4.ライナー
「
白ランの少年──【
「く…………来るな!」
「いや、行くっての。お互いの立場解ってるか?俺は
と、そこで少年の姿がかき消える。
「っ!! 羽ばたけ【千──」
「遅いぞ」
既に音奈の懐に入り込んだ少年が、忠告と共に鳩尾に膝蹴りを加える。
「ゴッ、はぁっ……!」
続いて、膝蹴りで屈んだ事により下がった後頭部へと肘鉄を撃ち込むと、そのまま音奈は床へと叩き伏された。
「がっ、あ…………」
「二発でKOか? 根性ないな」
伏した音奈の頭を踏みつけつつ、嘲る少年。
「な、める、な…………! 【
倒れたままの体勢ながら、背中の翼から
当然、零距離と言える場所に立っていた少年に躱す術は無く、その羽は
「どう、これで…………うぐっ!?」
再び後頭部へと一撃を加えられ、またしても床へと密着する事となる音奈。
「弾速と範囲には合格点をやる。ただ、俺を殺るには──一発一発が、どうしようもなく軽い」
少年の躯には確かに音奈の攻撃による傷が残されていたのだが、しかし浅い。
どころかその傷はみるみるウチに塞がっていくではないか。
「ぐ、うっ…………まさ、か。あの距離で喰らわせたのに…………」
「まあ、そこらの三下
ガシ、と死神は、音奈の背の翼を掴むと──
ブチ、ミシミシミチ、ブチぃ────
「うぐっ、ぎっ! うああああぁああぁあああぁぁあぁああぁああっっっ!!」
この上なく無造作に、無慈悲に。少女の背にある翼を捥ぎ取ってみせた。
「
そう言い放った少年の手に──雪のような純白の
「よく生きました」
そんな巫山戯た、気の抜ける台詞と共に。
その刃が、音奈へと目掛けて振るわれる──
──すんでの所で、そこに白き巨刃が飛来した。
「おっ、と?」
白き死神が身を躱し、そこを通り過ぎた先で轟音を立てて壁に突き立てられたのは、白き大剣──その大剣から死神と少女を挟んだ向こう側に、新たな人物が立っていた。
「ギリギリセーフ…………かな? だいじょぶ? 音奈さん」
そこにいたのは、音奈達とはまた別の白い隊服に身を包んだ少女。
「…………
「もう呼んでる! 後は少し時間を稼ぐだけ──てなわけでぇ! 戻れ【
その声が響いた途端に、壁の大剣が光の粒子となり、少女の元へと帰り──そして、即座に再び大剣の形を成した。
「
そう言い放って大剣を振りかぶり、少女──燕が白い死神へと突撃していく。
「ん…………神前? お前もしかしてあいつの…………いや、今はいいか」
他者の耳には届かない大きさで、そう呟くと、少年もまた
「さて、そんな真正面から突貫してくるのは…………策あっての事か、それとも──」
ただの馬鹿か。
その声が零れた刹那先に、巨刃同士がぶつかり合い、火花を撒き散らす。
「せぇい、やあああああああああ!!」
「…………へぇ、やるな」
両者共に、目に見えてその身に余る大きさの武器を軽々と振るい、轟音と衝撃が絶え間なく炸裂する。
「──が、この程度の実力で
「…………! やっば」
瞬間、目に見えて白き死神の動きが加速し、やがては到底目にも映らない、圧倒的な連撃が叩き込まれる。
燕は直ぐに大剣の陰に隠れるように、防戦一方となり──遂には。
ガ ィ ン !!
