16.夜殿
──「かわいそうな野ウサギちゃん。世間の掟を、何もご存じないね」
そう歌うようにつぶやくと、猫は、うっすら微笑みを浮かべながら、ひと思いにその手をひねった。
「ギャッ……」
野ウサギの断末魔を満足げに聞き届けた猫は、しなやかなしぐさで、次の野ウサギへと手を滑らせた。──
──グリム童話「長靴をはいた猫」より。
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『まーたグリム被害者のニュースか。こんなんばっかだよな今年は』
『てかグリムとかいうのってホントにいんの? 見たことないんですけど』
『@■■■■
いるに決まってんじゃん何人被害者出てると思ってんだよ』
『まあ実際ファンタジー過ぎて実感ないわー』
『@●●●●●●
たくさん被害者出てるのによくそんなこと言えますね。不謹慎だと思わないんですか? こういう人こそ死んでほしい』
『で、でた~~wwwww すぐ不謹慎言い出す奴~~wwwww』
『実感無いとかいう奴はただの痴呆だろ。年末の東京での事件知らねーのか』
『@■■■■■
地方民なんだろ。痴呆だけに(笑)』
『@●●●●●●●●
さみーんだよ地方民バカにすんなクソ都民』
『年末の被害はホントヤバかった。実家近かったけどスゲェ音したもん』
『ヒルズ真っ二つだろ? 9.11も顔負けだよな。マジで世紀末ですわ』
『@■■■■■■■■
21世紀初頭なんですがそれは』
『@●●●●●
ここだけの話お前クソリプ送ってるで』
『六本木だけじゃねぇし。レインボーブリッジも墜ちたし』
『首都高の航空映像リアタイで観たけど鳥肌もんでしたわ。車が爆発炎上しまくりだぜ? そりゃレインボーも崩れますわ』
『被害は東京メインと思わせてからの大阪大寒波はエグかった』
『@■■■
え、あれグリムの仕業なの? あんなの自然災害じゃんそんなの起こせんの? メチャクチャじゃん!』
『@●●●●●●●
表向きは異常気象扱いされてるけど、当時の現場周辺でやたらとATが右往左往してたから「あっ……(察し)」って感じ』
『@■■■
通天閣凍り漬けだろ? バレンタインだっけあれ起こったの? なんか祝日っつーかイベント狙ってる感あるわな』
『ビリケンさんも風邪引くでえげつないわー。新世界の将棋ばっか指してるおっちゃん達あの日から見てへん。ツラい。』
『東名阪で済みゃまだよかった。マスゴミは都会の被害ばっか報道しとるけど地方でも被害は普通に出てるからな? 自分同級生行方不明だし』
『@●●
都民と府民に謝れ。無神経すぎるやろ』
『@■■■■■■
名古屋県民に救いはないんですか!?』
『マジで政府とかなにやってんだよ死人出てんの放置かよ? はーつっかえ』
『なんか対策局みたいなのあったよね? 仕事してないの?』
『アルバトロス()とかいう厨二臭い秘密組織っしょ? みたことあるよ、変な白いコート着てる奴ら。何してんのかはシラネ』
『アルバトロスってアホウドリのことだよな。アホクセー(笑) ATでいいだろ打つのめんどいし』
『そもそもグリムってどんなの?? なんなの?? 意味わかんないんですけど』
『でっかい鎌持ってるヤツなんでしょ。ネット上では目撃情報は前々からある。最近は多数』
『ネットの情報とか当てになんねーよ情弱か』
『@●●●●
じゃあなんでお前はSNS見てんだよwww ブーメラン乙wwwww』
『お、また「グリム」がトレンド入りしてる~。被害ヤバいかんなぁ』
『速報。
都内でまたなんか起きてる。山手線がなんかヤバいって』
『は? 通勤中なんだけど。電車止まんだろコレ遅延証明書取らなきゃ』
『ATが警報出してるよ。電車暴走?? 映画みたいだなホント』
『新学期早々幸先悪いなー。日本暗黒時代突入説』
『バブル弾けた時点で終わってる説』
『@■■■■■■■
なんの話しとんねん老害が。』
『@■■■■■■■
おじいちゃん、ちゃんと運転免許返納したよね?』
『もう無理ポ。日本オワタ/(^o^)\』
『日本オワコン化不可避www』
『海外逃亡待ったなしだな。もう人間生きてける国じゃねーよこのクソ国家』
