19.oro




「厄日だ…………絶対厄日だ…………」


 生気の失せた表情でぼやきながら、弖岸てぎし むすびはとぼとぼと歩いていた。

 山手線での一件の事後対応に終われ、なんとか後続の隊員達に後処理を受け継いだ頃にはもう夕方に差し掛かる時刻だった。

 当然昼食も碌に摂れてはいなかったため近場のコンビニに駆け込みおにぎりをお茶で流し込みつつ、目的地へと向かっているというワケである。


「新入生が入学式すっぽかすって我ながらどうよ…………いや、しょうがない状況だったし弁明も聞いてもらえたけどさ…………」


 周囲からは叱られるどころか称賛された位であった──如何にして解決しようかと皆が頭を悩ませていた一件を鮮やかに解決してみせた、と。

 が。


(我ながらよくやった、なんて…………思えない。思えるわけない)


 脳裏を過るのは──救えなかった人達の事。母を亡くした少女の事。

 沈黙したまま歩を進めるむすびの表情は、重かった。

 煩悶している様が透けて窺える程には。

 ──やがて東京の街並みの最中、なんの変哲もない殺風景なビルその中へと入ってゆく。

 受付の女性に軽く会釈し、そのままエレベーターまで一直線に歩き、その中へと足を踏み入れる。

 そして階層ボタンには触れずに、スマフォを操作した。

 やがて下降していくエレベーター。最下層である筈の地下二階をも通り過ぎ、更に深く。深く。

 ぽーん。

 やがてそんな気の抜ける音が鳴り響き。

 むすびは自らの職場へと足を踏み入れた。




□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇

◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□




 ──【死神災害対策局アルバトロス】、東京本局。

 受付での手続きを済ませ、目的地へと歩いてゆく。

 そんなむすびの先で待ち構えていたのは──


「──新年度早々からご活躍だな、弖岸てぎし隊員」


「…………どーもです。師匠ししょー


「他の隊員の前でその呼び方は止めろ。示しがつかん」


「了解しましたー。頭尾須ずびす隊長たいちょー


「了解してねぇだろ。気の抜ける口調で話すんじゃねぇ」


頭尾須ずびす隊長だって口調は割りとアレじゃないですか。人の振り見てなんとやらですよー」


 そんなやり取りをしつつ、青年──第五隊サイプレス隊長、頭尾須ずびす あがなは、自らの弟子であるむすびと並んで歩き始めた。


「…………苦労したのは察するが、それにしたって浮かない顔じゃないか。今朝の一件、そんなに応えたのか?」


「…………まあ、それなりに」


 表情の陰りを隠そうとしないまま、むすびはそう言った。

 それを見た頭尾須ずびすは呆れを含んだ顔色で、フゥ、と溜め息を一つ吐く。


「まだ慣れないのか──人の死には」


 ピタリ、と。その言葉にむすびは足を止める。


「…………慣れるものですか? 人の死は」


「慣れるものだよ。人の死は」


 むすびのその言葉を、頭尾須ずびすは素気なく一刀両断した。


「慣れざるを得ないものだ。灰祓おれたちに限った話じゃなく、な。家族、友人、恋人。それらとの別離わかれは──だ。当たり前の話だろう」


「………………」


 その淡白な口調に。言葉に。むすびは黙って唇を噛み締める。


「気にするな、悲しむな、なんて事を言う気はない。心には留めるべきだろうし、悲しんで然るべきだろう。ただ──ただ、慣れろ」


「…………けど、でも」


「デモもストもない。人は死ぬ。、全ての命は失われる。それに抗ったところで──苦しむだけだ。小学校の道徳で習わなかったか?」


「…………それでも、慣れちゃいけないと思うんです。苦しんでも、傷ついても。だって、死に慣れちゃったら。死を当たり前だと、死を何て事ないものだと認めちゃったら──」


