3.遷移
「はっ、はっ、はっ、はっ…………」
渋谷のとあるビルの中、
「何…………? なになになになになんなの?ああもう、全っ然これっぽっちも状況がわかんない…………あの白い人ら誰? なんであたしが殺されなきゃなの? あたし一体、どうしたらいいの──」
とどのつまり亰は大混乱の真っ只中だった──先程から理解不能な出来事のオンパレードだ。混乱しないほうがおかしいだろう。
そんな混乱と焦燥の坩堝の中で、亰の耳へと届いたのは──
ピローン♪
「ヒッ!?」
通知音に飛び跳ねそうになりつつ、制服のポケットからスマフォを取り出す。
「ヤッバい…………電源切っとかなきゃ…………」
と、思いつつも表情されたメッセージを見ると、そこに映っていたのは──
『結:もう家着いた? 今日の数学の授業ノート写しそびれてるトコあるから写メ送って~(*-ω人)』
「…………あーもー…………空気読みなって…………てかどうせ居眠りしてたんでしょ、ちょっとは真面目になったと思ったら…………これだよ」
ほんの少し、口元を緩めて──即座に引き締める。
「そうだよ、どうすればも何も…………ウチ帰るしかないに決まってんじゃん。とっとと帰って、ご飯食べて、風呂入って、宿題やって、ベッドで寝るの。…………そんだけ。いつも通りの、一日の終わりだ!」
自らの頬をピシャリ、と叩き。
亰は立ち上が──
「目標確認」
「………………」
顔を上げた亰の目前に、鋒が突き付けられる。
「対象
数人の白い武器を構えた者達が、亰を取り囲んでいた。
それらから感じられるものは──明確な殺意。
「……………………んだけど」
だが、突きつけられた剣先から顔を背ける事なく、亰は言った。
「…………まなんだけど」
「何だ?何をほざいている
「邪 魔 な ん だ っ て 言 っ て ん の ! !」
瞬時に立ち上がった亰は。
その手に掴んだソレを。
躊躇なく一閃した。
──ザン。
「あ、れ?おれ、お
れ? の、からだ──」
ズルルルル、と斜めにずり落ちていき。
ドチャリ、と床へと倒れた。
計四人の上半身と下半身がお別れし、ビュービューと赤い噴水が周囲を死色に染め上げる。
白い狩人たちは、有り体に言うと、一刀両断されていた。
「──ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ…………何、が、何、これ…………」
亰の右手にいつのまにか握られていたのは──鎌、だった。
黒い、黒い、黒い、黒い。
鋭い、鋭い、鋭い、鋭い。
大きな大きな──
「
…………亰の声では無かった。
背後に目を向けると、そこにはまた数人の白衣の人間達が立っている。
「ば、馬鹿な…………偏在もままならない未熟な
白衣の男達は驚愕と畏怖を顔に浮かべてそう言った。
どういう意味だろうか。亰には何もわからない。が、わからなくてもどうでもよかった。
「…………また、邪魔来た」
ふらつく足取りで、なおも亰は
「退いてよ、消えてよ、無くなってよ亡くなって。帰るんだから。帰るあたし帰るし、帰るから邪魔は邪魔な邪魔をかるし、かるかかるかるし、しし、し──死死死しし死死んっ、死死しんし死んじゃ死んじゃえ死死しっ、死死し死死死死──死んじゃっえぇえええぇ!!」
「く、来るぞ!
人数は五人。
それぞれ、同様に純白の武器を何処からともなく取り出し、構える。
「──ご、ご、ごに、五人。邪魔五人んんんんんんっっっっ!! 邪魔っ、すんなあああああっっ!!!!」
大上段から降り下ろした一撃は、先頭の男の剣により受け止められる──
──ワケが無かった。
ザン。斬。
剣と、持ち主。二つが二つに真っ二つ。
脳天から股まで、綺麗に縦の直線が走り、数瞬遅れて左右に別れていく。
血溜まりも、二つ花開く。
──ボチャリ。
「ッッッ!! 今だ! 攻撃しろっ──」
後方に回っていた二名が死角から武器を振るうも──
「声だしたら意ン味、無いでしょがああぁあああぁぁああいっッッッ!!」
斬、斬、無惨──
滅多矢鱈にぶん
「次、わぁ──!」
──ドドン!!
