7.IN




 死合う空間は狭いアパートの中。

 しかし二人の死神は閉所であることなどまるでお構い無しに、その掌の中の死鎌デスサイズを打ち合う。

 無論、本来そんなことが出来る筈がない。

 その大鎌は小柄な少女の身の丈と遜色無い大きさを誇る──振り回す余地など何処にも有りはしないのだから。

 が──その大鎌は、アパートの壁や家具程度ならば、障害物とさえ見なさない。

 両断。

 両断。両断。両断。

 両断両断両断両断両断両断両断両断。

 両両両両両両両両断断断断断断断断。

 二人の死神グリムの二つの死鎌デスサイズによる死の円舞ワルツは、目に映るありとあらゆる物を紙切れ同然に斬り捨てて行く。

 この階層フロアは今や半壊状態だった──ありとあらゆるものが細切れにされてしまっている。

 無論──そこにいる住人達も。

 ありふれた一般家庭、中年の両親とその子供二人──両断。

 新婚間もないであろう夫婦と、赤ん坊──両断。

 長年連れ添ってきたであろう老夫婦──両断。

 老若男女、差別無しの区別無し。

 紙切れ同然に人間は千切り飛ばされる。

 住人達はいともたやすく、死んで死んで死んで死んで死んでゆく。


「くっ、そ──関係ない人間巻き込むなっての!」


「ハハッ! 余所見する余裕あるんかいな! なんや中々に動けるやないか──昨日生まれた死んだばっかの赤ん坊とは思えんで!」


「うるっ、さい! すぐにその素っ首叩き落としてやる!」


 既に紅い死神の視界には有象無象の命などまるで眼中に無いようだった──みやこの、かつてはご近所さんであった人々を斬り捨て、そして何の感慨も浮かんでいない。

 ──これが死神グリム

 死に意味はなく、意義はなく、理由はなく、故に価値もなし。

 いかなる動機であれいかなる動作であれ。

 彼ら彼女らが活動する時する場所には──問答無用に、ただただ死が撒き散らされるのだった。

 みやこは大きく踏み込み──渾身の薙ぎ払いを放つ。

 一閃。

 振るわれた黒い死の線は、みやこの周囲総てを真一文字に両断した。

 もしも人間が巻き込まれれば綺麗に二つに別離わかれる事となるわけだが──幸か不幸か、死神グリム二人の交戦により、この階にはもはや生存者など一人もいなくなっていた。


「──チッ、階下したに降りたか」


 手応えから即座に相手が自分の一薙ぎを躱した事を察する──刹那前に標的が立っていた場所には綺麗な円形の孔が生まれていた。


「おーにさんこーちらっと。ん? おにさんじゃなくてかみさんか?」


「知る、かっ!」


 いくつもの孔を潜った階下にて自らを煽る標的を見て──亰は大上段に死鎌デスサイズを振りかぶった。

 そのまま孔から飛び降り──斬。

 数階層を巻き込みつつ放たれた渾身の振り下ろしは──


「大振りが、過ぎるっちゅーねん!」


 ──真っ向から容易く受け止められる。


「ところで──なんで死神ウチらがこんなあからさまな大鎌モンブン回すか、知っとるー?」


 なんて世間話染みた声色と共に──【処女メイデン】を名乗る死神は未だ宙空にいた亰の腹を蹴り飛ばした。


「ゴッ──ば、ぁっ!!」


 それを喰らった亰はひとたまりも無くそのまま天井めがけて吹き飛び──そのまま頭上に叩きつけられる。

 どころかその勢いは止まることなく、まるでWの文字を描くように天井と床を数回跳ね回り──壁を一つぶち破った所でようやく亰の慣性は失われた。


「ゴ──おゲ、はぁああ"ッ!!」


 腹を抱えてえずく亰をよそに、そのまま【処女メイデン】は独り言ちる。


「まあ単純な話、死神ウチらは人間全体が無意識の深層で思い描く死の化身アレゴリーなワケで──その心理がそのままビジュアルに現れとるけやな。はは。みんな案外単純なもんや。お陰でこんな嵩張るモンを得物にしやなあかん」


