第10話 勇者再来

 永遠とも言えるエネルギーで自らを燃やし、その膨大な熱量から発せられる光は、命を芽吹かせもし、焼き尽くしさえする。


 生と死の、相反する二つを兼ね備える偉大な存在を、この世に唯一生き残った英雄の子孫が、魔力を持って生み出さんとしていた。


 灰色の空の下、そこにあるはずのない無尽蔵とも言えるエネルギーの塊が燦々とその熱と光を発している。


--ピキッ

 

 殻を破る音が響く。次第に断続的にその音が連なり、燃える紅玉からは、ひび割れた破片がバラバラと落ちていく。


 刹那、肌を焼くような熱風が襲い、赤い光が広がっていく。


 光は依然として見る者の目を焼き焦がすような輝きを放っている。その光源の主は、全て焼き尽くす炎を全身に纏っている。大きく広げた一対の翼。羽一つ一つも、焔を燃え上がらせ、羽ばたくその度に、火の粉とともに超高温の熱風を巻き起こす


 夜の前触れを告げる夕日よりも、空を赤く染め上げ、不死鳥はその美しい声を天に向かって響かせた。


 顕現した『勇者の力』。

 

 テラスの生まれ持った、膨大な魔力、魔法の技術、センス。

 

 それら全てを持って生み出された魔法は、他のドラゴンスレイヤーがいかにに努力したとしても到底足元にも及ばない、全てを超越した魔法が目の前に繰り広げられていた。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 テラスの呼吸は荒い。勇者一族の膨大な魔力を持ってしても、その極みに至る魔法を呼び出すことは容易ではない。

 

 凄まじい魔力を放ち、維持し、供給する。

 

 テラスは、ガリガリと荒く削られていく魔力に危機感を感じていた。断ち切れそうな意識に歯を食い縛り、目の前にいるリヴァイアサンをその瞳の中心に捉える。

 

 自分の体が朽ちてしまっても構わない。今背後にいる守るべき人の脳裏に勇者の力が幸福をもたらすことを焼き付けるため。

 

 彼が抱く勇者への負の感情を焼き払うため、テラスは火の粉を舞い散らし羽ばたく不死鳥(フェニックス)へ、海面より姿を現した海龍王を屠らんとするのだが……


 不死鳥(フェニックス)はその姿をグニャリと歪ませ、燃え上がる業火から大きな塊がボタリボタリと落ちていく。

 砂浜は溶岩となって溶け出し、海の水は一気に蒸発していく。砂浜から、そして海から立ち上る水蒸気は、空へと立ち上り、灰色の分厚い雲にさらに積層させる。


 「い、一体……?」


 急激な変化に誠の理解は追いつかない。しかし、リヴァイアサンの眼下へとその姿を晒したテラスの勇姿は、無残なものとへと変わり果てていた。


 掲げた両腕はだらりと落ち、体の両脇には彼女が持っていたはずのレイピアとパリーイングダガーは砂浜へと突き刺さっていた。

 肩は小刻みに震え、膝は笑い、今にも倒れそうな体を必死に繋ぎ止めているかのようだった。


 しかし、終局はあっという間に訪れてしまった。


 灰色の分厚い雲は、暗黒を思わせるような雷雲へと変化する。蓄えられた雨は次第にポツリポツリと降り出し始め、その激しさを増して行く。


 土砂降りの雨は、不死の業火を燃やす不死鳥(フェニックス)に終わりを告げた。

 いびつな姿へと変わり果てた不死鳥(フェニックス)の炎は雨によってその勢いを衰えさる。天に響く美しくも悲しい鳴き声は、やがて余韻を残しながら、不死の存在とともに消えていった。


「テラスさん!」


 テラスは不死鳥(フェニックス)の姿が消えると同時に、プツリと糸の切れた操り人形のように地に膝を着く。力なくへたり込む体からは微塵も魔力を感じられない。


 誠は駆け寄りテラスの背に左腕を回して、テラスを呼び続ける。


「テラスさん! テラスさん!」


 テラスの瞳は赤い情熱の色を失い、弱々しい呼吸が今にも止まりそうだった。拾い上げた腕も誠の腕からするりと落ち、テラスの命は今この時失われようとしていた。


「くそ! くそ! くそおおおおお!」


 悔しさに声をあげ涙をこぼす誠。その一雫がテラスの頰へと伝わっても奇跡が起きることはなかった。人形のように彼女はピクリとも反応を示すこともなく、滝のように降り注ぐ雨がテラスの体のぬくもりを奪って行く。


