第20話

「キール、治療を受けろ」

「はい、クーフェン様」

ネリスによる治癒魔法による治療を受けながら先ほどすれ違った幼女の呟いた名前に思いをはせていた。

 石館優菜、キールにとって心を締め付けられる名前だった。それは今は帰ることもできるか分からない日本で疎遠になってしまっていた幼馴染の名前と一緒だった。『優菜、最後に言葉を交わしたのは中学入学直後のあの事件の時か』

苦い思いがキールの胸を焦がす。

 石館優菜は、キールが神田勇三だった日本で隣に住んでいた幼馴染の女の子。ショートの栗色の髪にボーイッシュな服を着て生まれてから小学生時代まではいつも一緒にいたとても仲の良かった幼馴染。毎日手を繋いで登下校していた。下校後はいつも一緒に遊んでいた。夏休みには一緒にプールに行った。お互いの家族と一緒に花火大会にも行った。夜にこっそり屋根伝いにお互いの部屋を行き来した。そんな二人を同じ小学校の同級生は当たり前に見てくれていた。ところが中学入学で他の小学校2校が合流したときにそれが変わってしまった。仲の良い男女に対してよくある弄りだった。それがエスカレートし教室の黒板に相合傘で名前を書かれたり、机に落書きをされたりと散々だったのだ。そして決定的だったのが、あの事件。二人そろって下校していた時の同級生からの心無いからかい。

「おうおう、お熱いね。夫婦かよ」

「きゃー、あんな手を繋いで、愛し合ってるのかしら」

思春期の入り口に差し掛かったばかりの二人はお互いに好意を持っていながらも恥ずかしく耐えられるものではなかった。例えばこの二人がスクールカーストトップの美男美女であったなら、また事情は違ったのかもしれない。しかし、あくまでもごく普通の二人が仲の良い幼馴染だっただけなため周囲は容赦なかった。となれば

「そ、そんなのじゃないし。別に僕は優菜の事が好きなわけじゃないし」

「あたしだってそうよ。単なる腐れ縁の幼馴染ってだけだし」

こうなるのもやむを得ないところだった。結果二人は意識し合いながらもしこりを残し高校2年までの約5年間を疎遠なままに過ごしてしまった。そして今となっては日本での再開はかないそうもない。

 そんなところでキールが耳にした石館優菜の名前。キールとしては気にならないわけがなかった。しかもそれが最後の対戦相手だというのだから心情も察せられるというものだろう。

『優菜、ひょっとしてあの優菜なのかな』

悶々としながら夜を過ごすキールだった。

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