2.ふーん。
死んだ。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
みんな死んだ。
糸の切れた人形のように。
電池の切れた時計のように。
ハチ公像の周りに。
観光案内所の中に。
センター街の街中に。
スクランブル交差点の人ごみに。
余すところ無く、死が齎された。
バタリバタリバタリバタリ。
ドサリドサリドサリドサリ。
死ぬ。
どんどん死んでゆく。
つぎつぎ死んでゆく。
死体が出来てゆく。
死体が生まれてゆく。
「…………」
その中心。
死屍累々の惨状の真っ只中で。
学生服に身を包んだ、黒髪の少女が、たった一人で立ち尽くしていた。
生きている、らしかった。
「…………えー」
なぁにそれぇ。
と、肩を竦める。
「えーっと、ドッキリ? 変死事件五周年記念とかで。いやーそれは流石にダメでしょうよ。ますますTV局への風当たり強くなりますよー? 不謹慎狩りがやって来ちゃいますよー?」
………………………………
へんじはない。
ただのしかばねのようだ。
「やー、そういうのいいですって。取り敢えずほら、すたんだっぷ!」
足元に倒れているOLらしき女性を揺さぶってみる。
「おーい…………ほら、起きてー? …………ノックしてもしもぉ~し?」
いくら揺さぶってみても、一向に起きる気配は無い。
「…………えーっとぉ。失礼しますね」
呼吸。
「…………無し」
脈。
「…………無し」
瞳孔。
「……………は、さすがにわからない」
わからない。
のに、わかってしまった。
『死んだ魚のような目』という比喩があるが。
なるほど。
「…………これが死んだ人間の目か」
…………なんて、わかりきってた事だった。
五年前に、イヤという程見た目だ。
光景も。
死体の群れの中。
そのまま蹲り、目を閉じ耳を塞ぐ。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ──」
──これが夢だ!!
立ち上がり。
耳を澄まし。
目を開けた。
「…………渋谷大量変死事件、再来──って事で良いのかな」
目に映るのは変わらずに、ただただ──死体。
唯一不変のままにオーロラビジョンから聞こえて来る、ニュースキャスターの声がやたらと不快だった。
かつて見た光景──
「違、う──」
端から眺めていた五年前とは、違う。
「あ、は──なるほど、中心は、こん、な感じなんだ」
あの時は、自分の背後に両親を始めとした人々が大勢いた。
今は──一人。
独り。
「うあ、あああああ、あ、ああ──っっっ! ああああああああああぁああぁぁぁああぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあああああああぁぁああああああああああぁああああああああああああ「はい、ちょっと落ち着こっか」
ポン。
と、肩を叩かれた。
「……………………だ、誰…………?」
「誰でしょう?」
顔を上げる。
そこにいたのは──亰と同年代であろう年頃の少女。
見覚えのない漆黒のセーラー服を着込んでおり、やけに艶めいた、長い長い黒髪を靡かせて、亰の顔を覗き込んでいた。
「どうもはじめまして」
「……………………あ、えと、ど、ども、はじめまして」
どもりつつも挨拶を返す亰をみて微笑むと、少女は続ける。
「しかし──酷い光景よねー。この一帯、人っ子一人残す事なく死んでしまっているじゃない。まったく惨い事をするヤツもいたものだわ。そう思わない?」
「へ?あ、あっとその…………へぇ?」
頭がまだ上手く回らない。
なんだ、何て言ったこの人…………
「惨い事をする、ヤツ?」
「うん。許せないでしょ?」
許せない?許せない許せない許せない──ユルセナイ?それは、それは。
「ちょ──ちょっと待って!どういう意味っするヤツが許せないってそれはつまり」
「はいはーい、落ち着いて。そうがっついたらダメよ」
「おおお落ち着いてるから、けどだってそれはつまりこれは──」
「落ち着いてる人の口調じゃないよそれ」
「──誰かが殺したのっ!!??」
「ううん、それは違うよ。『殺した』んじゃない。『死なせた』の」
亰の問いに対しても、微笑みを決して絶やす事なく。
黒い少女は答える。
「ち、違わないでしょそれ──」
「違うんだよ、全然ね。さて…………そろそろ来る頃だと思うから、早く逃げ出した方がいいよ。今の貴女じゃあっさり殺されちゃうから」
「は、はい?」
逃げ出、いや、頃、転、殺される?