 ブン、と紅色の大鎌を一振るい。


「──けども、それはあくまで普遍的なイメージの抽象化アブストラクション。とどのつまりは上っ面や。年月を経て、数多の死を積み重ねた死神グリムは──を踏む」


 ──空気が変わる。


 痛みと吐き気を抑え立ち上がる亰は、その変化を確かに感じた。

 …………泡沫の空オムニア、とあの白い少年──時雨峰しうみね せいは言っていたのだったか。

 無論、とっくに両者ともその世界──人間全体の深層心理が抱える、共通認識へと入り込んでいる。

 が、それまでの雰囲気とはまるで別物──明らかに。

 深く。深く。深く。

 重く。重く。重く。

 ──周囲に死が、沈殿してゆく。


「言うたよなぁ? 死神グリムのイロハを叩き込んだるて──さぁて、いよいよや。すぐにはくたばらんといてなぁ?」


 紅い死鎌デスサイズを腰だめに構え──【処女メイデン】はその銘を告げた。


偏在率パラダイム100%超過オーバードライヴ。ご馳走や──舐めずれ、【死啜公女エルジェーベト】」


 瞬間、【処女メイデン】の持っていた死鎌デスサイズほどけ、形を失う。


「──?」


 無論、みやこには何がなんだかわからない──が、油断はしないし警戒は怠らない。

 何が起きようとも対応するために、意識を張り詰め──


 パン。


 と、空いた両手を【処女メイデン】が叩いた直後に。

 張り詰めていた筈の亰の意識、その総てを掻い潜り──死が、亰の背後に具現した。


「────!!」


 咄嗟に前へ転がり出ようとする──その動きは間に合わない。

 おぞましい音を立てて閉じられたは──容赦なく亰の左腕を喰い潰した。


「ヴっ、あッ、ガっ、ぎ、バぁああ、ぐ、ギゃあああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 絶叫。

 亰の左腕はもう原型を保っているか怪しい──に閉ざされたのだから、当然の結果だが。

 それはあまりにも有名な──


鋼鉄の処女アイアン・メイデン──まあ、実在したかはかなーり怪しい代物らしいんやけどね。まあ真偽の程は些細な問題や──大事なんはが畏怖と死の象徴として人間の心理へと普遍的に根差しとるっちゅーことやからな」


 酷薄極まりない笑顔を浮かべながら、【処女メイデン】──その幻想と共に語られる公女のを所有する死神グリムは言う。


「高位の死神グリムは、やがて固有の死の形状カタチを獲得していく──『死』って一言で言うてもその有り様は千差万別やからなぁ。ま、こんな感じに大方は世の中の物騒な逸話なり神話なりを象って具現化するワケやけどもね。…………その死神グリムの固有の形状、いち死神としての本質。それを──【死因デスペア】っちゅーんよ」


 そんな言葉は当然亰の耳には碌に届くことはない──ぐちゃぐちゃにひしゃげた左腕の激痛を堪えるので精一杯だった。


「ふ、ガぅ、グ、くぅウウうぅう"う"う"ヴヴ…………!」


「はは、そう痛がることないて──すぐ治るよ。所詮死神グリムの肉体は張りぼてみたいなもんやさかいなぁ。そしてなにより──死神グリム同士の争いに意味はない、不毛や。死人と死人が相争ったところで何も生まれるもんはないし、何と言っても──!!」


 2メートルを軽く越える大きさの鋼鉄の処女アイアン・メイデン──具現化したソレを、【処女メイデン】は実に軽々と振るい、余波だけでアパートを崩壊させかねないその勢いのまま、亰の頭上へと振り下ろす!


