平熱

 夕暮れの帰り道、学ランを着た男子生徒が二人分の荷物を持ち、その後ろを覚束ない足取りで女子生徒がついていく。


 先輩と思われる男子生徒は、後輩の女子生徒を時折おいていきそうになるけれど、そのたびに弱弱しい怒声に引き留められた。


 理不尽な扱いでも受けているかのような表情の男子生徒は、ようやく後輩に歩調を合わせて、声をかける。


「なんで僕を呼んだの? ほかに頼る人もいたと思うんだけど」


「一緒に帰ってくれる人もいるにはいたんですけどね……」


 言いよどむ後輩に、男子生徒は一つあることを思いつく。


 なんだかんだで一緒にいる時間の長かった後輩は、もしかしたら自分を頼ってくれるくらいには心を許してくれたのではないかと。


「申し訳ないじゃないですか。その人が帰るの遅くなるんですから。


 その点、先輩ならどれだけ遅くなっても、良心が痛みません」


「……そんなことだろうと思ったよ」


 男子生徒が、期待した自分がバカだったというニュアンスを暗に込めた事とは、まったく関係なく後輩は言葉を続ける。


「でも駅まででいいです。むしろ、駅より先はついてこないでください」


「途中で倒れられたらこっちが迷惑だから」


「ストーカーに家の場所を知られる怖さってわかりますか?」


 だったら自分を呼ばなければよかったのではないか、という言葉を男子生徒はすんでのところで飲み込んだ。

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