第19話 《荒波(あらなみ)》

 夜明け前。月の光が差し込む部屋。目を覚ますのにはまだまだ早い時間だが、習慣である早朝トレーニングをこなすため、決まってこの時間に起床する。

 今まで魔力を行使できなかった分、他でカバーすることしか破龍士への道はなかった。極限まで自らを鍛えるために設けたトレーニングは、もはや欠かすことができない習慣となっている。

 しかし、最近は目覚めが悪い。と言うのも朝の心地の良い目覚めを邪魔する不届き者がいる。自分とは違う重みをその腹の上に感じ、布団をめくるとその真犯人が姿を現す。


「またか……」


 誠とテラスの住まう寮に、新たな同居人となった白雷。誠とテラスがそれぞれ寝室として使っている他にも十分な部屋はある。だが白雷も一応『女の子』ということで、部屋を一つ準備した。だが誠の部屋へと侵入し、布団に潜り込む始末だった。消灯の際は自分の部屋の布団に素直に床に着くのだが、毎度誠の部屋へと侵入しては繰り返すようになってしまった。


 誠の腹の上に猫のように丸まり、白襦袢をまとった一人の少女。真っ白な髪と、透き通るような肌は、月の光を反射して淡く光る新雪が降り積もった雪原を思わせた。布団を剥がされ、覆っていた温もりを失い、体を震わせる。幼い表情は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。湧き出す温もりを求めるように、布越しに触れ合う肌をさらに密着させようと、潜り込ように小さなその身をよじらせた。


 その姿を見て思わず微笑んでしまう。そっとその美しい白髪に手を添えて優しく撫でると、新たな温もりを得て安心したかのような表情を浮かべ、また心地よさそうな寝息を立て始めた。そんな表情を見ていると、目覚めの悪い気だるさはいつの間にかなくなっていて、しばらくその眠り姫の寝顔を見つめていた。


 誠は白雷を起こさないようにゆっくりと体から降ろして布団をかける。起きていないことを確認して、誠はトレーニング用の紺色の上下セットアップのウェアに着替えて部屋を出る。簡単に洗面を済まし、常温の水を一口含み、喉を潤した。玄関でトレーニング用のシューズへと履き替え玄関を出て行く。


 空は段々と白み出し、夜明けが近いことを告げる。少しずつ朝日が昇る時間も早まり、新緑の匂いを混じらせた朝の心地よい風をが鼻腔をくすぐる。大きく深呼吸し、背を伸ばす。


「よしっ!」


 自らの頬を両手で叩き、眠りに包まれた静寂の中を駆け出していく。



***



 丘の上で大の字になって寝転ぶ誠。彼にしては珍しく大きく肩で息をしていた。顕現したはずの《勇者の力》。だが、その魔力を任意に引き出そうとしても、中々うまくいかなかった。


「基本は押さえてるはずなのに……」


 すでに朝日が昇った空。まだ群青色の空へ、手のひらをかざしてそう呟いた。

 

 リヴァイアサンとの戦いで、《勇者の力》が顕現した時から感じていた違和感。だがその違和感も次第になくなり、魔力に一端に触れられるようになっていた。

 だが、誠にとって魔力を自らの意思で動かすことは初めてのこと。初歩の初歩の訓練をやって、やっとその一部に触れて、ため息程度の魔法を使えるようにはなっていた。だが未だに魔力のコントロールが不安定なのは変わりない。


 あと一歩というところで、誠はその魔力に思い切り触れるのはどこか躊躇われていた。


「こんなに難しいなんて……」


 口に出した言葉はどこか情けない。上手くいかない自分を納得させようとする言葉なのだろう。弱気になる自分を肯定しようしていたが――


「もう少しだ……」


 もう少し。そう、もう少しなのだ。躊躇いを乗り越えようと、自分を鼓舞する。この魔力を必ず使いこなす、そうできると信じて。



***


 

 校内放送で呼び出しをくらうほど恥ずかしいものはない。廊下を歩けば感じる視線。誠は校内ではある意味有名人となっていた。というのもカーマイン皇国の第三皇女テラスとの同棲疑惑。いや、それはすでに真実として知れ渡っている。女子からは好奇の目で見られ、男子からは白い目で見られていた。二人の同棲の事実を快く思わないものも中にはいるのだった。


『おい、そこのダブり。ちょっと待てよ』


 髪の毛を金髪に雑に染め上げた一人の少年。その風貌はどこにでもいる不良。ネクタイの色は青色。年齢で言えば、誠の後輩にあたるのだが、今となっては彼が上級生だ。誠は進めていた足をぴたりと止めて、声の主の方へと顔を向ける。