「う"っ──ガああああああああ!!」


 ひしゃげた腕を庇いながら、何とかそれを躱す亰。

 しかし。


「甘いわぁ!!」


 アパートの床にクレーター染みた大穴を空けたその赤黒く錆びた鉄塊を──そのまま【処女メイデン】はハンマー投げを思わせる動作でスイングした。


「──ひギュ」


 奇妙で哀れな、悲鳴とも呻きともつかない声が洩れ。

 亰はそのままアパートの外へと吹き飛ばされた。


「やから、死神グリム同士の争いは──競い合いでも殺し合いでもない。や。はは、どないする? 言っとくけど、はらわた引き摺り出されようが脳天叩き潰されようが死ねやんで──なんて言うてももう死んどるからなぁ」


 どこか自虐めいた薄ら笑いと共に半壊したアパートから出てくる【処女メイデン】。

 その先の駐車場には──ワゴン車のフロントガラスへと仰向けに頭から突っ込んでいる亰の姿があった。


「………………か。ガ、ば」


 見るも無惨な姿で痙攣している亰──潰れた左腕はもとより、割れたガラスによって引き裂かれた身体は酷い有り様だった。全身から赤い血がこんこんと流れ出ている。


「…………は、もう動かれへんやろ。ウチの【死因デスペア】はや。死神グリムやろうと問答無用で血を搾り啜る。打撃は無意味やけども左腕からの流血だけで、小娘一人動けんようになるには十二分な出血量や──しばらくは再生も追い付かん」


 そう言いつつ、スタスタと【処女メイデン】は亰へと歩み寄っていく。


「んじゃ、あねさんトコヘ持っていこか。どうせその辺で眺めとるんやろしな──」


 そういってワゴン車のボンネット上で伸びている亰に手を伸ばし──




 ──た瞬間【処女メイデン】の肉体は無惨に




 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




「…………一先ずの決着は、そろそろかなー?」


 アパートすぐ側の公園にて。

 数多の白衣を着た人間達──その死骸の山に腰を降ろしつつ、黒衣の少女、イザナは言った。


せいはどうなると思うー? 亰ちゃん初の死神グリム同士の戦いは」


 その声に答えるのは、白ランに身を包んだ少年──時雨峰しうみね せい


「どうもこうも──相手になるわけねぇだろ。ぺーぺーの新米に、よりにもよってゴリゴリの武闘派ぶつけやがって」


「あ、錆も知ってた? まぁあの子は死神グリムの中でも数少ない働き者だから、露出も多いしねー。最近は豊島辺りでお事してくれてたんだっけ」


「【処女メイデン】──司るのは失血死の【死因デスペア】だったか? 何にせよ、今のあいつじゃ太刀打ち出来ねぇよ。新明隊ディステルのゴミ共とは桁が二つは違う。…………で、お前の無茶振りはいつもの事としても、狙いはなんだ」


「別に狙いも何もないってー。錆っていっつも私が何か企んでると思ってるよねー。私を何だと思ってくれてるのかな」


大魔王ラスボス


「だから酷いって! もうちょい手心加えてよ愛しい恋人相手なのに!」


「愛しくねぇし恋人でもねぇっつってんだろが。とっとと答えろ。何のつもりだ」


 ハァ、と嘆息した後、誘は口を開いた。


「単純に資質の有る子だから、叩いて伸ばそうと思っただけだって。鉄は熱い内に打てってね。別に【処女メイデン】ちゃんに潰される程度ならそれでいいし──成長してくれるならなおよし。そんだけだよ」


「なるほど、いつもの身勝手か」


「むー。ホント酷い言い草。ま、否定はしないんだけどー。てか錆はほっといていいのー?窮地の後輩ちゃんをカッコよく恩着せがましく助けるならそろそろだと思うけど」


「そうだな。それもいいさ──助ける必要があるなら、な」


 そういった錆の表情には──微かな笑みが浮かんでいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る