 誠の鼓膜を伝って海の水が引いいて行くのがわかる。誠は雨で濡れてしまったからか、その音の正体に気づいたからだろうか、彼の背は凍りつく。


 ゆっくりと顔を上げ、その音のする方へと顔を向けた。

 波打ち際の砂浜から勢いよく海水が引いて行き、やがてそれは大きな水の壁と化す。


 濃密な魔力を使って、自然界に干渉する龍族の魔法は、今まさに大きな津波となって押し寄せようとしていた。


 そして、魔力によって生み出された水の壁は解き放たれ、誠とテラス、そして孤島全てを飲み込まんと、轟々と音を轟かせて迫り来る。


 骸へと変化しようとするテラスを抱きしめる。


 過去を繰り返す自分が憎い。また同じことを繰り返させてしまう自らの不甲斐なさをただただ責めた。

 

 勇者の力の顕現の実験が辛かった。それによって失った義両親はもう戻らない。

 

 残された義妹を守り続けてきた。どんなに尽くしても、心を開くことはなかった。


 人を一人も救えなかった。犠牲になった人の家族を不幸にしてしまった。


 そして、これから花を開かせようとする少女の人生を奪わさせてしまった。

 

 --憎い


 誠は憎む。勇者の存在を。そして、自らの存在を。


 誠の声は迫り来る水の音にかき消される。それでもその思いを自らの言葉にのせる。


「だから言ったんだ……勇者なんて、いない方が良かったんだって」


 誠は心を込めて、今まで溜め込んだ思いを、その一言にのせて叫んだ。

 

「勇者なんて……大っ嫌いだっ!」


*** 

 

 突如現れたあるはずもない雲の下の太陽。濃霧の中でもその存在をはっきりと認識することができた。


 強大な魔力が込められた紅炎を発生させる球体からは、不死の存在が現れ、崩れゆく。


 架空の神獣にまたがる『雷姫』は事の重大性をすぐさま認識した。あれほどの濃密な魔力を有するのは、この倭国に現在存在するのは約二人。

 

一人は膨大な魔力を有するもそれを使いこなすこともままならない『役立たず』。


 もう一人は魔法研究最先端のカーマイン皇国の皇女、『紅蓮華(ニルヴァーナ)』もとい、『勇者一族の唯一の生き残り』。

 

 特徴的な赤い髪をした皇女は炎の使い手。ランクAの実力に到達する彼女ならばと、その可能性は否定できない。


 しかし、顕現した『極致魔法』。

 勇者の一族とはいえ、あの若さで到達することは不可能に近い極み。『大魔導』と言われる存在であったとしても、そこに至るのはごくわずかだ。


 だが、それは脆くも崩れ去っていく。幾重にも積み重ねられた雲は灰色の空はその地に闇を落とし、雲はやがて雷を帯び始める。滝のような雨が降り始め、不死の炎にとどめを刺した。


 そして聞こえてきたのは不気味な音。


 この海を支配する海の王が、その小さな炎の使い手を消し去らんと、最大級の災害を持って海の藻屑へと変えようとしていた。


「……っ! 麒麟、急ぎなさい!」


 薫は平静を装ういとまもなく、またがる神獣をさらに加速させる


 電光石火、麒麟の歩みはそこに存在した赤い太陽を目印に、迅雷のごとく駆けていく。頭に叩き込んだ海図を照らし合わせらば、あの二人に与えた課題である舞台の孤島。


 最悪のケースを想定していなかったわけではなかったない。張り巡らせたはずの海中機雷を掻い潜り、この演習海域に侵入した海龍王の存在はありえない。唯一の可能性として考えられる一つの解が頭をよぎる。


『召喚魔法』


 否、薫はそういうことはありえないと頭を横に振る。もしそれが事実だとしたら、テラス以外の『勇者の生き残り』が存在するということになる。


 17年前、勇者一族は謎の終わりを迎えていた。それはテラスが生まれて間もない頃のことである。テラスがなぜ生きていたのかは謎に包まれている。そして2歳という幼さで、その命を救い出したイーダの存在。本来ならばありえない年齢だ。どれだけ忠誠心があろうともたった2歳の子供が乳飲児を抱えて逃げ延びることなどできるはずがない。


 そして、一ノ瀬誠。


 彼の過去の記録は約7年前に起きた事件によって、その全ては抹消されてしまった。そこにいた研究員、並びに義両親は一ノ瀬誠の魔力の暴走によってその命を絶たれていた。さらに遡ること10年、彼の出生の記録はそこから始まっていたという