「えっと? 何かな?」

『お~お~、今じゃ俺が上級生だぜ? ちゃんと敬語使わないとダメなんじゃねぇのか?』


 彼の指摘を正しいと思ったのか、誠はしっかりと彼に向き合い言った。誠は彼に見覚えがあった。何かと因縁つけては喧嘩をふっかけてくる不良の代表格。去年の誠のクラスメイトでもあった。


「なんでしょうか?」

『お? やればちゃんとできるじゃねぇか?』


 彼の周りには制服をだらしなく着崩した連中が、ニヤニヤと笑みを浮かべ、誠を取り囲むようにしてジリジリと壁際へと追いやった。


『おい、なんでお前みたいな役立たず野郎が、異国の皇女様と同棲なんかしてやがる? お前なんかよりもふさわしい男がいるだろう? なあ?』


 誠は苦笑を浮かべる。学園長が仕掛けたことだ。自分が因縁づけられる理由はどこにもない。だが、今目の前にいる男は明らかに、テラスをよくない目で見ていることは感じられた。不良は不敵な笑みを浮かべる。


『なあ、俺と替われよ。俺が皇女様と同棲した方が、皇女様を悦ばせることだってできるんだぜ?』


 不快。誠の心に湧き上がる、明らかな嫌悪感。このような男をテラスに近づける訳には行かない。


「替わるつもりはないです。第一テラスがそれを望むことは絶対ないと思います」

『ああ? 魔法もろくに使えないお前が何を言ってるんだ? もう一度チャンスをやるぜ? 替われ』


 不良は誠の髪をわしづかみ、脅すようにいう。だが誠は、はっきりと言った。


「断る」


 彼は誠を壁へと押さえつけ、その拳に《魔装(アルマドゥラ)》を纏わせ、殴りつけようと振りかぶる。だが誠は右手人差し指を髪を掴んだ方の腕へと突き立てた。不良は痛みに顔を歪ませ、掴んでいた手を思わず離した。その隙をついて不良の拳を寸前でかわす。不良の拳は壁へと一直線に向かっていき、鈍い音とともに壁に亀裂が入る。


『……っ、てめぇ。何しやがった』


 不良はまことの髪の毛を鷲掴みにしていた腕を反対の手で押さえ、顔に苦痛の表情を浮かべている。囲まれていた誠は、いつのまにか、するりと不良たちの間をすり抜けて、不良たちの囲みの外へ逃れ、半身で構えていた。


『おい!』


 金髪の不良の合図で不良たちは体に《魔装(アルマドゥラ)》を身にまとい始める。だが誠は焦りの表情を浮かべることもなく、彼らと対峙するが――


「何事?」


 ハリのある声が、ギャラリーの間を縫って誠と不良たちの耳元に届いた。鴉羽のような漆黒の髪は艶やかに光を反射する。きりりとした切れ長の瞳。薄紅色の唇。透き通った白い肌。控えめに膨らんだ胸元だが、制服をブレザーを押し上げ、その存在を誇張している。美しく曲線を描くその背の先にある丸みは大きいが、しっかりと引き締まり、スカートから覗く足は、素肌をほのかに透かした黒のタイツで覆われていた。


『西園寺生徒会長だよ?』

『騒ぎを聞いて駆けつけてきたんだ』

『うわ~。いつ見てもかっこいいな~!』


 この破龍学園の全生徒の頂点、西園寺寧々。彼女は両腕を組み、誠と不良たちを交互に見やる。不良は焦りの表情を浮かべ、ことの経緯を誤魔化そうと我先にと口を開く。


『せ、生徒会長さん。別に俺たちは喧嘩しようってわけじゃないんだ。お互いに魔法を見せ合おうとしてただけでよ』

「御託はいいわ。学園内での魔法の使用可能の場所はどこだったか、忘れたわけじゃなでしょう?」


 そう言うと、彼女を中心にその場の空気の温度が急激に下がる。窓には霜が張り付き、廊下には

空中の水分を捉え薄氷を生み出した。生徒会は学園の風紀を守るためにも、特別に魔法行使が許されている。今まさにそれを執行しようと、彼女の生み出す魔力の重圧が不良たちの喉を鳴らさせた。


