第6話 疑念

 誠たちのクラスはいつもと違う雰囲気を放っていた。焦り、不安、興奮。様々な感情がクラスの中を飛び交い、皆の手には各出版社の新聞をお互いに見せ合い、活躍したドラゴンスレイヤーの話や、龍族の強襲の話題で持ちきりだった。


『リヴァイアサン強襲も倭国第二海上移動要塞半壊。逃走したリヴァイアサンは何処へ?ーーレイノ・ウニド共同通信』 


「最近龍族の活動活発じゃない? 半壊で済んだとか運が良かったよね」


「この要塞って本国から120km程度の距離にいたんでしょ? 大丈夫かな? 私たちも出撃要請が出たりするんじゃ……」 


「リヴァイアサンって、海龍で最強クラスじゃん」


「新型のドラグ・マキナが実装されたって噂もあるぜ?」


「いやいや。ドラグ・マキナは実践配備されたばかりだよ? やっぱりドラゴンスレイヤーが撃退したんだって」


人類は龍族の進撃に備えて高い壁を築いてきたが、ことごとくその強大な力によって打ち破られてきた。勇者により対龍族の戦闘魔法が確立されていき、ドラゴンスレイヤーの登場が龍族との戦いを拮抗させるようになった。

 

 人と龍がお互いに疲弊し400年の休戦状態のうちに、人類は次の戦いに備え、文明文化を発展させてきた。それでもなお、龍族の圧倒的な力には依然、不利な状態であった。

 

 しかし、『魔導機関』開発により、ドラゴンスレイヤーの持つ魔力、そして魔石の持つ魔力が動力となってエネルギーを発生させる機関が人の文明と龍族との戦闘をさらに発展させることになった。

 

 『魔導機関』は人の生活を豊かにすると同時に、龍族との戦闘を大幅に変化させた。

 特に倭国のように国土が海に囲まれて他の国の盾のようにその国土は連なっている。他の国の防衛のため最前線で戦っている。海上戦闘に必要な戦艦、移動要塞はこの『魔導機関』が動力となり、戦闘におけるの機動力が上がったのは言うまでもない。しかし、海上での戦闘は海中、空中にいる龍族の格好の餌食だった。


 しかし近年登場したのが、『対龍戦術魔導兵器 ドラグ・マキナ』である。

 

 空からの攻撃には艦対空魔法により対処をしてきたが、龍族の飛行スピードは亜音速に匹敵し、探査魔法を使用したとしてもすでに、艦上にて攻撃態勢を整えていた。海上の戦闘となるといくら探知能力の高いドラゴンスレイヤーがいたとしても気づいた時にはすでに、戦艦は海の藻屑と化している


 『ドラグ・マキナ』は龍族との戦闘を大きく変革しようとしていた。数多くの制約があるが、その性能は龍族の飛行機動能力に匹敵し、海中にいる龍族の襲撃にも対応が可能となった。


 開発国であるテオフィール国は龍族戦闘の最前線国である倭国とアラム国と提携し、着々とその計画を実行してきていた。しかし此度の三国をまたぐ国家プロジェクトである『バハムート計画』のドラグ・マキナ実装に伴い、必要となる膨大な魔力の持ち主は未だに魔力を使いこなすことができないままでいた。


***


 過去の実験段階では微弱な反応、力の暴走と手におえない状況であったが、今ではその力は安定しながら保たれている。「再生能力」と「身体能力向上」の二つは依然、消失することなく顕現している。


 松葉葵、カトリーナからの一ノ瀬誠の魔力行使プロセスの解析途中経過報告で、『再生能力』顕現の解析によれば、彼の魔力行使プロセスは一切の働きを見せず、魔力が上昇していく反応を見せていたという。魔力の消費ではなく、吸収の現象が発生しているということらしい。


 『身体能力』については、魔力が身体能力に変換されたと見られていた。しかし、一ノ瀬誠の魔力行使プロセスには微弱な反応もしめすことはなかった。

 歴代勇者を見ても、優れた身体能力を持つものがいたが、それでも身体強化魔法を使用している。それすらを凌駕するような身体能力は人類史上初めてのことだ。

 松葉葵はこの時の戦闘映像記録を食い入るように見ているという。高嶺薫へは「何かが引っかかる」と一言残して、研究室にこもりっぱなしということだ。


 そして一ノ瀬に求められているのは圧倒的な破壊力。初代勇者が見せたという天空を切り裂く雷撃魔法に匹敵するもの。龍族を圧倒し、そして最終的には殲滅を実現させるものだ。


