二章【陽炎稲妻不見の月】

15.妖幻





 世間的に──否、死神グリムという存在が知らしめられたのは、20■■年の年末の事だった。

 都市伝説、道聴塗説として世界中で密かに語られていた死神がと、公にされたのだ。

 公表したのは世界に名だたるコングロマリット──【鳳凰機関】。

 以前より死神グリムの存在を認知、独自研究していた【鳳凰機関】は、日本政府の後ろ楯を以て死神グリムへの対策を続けていた。

 そして年末、12月24日──清しこの夜に、【鳳凰機関】の設立した【死神災害対策局】、通称は、死神グリムの存在を公表すると同時に──






 ──首都圏に顕現した四体の死神グリムの対応に追われていたのだった。






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 20■■年 12月24日 深夜


 ──東京都内、高速11号台場線。

 通称──レインボーブリッジにて。




「──カッッッ飛ばすぜええええぇぇぇぇっっっ!!!!」


 舞い降る雪を蹴散らすかのようなけたたましい音声おんじょうと騒音を掻き鳴らし、首都高を爆走するのは──人間ではなかった。

 車種は言わずと知れたハーレーダビットソン社製。

 その二輪を以て圧倒的なパワーと速度で疾駆するその鉄塊は──


「どっっっっっけえぇぇぇぇ!!!!」


 首都高を駆ける他の車を──二輪四輪の区別なく、悉くゆく。

 異常の一言である。

 いかな速度とパワーを誇っていたとしても、あくまで二輪車バイク二輪車バイク

 多くの乗用車をまるでオモチャのように撥ね飛ばし続けるなど、まず不可能だ。

 

 ちゃちな物理法則に縛られるしかない──人間なら。


『こちら廉想隊カンナ! グリムコード【爆走魔モーターギャング】、止まりません!! 民間死傷者数、依然として増加中です!!』


『バリケードは!?』


『ダメです!! 一蹴されました!!』


 聖なる夜にひたすら憐れな死者を生み出し続けるのは──死を齎すモノたち、死神グリム

 世間に死神グリムの存在が知られた直後、まるで宣伝でもするかのように首都圏に現れ、数多の死者を量産し続けていた。


「メェリイイイイィィィィーーーークリスマアアアアァァァァッッッス!!!!」


 撥ねる。撥ねる。

 轟音。轟音。

 普通自動車はおろか、1トントラックさえもが撥ね飛ばされてゆくその光景は、恐怖を通り越してもはやシュールささえ感じられた。

 更に速度を上げて、死神──【爆走魔モーターギャング】は犠牲者を増やし続ける。


『──こちら司令室! 新たな偏在反応を観測!! 場所は──六本木です! 偏在反応、既存データと認証開始──コードはっ……!』


 絶望と共に、その通信が流れる。


『コード、【圧搾者エキスペラー】…………! 神話級ミソロジークラスです!!』






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 ──同時刻。六本木、けやき通りにて。




 煌びやかなイルミネーションで彩られる通り。

 本来ならクリスマスを楽しむ人々で賑わっている筈のこの街道は──


はっしっれっソッリッよーDashing through the snow,♪ かっぜっのっよっうっにーIn a one horse Open sleigh,♪」


 ──なんて、上機嫌で歌いながら歩く青年一人。

 以外に。




 生存者は──一人もいなくなっていた。




 綺羅星の如くに美しく輝いていた筈のイルミネーション達は、血飛沫と肉片で真っ赤に彩られている。

 道路には煎餅よろしくにまっ平らになった、車だったスクラップが並んでいた。

 スクラップの中からは当然、ひしゃげたが赤色を覗かせている。


あかっるっいーひかっりっのーWhat fun it to ride and singはなっにっなっるっよーa sleghing song tonight♪ …………おっ?」


 そんな風に高らかに歌い上げる青年を──白い人間達──灰祓アルバの部隊が取り囲む。


「んー、装備みたところ…………破幻隊カレンデュラか。肩透かしだなー。【聖生讃歌隊マクロビオテス】は来ねーのか? ま、アイツらでも物足りねーけどさ、正味」


 黒髪黒目。どっからどうみても日本人という外観だった。

 この季節にはありふれたトレンチコートを着込んだその青年は、嘲りを滲ませた口調で自らを取り囲んだ灰祓アルバを挑発する。


「ま、いいか──『派手に騒げ』ってお達しなもんでね。せいぜい派手に中身ぶちまけて、この街真っ赤に染めてくれや。…………サンタクロースがやってきたってわかんないようになぁ!」