『……ちっ。行くぜ!』


 観念したかのか、不良たちは金髪の男を先頭にぞろぞろと廊下を歩いていく。誠の横を通り過ぎざまに『覚えとけよ』と一言残していった。

 誠はの表情は固く強張ったまま、廊下に佇んでいた。ギャラリーの間をすり抜け、生徒会長の西園寺寧々は誠の目の前で腕を組み誠に向かい合う。


「大丈夫? 一ノ瀬くん。久しぶりね」

「ああ、西園寺さんも元気そうだね。さすが《白雪姫(ブランカ)》、助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして。でも、私がいなくても大丈夫だったみたいね。――それはそうと、一ノ瀬くんのこと噂で聞いたわ。私を差し置いてカーマイン皇国の皇女様とお付き合いしてるだなんて、隅に置けないわね」

「え? どうして付き合ってるって設定になってるの?」


 思い当たる節もないことに、あっけらかんとする誠。だが西園寺は疑いの目は未だに誠に向けたままだった。


「違うの?」

「違うも何も、ただテラスとは同じ寮で暮らしてるだけだって」


 誠が噂を否定すると寧々は露骨に嫌そうな顔をした。そしてジトリとした視線をまことへと向ける。


「……む、どうして彼女のことは名前で、しかも呼び捨て。一層怪しいわ。私の方が付き合いが長いと思うのだけど?」

「えっと……」

「ふふ、冗談よ。からかいすぎたわね。——そう言えば、何か用事があったんじゃない?」

「あ、そうだった! 早く行かないと、またなんか言われるかもしれない。ありがとう、西園寺さん!」


 誠は学内放送で呼び出されていたことを思い出し、廊下をかけていく。その場を去る誠の後ろ姿を見送りながら、西園寺は不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ、なんだか興味が湧いてきちゃった」


 人差し指を艶のある唇にあてて意味深なことを呟いていると、西園寺を呼ぶ声が彼女の背後から聞こえてくる。それははつらつとした声で、聞くだけでその勢いの良さが伝わってくるようだった。


「寧々~! 急にいなくなっちゃうんだもん。探したよ~」

「……全くです。困ります」


 ショートカットに切り揃えられた髪を弾ませ、西園寺を追ってきたのはクリクリとした目をした八重跳飛鳥(やえとびあすか)。キリリとした目にメガネをかけ、淡い色をした長い髪を一重に編みこみ、肩から垂らしている久須志空(くすしそら)の二人。西園寺の隣に並び二人は彼女の視線の先を追った。


「あの人って……確か学園始まって以来、初のダブりの一ノ瀬誠?」

「……落ちこぼれです。退学したものかと」


 誠が順調に進学をして入れば、この三人とも同学年。そして来年卒業し、晴れて倭国軍の破龍士として活躍できたはずであった。だが誠は、それができないでいたのは誰にも話せない訳ありの理由であるのはいうまでもなかった。それを知るのはごく一部の人間でしかない。


 西園寺の視線はどこか熱を帯びていたものであり、八重跳と久須志はその視線を否定気味で見つめていた。


「ちょっと寧々~! ダメだよ、あんな万年一年生に興味持ったら! 西園寺家きっての超天才児には釣り合わないって!」

「……ダメな男です。母性本能?」

 

 二人は寧々の思いを止めようと言葉をかけた。だが寧々はさらにその口角を釣り上げる。


「ふふ、そんなところかしら? それにね、少し興味深いことがあるの」


 西園寺は微笑を浮かべて、生徒たちが行き交う廊下のその先を見つめていた。




***




――第三闘技場(アリーナ)


 呼び出しをくらった誠は、指定の場所へと到着する。闘技場のステージ中央に立つ松葉葵は腕を組み、高速で動く葵の片方の爪先はカツカツと音を立てていた。足元にちらばる吸殻の数は、今の機嫌を物語っている。


「遅ぇ! 何ちんたらやってんだよ!」

「す、すいません。 ちょっと野暮用があって……」

「……ッチ! まあいい。――ほれ、ちょっとこっち来い」


 闘技場には葵の怒号と舌打ちが共鳴する。誠が葵の元へと駆け寄る。葵は自分のそばにある長方形のジェラルミンケースを開く。中には緩やかに湾曲したもの。濡れた烏羽のような漆黒の漆で塗られた、ホオノキの鞘と柄が闘技場を照らす光に反射していた。