「うん。まあ、もうそろそろ『偏在』も出来るようになる頃だと思うから、そんなに心配はしてないけど──まあいいや、サービスしておいてあげるね」
ゆっくりと。
黒い少女が亰の眼前に手を翳す。
「それじゃあ──ようこそ、
その瞬間。
闇に総てを喰われる自らを何処かから俯瞰しつつ。
都雅亰は悟った。
ああ──これがそうか。
全ての終わり。総ての滅び。
この世のあまねく万象に約束されている、絶対の
【死】という概念か。
■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■
「──こちら
渋谷駅前。
純白の衣服を纏った四人の人物が、そこに立っていた。
「うっわー…………ヒデェっすねこれ。ドン引きだわ、一体全体何人が…………くっそう可愛い女の子も居ただろうに」
「私語は慎んで下さい、
「いや、わかってるけどさ
どこか軽い印象を与える青年と、生真面目そうな少女が言葉を交わす。
「っていうか
「
隊長と呼ばれた人物は他の三人よりは年上だろうが、それでもまだ若い。二十代後半といったところだろう。
「あ、ミカっちとノノさん?あーなるほどよかったぁ、ちょい安心したかも…………」
「
やや険のある目付きをしつつ、そう言って少女は気の抜けそうな声を上げる青年を諌める。
「あーはいはいわかりましたっての…………てか、たっちゃん先輩。反応はどうなってんすか?」
「…………現場の中央に一つ偏在反応。ただ、非常に不安定。点滅しているような感触」
最後の一人も二十歳程度の青年であった。
ただ、他の三名とは違いフルフェイスヘルメットのようなものを頭に被っており、その表情は伺え知れない。
「わかった…………
「あー…………やっぱもう行くんすね。…………他の二隊は待たねえんすか?」
「駄目だ。これほどの被害を起こした元凶を前に立ち尽くすだけでいられるか。いつ逃げ出してもおかしくない、抹消までは出来ずともせめて足止めはしなくては」
隊長と呼ばれる男は強い意思と責任感を感じさせる声色で、キッパリとそう言い放つ。
「当然です。怖じ気付いている暇はありませんよ、深玄先輩」
「…………わーかってるって音奈ちゃん。おれだって逃げちゃ駄目な時が在るってことぐらい、知ってるさ」
叱咤の声を上げる少女に、青年はそう見栄を切って応えた。
「…………よし、
「了解」
「
その命令と同時に、青年二人が瞬時に駆け出す。
「…………覚悟はいいな、煙瀧。往くぞ」
「はい、もちろんです頭尾須隊長」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……………………死んだ、のに、死ん、でない?」
──都雅亰だった彼女が目を醒ましても、その目に映るのは変わらぬ屍体の群ればかりだった。
だった。
「──目標補足。…………ハズレだ。ヤツじゃない」
到底数えきれない屍体の群れの中、しゃがみこむ一つの黒い影を前に頭尾須と呼ばれた男が呟いた。
「…………隊長。アレは、一体」
「決まっているだろう。俺たちの敵だ──
──
「へ、へぇ?」
きょとんとした表情で首を傾げる亰。
「あ、あのー。あなた方、何です? ていうか、そもそも今、一体全体何がどうなって──」
「隊長、わたしがやります」
「いや──待て、煙瀧。幾つか訊ねたい事がある」
頭尾須は亰と目を合わせた後、口を開いた。
「…………名前から訊こうか」
「な、名前?えーと、■■■といいますけど…………」
…………その名前を聞き取れたのは。
言った亰当人だけだったのだけれど。
「…………なるほど、
その様子から何かしらを察し、そして頭尾須は亰の元へと歩み寄り、訊ねた。
「──この現状はヤツがやったのか?お前達の母親──【
「母親?そんなの──そんなの…………」
なんの事だ、と言いそうになったそこで脳裏を過ったのは。
あの、その身に死を纏ったかのような、黒い少女。
「それって、それってそれって──長い黒髪で黒ずくめな、女の子の事ですか?」
「…………なるほど、予想はされていたが…………やはりヤツの仕業か」
顔を険しくした頭尾須は、ほんの一瞬逡巡するかのような様子を見せたものの、即座に亰に向き直る。
「訊きたい事は訊けた。礼を言おう。じゃあ少し目を閉じてろ。下手に動いたりしなければ──すぐに終わる」
「…………はい?あのさっきから貴方、何を言って」
「──
その刹那、閃光が
そしてその右手には──同じく純白の、直刀のような武器。
「……………………はぁ?」
コスプレ? なんかの撮影?
などという間抜けな感想を抱いていたのはほんの一瞬。
「じゃあな」
その一言と同時にそれが降り下ろされ──
(いやいやなになになになにこれなんだこりゃあ? あたし死んでそんでだけども死んでなくてけどなんか白いのが白いから黒いあたしは黒いなんでいつのまにそうなったどうなったそうだった殺られるる殺されるどうよそれはてか死ぬ死ぬ死ぬんではなくて殺されるって死んでから死んだあとでわざわざ殺してくれる殺される殺されて死ぬ死ぬってだから死んだ殺されるから死んじゃっていやけどだけどもそれであたしは──)
死。
また、死。
死?
また、あの、暗いの、冷たいの、怖いの、あれが、あれこそが、死、死、死、死──
「死死死死、死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に死に────死に、ににに死に──死に、たく、ないぃぃぃぃぃぃ!!」
即座に真横に転がり、降り下ろされたソレを回避する。
実にみっともないその行動の最中で──亰の表情を占めていたのは、恐怖の感情ただ一つ。
ただ殺される事が怖かったのではない。
殺されて、死ぬのが怖かった。
恐ろしくて恐ろしくて、たまらなかった。
あの、全てを喰い潰されていくような。
あの、総てを塗り潰されていくような。
絶望という言葉では、とても足りない、終焉の実感──
そう。あんな体験は──もう、二度とゴメンだった。
「だから──下手に動くな」
が、その剣は地面に届く前に即座に方向転換され、亰へと向けて横凪ぎに容赦なく振るわれ──
「死、死、死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ──死死死死死、死、死ぃんでたまるかぁああああああああっ!!!!」
と、そこで。
亰の姿が、プツンと途切れた。
さながら古いTVの映像のように。
「…………ちっ。逃したか」
「隊長!今のは──」
「
そこで二人に通信が入った。
『隊長、こちら公橋。目標の反応、北西400メートルの建物内三階へと飛びました。目標の偏在率、未だ不安定──
『並びに、こちら指令室です。
「こちら頭尾須、了解した。
ゾッ
その瞬間に。
そこにいた全ての生命が、忍び寄る死を悟った。
『──頭尾須隊長!! こちら指令室、作戦域内に超高位の
──対象グリムコード【
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