大きな破裂音が幾つか空を裂いた。
「か、カハ…………え、え? ええ?」
自らの胸にポツポツと赤い染みが生まれ──瞬く間にそれが大きくなり、制服を染め上げていく。
銃弾が、亰の身体を貫いていた。
「……………………コ、ホ──ゴ、ゴッゴポッ!」
喉の奥から沸き上がって来た血反吐を掌にブチまけ、呆然とソレを眺める亰。
「──近付くな! 距離を保て! 奴の攻撃手段は
亰から10メートル以上離れた地点から、残りの二名らは白の銃火器を発砲する。
「い、い、い、いた、痛いぃ…………! やめ、て」
襲い来る弾丸から身を捩りつつ、なんとか逃れようとする亰だが、更なる数発が身体を抉り、血を流させる。
「利いてるぞ!! 撃ち続けるんだ!!」
「やめ、やめ、て。やめめ、やめっ──やめろってンのよア、ホおおおおおお!!」
半ば無意識に亰は──盾に使い、血塗れになったのとは逆の方の掌に握り締めていた
「────────ヒィ、かばらッ!」
到底目にも映らぬ速度で空を裂き、襲いかかった
「………………ふ、ひ、ぃ…………ち、血。そ、そだ。血、ちち血、血、ふ、拭かなきゃ。ふく。せ、制服、汚しちゃう。血、血血血血血──ち?」
そこで亰の目に映ったのは。
傷一つ、染み一つ有りはしない、綺麗な自身の身体だった。
「れ? あれれ? な、何で? あんなに撃たれたハズなのに…………」
今でも残っているように感じる──あの燃え上がるような痛み。傷み。
渾渾と流れ出る鮮血──結果、烈火の激痛に反するかのように凍り付いていく四肢。
それらの記憶が嘘であるかのような、新品同様の身体。
「…………ホントに、何が何やら…………そ、そうだ、そういやあの鎌は──」
混乱が一周廻って逆に落ち着きを取り戻したようで、そんな的外れとも言える疑問に手を伸ばす。
見ると、漆黒の大鎌は二つの屍の向こう側。更に棚を数個、バターのように斬り倒し、壁へと深く突き刺さっていた。
「棚…………そ、そういえば、ここは」
ようやく、そこで自らの現在地が何処かという疑問に行き当たり、周囲を見渡してみる。
どうやらここは電気屋の家電売り場らしく、様々な商品が陳列されていた。
しかし、亰の目に飛び込んできた光景は──
「…………え、ぇ…………な、に…………何なの、この、この──
──この世界」
亰の双眸に映っていた世界は──既にその色を変えていた。
何がどのように変わっていたのか、それを言語化することは亰の語彙では難しかったが。
確実に亰の世界は、未知の姿へと変貌していた。
光が濁り、空気が淀み、音色が歪み、世界が──色彩が、不可思議な、死色へと様変わりしている。
瞬間、亰の頭を過る──とある、都市伝説。
先刻、親友の口から聞かされたばかりの。
「き、煌めく光が、濁ったら──
漂う空気が、淀んだら──
聞こえる音色が、歪んだら──
見える世界が、変わったら──」
死神の鎌に、気をつけて──
「──えっ!?」
それを呟いた途端、遠くの壁を貫いていた黒い鎌は雲散霧消し──いつの間にか、亰の手へと戻ってきていた。
「あ、か、鎌──死、神──
「──そう、
「──ッ!?」
またしても声がした場所へと目を遣ると、そこに立っていたのは──亰より少し年上に見える少女。
「あ、あなたは、さっき…………」
さっき、あたしを殺そうとした人と一緒にいた──
「──
そこまで言うと少女は白いコートの袖を捲り、手首の機器へと語りかける。
「こちら
『待て煙瀧!無理をせずに増援を──』
と、そこまでで通信は打ち切られる。
──目前に刃を構えた少女が迫ってきていたからだ。
「──排除だか削除だか知らないけどっ、殺されて、たまるかああああああぁぁ!!」
飛び出した亰は、大きく振りかぶった
「──遅いっ」
少女──音奈はその一振りを、事も無げにヒラリと身を翻して回避すると、一気に間合いを詰め、渾身の振り抜きにより隙だらけになった亰の腕を即座に片手で押さえ付ける。
「んにっ!?」
「素人丸出しね、当然でしょうけど…………じゃあ、終わりよ──
音奈に纏わりつくように
やがて──無機質な純白の翼がそこに顕現する。
「──羽ばたけ、『千羽』!」
直後、翼から数多の刃状の羽が炸裂し、亰の身体をを穿った。
「ひ、っギゃああああぁあああぁぁあああッ!!!!」
幾つもの孔を空けられた亰はそのまま吹き飛び、転がり──やがて、動かなくなった。
「…………まだ抹消出来てない。あの至近距離で、モロに喰らわせたハズなのに…………何てタフな。
そう呟いた所で、音奈は着信音に気付いた。
「──はい、こちら煙瀧。
『馬 鹿 野 郎 っ !!──
──逃げろ音奈っ!!』
「おい…………無事か?おい」
倒れた亰の側。
亰を抱き起こして、声を掛ける一つの人影があった。
「……だ、れぇ…………?」
「……
「あ、う…………」
ポン。
と、優しく頭に手を置かれた途端に亰の目は細まっていき──やがて、閉じられた。
「気絶したか。無理もないな…………いや………………こ、こいつ寝てやがる」
「くー……くー……くー……」
見るも無惨なズタボロの様相で、しかしそれをなんら痛痒とも感じていないかのように、少女は眠りこけていた。
まるで。
産まれたばかりの、新生児のように。
「はぁ…………これはとんでもない大物か、果てしない阿呆かの二択だな。まあ、無事でなによりだが。さてと…………」
そこでその人影は立ち上がり、振り返った。
──年齢は亰の少し上、音奈と同年代ぐらいだろうか。やや中性的な、そして非常に整った顔立ちをしていた。
身長体格は年相応の中肉中背。服装は俗に言う白ランに身を包んでいる。
そして服装に合わせるかのように、何処までも白い──白髪の少年が、そこにいた。
「
亰と同じ、紫色の虹彩を煌めかせ──白き死神は、音奈を睨み付ける。
「………………っあ」
顔面を蒼白に染めた音奈が、大きく後ずさる。
「…………り、り──【
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