8.うんと




「…………やってくれるやんけ、あのひよっこ」


 アパートの駐車場内。

 そこかしこに臓腑を撒き散らした赤髪の少女──の、姿をした死神グリム。【処女メイデン】はそう吐き捨てた。

 凄惨極まりないその姿は全くもって正視に耐えないとしか言いようがない──何せ上半身と下半身が離ればなれになっていた。

 そして──既に、都雅とが みやこの姿は、駐車場からは消え失せている。


「くっそ……まだくっつかんか。まあ流石に胴体千切られたらそりゃそう易々とはいかんやろけど……それにしたって遅ないかコレ」


 血溜まり、どころか血肉溜まりとでも言うべき場所で、赤黒い血反吐と一緒に【処女メイデン】はそう漏らす。

 何が起こったかは、明白だった。

 ワゴン車のフロントガラスを仰向けに突き破って虫の息となっていた都雅とが みやこ

 それに【処女メイデン】か手を伸ばした直後に──のだった。

 完全に不意を突かれた【処女メイデン】は成す術もなく、そのまま敢えなく轢き潰され──結果胴体が切断されることとなってしまったワケである。


「……いやいや、おっかしいやろ。なんでいきなり車が動いた? それに……で、死神グリムがここまで損傷するもんか……?」


 あの状況、あの状態で如何にして車を動かしたというのか? 映画よろしく配線か何かを弄ったりしたとでもいうのだろうか?

 それに、物理法則の軛から解き放たれた死神グリムに、ここまでのダメージを負わせるなど──


「……ホンマ意味がわからん。死神グリムを本当の意味で害せるんは、生者しか──」


 と、そこで。

 荒らされた駐車場へと──白い三つの人影が飛び込んできた。


「…………うげぇ」


 呻き声。

 心底厭そうな声色だった。


「──第三隊ヴィブルナム、現着した」


 そこに立っていたのは、三人。

 先頭にいるのは俗にいうスポーツ刈りの青年。年齢は二十歳前半と言ったところだろうか。

 後ろに追従している二人はどちらも高校生ほどの年頃──凛とした雰囲気の少女と、やや幼さの残る少年だった。


「グリムコード【処女メイデン】を確認。抹消を開始する──」


「──いやいや開始するーやないっちゅうねん。しつこすぎやろ自分ら。豊島での事からまーだつけ狙っとったんかいな」


 げんなりした表情で言う【処女メイデン】に対し、剥き出しの敵意を以て相対する白衣の三人。


「当たり前だろうが。お前達が人間を死なせ続ける限り、オレたちはどこまでもお前らを追って、どこに隠れても息の根を止めてやる!」


「相っ変わらず暑苦しいなぁ、灰祓アルバ──梟共は。人が死ぬのなんか当ったり前の事なんやからウチらがなんぼほど死なせたところでべっつに気にすることやないやろが」


「巫山戯ろ。お前らに無為に命を奪われるのが当たり前でたまるか」


「あっはっはっはっ、じゃあどういうのが無為でない死にかたやねん──ほーんま平行線よな」


 そこまで言うと【処女メイデン】は起きあがった──胴体は何とか繋がったらしい。


「しっかし──【聖生讃歌隊マクロビオテス】の連中、最近東京このまちに集まりすぎとちゃうんか? 煦々雨くくさめの小娘はまあ常駐にしても、罵奴間ののしぬまんトコに加えて頭尾須ずびすとかいう奴も来とるらしいやん。ウチの懐かしの大阪こきょうでは【白銀雪姫スノーホワイト】が暴れとるって聞いとるし、そんな暇でもない筈やけど──はは、まあ【醜母グリムヒルド】の姐さんが来とりゃ当然か。そりゃ怖くて怖くてしゃーないわなぁ?」


「ええ、そうね。恐ろしいのは否定しないわ──この東京を一体どうするつもりなの、死神グリム。【醜母グリムヒルド】は一体何を企んでいるの」


 女性の灰祓は【処女メイデン】の煽りに乗ることなく、冷静にそう問い質す。


「ウチみたいな中堅死神グリムに訊かれてもわっかりませーん。訊くんなら最上位──神話級ミソロジークラス死神グリムでも捕まえて訊いてくださいー…………つっても無理か。あんたらごときじゃ出くわした瞬間全滅やもんなぁ?」


 クックックックッ──と愉快そうに嗤う【処女メイデン】。


「…………そう、その神話級ミソロジークラス死神グリム共が問題だ。どいつもこいつもろくすっぽ活動する気配の無い連中だったが──ここ五年、あの渋谷の第一次災害以降、どうも不穏な動きを見せている」


「………………」


「東京じゃ【刈り手リーパー】が筆頭だな。そしてお前の言うとおり、関西地区でも【白銀雪姫スノーホワイト】を始めとした大物死神グリムが姿を見せ始めた。極めつけが昨日の渋谷での第二次災害だ。その理由は一体──」