と、甲高い音を立てて大剣は真っ二つにへし折られてしまった。
「く、っそ…………速すぎ、強すぎっ…………」
「悠長にしてられなくなったからな、それじゃ──」
と、そこで言葉を切り、死神は大きな跳躍で後退した。
そして、立っていた場所には白光の熱線が矢継ぎ早に飛来する。
「…………
熱線が放たれた場所には──音奈と同じ隊服に身を包んだ、三人の青年が立っていた。
「こちら
「それに関しては、同感だな」
言葉を交わしつつも、両者は共に身内の少女の元へと歩み寄っていく。
白き死神は亰の元へ。
青年たちは音奈と燕の元へ。
「隊、長…………皆さん」
「無事だな? 煙瀧…………済まない、待たせたな。燕もよく時間を稼いでくれた」
「あー…………いやいや、全っ然手も足も出ませんでした。情けないです…………」
そんな風に言葉を掛け合う人間側とはうって変わって、死神は無言だった。
…………片方が爆睡していてはそうなるしかないのだが。
「さて…………梟共。お互い荷物を抱えながらじゃ面倒だ。ここは両者共に、退くとしようか」
亰を雑に担ぎ上げつつ、死神がいう。
「はあ!? なーに言ってんのよ、
燕が強気な言葉を放つも、死神は特に意に介した様子もなかった。
「さあな。そう解釈したければそうしろ。とにかく
そう言い残すと死神二人の姿は霞み、歪み──やがて見えなくなっていった。
「…………対象偏在率、100%に到達。まだ追えなくもありませんが…………」
「いや、深追いする必要は無い。去ってくれるならありがたいさ。ただ、探知は反応がロストするまで可能な限り続けてくれ、
「了解です、
そう言うと仮面の青年は、中空にキーボードが有るかのように指を走らせる。
「ちょっと頭尾須隊長! なんで見逃しちゃうんですか!? これだけ揃ってるんだからあいつ一人なら──」
ビシ。
と、燕の脳天にチョップが繰り出される。
「二人は武器破損で、その内一人はその上に負傷。それで勝ち目があると思うのか? …………見逃したのは【
「は、はい? 【
「…………同感よ、燕ちゃん。ほぼ間違いなく、あっちにわたしたちの命を奪う気は無かったと思うわ…………わたしの方も、
その声に悔しさを滲ませながら、煙瀧が呟いた。
「ああ、みたいだね。骨も折れてない程度だよ。いやいや良かったぁ~音奈ちゃんに傷が付いたりしたら大変…………ゴフゥ!!」
「どさくさに紛れて勝手に身体に触れないでください、
後輩へと駆け寄り、安否を確かめた青年──唐珠がて手厳しい一撃を見舞われる。
「いやいやいやいや! 応急処置だってば! 医療行為! やましい気持ちゼロ! いやホント!」
「ふーふ漫才は後でやってください~…………でも、あっちにも足手まといなら居たじゃないですか」
「それでも、だ。まあ、仮にあのままやり合っていたら…………目は7:3といったところだろうな」
「さ、三割しか勝ち目が!?」
「違う──全滅しない目、だ。勝ち目はほぼ無かった」
「………………」
ハア、と溜め息を吐き、頭尾須はやや意地悪げな声色で告げる。
「お前は一先ずその短絡的な思考回路をどうにかしないと、早死にするぞ…………
「う、ぐぅ…………」
痛いところを突かれた、とばかりに顔を俯かせる燕。
そんな様子をみて、微かに苦笑を洩らし──頭尾須は言った。
「だがまぁ──取り敢えずは、みんな無事でなりよりだ。…………医療班が来るにはまだ時間が掛かる、みんな楽にしていてくれ──」
これにて。
二回目となる渋谷大量変死事件は幕を閉じ──
──生と死が入り乱れる、現代死神異聞録の幕が上がる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
────────ピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ──
── ド バ ァ ン !!
