一対多(後)

 放課後、吹田さんに呼び出されたので音楽室へと足を向ける。


 芸術選択で美術を選んだ私は、実は音楽室に行くの初めて。しかしまだ一年生の一学期なのだから、一度も行ったことのない教室があっても不思議ではないか。


 考えてみたら中学の三年間で学校全体の三分の一ほどの教室にはいっていなかったように思う。


 閑話休題。音楽室まで距離があるので、なぜ私が呼び出されたか考えてみる。


 吹田奏さん、確か吹奏楽部だっただろうか。だとしたら音楽室というのもうなずけるけれど、嫌な予感もする。


 仮に吹田さんが個人的に私を呼んだ場合。これは問題ないと思う。休み時間の吹田さんの様子から、悪意は感じなかったし、万が一難癖をつけられても、吹田さんと私だけの問題で済むから。先輩のように私のことを知っていて、何か聞きたいことがあるのかもしれない。


 では、吹奏楽部員として吹田さんが私を呼んだ場合。考えずともわかるが、先輩関係の話に違いない。音楽室では吹奏楽の練習をしているだろうから、こちらの可能性が高い。踵を返したくなってきた。


 今の私は吹奏楽部を潰すかもしれない存在だから、歓迎をされることもないだろうし、憂鬱になってきたところで音楽室についてしまった。


 深呼吸のあと、二度ノックをして、引き戸を開ける。


 中には正座して座っている先輩と、女子生徒が十人弱。吹田さんも混ざっている。


 部活紹介で見た時よりもだいぶ少ないので、今日は練習をしないのかもしれない。


 できるだけ先輩を視界から外して、「吹田さんに呼ばれてきたのですが」と誰に言うでもなく声にする。


 見覚えのある、一番前にいた女子生徒が私のほうに歩み寄る。部活紹介で話をしていた部長だろう。


「貴女が先堂君が迷惑をかけた子ね。謝って済むことではないけれど、ごめんなさい」


 部長が頭を下げるので慌てて「顔をあげてください」と説得する。


「結局そこの先輩が一人でしたことだと思いますし、私は吹奏楽部に何かする気はありませんから」


「とはいえ、こんな彼もうちの部員。迷惑をかけたのなら、償いをしないといけないわ。


 どうやったら許してもらえるかしら」


 部長の問いかけに頭をひねる。吹奏楽部に対してだったら最初から怒っていないし、先輩はどうやっても許す気にはなれない。


 うまく先輩だけに仕返しが出来れば、私の気も少しは晴れるだろうけれど……。


 ふと、正座をしている先輩と目があう。恨めしそうな顔で、すぐにそらされてしまったけれど。


 周りの人は申し訳なさそうな顔で私を見るか、白い目で先輩を見ている。


「私は先輩を許すつもりはないです」


「そうよね。聞けば学校外までついて行っていたみたいだし、許せるわけないわよね」


「だから、時折そこで正座している先輩をそういう風に扱ってください。


 私はそれで充分です」


「それでいいの?」


「あとは、元通りってことで、また先輩を呼び出すことにします」


 部長は首をかしげているけれど、私はこれで充分。だって、先輩が部活を辞めれば心置きなく通報でき、辞めなくても部活では白い目で見られるのだから。


 満足した私は、頭を下げて音楽室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る