「だぁかぁらぁ、ウチなんかが知る由もないんやっちゅーに…………まぁ、ウチの勝手な推測でものゆーたら」


 ニタリ。

 と、不吉な笑みを浮かべて。


「ようやく死神グリムが──本当の意味で、人間に【死】を齎す時が来た、っちゅーところちゃうんかな?」


「…………ッ!!」


「やから悪足掻きも程々になぁ? ウチごときに手こずっとるあんたらじゃ、どうしようもないっちゅーことは解りきったことなんやから──さぁ!!」


 会話はそこまで。

 紅き死鎌デスサイズを手にし、【処女メイデン】は目前の人間達へと襲いかかる。


「「「生装リヴァース、転装!!」」」


 それを見て三人は即座に白き武装に身を包む。


麟武りんぶ!!」


「跳ね魚──!!」


宇兵衛うへいっ……!」


 辛うじて武装が間に合い──紅刃を先頭の青年が白き戦輪チャクラムで受け止める。


綱潟つながた隊長!!」


喜多隅きたずみはオレと連携!!鹿種ししぐさは中距離で援護頼む!!」


「いやいや──口に出したら、アカンやろ!!」


 青年──綱潟つながたを大きく弾き飛ばし、追撃を加えんとする【処女メイデン】。

 が、間髪入れず喜多隅きたずみと呼ばれた少女が脛当グリーブを装着した脚で、上段に蹴りを入れる。

 【処女メイデン】はそれを片腕で受け止めたが──


 ミシリ。


 骨の軋む音が響き──今度は【処女メイデン】が弾き飛ばされる。


「チッ。こンの──ッ!?」


 直後に響き渡る銃声。

 鹿種ししぐさと呼ばれた少年が籠手ガントレット型の銃器で弾幕を張り、休む間もなく【処女メイデン】を攻め立てる。


「こ、ん、のぉ……!! 小賢しわぁ!! 【死啜公女エルジェーベト】ッ!!」


 業を煮やした【処女メイデン】はまたしても鋼鉄の処女アイアン・メイデンを呼び出し銃撃を防ぐ。


「あーーーーーーはいはいはいはいわかったわかったわかりましたー。死にたいんですね死なせてほしんですね了解了解。ご期待に応えて──一滴残さず搾りきったらぁ。覚悟せぇよ……!!」


 激しい苛立ちを隠そうともせず、【処女メイデン】は本当の意味での戦闘体勢に突入する──!!


