20.地雷




「【死神災害対策局アルバトロス】東京本局にて局長を務める煦々雨くくさめ 水火みかです──皆さんの入局を歓迎します」


 ──【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、講堂内にて。

 第四十五期、入局式が行われていた。

 壇上に立ち、挨拶を行っているのは──【死神災害対策局アルバトロス】東京本局長、及び【聖生讃歌隊マクロビオテス】全隊長兼、第一隊ブラックサレナ隊長…………という長ったらしい肩書きをもつ亜麻色の髪の少女、煦々雨くくさめ 水火みか

 若くして【死神災害対策局アルバトロス】の事実上の最高位に座す、死神グリムを討つ者達──灰祓アルバを統べし少女であった。


死神グリムの存在が大衆に周知されて、僅か三ヶ月となりますが──この三ヶ月という短い期間に、死神グリムは驚異的な速度で勢力と被害を拡大させ続けている。…………というのは既に皆さんもご存じの通りでしょう。世間にその存在が知られる以前より、密かに長きに渡って死神グリムと闘い続けてきた我々【死神災害対策局アルバトロス】ではありますが、死神グリムの猛威は留まる事を知りません」


 水のような冷淡さと火のような苛烈さ。それら両方を内包した可逆的な声色で、煦々雨くくさめは新局員達へと語りかける。


「仮入局期間を経てここにいる者もいれば、そうでない者もいるでしょうが…………何れにせよ、今【死神災害対策局アルバトロス】に求められている人材は、。これに尽きます。戦闘員、非戦闘員の区別なしに、です」


 ジロリ、と壇上より、まるで人波を値踏みするかのように睨め付ける煦々雨くくさめ


「人智を越える存在である死神グリムとの闘いは熾烈を極めます──死神グリムを討つ者、灰祓アルバとして幾年月を経た手練れの戦闘員さえもが、あっさりと命を墜としてゆく。それが、あなた方がこれから向き合う事となる戦場です。…………その死地に臨まんとする皆さんの決意と覚悟に敬意を表し、そしてあなた方と肩を並べるその時を心待ちにしております」


 煦々雨くくさめはそこで挨拶を占め、講堂内の新局員一同へと敬礼を示した。


「──私からの挨拶は以上です。この先の入局指導オリエンテーションでの案内は、あなた方の先輩にあたる、選抜生セレクションの面々に一任しております。では神前こうざき隊員、よろしくお願いします」


「は、はッい!」


 煦々雨くくさめに後を任された隊員──神前こうざき えんは、先刻より延々と続けていた、掌に書いた『人』の字を呑み込む作業を打ちきり、ぎこちない足取りで煦々雨くくさめが去った壇上へと登っていった。


「…………うっわー。えんちゃんガッチガチじゃん」


「手と足が一緒に出てる…………小学生の運動会みたいだな」


 その様子を見た同級生──弖岸てぎし むすび罵奴間ののしぬま 鍔貴つばきのぼやきは、当然神前こうざきの耳に届くはずもなく。

 ともあれギクシャクとした歩調でどうにか壇上に上がった神前こうざきは、新局員達へと語りかけ始めた。


「し、新局員の皆さん、初めまして! 第一隊ブラックサレナ選抜生セレクション、第四階梯戦闘員、神前こうざき えんと申します! これより我々、選抜生セレクションが皆さんの入局指導オリエンテーションの案内役を勤めさせていただきます! えー、そう緊張することなく、肩の力を抜いて臨んで貰えればと思います!」


「あんたが言うか、えん


「お前が言うな、えん


 非情な二人のツッコミを知ってか知らずか、辿々しく入局指導オリエンテーションの案内を続けて行くえんを一行は眺めていた。


「…………この入局指導オリエンテーション、何時まででしたっけ」


 ボソリ、と小さく訊ねたのは、檸檬色の髪の少女──名前は閑樽かんだる 詩縫しぬい

 …………第三隊ヴィブルナム選抜生セレクションである。


「予定だと、確か二十時までだったな。まあ進行ペース次第で多少は前後するだろうが」


「…………時間の無駄ですね。わざわざ選抜生セレクションを全召集する程の意義はないと思いますが」


 隣に立つ青年──第九隊ゲンティアナ選抜生セレクション鮎ヶ浜あゆがはま すずりの返答を受け、失望したような口調で、閑樽かんだるはそう言い捨てる。


「そう言うなよ。なんせ入局者数がこれまでの三倍以上にまで跳ね上がったんだ。応対する人員はそりゃ増やさなきゃな。これも仕事だぞ、閑樽かんだる


「…………わたしの仕事は死神グリムを始末する事です。それ以外を仕事とした覚えはありません」


「生憎とそれは通らん。この【死神災害対策局アルバトロス】に所属している以上は、求められた責務は果たさなきゃいけないさ」


「………………」


 講堂の壁を背にして立つ四人の選抜生セレクションの中では最年長である鮎ヶ浜あゆがはまに窘められ、渋々といった風に閑樽かんだるは口をつぐむ。


「し、しかしあれだよねー。せっかく召集したってのに半分しか集まらないんじゃ意味ないじゃんって気がしちゃうよね、うん。いやまあ死神災害グリムハザードの対応っていうんじゃ仕方ないけどさ」