 破龍学園理事長の高嶺薫はその能力開発の任を再び任され、松葉葵のバックアップのもと随時、誠の能力開発のアイデアを練っている。


 此度実施されようとしている『外界演習』もそのアイデアの一つに過ぎない。松葉葵の実験の記憶によれば、龍族を前に対峙した時、彼の魔力は大きく反応を示したそうだが、魔法の顕現には至らなかったという。

 戦闘実験で誠が生き絶える前に、その体を回収し、その後の反応を見るなどの、残虐非道な実験では微弱な反応があり、通常の人よりも傷の治りが早いという結果も得られている。この実験より「再生能力」の現象が確認されていた。


 そして、テラスとの戦闘。


 以上の結果から、龍族、命の危機、そして勇者。それらを複合させた環境を作り出すことで、『勇者の力』の顕現されるという仮説を立てた。いかにも単純であり、誰でも思いつくようなことではあるが、ほぼ万策尽きたようなものだ。唯一の希望が勇者テラスだった。 


 テラスの魔力行使のプロセスは魔法の発動と共に魔力消費の反応を示している。同時に微弱な魔力吸収の反応も示していた。同じ勇者なのであれば、その魔力行使プロセスは同じ反応を示すことに合点がいく。

 吸収の反応はドラゴンスレイヤーのみならず、一般の人からもその反応は見ることはできない。共通したその魔力吸収プロセスの解析は未だになされてはいないが、純粋な勇者の血統であるテラスと酷似しているプロセスを踏むということは、誠が勇者であるという事実を裏付ける一つの証明となっていた。


***


 理事長室の中央奥に鎮座する執務机の革張りの椅子に、足を組んで座る高嶺薫の前に立つ一ノ瀬誠は、うんざりした顔で話を聞いていた。聞いているというよりも聞き流しているような様子だった。それに構わず続ける高嶺薫は淡々と話を続けていた。


「それで、テラス皇女様とは最近どうなのかしら? ちゃんと仲良くしてもらわないと国際問題ものになりかねないわ」


「いや、国際問題は言い過ぎではないですか? 一国の皇女と同棲させる方が国際問題だと思うのですけど」


「倭国女王陛下のお言葉よ。全て大丈夫に決まってるじゃない」


「何者なんですか、女王様って?」


 薫は一つ咳払いをする。

 話題が変わってしまい、本題から逸れてしまっては忙しいスケジュールをこなすこともできなくなる。


「それで、あなたは自覚があるかわからないのだけれど、『勇者の力』の顕現についてどう思っているのかしら?」


 誠は一度の薫の言葉を飲み込む。不完全な状態であることは自覚している。歴戦の勇者たち、そして現勇者であるテラスを見れば、自分はかなり劣った存在であることを誰に指摘されなくとも知っている。


 あくまで、勇者の力の顕現の条件は攻撃魔法現象の発生である。もちろん、龍族を屠る能力がなければ意味がないこともわかっていた。


「ええ、不完全であることぐらいわかっています」


 悔しそうに誠は握りこぶしを握り、下唇を噛み締めていた。義妹の澪のこと、結果の出ない腹立たしさ、プレッシャー。そして勇者テラスとの実力差。若い彼の心には大きすぎる負担がのしかかっていた。


 努力を怠っているわけでもない。高嶺薫は彼の座学の成績を知っている。学生では身につけられないような深いレベルの魔法学を独学で習得している。ただの研究の被験体としてではなく、自分の持つ『勇者の力』を顕現させるため、学び続けていた。


 ただ、有効と思われる資料を全て読み漁ったが、誠のように『魔力行使不能症』などという前例は見当たらず、歴代の勇者や、活躍したドラゴンスレイヤーの鍛錬法を用いてもその力を顕現することはなかった。

 一体自分は何のためにこのような不遇を味合わなければならないのかと何度も諦めかけたが、いつも頭の中には自らが招いた家族の不幸が頭をよぎる。責任を背負い、唯一の家族を守るために自らを鞭打った。


 しかし、テラスがこの学園に入学し、彼女と刃を交えてから誠の持つ世界観は変わろうとしていた。

 憎んでいた勇者という存在が、自らの力を引き出そうとしている。その実感は嫌という程に感じていることは否定できないでいた。


 再生の力。超身体能力。そのどれもが異能と呼べるほどの領域に達していることは誰が見ても明らかだった。


 しかし、皆が、そして自らも求めるものは圧倒的な破壊力。龍を屠る力である。生まれ持った膨大な魔力で天を割るほどの雷を轟かせ、全てを焼き尽くす。初代勇者のようなそんな力を顕現させなければならない。