 一ノ瀬の出生には謎めいている。『発見された』時にはすでに1歳児程度の成長を遂げていたという。関連資料は全て、一ノ瀬の魔力の暴走によって闇の中に葬られてしまった。


 そして時を同じくして始まった、龍族の進撃。『龍の恩寵(アドラシオン)』の出現。


 『17年前』という同じキーワードをどのようにして、パズルのピースのように組み合わせればいいのか、疑問が膨らみ薫の思考はおとぎ話のような仮定を生み出した。


「運命か……宿命か……」


 もしそうならば、その大きな流れはすでに動き出し、もう誰も止めることができないのかもしれない。否、その流れに抗おうものならば身を滅ぼしてしまうだろう。誰もが背負う生まれ持った生き方というのは変えることはできないのだ。


 そう、自分自身も。

 

 薫が思考を張り巡らせ、目的地へと近づいた時、突如目の前を真っ白に変える強大な落雷と、瞬時に空へ轟く雷鳴が、薫の思考を止めた。


『白雷』


 薫はその雷を知っている。否、薫だけではない。その白き雷を知らぬ者は、この世界どこを探したとしてもいないだろう。


 誰もが憧れ、英雄と仰ぎ奉り、龍族の王の王を打ち破った者。

 

 それは初代勇者のみが使うことを許された極致の極致。聖なる裁きを下す刃。


 眼をくらます眩い光と鼓膜を破るような轟く雷鳴は、遥か彼方まで英雄の再来を告げた。


***

 

--開け!


 そう叫ぶ声が聞こえた。


 手に握りしめた鍵が光を輝かせる。七色の宝石はそれぞれの色の光を放っている。


--開け!!


 眼前に迫り来る怒涛。何をしても、しなくてもこの大波からは逃れることはできない。


 ふと、義母の声を思い出す。


『あの子を死なせてはダメ』


 片腕には魔力を使い果たし、虫の息となったテラス。体内に存在する魔力を使い果たせばどうなるかは誰もが知る事実である。


 待つのは『死』あるのみ。


 彼女を救う手立てはあるのか? もし聞こえてくる言葉の通りに『開く』としたらどうなるのか知る由もない。

 否、すでに予感している。テラスを救えることも、自分がどうなってしまうかということも。


--開け!!!


 誠は鍵をかざす。


 その瞬間、世界は時を止めたかのように全てが停止する。


 目の前を塞ぐように現れた大きな扉。なんの変哲も無い、ただの扉。でもどこか懐かしいようで、開ければ『おかえり』と誰かが迎えてくれる、我が家の玄関のような扉だった。

 

 誠はその扉を見て思った。開ければ全てが始まることを、後にも先にも引けないことを。


 誠はその扉に不釣り合いな鍵を、その扉の鍵穴へ差し込んだ。


 --カチャリ。


 鍵をゆっくりと回す。そして扉をゆっくりと開けた。


 扉の先には広がるのは真っ白な景色。いつか見た白と黒の境界の世界に似ていた。だがそこは白一色の世界。

 

 その中央にある無垢の白亜の台座には大きな光。


 慈愛に満ちたその光は誠を歓迎するかのように光だす。


 そして瞬時に理解した。この光ははテラスを救うことができるということを。と同時にこの慈愛に満ちた光を失うことを。


 大切な何かを失うことは辛い。だがせめて、この尊い人類最後の希望を救うことができるのなら……


 --それでも、構わない。


 扉の奥へと進む誠、白亜の台座のそばでテラスを横たえる。上下する胸は微かに動いているだけ。


もう時間がなかった。


 誠は光を両手ですくい上げる。暖かい光は、誠が触れると歓喜の光を輝かせた。


 誠は横たわるテラスの元へと膝を付き、その光をテラスの胸元へとゆっくりとかざす。


 掌からゆっくりとその光を放すと、7つの光のへと分裂する。


 その光はやがてテラスの周りを衛星の如くクルクルと周り出し、次第にテラスの体も輝き始める。


--フワリ。


 テラスの体は重力に逆らい、その体が中へと舞う。意識を失い体が自由のテラスの体はふわふわと、誠の目の前で漂っていた。


 やがて光が激しく動き始めると7つの光はテラスの体の隅々を巡り、テラスの体中へと消えていった。


 光を徐々に失いながら、ゆっくりとその体は地へと降りていく。


 降りてくるテラスの体をその両腕でそっと抱きとめると、テラスからその輝きは徐々に消えていった。


 瞬間、テラスは大きく背を反りあげる。その肺へ、その体の隅々へと空気を送り込むため息を吹き返した。


 テラスの目はゆっくりと開かれ、白一色の世界をぼんやりと眺めていた。


「ここは……。誠、先輩?」

 