 誠は、鍔のない白鞘に似た一振りの刀を、両手で持ち上げる。ずしりと伝わる重さは、今まで使っていた刀が、鳥の羽のようにさえ思わされる。


 受け取った誠は葵へと視線を向けると、葵はうなづいた。

 誠は漆黒の柄を握りしめ、鞘からその刀身をさらけ出す。暗黒をそのまま切り取り、刀として具現化したようで、光さえも吸い込んでしまう超重力のように、見るものを惹きつける。誠はその刀身の美しさにしばし見とれていると、葵は苦笑を浮かべる。


「特急で作らせたから、ちゃんとした拵(こしらえ)は間に合わなかったからよ。見た目は白鞘だが、気休めに漆は塗っといてやったぜ。鞘は貼り合わせだが、お前のことだ。簡単にはぶっ壊れねぇように作ってある」

「……すごく綺麗ですね。それにこの刀身の感じ、初めて見ます」


 誠は魔力を使えなかった分、剣術をはじめとするあらゆる技術をその身に叩き込んだ。その折、触れる刀剣類は数知れない。その経験によって、いつのまにか目利きが効くようになっていた。小回りのききそうな、長くもなく短くもない刀身。そして一般的な刀とは違い、柄の部分が少しばかり長いことに気づく。


「柄が少し長いようですけど……」

「お、そうだそうだ。それがこの刀の一番の特徴的な部分だぜ。とりあえず振り回してみろよ」


 誠は刀を中段に構えて呼吸整える。唐竹から始まり、袈裟斬り、横薙ぎ。まるで舞うようにして足を運ぶ。神楽の如き動きに、戦闘の素人である葵でさえも『ほぉ~』と感嘆する。誠は新たな刀の感覚を身につかせようと刀を振り回す。その度、空を切る音に、自らの身が切り裂かれるような錯覚さえ覚える。そして刀の調子をその身で確かめた誠は、静かに鞘へその刀身を収めた。


「どうよ? 重量はあると思うが、お前みたいな超身体能力なら、こんなもん竹刀を振り回してるようなもんだろう? お前の過去の戦闘データから、ベストな刀身の長さで準備してやったぜ」

「ええ、すごくいいです。……というかなんでこんな素敵な刀を?」

 

 葵がこうしてわざわざ刀を準備することは珍しかった。力の顕現の実験以外での関わりがなかったため、誠はある種違和感を覚えていた。葵は口角を吊り上げ、鋭い目つきで誠をみた。


「どっかの誰かさんが、顕現したはずの魔力を使いこなせないから、強力な武器を作って差し上げたのさ」

「……っ、――か、返す言葉もありません」


 葵の言葉に嫌味はない。だが現実を改めて突きつけられ、誠の顔がかすかに歪めるも、苦笑を浮かべ『たははは』と乾いた笑い声をあげた。葵は歩き出し、世間話をするかのようにして話を切り替えた。


「――知っちゃいるだろうが、リヴァイアサンのやつが出てきてから、倭国は大量の発生したティブロンの殲滅に追われている。他国の援助も受けてはいるが、破龍士の負傷者が絶えない状況は今後も継続するだろうな。なんつっても厄介なのは、あいつらの強力な鱗と牙だ。破龍士の《魔装(アルマドゥラ)》が、まるでハサミで紙を切るかのようにして無効化しちまうのさ」

「……はい、それは眷属学の授業でも受講しました。ティブロン討伐に参加させてもらった時も、他の破龍士や学生の魔装をいともたやすく切り裂いたのもこの目で見ています」

「——そうだ。ティブロンがなぜ龍族の眷属の中でも大した大型でもないのに上位に位置する理由も、その圧倒的な攻撃特性にある」


 葵は足を止め、体ごと誠の方へと体を向ける。両手を腰に手をあてて、ニヤリと口角を吊り上げる。そして誠へと人差し指をズビシッと立てた。


「そこでだ! その特徴に起死回生の糸口を見つけた天才の私は、回収したティブロンのその強力な牙と鱗を研究したんだよ」

「自分で天才って言う人って……」

「あん? 何か言ったか?」

「い、いえ、何にもありません!」


 葵は続けて、自らの天才ぶりを豪語し続けた。


「研究の結果、ティブロンの牙と鱗は金属に似た性質を備えていて、それ自身が魔装の破壊能力を備えてるとわかったのさ」

「……! つまり、その牙と鱗を鍛えて刀にしたと言うことですか?」

「まあ、焦んなよ。でも三分の一正解ってところだな」


 誠は頭を捻る。ティブロンの牙と鱗が金属と同質なのであれば、そのまま刀の鋼材として転用が可能と思われた。葵は誠が考え込む様子を見て、葵は得意げに鼻を鳴らし、胸を張った。