 高嶺薫はだんまりを決め込む誠を見てため息をつき、本題を彼に告げることにした。


「はあ、まあいいわ。今回、女王陛下の計らいで外界演習が実施できることになったわ」


 誠は顔を上げて耳を疑うような声で言った。


「ちょ、ちょっと待ってください。本当に言ってるんですか?」


「あなたも知ってるはずよ。ここは龍族討伐の最前線。そして、最近頻繁に起こる龍族の強襲。一刻の猶予も許されない状況が続いているの。のんびりテラス皇女と喧嘩してる暇ではないの」


 高嶺薫の言葉には少しばかりのトゲがあり、チクリと誠の心に突き刺さる。


「あなたの秘めたる力が人を、倭国を救うことができることを忘れないでちょうだい」


「……はい」


 誠は高嶺に一礼し部屋を去る。去り際に見せた彼の悔しさにあふれた表情からはどうしようもないという気持ちが現れていた。彼が力を顕現させ始めてから、結果が出ないことに幾度となく叱り続けていた。高嶺薫は正直うんざりした気持ちとこれ以上若い彼を追い詰めるような言葉は発したくなかった。日に日に落ち込んでいく彼を見ることが辛く、心苦しい。


 此度の外界演習も一つの賭けでもある。命の危機が彼を追い詰め、その力が引き出されるのならそこに賭けるしかない。そして勇者テラスの存在がさらに相乗効果を生み出すのなら、これ以上ない好条件が揃っているはずだ。


 そう思案していると、ノックなしに理事長室の扉が開く。

 だらしなく胸元が開いた服の上には真っ白な白衣を身にまとい、口にタバコを燻らせて入室してきたのは松葉葵だ。

 彼女もこの学園で特別講師として招かれている。戦闘は専門外だが、魔法に関する深い知識と対龍族戦闘の研究の第一人者だでもある。

 その姿からはそのような背景は全く垣間見れない彼女はタバコを加えたまま、肺に溜まった空気を吐き出して言った。


「あんまり追い詰めんなよ。今にも自殺しそうな顔だったぜ」


「わかっているわ。でもこの世界は強さこそが生存への一歩。弱いものは淘汰されていくの。一ノ瀬はそういう道を自ら選んでいるのよ」


「あれから何か進歩はあったのか」


 葵の問いに腕を組んだまま、首を横に振る高嶺。「そっか」と残念そうに溜息を零す葵は肺いっぱいにタバコの煙を満たして吐き出した。しばしの沈黙の中、薫が葵に尋ねた。


「一ノ瀬の魔力解析はどうなってるの」


 葵は肩をすくめ、その結果を告げる。


「そう……」


 望む結果が得られなかったことを悟り、顎に手を当てて考え込む薫に葵は自らの思いを告げる。


「ただな……」


「ただ?」


「前にも言った通り、あいつの一ノ瀬の戦闘の記録を何度も見返したんだ。何か引っかかるんだよ、何かが」


「何か?」


 薫は彼の模擬戦での戦闘を振り返る。何か特別引っかかることはなかった……。否、見逃すことができないことが一つだけあった。


 テラスの召喚魔法の撃破だ。召喚魔法はその行使者が召喚を解除するか、行使者の魔力が切れるまで、その魔法が解けることはない。

 唯一行使者以外でその召喚魔法を解くことができるのは召喚魔法を維持する『魔核』の破壊のみである。


 勇者一族の者として生を受けたテラスは、その膨大な魔力を持って召喚魔法を発現させているため、そう簡単に魔力切れを起こすことはない。となれば、一ノ瀬誠はテラスの召喚魔法を破壊したとしか言えないのだ。


 召喚魔法のレベルは高位魔法と位置付けられており、その発動プロセスを実行できるものは数少ない。召喚魔法の要となる『魔核』の形成は膨大な魔力を費やし、魔力の供給を同時に行わなければならない。そして一度発現した召喚魔法は圧倒的な戦闘力を備え、他を圧倒する魔法だ。

 

 それを実行できるテラスはさすが勇者一族の末裔と言えるものだが、誠はいとも簡単に弱点を見据え、一閃で貫き破壊したのだ。


「魔核の、破壊……まさか!」


 急に立ち上がる薫に驚く葵はうっかり口からタバコを放してしまった。床に落ちたタバコを拾い上げ、携帯灰皿をポケットから取り出し、火を消した。


「お、おい、どうしたんだよ。急に立ち上がったりして」


「ごめんなさいね。ただ、もしこの予感が事実ならば、私たちは彼への態度を改めなければならないわ」


「なに言ってるんだよ? そもそも魔核の破壊は……あれ?」


 葵も『魔核の破壊』という言葉に違和感を感じ始めていた。


「おい、過去の戦闘資料にアクセスできるか?」


「もうやってるわよ」


 魔力を動力とした端末の画面に映し出された資料を睨みつけ、キーワードとなるその単語を仮想キーボードへと入力する。そして、そこに映し出された戦闘資料を覗き込む二人は呆れたような笑いをこぼした。