と、渾身の一撃を目覚まし時計へと叩き込み、
「…………ふぁ、へぇ、ふぇ…………?」
寝起きは弱い方であるらしい。
ベッドから起き上がり、しばらくその体制で呆けていた。
「…………っ。……ん、ん。…………あ、んぁ…………ぅん……ああ、なんだ夢か」
そう一人ごちると、緩慢極まりない速度でベッドから降り、自室から出て、眠気まなこを擦りながら階段を下りて一階のリビングへと向かう。
「ひっさしぶりだなー、悪夢って。ははー、まあ我ながら無茶苦茶な夢だったけど。まあやっぱりあの変死事件はガチ目にトラウマんなってるのかなぁ…………」
などと言いつつ、リビングのドアをあけ──
「おふぁよ──「おはようじゃないでしょうが、このドラ娘っ!!」
──ると同時に、母の怒号が飛んできた。
亰の脳内に耳鳴りが響く。
「いや、朝っぱらから何なのお母さ──「何なのも何もないでしょうが! 連絡取れなくなってどんだけ心配かけてくれたと思ってるのよ!」
「座りなさい!」との一喝を受けて泡を食ってテーブルにつく亰。
テーブルには既に父と弟が席についていて、食事をとっていたが──二人とも母の剣幕には我関せずを貫くつもりらしかった。飛び火が怖いのだろう。
「え、えっとぉ…………何? あんまり昨夜のこと覚えてないんだけど…………」
「でしょうよ! ったく
「熟睡…………んー…………何時に眠って何処からが夢だったんだろ?」
眠気眼をこすり、頭を掻きながら亰は思い返す──昨日の奇々怪々な記憶、それらのどれを信じたらよいものか。
「ドーナツ屋で勉強してる最中に寝落ちたんでしょう? まったく、あんたって子はホント集中力のない…………挙げ句の果てにウチまでおぶって貰って来たのよ? まったく情けないやら恥ずかしいやらで、碌にお礼も言えなかったわよ」
「ドーナツ屋…………ああそっか、そこからか。まあ
そういってホッと一息つこうとした亰に──
「──何寝ぼけてるの? 送ってくれた子、男の子だったわよ? 中学で先輩だったって言ってたけど」
──爆弾が投下された。
「…………は?」
「いやぁ~、けどまああんたも中々隅に置けないんじゃないのぉ? あーんな可愛らしい男の子知り合いにいたなら教えなさいよぉ。物腰も丁寧で、あれじゃあ恐縮するしかないわぁ。で、馴れ初めは──■■■■■■、■■■■■■■■■■■」
と、そこでほぼ亰の聴覚は機能を停止し、母の下世話な詮索はノイズとして処理され──思考回路だけがショート寸前になりながらも駆動していた。
(はぁ? は? は? は? え? え? え? なになになになになになになになにこれこれこれこれこれこれこれこれなにこれなにこれなにこれなにこれわからないわからない意味不明理解不能理解不能理解不能理解不能夢が夢であるように悪夢は現実であってなんだそれなんだこれ)
…………実際は下手の考えにも程があったが。
ほぼ無意識のままに、ギギぎぎギ、と錆び付いた機械のように首をまげ、TVへと視線を向ける。
その先の画面内では。
ニュースキャスターと胡散臭げな自称専門家が、再び発生した渋谷大量変死事件についてを捲し立てていた。
「………………………………………………………………………………………………………──……………………………………………………………」
「──亰!?」
「ふひゃ!? は、ひ、ふぁ、ななな何お母さん!」
「だからぁ、その先輩クンから伝言があるっていってるの」
「!? !!!! ??!? ??!! !!!!????!?!!!?」
「いや、何勝手に声も出さずにパニくってるのよ…………だからぁ」
呆れ顔で、溜め息と共に。
母は言った。
「昨日の勉強会じゃああんたがとっとと寝ちゃったから、教えられなかった事があるんですって。ちゃんと教えてあげたいし、質問したい事もあるだろうから、明日またちゃんと話そうですって。親切な子ね~」
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン。
「ミ~ヤ~コっ!!」
「ふびゃっ!?」
親友から後頭部への一撃を貰い、亰の意識は現実に戻される。
「なっなななっなななななっな、何さ結? 何でもないけど何? あたしは何でもないよ?」
「………………オッケイ、何かあるワケね」
ジト目で見つめてくる親友から逃れるように、亰は立ち上がった。
「いや、無いから! 何にも無いから皆無だからデッドエンドだから! さ、おべんと食べようよ結──」
「…………もう放課後だけど?」
「………………え? ウソん」
時計を見ると、なるほど確かにとうに授業の終わった時間帯だった。
