平熱(先)

 後輩との件が元に戻って数日。平穏だった日々は、半ば地獄のような世界になり、安息の地だった部活も一概に天国とは言えなくなった。


 後輩は人使いが荒いし、部活では事ある毎に後輩のことで弄られる。


 何もかも投げ出して、部活をやめようものならば、後輩は心置きなく僕を訴えるだろう。


 八方塞がりとはこういうことを言うのかもしれない。


「今日も後輩ちゃんに呼ばれてるんだろ? いいよな」


「友村は気楽だよね。そんなに羨ましいなら、変わってあげるよ」


「いや、先堂の立ち位置は、先堂以外むつかしいだろ。で、行かなくていいのか?」


 友村に言われて携帯に目を落とす。いつもは校門とか、下駄箱とか、近くの公園なのに、今日の呼び出しは保健室。何を企んでいるだろうとため息をつきたい思いで教室を後にした。




 保健室にいた後輩は気怠そうにベッドに座っていた。何かあるのかと思ったが、単に体調不良らしい。


 僕をきっとにらみつけるので「なんなのさ」とたじろぐ。


 後輩は立ち上がることなく、自分の荷物をこちらに差し出した。


「持ってください」


「熱でもあるの?」


「さっき計ったら、36.5度でした」


「平熱じゃん」


 結局、自分が楽をしたかっただけか。本当に、ほんのちょっとだけだけれど、心配して損した。荷物は持つけれど。


 殊勝に荷物持ちをかって出たというのに、後輩は憐れむように僕を見ていた。

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