 凄惨な笑みと共に、【圧搾者エキスペラー】は手を叩いた。

 ──すると。


「──がキャっ」


「ひビュっ」


「パべら!」


 すっとんきょうな奇声を発して、灰祓アルバ達は奇怪な肉塊へと変貌した。

 ミニマムに。コンパクトに。

 人間が、ひとりひとり。

 小さく小さく──圧縮されていた。

 圧搾、されていた。

 灰祓アルバたちだけではない。

 このけやき通りにいた全ての人間が──していたのである。

 そんなまさしく地獄絵図な街並みの先に。

 青年は──降り注ぐ雪と見紛うような、純白の人影を認めた。


「おー…………釣れた釣れたっと」


 ──その少年は、俗に言う白ランに身を包んでいた。

 白百合めいた白髪を靡かせながら煌めく瞳は紅玉ルビーのように赤い。

 粉雪の降りしきるこの夜、流石に寒いのか、血のような深紅ワインレッドのマフラーを首に巻いていた。


「…………【圧搾者エキスペラー】だな」


「おーよ。そういうお前さんは【刈り手リーパー】でいいんだな?」


 ニタリ、という風な厭な笑みを浮かべる【圧搾者エキスペラー】とは対照的に、【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいはニコリともしない。


「クリスマスイヴに随分と好き勝手はしゃぎ回る…………なんだ? 当て付けか?」


「んなワケねだろが。【醜母グリムヒルド】の指図で、わざわざ苦労してるってのによ」


 はぁーあぁ。、肩をすくめ、ため息をつく【圧搾者エキスペラー】。


「とどのつまり、おれらは客寄せパンダってワケだ。困ったもんだぜまったくよー。『死神グリムってのはこんなに恐ろしく凄まじい存在なんですよー』っつー広告塔ってワケだ」


「それをわかっていてこき遣われてるのか。暇なんだな」


死神おれらはどいつもこいつも基本暇だろ。なんせやることなんざ人間死なせる事ぐらいしかねぇんだからな」


「…………ま、否定はしない。確かにおれも暇人だな」


 なんて言いながら──せいはその手に純白の死鎌デスサイズを顕現させる。


「【圧搾者エキスペラー】──司る【死因デスペア】は【】、だったな」


 ピュウ、とそれを見た【圧搾者エキスペラー】は口笛を吹いた。


「闘る気マンマンだねぇ。ま、おれとしちゃあありがたい。お前が今夜の狂騒パレードに花を添えてくれるっつーならな」


「…………祝いの花は生憎と持ち合わせがなくてな。だが──」


 そこでようやく。

 【刈り手リーパー】は薄ら寒くなるような笑みを浮かべた。


「弔花の用意なら、いくらでも」


「抜かせ」


 聖夜、血みどろの街道で。

 二体の死神が、神話を再現する。




「【無辺なる刈り手グリムリーパー】──」




「【八十ヤソガミ】ぃ──!」






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「おらおらおらおらああああアアァァ!! どうしたどうした止めてみろぉ!! 或いは! 追い縋ってみろやああぁぁァァ!!」


