第17話 一ノ瀬澪

 廊下を渡りいくつかの病室を抜ける。先頭を歩く黒髪の青年の後ろ姿は肩幅も広く、大きく感じられる。じっくり見たのは初めてだった。背筋はピンと姿勢を正して歩き、漂う強さはとても頼り甲斐のあるもの感じさせた。と、同時にどこかひどく萎縮したような、緊張した雰囲気も感じられる。だがきっとそれは義妹に会える期待から出ているものなのではとテラスは感じていた。


 目的の病室へと到着する。《一ノ瀬澪》と書かれたプレートが、誠の義妹の病室であること知らせる。テラスは少しだけ緊張した面持ちを浮かべ、肩を上へと持ち上げ、下ろすと誰にも聞こえないように「よし」と一言つぶやいた。だが一向に誠は扉を開けようとはしない。不思議に思ったテラスは誠を見つめた。誠はノックをするために手を挙げているのだが、何度か深呼吸していた。家族と出会うのにそこまで緊張する必要があるのかと疑問に思っていると、誠が扉をノックする。


「澪、誠だ、入るよ?」


 そう言って開けた扉の向こうから、ふわりと夏の風が吹き込みが部屋の空気を循環させる。その風にのって、美しい黒髪を揺らし、ベッドの上に佇む一人の少女。彼女はただぼーっと焦点の合わない灰色の瞳でまっすぐ前だけを見つめ、膝の上に置かれた赤い表紙の本に両手を重ねて置いていた。

 倭国特有の美しさと異国の色が交わる独特な雰囲気を少女から感じられた。壊れてしまいそうな繊細さが相成って、さながらガラス細工のような輝きを放っている。

 テラスも思わず見とれてしまい、病室に入るのを躊躇われてしまった。だがテラスは、すぐに気を取り直して一礼し、扉に入ってすぐの所で背筋を正し待機した。


「澪、今日も元気そうだね? 何か不自由はなかったかい?」


 そう語りかけながら誠は澪の元へと歩み寄る。だが、澪は誠の言葉にピクリとも反応を見せない。ただ前をぼんやりと見つめているままで顔を向けることもしなかった。


「ほら、あたらしい情報誌と、いつも使ってるペンだよ。あとは、いつもみたいにきんぴらを作ってきたよ」


 誠は手に持っていた紙袋から次々とベッドのサイドテーブルへとその中身を置いていく。だけどそれに見向きもしないことにテラスたちは戸惑いを隠せなかった。イーダは違和感を覚えテラスへとこっそりと耳打ちする。


「何も反応されませんね、義兄がきたのに嬉しくないのでしょうか?」

「そんなことはないと思いますが……」


 テラスは誠と話した過去の記憶を思い返していた。テラスの乗った車椅子を押す誠が何かテラスに希望を見出したように懇願する姿が脳裏に浮かぶ。あの時誠は言っていた、「テラスならば、きっと」と。義理の兄妹とはいえ、何か込み入った事情でもあるのだろうか。あの時の誠の目はとても輝き、何かにすがるかのようにしてテラスを見つめていたのだった。


「澪、紹介するよ以前話していたテラスさんと、イーダさん、それと白雷だよ」


 誠が扉のそばで立つ二人を紹介する。すると澪の方がピクリと動いた。誠はその反応を少しも見逃さなかった。テラスのことに関してはなぜか反応を示す。そのことは前々からわかっていたからだった。テラスとイーダはベッドの方へと近づき一礼した。


「澪、こちらがテラス・カーマインさん。こちらはお友達のイーダ・リルクヴィストさんだよ。それとこの小さな子が前言ってた白雷だよ」

「初めまして、澪さん」

「初めまして」

「……また子ども扱いか」


 ムスッとふてくされ両腕を組みそっぽを向く白雷。テラスとイーダは澪へと笑顔を向けた。澪はゆっくりとその顔をテラスの方へ向けた。じ~っとだ。それは穴があきそうなほどだった。いつまでも視線を外さない澪に対してどうしていいかわからず、テラスは少しだけ困ったように笑顔を向けるしかなかった。