 虚ろな瞳で誠を見つめるテラスは、誠の存在を確認するや誠の名を呼んだ。その言葉には少し不安の色が含まれている。


 そんなテラスを安心させるかのように誠は語りかける。


「もう、大丈夫だよ……。疲れただろ? ゆっくり休んでいいから」


「……リヴァイアサンは?」


「ああ、テラスさんのおかげで助かったよ。だからもう、休んでいいよ」


「よか……った」


 笑顔を浮かべ再び目を閉じる。それは母親に抱かれ安心しきった幼子のような表情だった。


 両腕に抱えたテラスをそっと横たえる。


 初めて嘘をついたような気がする。だがその嘘は誠にとって必要なことだった。


 光が消えたときから背後に気配を感じていた。振り向くことが怖くて、気づかないふりをしていたが、それはやがて我慢の限界を迎える。

 

 足が震える。龍族へのトラウマの恐ろしさなど、掻き消してしまうかのような存在。

 

 誰かは言うだろう。希望の光だと。

 

 人は皆、口を揃えて言うだろう。英雄だと。


 だが、誠は違う。

 

 憎き存在。

 

 その根原がその背後にいることを知るが、憎さより勇気が湧いてくる。


 --だが、それは麻薬のように心を惑わすもののように感じてしまう。


『ああ、その感覚は正しい』


 背後にいる人類が生み出した偉大な存在がそう言う。


『誰もが酔いしれ、本質を見失っていった』


 ゆっくりと語りかけてくる方へと体を向ける。


 白銀の鎧。


 鏡のように磨かれた装甲は魔力が発する光を反射する。端々は金色で縁取られ、神々しく輝きを放つ。その鎧全てに詠唱印(イディオマ)が刻印されている。

 

 そして、握られた両刃の大剣。纏った鎧のごとく、誠の姿を映し出し、鍔はは金で縁取られていた。刻まれた詠唱印はその刀身を埋め尽くし、時々、その溝をなぞるかのように虹色の光が発光する。


 しかし、誠はその剣を見るのが辛く、胸が締め付けられるようだった。


 その姿は、知らぬものなど存在しない、人類史上最大の英雄、初代勇者だった。


『それこそ我が力の本質』


「何を言って……」


『また会えたな』


 初代勇者は誠の言葉を遮り、再会を確かめ合う。

 

 誠は初代勇者の発する言葉に眉を顰める。過去にあったことなど一度もない。皆無だ。

 

 なのに不可思議なことを言う目の前の英雄は『また会えた』などととぼけたことを言っている。困惑する誠に構わずに初代勇者は続けた。


『力が必要なのだろう?』


 事実だ。現状を打破するには力が必要だ。圧倒的なな力が。

 誠は悔しさのあまり握りこぶしを作る。


 認めたくない。

 憎しみ恨んだその存在の力を利用することでしか現状を打破できないだろうことは理解している。頭では理解していたとしても、心がついこない。

 

 この力のためにどれだけ自分が苦しんできたか、どれだけ犠牲を払ったのか、思い返すだけで吐き気をもよおすようだった。


 だんまりを決め込む誠に痺れを切らしたのか、初代勇者の威厳極まるその人格が崩壊した。


『ッダァ! なんだよさっきから! 黙り込みやがって!』


「へ?」


 急激な言葉遣いの変化は、さらに誠の理解を遅らせる。


『いい? 目の前見て! 海龍王だよ? 『勇者の力』必要! わかる?』


「え、えっと……」


 困惑する誠に近づき、誠の肩に腕を回し、目を釣り上げて脅すように言う。


『つべこべ言わずにさ、早く受け入れろよ、兄ちゃん!』


 厚かましくも肩を組んできたその男を押しのけて距離を取り、誠は思いの丈を叫ぶ。


「うるさい! 僕は勇者が大嫌いなんだ! 体にあんたの紋章があるってだけで、何度も殺されかけたんだ! あんたなんか、勇者なんかいない方が良かったんだよ! そんな奴の力を使うだなんて……」