 葛藤と悔恨。

 それらの感情を滲ませながら。

 むすびは言った。




「──生きてる意味が、ぼやけちゃうと思いますからっ」




 キッパリそう言い放つと、むすびは駆け足で廊下を駆けて言った。


「…………ガキンチョめ」


 去りゆく弟子の後ろ姿を眺めながら、深い憂いを込めて、頭尾須ずびすはそうボヤいた。

 そんな頭尾須ずびすの更に後ろから、歩み寄る人影がまた一つ。


「…………まーた可愛いお弟子さんをいじめてるのかしら? あなたは」


 萌黄色の髪を揺らし、歩いてきたのは第四隊クローバー隊長、罵奴間ののしぬま 鐔女つばめだった。


「可愛げのない弟子、だ。あといじめてもいない、親切な忠告だ」


「親切、ねぇ? 確かに真実味のある忠告だったけど。まるで言うんだもの」


「………………」


 苦々しい表情を浮かべる頭尾須ずびすを眺め、クスリ、と罵奴間ののしぬまは微笑む。


「人の死に慣れたくない──か。何処かで聞いたようなセリフだわ。もう十年くらいは昔に、誰かが言い張ってた気がするわね」


「………………うるせぇよ。すぐに昔の話を掘り返すのは女の嫌なトコだ」


 苦虫を噛み潰したような口調で、頭尾須ずびすはそう溢した。


「ちょっとからかっただけでしょ。……似た者師弟よね、まったく」


「嫌なトコばっかり似てるもんだよ。……うんざりする。あの青臭さはさっさと脱臭してやりたいもんだ」


「またそんな事言って…………教え子に悩まされるのはお互い様だけれど、あがなは少し親バカが過ぎるわよ?」


「…………何がだよ。おれと同じ轍を踏む事が無いように忠告してるだけだ」


「もちろん、それはわかるし、立派だとも思うけれど…………けれど、決めつけるのはよくないわ。むすびちゃんが貴方と同じ道に躓くとは限らないし──躓いたからといって挫けるとは限らない。危険を排除しきった安全な道ばかりを歩かせる事がって事じゃない筈でしょ?」


「………………」


 憮然とした表情で口をつぐむあがなに、鐔女つばめは続けた。


「道に躓かない歩き方を教えるのもいいけど──躓いてからの立ち上がり方も、ちゃんと教えてあげなきゃダメよ? 師匠だっていうんならね」


「…………肝に命じとくよ」


 耳が痛そうな顔で、頭尾須ずびすはしぶしぶそう言ったのだった。






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 東京本局、講堂。

 多くの人影──本日より【死神災害対策局アルバトロス】に入局することとなる新規の局員達が集まっている。

 その集団から少し離れた壁際に、二人の少年少女が佇んでいた。

 そこに少々足早な歩調で歩み寄る少女が一人──


「…………や、やっほー、二人とも」


「あ、不良ちゃんだー」


「入学式をフケった悪ギャルが来たぞー」


「早速容赦ない罵倒だね傷つくよ!?」


 悲鳴を上げるのは金髪の少女──弖岸てぎし むすびである。


「ま、冗談冗談。お疲れ様だったねー。大変だったらしいじゃん?」


 そう言って朗らかに微笑むのはむすびに引けを取らない程に整った容姿をした少女。

 名前を──神前こうざき えんという。


「つくづく厄介事を誘引するんだな、お前は──まあ、無事で何よりだ」


 そのえんの隣に立つのは──罵奴間ののしぬま 鍔貴つばき

 眼鏡をかけた、二人と同じ年頃の少年だった。


「二人ともありがとー。確かに大変だったよ~。もうくたくた。ま、こっちの入学式は遅刻しないでよかったけど」


「入学式じゃないよ~、今日は」


「入局式だぞ、今日は」

 

 大きく息をつきながら言うむすびに、二人は容赦ないツッコミを入れる。


「そうだったね…………ワタシが入局してからもう半年か…………早いなぁ」


 少し遠くを眺めるような目線をしながら、むすびは独り言ちた。


「そんな事よりさぁ…………うぅ、壇上挨拶、やるんでしょ?」


 若干涙ぐみながら、えんが溢す。


「そう聞いただろ。選抜生セレクションは全員で挨拶するって。ま、俺達はだいぶ気楽だけどな。えん以外」


「壇上に上がるだけだもんね。えん以外」


「なぁんで私だけ挨拶しなきゃなんないのおおおお!?」


第一隊ブラックサレナ選抜セレクト隊員だからだろ」


「委員ちょ……じゃなかった、全隊長のお墨付きだもんねー」


「うううううう……煦々雨くくさめ隊長、なんで私にやらせるの……こういうの絶対向いてないのに……わかりきってるのに……」


 たまらずしゃがみこんで、メソメソと泣き言を漏らすえんだった。


「こういうことも経験しておくべきと判断したんだろうさ。全隊長からの期待に応えなきゃな、神前こうざき


 その声を投げ掛けたのは、新たにその場にやって来た青年。


「あ……鮎ヶ浜あゆがはま先輩。お久しぶりです」


「ああ、久しぶりだな、鍔貴つばき神前こうざき弖岸てぎしも」


「お久しぶりですぅ…………」


「お久しぶりです! 鮎ヶ浜あゆがはま先輩に…………詩縫しぬいちゃんも」


 鮎ヶ浜あゆがはまというらしい青年の背後。

 暗い雰囲気を湛えた、檸檬色の髪をした少女が立っていた。


「…………来たんだな。閑樽かんだるも。…………久しぶり」


「…………お久しぶりです。みなさん」


 影の落ちた声で、少女はただそれだけを呟いた。


「…………取り敢えず、これで関東近辺の選抜生セレクションはみんな揃ったよね。残りの四人は来れないのかな?」


「いや…………もう東京にはいるらしい。ただ」


 神前こうざきの溢したその疑問に、鮎ヶ浜あゆがはまはやや俯きながら答えた。


「──都内でまた、新たな死神災害グリムハザードが発生したらしい。残りの選抜生セレクション四人は対応に駆り出されたそうだ」



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