 だが、誠は違った。いつもと違う澪の反応を見ることができたからだ。何かを期待するかのようにして、テラスと澪を交互に見ていた。だが、澪の反応は相変わらず無言でテラスを見つめるだけだった。

 イーダがテラスの肩を叩き、澪のために買った見舞いの小さなカゴに入ったドライフラワーを胸の前で抱える。


「これ、澪さんが元気にるようにと思って持って来ました。どんな花が好きかわからなかったですけどよかったらっと思って」


 そう言って、澪がいつでも見ることができるような位置へと置こうとした。その時テラスはすでにそこにはドライフラワーで埋め尽くされていることに驚いた。目に飛び込む花は色鮮やかで見るだけでも楽しめてしまう小さな花の祭典。テラスは少し遠慮がちにそっと花を置いた。


 テラスの動きに合わせて、澪の顔も動く。何か機械仕掛けのように動く澪の動作はどこか不気味だった。そして相変わらずテラスの方を見るばかりで、このままでは間が持たないと判断した誠は、テラスとイーダ、白雷に病院のカフェへと行ってもらうように促した。そうして皆が振り返って行こうとした時だった。テラスの体は何かに引っ張られるかのように止まる。


「え?」


 テラスのカーディガンの裾を掴みテラスを見つめる澪は、まるでここに居ろという風に目が訴えかけていた。誠は澪が何かテラスに伝えたいことでもあるのだろうと思いテラスへと視線を向け、テラスも誠と目を合わせた。


「テラス、ちょっとだけ澪と……いいかな?」

「……はい、私は大丈夫ですよ」


 そうして3人は病室を後にするが、誠は何か名残惜しそうにそっと扉を閉めた。

 テラスはベッドの脇に丸椅子を引き寄せ、それに腰掛けた。そして澪へと微笑みかけた。テラスは皇女の公務として、度々孤児院などへと足を運んでいた。皇女であり、その美貌も相成ってすぐに子供達とは仲良くなってしまう。一人ぼっちで寂しくしている子供へと優しく声をかけてあげれば、寂しく辛い気持ち話し出し、聞いてあげればすぐに心を開いてくれた。


 今目の前にいる彼女はどうなのだろうか。今まで出会った孤児とは違う。そういう雰囲気を放っているた。だが、負けじとテラスは声をかけた。


「澪さん、お身体の方はどうですか?」

「…………」


 テラスは反応を示さない澪に少し困ったように笑う。澪はテラスを見つめるばかりで、まるで手におえない状況だった。テラスも皇女としての意地もある。そして誠の義妹である澪の前ではカッコ悪いところは見せることができない。テラスは澪へと微笑みかけ、声をかけ続けた。すると澪が口を動かし始めた。


「…………あなたは…………勇者なの?」

「え?」


 突然の問いにテラスの心は揺さぶられる。テラスの見せた動揺は、肯定したも同然であるがテラスはなんとか誤魔化そうとした。


「え、えっとなんのことですか?」

「……誤魔化さなくていい。ずっと……『見てた』もの」

「………?」

「……言葉の通り。私は……見てた」


 澪の語る意味が理解できないテラスは困惑の表情を隠せない。澪はテラスの瞳をじっと見つめる。今まで焦点の合わない灰色の瞳が、テラスの赤い瞳をとらえはなさなかった。


「……前に一度、病院に来てたよね」

「ど、どうしてそれが!」


 以前誠の後を追いかけ、病院に来ていたことを知っているということで、確信を得るわけではない。彼女との接点はなかったはずだった。だが、澪の言う『見てた』という言葉が現実味を増していく。澪がどのような存在かはわからない。線も細くとても戦えるような体ではない。それでも彼女は何かしら方法を利用して、テラスを監視をしていたということであろうか。テラスはだんだんと澪に対する印象が変わっていく。その様子を見て澪は無表情のまま言った。