「はははっ、マジかよ。そんなことってあるわけないだろ?」


「ええ、信じられないわ。ただ今回の外界実習でその真価が発揮されるようなことがあれば……」


 二人は顔を見合わせうなずき合い、その事実を確かめ合った。


***


学園内では騒々しい雰囲気が漂っていた。なぜなら学園史上初めての『外界演習』がおこなわれようとしていたからだ。


 前代未聞の演習の実施の経緯としてアラム国第三山岳要塞の陥落、倭国周辺海域に出現した海龍族の王、リヴァイアサンの強襲により、さらなる要塞周辺の龍族掃討の必要性と即戦力養成、というのが表向きの理由である。


 下等な龍族を捕獲し、学園内のアリーナで実践戦闘を行うことはあるが、要塞外での戦闘は初めて試みである。

 しかし、真の理由は『役立たず』の力の顕現ためである。一ノ瀬誠、その一人への倭国の投資はすでに数十億を超えている。倭国もその力の発現のために振り回されているのは言うまでもない。


 当の本人は事の重大性を感じつつも平静に装い、その思考を止めることはなかった。今度こそ確実に『勇者の力』の顕現が必要だと感じていた。だが、理事長に呼ばれてから、隠れて魔法の発現を試みるものの、その魔力を使いこなすことさえできなかった。

 『役立たず』と言われ続けても、立ち上がることはできたのは唯一の家族がいるからだ。もう失うことは許されない。必ず実現すると心に誓うも、焦りと不安は募るばかりで、魔力を魔法として顕現することはなかった。


 誰かの足手まといになるのではないか? どうすれば生き残ることができるのか? 今の自分は本当に『役立たず』なのではないか? 誰かをまた殺してしまうのではないか? と気づけば思い詰めるばかりの誠であった。

 じれったさは、余計に彼の不安を助長し、今までに感じた事のない無力感が彼に襲いかかる。


 誠は自分の裸体を鏡に映し、自らの体に刻まれた勇者の紋章をその模様をなぞるように見つめる。こうしてじっくりと見つめるのは初めてかもしれない。

 歴代の勇者の誰よりも色濃く、鎖のごとく誠の体を締め付けるように駆け巡っている紋章は今でも過去の記憶を思い出させる。

 胸の中心には勇者が取り戻したはずの希望の光の紋様があるはずだが、ぽっかりと抜け落ちたかのようにその紋様はなかった。抜け落ちた希望の光を自分の指でなぞり確かめるが、ついぞ現れることはなくだらりと誠の腕は落ちる。


 テラスもまた自室で裸となり、全身鏡の前で自分を見つめていた。いつものシニヨンの髪型をほどき、腰まである長い髪の毛は重力に従って下へと伸びている。お風呂上がりでしっとりとした赤い髪はツヤを増し部屋の明かりを反射していた。

 目を閉じ魔力を込めると、それに応えるようにゆらゆらとその赤い髪は炎のように揺らめく。そして胸の中心に現れる勇者が取り戻した希望の光の紋章。そして、その光をなぞり自らの決意を確かめるが、鏡越しの自分の顔はどこか不安げである。


「しっかりしろ、私」


 まことの焦りを、同棲しているテラスも感じ取っていた。誠が庭で魔力操作の基本中の基本の訓練を必死になって行っていた姿をいつも見ていた。彼の身体能力の恐ろしさは身をもって知っている。しかし、それだけでは龍族の前では無力なのである。

 

 小さな子供でもできる魔力の基本訓練さえもこなすことができない誠を見て、何度もアドバイスをしようとしたテラスであったが、彼が余計に自分のことを嫌ってしまうのではないかと、考えてしまう。

 

『勇者なんていない方が良かった』


 何度も頭の中でこだまし続けていた。


 これ以上、嫌われたくないーー勇者として何かしてあげられることがあると思いつつも、結局自分のことしか考えていないと気付き、影からその後ろ姿を見守るだけで、なんとも歯がゆい思いが募る。そして自ら勇者としてふさわしい振る舞いができない愚かさを責めていた。

 

 従者であるイーダもその様子を見かねて、テラスを慰めようとしたが「私は勇者であるべきだったのでしょうか?」と自らの在り方に疑問を持ち始めていた。


 若い二人の心はいつにも増して弱気を保ったまま、外界演習の日を迎えることとなる。

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