周囲を見渡してみると、もはや残っている生徒の方が少ない位である。
「ホント。ちなみにあんたの今日の弁当はワタシが食った。ご馳走さま」
「…………(パクパク)。……………………(パクパクパクパク)」
酸素を求める金魚のように口を開け閉めする亰。
「…………あのさ、ミヤコが変なのは平常運転だけど、今日ばかりはハッキリ言って異常だよ? なんもリアクション返さないし」
「え、えー? そ、そんな事もないんじゃないの?」
「いや、だって男子にスカート捲られてる時も何も反応無かったじゃん。めっちゃくちゃジックリ眺められてたけど」
「ッッッぅそだろヲイ!!??」
「うん、ウソ」
「……………………」
虚ろな表情で親友を睨み付ける亰だった。
「…………いや、悪かった。悪かったけど、あんたホント真面目に様子おかしいからさ。心配なのよ、ノートも持ってきてくれてないし」
「はぁ、そう………まあ見せる気今ので消し飛んだけどね?」
粛々と帰りの用意をし始めた亰を見て、慌てて自らも学用カバンに詰め込み始める結。
「しかし、まさか休校になんないとはねー。まあ確かにワタシらとしても未だに実感湧かないけどさ。渋谷駅近辺、今も絶賛封鎖中らしいじゃん?」
「…………らしいね。しかしウチの学校から一人も犠牲者が出なかったっていうのはすんごいラッキーだね」
──実際の所、昨日の大量変死事件。五年前の代物と比べると規模は小さいモノだったらしい。
とはいえ、渋谷駅周辺というおおざっぱな範囲内に一人も生徒が居なかったというのは、かなり出来すぎに思える。
…………いや、実際は一人いたのだが。
事件の中心地に──渦中に。
「いやーけどアレだね。なんというか…………普通にさ。怖い、よね。大勢が何の前触れも無く死んじゃうって」
そんな亰の言葉に反して、結の表情は平常のままであった。
「そりゃあ、ね。原因不明だし。ネットでは大炎上お祭り騒ぎだし。陰謀論は勿論の事、オカルトな説でも盛り上がってるよ。ハチ公の呪いだとか」
「忠犬をなんだと思ってんの…………」
「まあ真偽の程はともかくとしてさ。騒がれるのはしょうがない事だと思うし、オカルト系な考えが浮かぶのも必然的な事だとも思うよ。…………ここ最近、というより五年前から不審な事件とかがガンガン頻出してるからね。ほら、最近豊島でもあったじゃん。連続失血死事件だとか」
ほんの僅かだが、結の声色が、表情が、神妙なソレへと変化する──もちろん長い付き合いである亰にとっては一目瞭然な変わりようだったが。
「五年前から──っていうけど、それは単にあの一件からオカルトの類の話が活性化してるってだけの話なんじゃない?」
「いや、それも無いわけじゃないだろうけど、実際に増えてんのよ。未解決事件。警察庁のデータで出てるのだけでも、かなりね。アングラ系の情報サイト見てみたら、行方不明者や表沙汰になってない事件もはるかに増加してんだって。失血死事件にしたってまるっきり犯人の目処立ってないっぽいし」
「アングラって…………いや、まあいいや。けど、そういう事件が増えてるのは確かなんだ…………」
亰の表情は、自然と固くなる。
奇怪な事件。不可解な事件。
それらを昨日の出来事とを結びつけずにいられるほど、無神経というワケでもない。
「うんうん。あ、そういやアレだね。あの話が流れ出したのも、どうやら大体五年前ぐらいからっぽい。なんか意味深じゃない?」
「……………………あの話、って?」
「もー、昨日話したじゃん。
死神の話」
「…………そうだったっけ」
「そうだよー。はは、ひょっとするとあの変死事件も失血死事件も死神の仕業かも──ん?何あの人だかり」
見ると、校門の近くに人だかり──主に女子──が出来ていた。
「──ねえちょっと? 何これ何の騒ぎ?」
何気に顔の広い結が、その中の一人に話しかける。
「あ、結っちじゃん。いやさー。校門の前にすんごいキレイな男子居んのよ。眼福眼福目の保養ー!」
「はぁー? 何かと思えば…………ミーハーだねあんたら。てか校門の前って事は出待ちじゃないの? どうせ彼女待ってるんでしょ」
「あーもーユメの無いこと言うの禁止ー! ひょっとしたらナンパしに来たのかもしんないじゃん!」
「あーハイハイわかったわかった。じゃ、行くよミヤコ…………ミヤコ?」
「………………」
亰は。
思いっきり顔をひきつらせながら立ち尽くす。
何を隠そう自らの真正面には。
──白髪白ランの少年が、自分を静かに見つめながら、佇んでいたからである。
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