「……大丈夫。誰にも……言わない」

「…………」


 二人の間に沈黙が流れる。テラスはその言葉を信用していいものかどうか考えあぐね、誤魔化そうと笑顔を向ける。目をそらすことがない澪の瞳の色はだんだんと生気を帯びていく。


「…………だから、お願いが…………あるの」


 テラスは黙ってうなづくのだった。



***



 誠、イーダ、白雷の3人は病院敷地内のカフェにいた。誠とイーダはコーヒーを頼み、白雷はワッフルにのったてんこ盛りの『くりぃむ』に目を輝かせていた。誠は少し落ち着かない様子でいた。対してイーダは優雅にコーヒーを楽しんでいたが、見かねたイーダが誠に向かって言った。


「お前らしくないな。少し落ち着かないか」

「ええ、そうですよね。でも気になってしまって……」


 誠は右手人差し指で頰をぽりぽりとかき、イーダの指摘に照れた様子を隠せない。イーダは持っていたコーヒーカップとソーサーをテーブルの上へと置く。足を組み、膝の上に両手を重ねて誠をジトリした目で睨む。


「それよりもだ、お前はいつからテラス様のことを呼び捨てで呼ぶようになったのだ? 一国の皇女に向かって? 幼い頃からずっと一緒だった私を差し置いて? どういうことなんだ?」

「それは……」


 イーダはグイグイと顔を近づけ、誠へガンを飛ばしている。誠はイーダの発する気迫に怯え。顔を背けてしてしまう。


「そ・れ・は?」

「――えっと、テラスと約束したんです。外界演習の時、生きて帰れたらそう呼んでほしいと約束したんです」


 誠は両腕を上げてガードの体制をとるが、予想に反して、イーダの暴力は振るわれなかった。誠が不思議がって腕の間からイーダを見ると、目線を下に何か考えるように口元に手を当ていた。そしてイーダは顔を上げて誠へと言った。


「そうか。できれば……だな、もっとテラス様と仲良くしてくれ」

「え?」


 イーダの言葉は予想の斜め上をいくものだった。テラスから誠を遠ざけようとしていたイーダが、誠に許可を出すことはありえない。誠は目をパチクリさせていた。


「それと、朝食はどうしてるのだ?」

「ああ、朝は時間ギリギリまで魔法の修練してて……食べる時間はあまりなくて」

「少し早めに切り上げるといい……テラス様はいつもお前の分も準備しているんだぞ? 味は保証しないがな」

「え?」

「え?……ってお前。今まで気づいてなかったのか? ルームメイトになってから随分時間が経つぞ」

「そ、そうですね。すいません」


 イーダは呆れたように誠を見た。だが何か納得したのか誠を下から覗き込むよにして見上げる。


「ふっ……そうだったな。一方的に無視して、取り合おうともしなかったのはお前だったな」

「………! もしかして、その時も毎日?」


 イーダは腕を組んで無言でうなづいた。誠は自分のしてきたことの過ちを大きく反省するように、大きくため息をついた。


「ちゃんと………謝らないといけないですね」

「ああ、もちろん。そういえば倭国には土下座、という最大級の謝罪があるらしいじゃないか? ぜひ見て見たいものだ」

「…………そのうち、ぜひ」


 誠はがっくりと肩を落とす。八つ当たりのようにしてテラスを傷つけたのは間違いない。しかし、誠はあることに気づく。妙にイーダがテラスとの仲を取り合おうとすることが不思議に思えた。顔を上げると「なんだ?」というふうにイーダはすました顔で誠見ていた。


「どうしたんですか、急に? テラスからあんなに遠ざけようとしていたのに」

「ふん、気が変わったのだ。テラス様も一人の乙女。恋愛くらいしたい年頃だ。どうせなら好きな男と最後くらいイチャイチャした方がいいだろう?」

「え? 最後って、どういう……?」

「ん? ああ? 気にするな。あ、ほらテラス様から連絡が来たぞ、病室へ向かうとしよう」


 着信を知らせる振動も点滅もない携帯用デバイスをイーダはわざとらしく見つめ立ち上がる。足早にさろうとするイーダへ、白雷は不満そうにイーダへと言った。


「おい、私はまだわっふるを食べきっていないぞ!」

「…………私は先に行く。ゆっくり食べるといい」

「…………む、なんだ?」


 イーダはフッと笑顔を浮かべ、カフェを後にした。その姿を見送った誠は白雷からナイフとフォークをとり、一口大に切ってあげた。白雷はまだナイフとフォークを使いこなせないようだった。