「これは試作の段階だから間に合わせのギミックなんだけどよ。ほれ、柄の末端部分を強く引っ張ってみろよ」


 葵の言う通りに柄の末端部分を握り強く引張てみると、カチリと音を立てて柄の一部が取り外された。ボールをスプリングのプレッシャーで押し出し、くぼみに固定する方式のようだ。カートリッジのようなそれを抜き取ると、葵は誠へと近寄り、どこから出したのか、もう一つのジェラルミンケースの鍵を開け、ケースを開く。そこには先ほど誠が取り出したカートリッジと同じギミックを持つものが、ウレタン製の緩衝材にはめ込まれていた。合計五つ、柄の中に収まる部分には真っ赤な結晶がはめ込まれていた。まるでそれは今にも心臓が脈動するかのごとく、結晶の中で禍々しい魔力が蠢いていた。


「こ、これは……まさか魔石?」

「半分正解だ。そいつはな、魔石の中に龍核をちょちょ~いとやったもんだ」

「ちょちょ~いって……。なんとなく想像はつきますが、そんなことが可能なんですか?」


 技術革新もそこまで行き着くところまで行ったのかと、誠は感嘆の表情を浮かべ、つい大きな声を出してしまった。驚く誠を見てさらに鼻が高くなる葵は、自慢げに話しを続けた。


「ふふふっ……。難しい話はまた今度だが、簡単に言えばこの龍核がなければ、ティブロンの魔装破壊能力は発揮されないんだ。龍核の利用にはアラム国の協力を仰いだが、龍核の完全兵器転用はすぐそこまで来ている。その最先端の技術を応用したのがこの刀だ。お前のジェットウェイブも、この天才がお前専用にチューンナップしただろう? その技術を転用したのさ。柄が少し長いのは《魔倉(レビスタ)》装填するためのものだ。——名付けて《龍核倉(コア・レビスタ)》だ」


 さらに鼻が高くなる葵は、どうだと言わんばかりに両手を腰に当てて、胸を張っていた。


「そんな技術がもう実現可能だなんて……」


 驚くのも無理はない。龍族の最大の要であり、生命の源とも言われている《龍核》を兵器転用する。その技術はこれからの龍族との戦いを大きく転換するきっかけとなるかもしれない事象であることは間違いない。その事実は誠に大きな衝撃を与えたのだった。驚嘆の表情を見て葵は、付け加えた。


「ま、そうだと言っても《眷族の龍核》だからな。今回大量に発生したティブロンは格好の実験対象なわけだ。まあそれも、フレッシュな状態でアラム国に送ってやる必要はあるけどな」

「まさか……」

「ああ、まだ学会にも出てねぇ最新論理の集大成と、おまけに突貫工事で作った刀だ。そんじゃそこらの破龍士でも手に入れることは絶対にできねえよ」

 

 誠は両手にあるその刀を握る手に力がこもる。自らの掛けられている期待を感じると同時に、必ず勇者の力を使いこなせなければならい必要性が出てきたことを改めて自覚する。それは倭国のためだけではない。義妹の澪を守るためにも必要なことであった。

 脳裏に様々な思考が交錯する中、テラスの笑顔が脳裏をよぎる。ふと、誠のこわばった表情が自然と緩んでいった。その顔には自分の置かれてる状況、プレッシャーによって切迫し、すぐにでも崩れ去ってしまいそうな表情は薄れていた。

 

 葵も誠の表情につられて、自然と頰が緩み出していた。


「へ、いい顔するようになったな。ま、女王様に感謝するこったな。そんだけお前に期待してくれてるってことさ」

「はい……。もちろんです。ありがとうございます」

「まだ、技術的には不明確でこの刀がどこまでお前。だが、幼児以下の魔力操作しかできないお前をサポートしてくれるはずだぜ」

 

 刀をしげしげと目を凝らして見つめる誠は、ふと気づき顔を上げた。


「——この刀って、名前とかあるんですか?」

「ん? ああ、そうだな。お前みたいに魔力でさざ波すら起こせないような奴に、思い切り皮肉を込めてつけてやったぜ! 名付けて……ティブロン鋼刃試作型荒波(あらなみ)だ」

「《荒波(あらなみ)》……」

「ああ。そうだ、詳しい刀の効果は……」

「説明はもう済んだかしら?」


 高い踵の音を闘技場に響かせて姿を表したのは、十文字鎌槍を右手に持った、学園の長、高嶺薫だった。《ルビを入力…ルビを入力…

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