいちゃんも苛立っちゃってるし、それに今日は何だか色々とキナ臭いんだからさっさと終わらせときたいでしょ。ほら、もう訓練始めてるから、仮想演習場シミュレーター内へ行った行った。後輩をちゃんと監督したげなさい」


「ふぐ、わ、わかってるって! あわわわ…………」


 あたふたとした口調と足取りで、えんは訓練室内、仮想演習場シミュレーターへと駆け出していった。

 その背中を眺めつつ、ふ、とむすびはため息を一つ吐く。


「相っ変わらずそそっかしいなーえんは。もっとしっかりしてくれないかな」


「お前に言われたらいよいよあいつも形無しだよな……」


「んん"? なんか言ったかな鍔貴つばき君」


「イイエ。メッソーモナイデス」


 むすび鍔貴つばきの同級生二人のやり取りをよそに、鮎ヶ浜あゆがはま閑樽かんだるの歳の離れた二名が言葉を交わす。


「…………仮想演習シミュレートの内容は何なんですか?」


新局員ニュービーの相手と来たらまあ死神犬いぬだろう。確か泣き虫犬レインドッグ辺りじゃなかったかな」


 その答えを聞いた閑樽かんだるは露骨に嘆息し、吐き捨てるように言葉を発した。


「雑魚中の雑魚の相手をさせて何になるんです? 即戦力が求められていると全隊長も仰っていたでしょうに」


「そうは言っても、殆どの人間は段階を踏んで少しずつ学んでいくしか強くなる道がないからな。誰もがお前みたいな才能を持ってるワケじゃないぞ。閑樽かんだる


「…………わたしは才能なんてもってません。そんな便利なものをもってたなら、今頃…………」


 そんな風に若者たち──選抜生セレクション四名が言葉を交わしていたところ。


「おいおーい若人わこうど四名。和気藹々ディスカッションは大いに結構なのだけれどもね」


 背後から成熟した大人の女性の声が投げ掛けられる。


「こちらの新入りちゃんの相手もしてあげたまえよ。弖岸てぎしちゃん、君、彼女の教導役チューターを仰せつかったんだろう?」


 プードルを思わせる乱雑な癖毛の女性は、赤毛の少女の肩に手を置いてそう述べた。


「…………いえ、それに関しては断じて了承してませんよワタシ。アレはぜん隊長の勝手な言い分でしょう。職務放棄です。断固として拒否と抗議を行います。ええ!」


 この上なく真っ当な弁舌を以て異を唱えるむすび

 それを聞いて女性はスマフォをむすびの鼻面へと突きつけて言った。


「んーむ。それは通んないんじゃないかなー。ほら、LINEの幹部グループでもうやり取り終わってるから。ぜんさんが任せるーって言って、あがな君が了解ーって言ってるから」


「………………」


 画面を眺め。

 一拍置き。

 むすびは。


「なんんんんでお偉方の業務連絡がSNSで行われてんですかああああああいっっっっ!! 報告連絡相談ホウレンソウどうなっとるんですか新参急造とは言え一応政府機関でしょ【死対局ウチ】!!」


 常識に則った理路整然なツッコミを叫んだ。


「だよねー。わかるわかる。いやいやちゃんと言ったんだよ? 私もね? LINEよりDiscordの方が便利だからそっち使おうよって。だというのにみーんな使い慣れてるLINEの方が良いって言うのさ。惰性で利便性に背を向けるなんて現代人にあるまじき怠慢だと私はちゃーんとみんなに…………」


「ツールの問題じゃねええええええ!! どんな情報リテラシーしてんですかウチの上役さんがたは!! 今日日冴えない町工場だってその辺には気を配り始めてますよこのご時世!!」


「なんだいなんだい溌剌と声荒げちゃって。カルシウム足りてないんじゃないかい? 生まれつきのスタイルの良さに胡座をかいているんじゃないだろうねむすびちゃん。毎朝ちゃんと牛乳は飲みたまえよ?」


「………………ッ!!!! …………もういいや。束繰たばくり室長に食って掛かっても疲れるだけですし」


「うむうむ。戦闘員の体力はなるたけ戦闘方面へのベクトルで消費してもらいたいと私も常々思っているとも」


 天然なのか計算なのか。

 なんだかんだで根は真面目なむすびの叱責をのらりくらりと躱し切り、嗤う女性──名前を束繰たばくり 無絵むえと言う。

 肩書きは【死神災害対策局アルバトロス 探究室マニアクス 室長】。

 とどのつまりは、【死神災害対策局アルバトロス】内の技術畑にて頂点に位置する女性研究者だった。


「…………それにしたって何でワタシなんですか。何度も言いますがまだ入局一年目ですよ? 選抜生セレクション内にもっとふさわしい人が他にいるでしょ。鮎ヶ浜あゆがはまさんとか、安羅梳あらぐしさんとか!」


「あっはっは。それは私に言われてもどうしようもないよねぇ。けどまあぜんさんが決めたのならきっと理由が──いや、特に無いかもね。ぜんさんだからね。うん。まあその時は貧乏クジ引いたと潔く諦めたらどうかな?」