「まあ、今日はまだ時間があるんだし、ゆっくり食べたらいいよ」

「ふむ、そうだな。いただくとしよう」


 ワッフルの上にあったホイップクリームは姿を消し、皿の半分以上を占めるワッフルはぬるくなって、ふやけていた。それでも白雷は美味しそうに口へと運ぶ。むしゃむしゃと咀嚼して口の中のものを飲み込むと、白雷は誠の方を見上げる。


「ん? どうしたの?」

「誠、義妹は何か魔法の心得はあるのか?」


 白雷の質問に、誠は目線を上に向けて考えるようなそぶりを見せるも、特に心あたりがなかったのか、白雷を見ていった。


「いや、魔力はあるんだろうけど、使ったところは一度も見たことない、かな?」

「ふむ、そうか……」


 白雷は首をかしげ、再びワッフルを口の中に放り込んだ。



***


 

 誠たち三人は再び澪の病室へと訪れていた。誠は澪へぎこちない笑顔を向けるが、相変わらずテラスの方を見つめるだけだった。


「澪、テラスと何か話したのかい?」

「…………」


 澪はあいも変わらず、誠の言葉には無反応であった。


「……テラスも、何か話したのかな?」

「……いえ、私も話しかけたのですが…………何も」

「そ…………っか。――うん、テラスありがとう、澪と一緒にいてくれて」


 テラスは膝の上に置いた手に力がこもる。今自分は誠に嘘をついている。否、つかざるを得ない。テラスにはそうするしかなかった。テラスには選択する権利はないのだ。テラスにはそうする以外に道がなかった。


 何も進展がなかったことに気を落とすも、誠はいつものように車椅子を準備し、努めて明るく澪へと言った。


「澪、日差しが柔らかいうちにいつもみたいに…………」

「帰っていただけますか?」


 誠の言葉を遮るように、はっきりと他の三人にも聞こえるように澪が呟いた。皆、一瞬何が起こったかがわからないような表情を浮かべた。


「『人殺し』は、帰っていただけますか?」


 その声はいつも掠れたようにしか言わない澪が、誰にでもしっかりと言葉の意味が伝わるようにと思いがこもった一言。誠は掴んだ車椅子のハンドルを握りしめる。少しだパキリとした音がハンドルから聞こえた。フルフルと震える肩を無理やり抑え込むかのように大きく、だが静かに深呼吸した。


 テラスは澪の言葉に驚き、声も出すことができない。テラスの瞳には、誠が必死に何かに耐える姿はあまりにも辛く映った。

 それでも誠は顔を上げ、澪へと笑顔を向けて微笑む。だが、その微笑みの奥には深い悲しみしか見えなかった。


「……み、澪も疲れたかな? ごめんね。もう休みたいよね。ゆっくり休んでほしい。また何か澪が喜びそうなのがあったら持ってくるよ」

「ま、誠先ぱ…………」

「テラスもありがとう、それにイーダさんも、白雷も。みんなを澪に紹介できてよかったよ。じゃあ、帰ろうか、みんな!」


 誠の不自然な対応に皆が戸惑いつつも、それぞれが澪へ別れの挨拶をする。そうしてゆっくりと病室の扉が閉まる。四人の足音が遠のく。


 澪は膝の上に置いていた赤い表紙の本を開いた。



***



 休日の昼。学園近くの街は昼特有の賑わいを見せ始める。とりあえずということで入ったレストランの四人がけのテーブルで、誠が一人、努めて明るく話をしていた。テラスは先ほどの病院で澪の放った言葉が頭を離れなかった。そう誠が何かを必死に誤魔化すかのようにずっと話し続けていた。