『@●●●●●●●●
残念! 海外でも被害多数ですwww』
『【悲報】人類終了のお知らせ【リセットだお】』
『@■■
死神さんこっちです』
『@■■
アフィ滓ほんま不謹慎。タヒねばいいのにね』
『@●●●●●●●●●
いや、不謹慎はもういいから』
──ある朝の某SNS界隈より。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
──タタンタタン、タタンタタン。
お馴染みの振動に身体を揺さぶられ、少女はハッと目を覚ます。
「──! ヤバっ、寝落ちてた今何時っ…………!」
と、泡を食ってスマフォで時刻を確認すると──未だ七時半。
寝過ごしてはいない事を確認し、ホッと安堵の息をつく。
「……なっつかしいなー満員電車。東京名物だね。ここ半年位は体験してなかったからなぁ」
山手線。
十一両編成の電車の最後車両内の席につきながら、少女はそんな風に思いを馳せた。
そう、およそ半年。
少女は生まれ育った
長いようにも短いようにも思える期間。
そしてその時が過ぎ去る内に──既に世間は一変していたのだった。
少女はスマフォを操作し、ニュースページへと目を通す。
「…………また
憂い気な視線を画面に落としつつ、そう溢す。
今年に入って以来、
無慈悲なる死の使者達は、来る日も来る日もその刃を振るい、ひたすらに死を積み上げてゆく。
この日本だけでなく、海外でさえも、だ。
幸か不幸か、最も被害が出ているのは日本とのことらしいけれども。
「…………いつになったら、終わるのやら」
終わる、のだろうか。
果たしてこの戦いに、終わりなどあるのだろうか?
──否。
「…………終わらせなきゃ、だよね」
少女は決意を秘めたそんな言葉を発した。
その、刹那先。
その意気込みを嘲笑うかの如く。
或いは──その意気込みに応えるが如く。
この列車内に──死の香りが漂い始めた。
「────ッ!!」
それに戦慄した少女が満員電車の中で立ち上がろうとした瞬間に。
電車全体を、不自然揺れが襲った。
「きゃっ……!」
「おわっー!」
「な、何だ地震か!?」
当然にざわめき立つ車内。
「──クソ! 車両の先か!」
匂いの元を察した少女は人混みをかき分けて、前の車両へと進もうとする。
「ちょっと、すみません通して下さい! ごめんなさい、でも退いて! 先に行かせて!」
しかしここは満員電車。
人々を押し分けて進むというのはそうそう出来ることではない。物理的に厳しいと言える。
どころか。
「うぐっ! なんだよ、押すなよ!」
「ちょ、止めてください! 子供がいるんです!」
「んなこといったって押してくるんだよ! なんだ、先の車両からどんどん人が来てる──」
その通りだった。
人混みはますますその圧を増し、最後尾であるこの車両内の人口密度は上がってゆく。
「まさ、か──」
少女の胸を過ったのは、最悪の想像。
だが少女にとってはそれは想像でも空想でもない。
もっと、確かなものだった。
先の車両から漂ってくる濃密な──死の香り。
「くっ──そ!」
刻一刻と圧力が増す車内をなんとかかんとか進み──辿り着いたのは窓。
人が押し寄せてくる連結部には到底近づけないと判断し、どうにか到達したのだった。
「すみません──ちょい開けます、よっと!」
窓を全開にする。
ビュウウと猛烈な風が吹き込んでくるも、少女は気にせず──その窓から外へと身を投げ出す。
「ちょ──君! 何してるんだ!」
「危ないわよ! 何馬鹿な事を!」
そんな少女の姿を目にした乗客達は当然彼女を押し留めようとする。
が。
「前の方の車両の様子を見てきます! 皆さんはここで何とか堪えてて下さい!」
「見てくるって──いや、なんでそんな必要、てかなんでそんなところから──」
「──【
純白のブレザーに身を包んだ少女は、手帳を取り出して突きつける。
そこには。
『 生徒手帳
私立銀泉学園高等部 一年 D組
【
第四十四期隊員
第三階悌戦闘員
「
──と、記されていたのであった。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇
〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
──改めて、現況を語ろう。
少女──
「うひー……まさかトレインサーフィンを自分でやる日が来るとはねー。『
その黄金色のポニーテールを強風ではためかせながら、心境を素直に吐露した。
「…………やっば。ちょっとこの髪型洒落になんないかも。電線に絡まったら終わりじゃない? まとめとかなきゃ…………ああもう風強! 電車の中で結んどくんだった!」
悪戦苦闘しながらも、どうにかこうにか髪を邪魔にならないようにまとめる。
なんとか準備を完了し、いよいよ
見るからに下ろし立てといった風な白いブレザーの学生服は、既に埃で薄汚れてしまっている。
鞄は流石に車内に置いてきたようだが、しかし背中には──竹刀袋とおぼしき代物を背負っていた。
「さて、やりますか──
そう叫び、
伸ばし。
そして。
…………何も、起こらなかった。
「……………………あり?」
首を傾げる。
少しの時間を空けたあと、
「──こちら第三階悌戦闘員、
その言葉が発せられてからさらに数秒後。
その通信に返答が来た。
『──接続完了しました。オペレーターの
「あー、よかった繋がったー。
『うん、おはよう
耳元で悲鳴じみた声が上がるが、
「いやーだいじょぶだいじょぶ。ワタシだって流石に学んでるから。また
『学んでるなら行動で示してよ! てか
「んー、半分恨み節? ワタシあの人あんま好きじゃないから」
『うっぎゃああああ!! 止めてください私を巻き込まないで共犯に仕立て上げないで切りますもう切るよ切るからね二度とかけて来ないでね!!』
「待った待った待った待ったゴメンゴメンゴメンゴメン。仕事仕事、仕事の話! 今ちょっとワタシ鉄火場なの! 情報支援プリーズオペレーター!」
流石に焦った様子で通信先──
『仕事って…………え?
「だからー! その入学早々の通学途中でなんかキナ臭い場面に出くわしたの! 不運にもね! えーと、今何処だここ! あーっと今電車でー、山手線でー、乗ったのは新宿駅で7時、えーと何分発だっけ? ゴメーン覚えてない!」
『いや酷っ!? わかんないよそれじゃ! えっと、山手線の電車内なんだよね!? 局専用の衛星通信で座標確認します……!』
わかんないといいながらも数秒後、直ぐに返答がくる。
『確認しました! 現在神田駅を通過……!? え!? なんで停車しないの!?』
「さっきから停まってないの! 要するに暴走中! なんかヤな気配ビンビンしてるから多分だけど
『了解! 司令室全体に通告しますっ……!』
「──うっし。一先ずワタシはちょっとでも先に進まなくちゃ…………」
強風吹き荒れる列車の車上を匍匐前進で進み続ける──そして進む毎に。
死の香りが。
だんだんと。どんどんと。
濃くなってくるのを、否が応にも感じざるを得なかった。
「──こん、ちくしょっ……!」
込み上げる怒りを吐き捨てる。
時間は無い。
早く現場に辿りつかなければ──
『──こちら司令室オペレーター。
「おっ、
『こらーーーーっ!!』
「…………おぅ」
その怒声に、思わず
『
「えっ…………アレ? 申請してなかったっけ? 昨晩の内にしといた気が──」
『さ、れ、て、ま、せーーーーん!!!!』
「…………ご、ゴメンナサイ」
流石に。
流石に軽口は叩けないようだった。
『もう! また謹慎食らうよ!? もう三階悌にまでなったんだからその辺はしっかりして! 下の隊員にも示しがつかないじゃない!』
「えぇー…………ワタシに言う? 上にもっとはっちゃけた人結構いるよ?」
『小学生みたいな言い訳しないの! 他人は関係ないです! ちゃんとして、ちゃんと! …………まったくもう! 私が再携帯許可とっといたから、もう武装限定解除されるよ。』
「おっっっけいありがとー!
『それは是非とも期待してる…………では偏在波長の観測開始します──
「
今度こそ。
「さあ、往くよっ…………【
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