 心なしか重くなったような場の空気を変えるため、むすびが話題を振った。


「そもそも選抜生セレクション自体、まだ全員選ばれていないからな…………最後の一人、第十隊ダチュラ選抜生セレクションは一体いつになったら決まるのやら」


 話題に応える鍔貴つばきがそんな風にぼやいたところで、挨拶を終えたらしいえんが壇上から降り、入局者達を案内しようとしていた。


「んっと…………もう場所移動か。確か次は訓練室で初の戦闘訓練でしたっけ?」


「ああ。といってもほぼ仮想演習場シミュレーターでの訓練になるだろうから、大して手間はかからない筈だが…………」


 むすびの疑問に鮎ヶ浜あゆがはまが答えた、その時に。


「──おいぃぃいっす! 邪魔すんぞーーー!!」


 と、講堂内を揺るがすかのような威勢の良い声を上げながら、誰かが講堂内へと入ってきた。


「あ"」


 とむすび


「え"」


 と鍔貴つばき


「うぐっ」


 と鮎ヶ浜あゆがはま


「………………チッ」


 と閑樽かんだる


「ゲーッ!」


 とえん


 …………という風に、露骨な嫌な表情をして選抜生セレクション五名が呻く。


「ようよう新米ヒヨッコ共。【死神災害対策局アルバトロス】へようこそ~~ってな。おう、お前らも久しぶりっ!」


「………………ど、うも。神前こうざき隊長…………噂をすれば…………」


 引き摺った笑みを浮かべて、なんとか鮎ヶ浜あゆがはまが応える。

 その場の新局員と選抜生セレクション達に大声で呼び掛けるのは、大柄の中年男性だった。

 しかし中年といっても、その姿に衰えなど微塵も窺えない。大柄な体格と無精髭が相まって、まるで熊か何かのような印象を周囲に振り撒いている。それがとてつもない大声を上げるものだから、周りは萎縮して当然といった有り様だった。


「んだよテンションひっくいなー。若いんだからもっとアゲてけや! ワカモンは元気が一番だぞぅ!」


「あ"""""ーーーーうっさい! 怒鳴るな! 邪魔すんなぁクソ親父!!」


「お前も怒鳴っとるだろアホ娘! ブーメランというヤツだな!」


 ギャイギャイと言い合うのは── えんと、そして第十隊ダチュラ隊長、 ぜん

 侃々諤々な二人の衝突に、四人の選抜生セレクション達は呆れと諦めがない交ぜになった生温い視線を向ける。


「あいっかわらずえんは反抗期だねー」


「あの年頃の女子って大抵あんなもんじゃねぇの? 姉ちゃんもあんな感じだったな……」


「へぇ、鐔女つばめさんもねぇ…………ま、ワタシは別にそんなことないけど」


「じゃあ父親の下着と一緒に自分の下着洗濯出来るか?」


「は? 出来るワケないじゃん」


「…………父親って哀しい」


 そんなむすび鍔貴つばきのやり取りを尻目に、父娘おやこの喧騒はヒートアップしてゆく。


「なぁーに! しに! 来たんだっての! 邪魔になるからどっかいってよ!」


「ただの人探しだよ! 多分新局員の中に紛れ込んでやがんだって…………ええい、お前は引っ込んでろっての…………お"ぉい傴品うしなぁ!! テメ待ち合わせシカト決め込みやがったな良い度胸だポンコツぅ!」


「ヒッ!」


 と、怒声を浴びて、新局員の中から小さな悲鳴が上がった。


「おいーっす、お前ら、ちょい退いてくれーぃ。そう、そこの紅緋色の髪の小娘だ。踞ってるヤツ」


 新局員を掻き分けて、ぜんはしゃがみこんだ少女へと歩み寄り──むんずと襟首をひっ掴み、群衆から引き摺り出した。


「ひ、ひぃいぃぃぃぃいぃぃ! ご、ごめ、ごめんなさいごめんなさいぜんさんんんん! けど新局員は全員入局式に参加だって言われてるし仕方ない筈です逃げたワケじゃないんですううううぅぅぅぅ」


「知るかっっっ! 水火みか嬢ちゃんの言うことが聞けてオレの言うことが聞けねぇのか!」


「だって煦々雨くくさめさんは一番偉い人じゃないですかあぁ~~! 入局式ですよそりゃ出なきゃいけませんよぅ」


「知るかっっっ! んなもんよりオレの言いつけを優先しろバカタレ」


「理不尽ですよ不条理ですよ勘弁してくださいよおおぉぉぉぉ…………」


 憚る事なくべそをかきながら泣き言を漏らすのは──紅緋色の艶やかな髪を、俗にいう姫カットにした少女だった。


「…………ちょっと親父。誰よその子? 新局員でしょ?」


「おう。確かに今期入局だが、仮入局してもうそこそこ経ってる筈だぞ」


「だいたい三ヶ月ぐらい、ですぅ…………」


「はぁ…………いや、だから新局員に親父がなんの用なのかって…………」


「いや、こいつ、オレの弟子。一応」


「……………………は?」


 父のその言葉に、娘であるえんは言葉を失う。


「で、お前らの同僚、かな? 第十隊ウチ選抜生セレクションだな。つまりは。まだ正式に入局してなかったから今日まで待たせる事になったわけだ。断じて選ぶのを忘れてたりめんどくさがってたりしたわけじゃあないわけさ。おら、挨拶しろ」


 ベシ、と後頭部をはたかれ、はうっ、と悲鳴を上げる。

 叩かれた勢いでそのままトテトテと他の選抜生セレクション達の目前まで歩み寄り、目をふよふよとそこら中に泳がせながら───自己紹介をした。


「え、えと。あの。その。ぽの。………………儁亦すぐまた 傴品うしなと、申しますです。第十隊ダチュラ選抜生セレクション…………とかいうやつ……………らしい、ですよ?」



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