 

 レストランを出た後も、誠はまるで何事もなかったかのように街を案内し始める。テラスは誠の言葉がまるで耳に入ってこない。案内してくれたオススメのお店もブティックも。すべて女性向けのお店だった。誠がテラスたちのために調べてくれたのだろう。一度も男性向けのお店に立ち寄ることもなく。ただただ無理な笑顔を浮かべて。

 テラスにはレストランで食べた食事の味も、案内してくれたお店もすでに忘れてしまっていた。もうそんなことはどうでもよかった。

 

 学園に戻り、イーダとの別れ際、イーダでさえも誠のことを心配するような表情を浮かべていた。寮に帰った後も、誠は笑顔を絶やさなかった。それはいつからか彼が身につけたであろう処世術。テラスは誠の浮かべる笑顔が辛くて直視することができない。勇者として期待されるも結果が出ず悩み、唯一の家族である義妹の言葉も彼の心を追い詰め蝕んでいく。


「ほら、白雷。先にお風呂に入ってきなよ」

「ふむ、それもいいな」


 白雷は誠のことを気にしないそぶりを見せながらも、風呂へと直行していく。誠は白らいを笑顔で見送り、「そうだ」と言って誠は後ろにいるテラスに振り返り笑顔を向けて言った。


「テラスも白雷と入ってきたらどうかな? 僕はちょっと忘れ物をしたからもう一度出ようと思うんだ…………って、テラス?」


 誠は反応がないテラスを不思議に思って首をかしげる。テラスはただ誠を見上げていた。紅い瞳は同情にみち、目尻には今にも溢れ出しそうな雫を携えていた。

 

 テラスは思う。心の中の靴を抑え込み、笑顔を浮かべる誠を見ることが辛くて仕方がなかった。言葉で綻んだ心を紡ぐこともできない、言葉すらも思いつかない。伝えたい言葉もうまく伝えられない。テラスにはその資格が、その権利がなかった。無責任に言葉をかければ彼の心をさらに追い込んでしまう。


 テラスは誠の頭に腕を伸ばし、自然とその胸へと抱き寄せていた。否、そうする他何も思いつかなかった。ただ優しく包み込むように。誠を、抱きしめる。


「て、テラスさん? きゅ、急にどうしたの……」

「…………」


 テラスはその両腕に力を込める。その心が壊れてしまわないように。押し潰されないように。

 強張っていた誠の体も弛緩していき、宙を待っていた誠の両腕はよろよろとテラスの背中へと回されていた。抱きとめられた背中から感じる、誠の両腕から伝わるのは弱々しさ。それは心の脆さそのものなのだろうか。彼の心のヒビを繋ぎ止めていたのものはなんだったのであろうか。

 

 テラスは抱きとめたその右手で、誠の頭の後ろをそっと撫でた。一度だけでなく。まるで慈しむかのように。――何度も、何度も。

 

 どれくらい長い時間がったのであろうか。誠の肩はやがて何かこらえきれなかったかのように震え出す。背中に回された両腕に力がこもり、背中の痛みも彼の悲しみに比べれば小さなもの。次第に誠の肩は大きく跳ねるように上下し始める。聞こえてくるのは彼の嗚咽。押し殺そうとしても聞こえてしまう。誠は力なくその場で膝をつき、テラスも抱きとめたままぺたりと座り込んだ。誠は小さく、それは小さく呟いた。


「なんで……なんで……僕は勇者なんだ……」

「義父さん……義母さん……なんで……ひぐっ……なんで」


 嗚咽する誠をテラスは誠をそっと抱きしめることしかできなかった。なぜ義妹の澪があんな言葉を放つのか、それを注意することもなく受け止め、耐える誠には何か理由があるのであろう。それを知る由も無い。ただテラスは、澪からの約束をただひたすら頭の中でこだまさせる。

 テラスは再び自分の非力さを思い知るのだった。

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