「…………あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 たまらず頭をガシガシと掻きむしるむすびであった。

 その様子を同情のこもった横目で眺めつつ、罵奴間ののしぬま 鍔貴つばきは周りに呼び掛ける。


「あー…………とにかく。なんにせよ選抜生セレクション最後の一人がとうとう埋まったって事なんだし、自己紹介でもしよう。むすびとの進退はともかくとして、ね。……えーっと、スグタさんだっけ?」


「は、はい。あ、いや、違います、違いました。儁亦すぐまたです。儁亦すぐまた 傴品うしなと申します。十五才です。高一です。銀泉生です。本日に入学&入局です。はい」


 みるからにオドオドとした口調、あたふたとした態度で応答する紅緋色の髪の少女──傴品うしなは辿々しくそう答える。

 なんとなく、ウマが合わなさそうだなぁ。なんて思いながら、むすびは改めてその姿に目をやる。

 ──白百合を思わせる純白の軍服風ワンピースの女性局員服に身を包み、所在無さげに佇んでいた。身長や体格はむすびえんと比べれば一回り小さい。高校一年生女子としては平均程度、160㎝前後だろうと思われる。紅緋色のツインテールを漂わせたエアリーな髪型をしており、その二房の髪が揉み上げの辺りと一体のように重なって見え、まるで翼のように錯覚しそうになるのが印象的だった。そして前髪はぱっつんと切られた姫カット。その姿を見たむすびの嘘偽りの無い感想は、なんというか、まあその、サークルをクラッシュさせそうな雰囲気の子だなぁという感じだった。


「えっと…………ワタシは弖岸てぎし

むすび。同じ銀泉生で高一だから、同級生だね。ワタシ今日は入学式は事情有って出れなかったんだけれども…………ひょっとしてえん鍔貴つばきには会ってたりした?」


「はい。あ、いえ、アタシも入学式は出てないです。さ、サボりじゃないんですけどね? ぜんさんがお前にゃガッコなんぞ行ってる余裕ねーだろって、その、首根っこをひっ掴んでいくものですから…………」


「んー…………苦労してるんだね。や、わかるよ、うん。えんと話が合いそうじゃないかな」


 あのまるでダメなオッサンに振り回されてる乙女同士──とまでは流石に口には出さないむすびである。


「ど、同級生かもしれませんが、あ、学校、学校ではの話ですけども。えと、けども【死対局ここ】では先輩といいますか、なんかその、教えてもらう立場みたいですので、えー、てぎしさん、でしたっけ? でしたよね? その、これから、不束者ですが、よろしくお願いいたします…………うぇへへへ…………」


 …………何か粘着質な愛想笑いを溢しながら、何処か継ぎ接ぎめいた口調のままに、儁亦すぐまたはそんな風に頭をむすびに向かって下げた。


「…………ん"~~~~…………納得はいってないんだけど…………あーくそしゃーないか。わかった。まあ程々によろしくね。儁亦すぐまたさん」


 観念したとばかりに肩を竦め、むすびは自らの手を儁亦すぐまたの前へと差し出す。


「べ、別にいいですよ。あ、名、名前、名前です。名字じゃなくて。名字じゃない名前の話ですえっとその、あれです。傴品うしなです。傴品うしなで、はい、いいです。傴品うしなって読んでくれれば。ええ。はい」


 どうにも卑屈気味な態度は崩れないまま、ひきつったようにも見える笑顔を浮かべつつ、儁亦すぐまたは──傴品うしなは、目前に差し出されたむすびの手を取って、握手した。

 …………うわ、手汗スゴッ。

 との感想は、むすびは決して曖にも出さなかった。

 良い子なのである。


「…………で、あ、えっと、いきなりといいますか早速といいますか、あの、質問があるんですけれども、弖岸てぎしさん」


「ん、ワタシもむすびって呼んでくれてだいじょぶだよ、同級生タメなんだしね。 それで、なに?」


「えぇっと、ですね。ほら。他の新局員の皆さんとか。今訓練してる、みたいですけど。アタシは行かなくてだいじょぶなのでしょうか?」


「ん。まぁ別にいんじゃない? やってんのどーせ初歩の初歩の生装リヴァース操戦術だし。掛け値なしのド素人向けのだしね。もう仮入局して三ヶ月は経つんでしょ? んで一応ぜんさんに弟子入りしてて。なら今更やるような訓練じゃないと思う」


「…………は、はぁ。いや、それなら、いいんですれけども。うん。はい。………………あ、あの、も一つ、質問、いいですか」


「ん、なに?」


 意外と積極的に質問してくるな。良いことだな。

 なんて思っていたむすびに対し。

 傴品うしなは、精一杯の愛想笑いを浮かべつつ、なるたけ自然に軽めのニュアンスで、質問した。


「えぇえっとですね、うへ。いやその。あれですよ。…………生装リヴァースってそもそも、どういうものなのかなー。とか、思ったり思わなかったりというか…………えへ」



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