 咆哮と共に爆走と蹂躙を続けるのは──二輪車を駆る死神──【爆走魔モーターギャング】。

 あからさまにも思えるレザージャケットを身に纏い、膨大な数の死を量産しながら、首都高を疾駆している。


 ──そんな死神の後を追うものが、存在した。


「──まああああああああてえええぇぇぇそこの珍走族うううう!!」


 生を蹴散らし死を撒き散らす、暴虐の走者を討ち果たすために。

 黙示録の騎手が。

 蒼褪めた駆り手が。

 都雅とが みやこが──姿を現した。






 ………………原動機付自転車スクーターに乗って。






「──なんんんんで首都高を原チャリで走ってやがんだ小娘ぇぇぇェェェ!!」


「…………え?」


 至極真っ当なその指摘に、キョトンとした表情を浮かべ、みやこ愛車ベスパを操縦しつつパチクリと瞬きする。


「えっ、と…………あれ? ダメなの?」


「駄目に決まってんだろが! 教習所行ってねぇのかコラ!」


「う、うっさいなぁ! 行ってないっつーの! 悪い!?」


「悪いわ!! 行ってねぇってことはつまり無免じゃねーか!! 何考えてんだ非常識が!!」


「の、ノーヘルで人間撥ねまくってるソーゾクに言われたかないってのー!」


 そういうみやこは、まあ、確かにヘルメットを被ってはいた──ゴーグルまでつけている。無免は無免だが。


「つうかそれ以前にぃ! ──なぁんで原チャリベスパ大型二輪ハーレーについてこれてんだつーの!!」


「…………あー、それならわかるよ。単純な話」


 またもや【爆走魔モーターギャング】から投げ掛けられた真っ当な疑問だったが、しかしみやこは不敵な笑みを浮かべて、言い放った。


「──あんたが、に決まってんでしょーが」


「…………言ってくれんじゃねーかよ──流石は【駆り手ライダー】の名を冠するだけはあるってか?」


「別にー。思ったこと言っただけだし。ついでに言えば【駆り手ライダー】って呼び名には思い入れも執着も無いね」


 その声色には偽りも挑発も混ざってはいない。

 心底からどうでもよさげに思っている事が感じられた。


「ああそうかい。だが、オレからすりゃあそうはいかねぇ──此処で会ったが百年目ってヤツだ!! 死神グリムのライダーは二人と要らねぇよなぁ!?」


「えー…………いや、いんじゃない? 二人いても」


「要らねぇんだよ!!!!」


「…………さいですか」


 はぁあ、と東京の夜闇を切り裂きながらベスパの上でみやこは溜め息をついた。


「お前とオレ、どちらが真のなのか──今宵ケリをつけようじゃあねぇか、なあああああぁぁぁ!?」


 そう言うと同時に、【爆走魔モーターギャング】は前方の軽トラックを背後に追従するみやこ目掛けて撥ね飛ばす!


「…………ここであったが百年目、はこっちの台詞だってーの。せぇーっかくのクリスマスイヴ、どうにかこうにか先輩を捕まえてデートとシャレこむ予定──」


 猛烈な速度で迫り来る鉄塊軽トラを目前にし、みやこは──



「だっ! たの! にぃいいいぃぃぃ!!」


 手に取った蒼褪めた死鎌デスサイズを、一閃した。

 綺麗に両断された軽トラックを越え、聖夜の宙天へと舞い上がり──【駆り手ライダー】は吠える。


「イヴの予定をクラッシュされた恨み──はらさでおくべきかぁぁぁぁ!!」


「はっ! 上等だぁ──【】の【死因デスペア】を司る、この【爆走魔モーターギャング】が相手する! 来やがれ!! 【駆り手ライダー】アアアアァァァァっ!!」


 そして対なる騎手達は、自らの宿業を開帳する──!




「【黙示録の駆り手ペイルライダー】ああああぁぁぁぁ!!」




「【獄走ヘルズぅ、エン使ジェル】ウウウゥゥゥ!!」






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「六本木、並びに首都高にて、高位死神グリム同士の衝突を確認!」


「六本木に顕現した死神グリム──それぞれ、コード【圧搾者エキスペラー】、コード【刈り手リーパー】! 二体共に──神話級ミソロジークラス!」


「依然として首都高を疾走中の二体! 逸話級フォークロアクラス、コード【爆走魔モーターギャング】! 神話級ミソロジークラス、コード【駆り手ライダー】です!」


「六本木の二体、共に偏在率急上昇! 両者共に偏在率150%超過! 【死業デスグラシア】、発現します!」


「首都高の二体も偏在率上昇! 【死業デスグラシア】、発現したと思われます!」




 ──同刻、【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、司令室。

 突如として出現した四体の高位死神グリムの対応に追われるばかりだった。


「…………時間はありませんね。第四隊クローバー、聞こえますか?」


『はいはーい。聞こえてるわよ、全隊長ミカちゃん


第四隊クローバーは首都高──【爆走魔モーターギャング】と【駆り手ライダー】の対応に当たって下さい」


『了解しました。……でも、六本木は──神話級ミソロジークラス二体はいったいどうするの? 現在東京に在中している【聖生讃歌隊マクロビオテス】は、第四隊私たちと──』


「──ええ、あと一つしかありません。ならば決まっているでしょう」


 司令室のモニターに映し出される、白き死神を一瞥した後。

 全隊長兼第一隊隊長、煦々雨くくさめ 水火みかは言い放った。


「六本木には、第一隊ブラックサレナが──わたしが往きます」





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 ──だから、現状はこんなところ。

 死という名の理不尽が猛威を振るい、人間は怯え、嘆き、そして──生を諦め切れぬまま、ただただ抗い続ける。

 無情に摘み取られ続ける生命達。

 無為に摘み取り続ける死神達。




 世界は──死神グリムの恐怖に、少しずつ呑まれつつあった。



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