『対象死神グリムの偏在率100%超過! 【死業デスグラシア】、発現しました……!!』


「了解。……ここからが本番だ。【処女メイデン】の【死因デスペア】は失血死。時間が経つほどこっちが不利になる。短期決戦で決めるぞ……!!」


 そう気炎を吐く隊長を宥めるように、喜多隅は言う。


「もちろんです。ですが……同時に奴の【死業デスグラシア】は設置型です。前のめりになれば即座に嵌められますよ」


「ホント性格悪い戦法だよなぁ……チクチク削ったら失血で勝ち、それを嫌がって焦った相手をトラップでバクり、だもんなぁ。ハァ……」


 それを聞いた鹿種が【処女メイデン】の戦法スタイルをあげつらい、嘆息した。


「ったく……利口な隊員ばっかで隊長オレの立場がないぜ。それじゃ……」


 圧倒的な死神てきを相手にしながら──綱潟は確かな笑みを浮かべ。

 隊員なかまと共に、駆け出した。


「──勝つぞ、お前ら」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「………………」


 降りだした夏の夜の生温い雨に打たれながら、都雅とが みやこは歩いていた。

 あの紅い死神グリムに成す術もなく蹂躙され──しかし気づけばあの場から逃れていた。

 どうやって逃げ出したのかは、自分でもわからなかった。

 行く当てなどある筈もなく。

 帰る場所は消え失せたばかり。


「………………」


 身体の傷は既に消え失せていた。

 ありがたいといえばありがたいことなのだが──身体の傷どころか破れた服まで元通りになっているのはどういう理屈なのだろう。

 なんて、益体もない事に思考を巡らせる──絵にかいたような現実逃避だった。

 制服のまま出てくることになったのはまずかったかな、なんて思い。

 服装がどうあれ、あたしをあたしだと──都雅とが みやこであると認識出来る者はもういないのだった、と思い直す。


「あたしの生きていた世界は──もう亡い」


 亰は、今度は自らの口からその言葉を吐き出した。

 自らを、戒めるように。

 ──気づけば、どこぞの駅へと歩を進めていた。

 人々の数は、そこそこ。

 多くもなければ少なくもない。

 定期とかはまだ使えるよね、などと考えていた。

 …………行き先など、思い付いてもいないのに。

 熱帯夜の雨は鬱陶しい蒸し暑さを生み出している。

 そんな駅のホームにて、同じ年頃の少女が目についた。


「……………」


 まもなく二番線に列車が参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください──


「………………」


 電車の接近を報せるアナウンスが響く。

 亰から数歩離れた真横の位置に立つ少女の肩は──震えていた。

 …………雨に濡れたからだろう。きっとそうに違いない。

 そう思いながらも、亰は。


「──止めといた方がいいよ」


 そう、言葉をかけていた。


「…………なんの、こと」


「いや、飛び込むつもりでしょ。止めときなって」


 一体何故、こんなことを言っているのだろう。

 自分でそう思いながら、亰は言葉を止めない。


「…………私の勝手でしょ」


「なら止めるのだってあたしの勝手。だから止めときな」


 真横に並び、正面を向いたままの亰からは、少女の表情は伺い知れない。

 知りたいとも、特に思わなかった。


「…………何で止めるの。電車止まるのが迷惑なら、他にいく」


「もちろん駅員さんやら乗客やらに迷惑かけんのもよくないけどね。それを除いても、よくないよ」


 よくない。

 そう、亰は言い切った。


「自殺は、よくない」


「…………何も知らない癖に」


「うん、知らないね。知ったこっちゃない。知ったこっちゃないから──


 明確に苛立ちを滲ませて。

 理不尽な事言ってるなぁ、と自嘲しながら。

 亰は言う。


「何?そんなに死にたいの?」


「…………死にたいね」


「物好きだねぇ、どうせいつかは嫌でも死ななきゃなんないのに」


「どうせ死ぬなら、いつ死んでも同じでしょ」


「いつ死んでも同じなら、今死ななくたっていいじゃんさ──生きてみたっていいじゃんさ」


「生きてみたって、しょうがないもん」


 はああぁぁぁぁ。

 と、大袈裟に亰は嘆息した。


「甘ったれてるなぁ…………」


「は?」


 隣の少女は、どす黒い声色で溢した。


「私の何が──」


「だから知らないって知ったこっちゃないって。ただね。あんたはさぞかしろくでもない人生歩んできたんだろうけども、なら尚更さ──」


 その言葉には。

 心底からの憐れみが籠っていた。






「──なんでなんて、都合のいい思考に至るワケ?」






 ──目前を、電車が通りすぎた。


「…………は?」


「いや、だからね?何で死んだら全てから解放されるだなんてご都合主義な発想に至れるのかなぁって。甘ったれてるとしか言えないでしょ」


「どう、いう、意味」


「あんたみたいなのは、どーせ死んだって変わりゃしないよ。またクソみたいな目に合い続けるに決まってんじゃんさ。そんで死ななきゃよかったー生きときゃよかったーってバカみたいに後悔し続けんの。いやー目に浮かぶね。うんうん」


 小馬鹿にするような態度で亰は言う。

 実際、馬鹿にしてるかもしれなかった。


「…………何? 死後の世界とか信じてんのあんた」


「うん、まあ、昨日からねー。それはともかく、『死ねば万事解決大団円!』ってのはぶっちゃけアホみたいな発想だとしか思えないねー。安直過ぎ」


「うる、さい」


「何とかは死ななきゃ治らないっていうけど、死んでも治らないものだってあると思うねあたしは。少なくとも自分から死んでやるーなんていう卑屈根性は死んでどうなるもんじゃなさそうだなー」


「うる、さいっ……! うるさいうるさいうるさいうるさい!!」


「うるさく感じるなら多少は自覚してんでしょ。だったら止めときなって躊躇うぐらいならさぁ。ホントは死にたいなんて思ってないくせに──」


「死にたくない……!! そんなの当たり前でしょ……!!」


「…………」


 きょとん。

 とした顔に亰はなる。


「いや、なら、死ななくていいじゃん──」


「死にたくない、死にたいなんて思ってない──ただ、私は」


 生きているのを。

 辞めたいだけ。


 そんな言葉を、少女は絞り出した。


 まもなく二番線に列車が参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください──


 再び、ホームにアナウンスが響く。


「…………言葉遊び言い訳じゃんさ」


「っ…………!」


 少女の言葉を受けても。

 まるで亰は揺らがない。


「生きなよ」


 それがどんなに残酷な言葉なのか。

 亰は知っているのかいないのか。

 どちらにしたって、言うことに変わりはないのだろうけれど。


「死にたくないなら生きればいいし──生きたくなくても生きるしかないんだよ」


「…………う」


 少女は。

 さっきよりも大きく震わせている。


「う、うううぅぅ…………ッ!!」


 少女の。

 その目からは──






 ドン。






「え」


 少女の身体が宙に舞う。

 落下先は、線路の上。


「待って」


 手を伸ばそうとした。

 間に合う筈もないのに。


 この国ではおよそ毎日一人程のペースで、電車の飛び込み自殺が起こるらしい。


 今日の駅は、この駅で。

 今日の一人は、彼女だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る