 勇者は今までとは顔つきが変わり、子供のわがままを黙って聞く父親のような表情を浮かべて言った。


『……ああ、お前の言う通りだよ、誠』


「は?」


『勇者なんて、いない方が良かったんだ』


 突然憂いを帯びた表情に変わる初代勇者。

 誠は怒りをあらわにしていた表情が崩れ出す。


 勇者は誠に向き直り言った。


『……悪かったよ。全部背負わせてしまって。でも俺じゃ、俺じゃ無理だったんだ』


 勇者は続ける。


『今はそれでもいい、だが受け入れてくれ。勇者の力を、そしていつか解き放ってくれ、『勇者の呪縛』から』


「勇者の……呪縛?」

 

『俺の過去の過ちは、お前しか消し去ることはできない』


「な、なんのこと言ってるんだ! 全然意味がわからないよ! そうやってまた押し付けるのかよ!」


 苛立ちをあわらにして誠は勇者に噛み付く。それでも勇者は続けた。


『いいか、憎しみに囚われれるな。決して自分を見失うな。そして……』


『この世界から『原罪』を焼き払ってくれ……』


「無視しないでくれ! まだ、あんたとは話さなきゃならないことが……」


 勇者はの姿は半透明となった消えていこうとする。誠は去りゆこうとするその姿に腕を伸ばした。しかし、笑顔を浮かべて勇者は言った。


『テラスを頼む』

『そして……世界を救え! 『ニセモノ勇者』よ!』


 その姿が完全に消えてしまう。呆気にとられた誠はただ立ち尽くすままだった。


 すると真っ白な空間が一気に巻き戻されたかのようにその景色は変わり、目の前にはリヴァイアサンの放った怒涛が眼前に迫っていた。


「ちくしょおおおおお!」


 テラスを両手をで抱きかかえるが、もうどう足掻いても間に合わない。誰もが飲み込まれる、そう確信せざるを得ない状況だった。


 何かにすがる思いで誠は、迫り来る大波へと腕を伸ばした。


「うわあああああ!」


 水の壁が、誠の開い掌に触れようとした瞬間。


 幾何学模様の魔法陣が幾重にも展開し、誠とテラスを魔力が包み込む。

 誠とテラスを飲み込もうとしていた大波は、誠のかざした腕を起点に左右に分かれ、轟々と音を立てて流れていく。

 孤島を飲み込まんとする大波は周りの木々はあっという間に飲み込み、根ごと引き抜かれていく。


 幾何学模様の魔法陣は一つの目印を誠の目の前に刻む。何かを導くかのようにその魔力の光を輝かせる。


 空が光る。


 雷雲を切り裂いて、その魔法陣の中心めがけて極太の白い稲妻が落雷し、轟音を打ち鳴らした。


 誠はテラスを庇うようにして彼女をその体で覆う。


 轟々と打ち付けるような音を響かせていた水の音が途端に止む。その音はどこか遠くで、高いところから落下する滝の水の音のように変化した。


 誠は顔をゆっくりとあげ、その変わり果てた光景に絶句する。


 落雷はその怒涛は左右に切り開き、その海に一筋の道を作り出していた。


 それはまるで、一族を率いて魔の巣窟から逃げるため、目の前の海をその杖で割った神話の英雄のように。

 

 地に落ちた雷光は大波を切り裂いたのだ。


 そして誠は気づく。怒涛を、この海を割り、リヴァイアサンの喉元へ刃を突き立てるための道を切り開いた剣の存在を。


『白雷』


 唯一にして無二。初代勇者のみが扱えるという伝説の大剣が誠の目の前に落雷とともに現れる。その刀身は鏡のように磨き抜かれ、まことの姿を打ちし出し、雷をまとい、刻まれたイディオマとその溝をなぞるように七色に光を放っている。


『取れ』


 剣がそう誠へと語りかける。


『主よ、我を取れ。さすれば龍を屠る力とならん』


 誠はゆっくりとその剣の柄を握った。 


 すると、掴んだ手から雷を帯び出し、やがて腕、肩、そして全身へと伝わる。

 

 誠の体を覆う空間が突如無数の小さな正六角形に区切られ、一度その六角形は分離する。その六角形が指先から順に反転し、そこから白銀が姿を表し出す。白銀となった六角形は再び結合しあい鎧となって誠に装着されていく。


 誠は白銀に覆われていくことに驚き、最初は抵抗を見せるものの、いつのまにか誠は白銀に覆われていく。


 子供が読む絵本にもその勇姿ははっきりと鮮明に描かれている。


 白銀のフルプレート。

 両刃の大剣。

 その姿を見紛う者はいない。


 今、初代勇者が再び顕現したのだった。

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