第5話 決着
「ウラァ! ウラァ! ウラァ!!」
前を走るミズキは、狭い路地で樽やらゴミ箱やらをひっくり返す。妨害工作のつもりだろうが、足下に勢いよく転がるそれらをジーンは鎖で一撃で粉砕していく。怒りのこもった鎖は障害物の原型を一撃で保てなくさせた。
ハアハアハア。
ミズキは息を荒げ必死に腕を振るい逃げる。ミズキが勝負を挑んで走り回ってから数分。ミズキとの距離は明白に縮まっている。何倍にも増幅した鎖のついた右腕の重みが、ミズキの体力を如実に奪っているのは確かであった。
「どうした!! 逃げることしかできないのか!!」
ジーンはいつもの調子で挑発を試みる。しかしミズキは挑発を無視し、障害物を狭い路地に散らばせながら駆け抜けた。
「まだなにもコピーできてないんだろどうせ!! 鎖貸してやるから、正々堂々勝負してこうじゃねえか!! ミズキィ!!!」
太陽の斜め前からの陽射しが狭い路地に逆光で入る。ミズキは路地から抜け出し、左右どちらかに移動した。光に目が眩みつつも数秒遅れでジーンも路地を抜けた。そこは、誰もいない閑静な住宅街だった。辺りを見渡してもミズキの姿は見当たらない。
少しだけ前を走っていたミズキを見失ってしまった。
「かくれんぼかぁ? 舐めてんじゃねえぞお!!」
鎖を思い切り民家に叩きつける。熾烈な音と共に家一軒が一撃で崩れ落ちる。そしてまた、ジーンはその隣の民家を一撃で原型を鎖で無させ、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「よーし、乗ってやる。ただし、早く出てこないとコレみたいに」
また、その隣の民家ぎジーンの鎖によって一撃で粉砕される。
「粉々になるぜ」
そしてまた、一個ずつ的確に隣の民家を一軒一軒損壊させていく。
住宅街の民家は何百軒も一直線に路上を挟んだ右と左に、ずっしりと構える門番のようにそれぞれ立ち並んで固まっている。普通に考えて、一軒一軒潰していくのは効率的とは程遠い行為だが、そこをあえてジーンは一つ一つ潰していく。
民家が一軒潰れる度に、閑散とした町で情けない木の軋む音と崩れる音が儚く響く。土埃を鬱陶しく払い、また次の一軒に狙いを定める。
「こう見えても、昔からかくれんぼは得意なんだよ」
ジーンは次の民家の前に立ちはだかり、唇を舐めた。
#封鎖__チェーンロック__#には限度がある。いくら増幅するからといって自分の体重よりかはそれ以上重くならないという欠点がある。しかしそれでも、ジーンの体重は七十を超える。七十キロの鎖が右腕に絡まっていれば、ミズキほどの柔な体ならばまず動けるはずがない。だが、ミズキの右腕に巻かれている鎖はその半分ほどの重さでとどまっている。
聖職者には能力の限度がある。ジーンの限界は体重分以上の鎖は生成できないということだ。
「ここだな」
ジーンはニヤリと笑い、その家のドアノブを握った。そしてすぐに離した。簡単すぎないか、とジーンは警戒する。
知っているミズキは貧弱でのろまで気に入らない奴だ。しかし、ミズキは時に思いがけない発想と奇策を巡らせることがある。ジーンはその時の記憶を呼び起こした。こんな簡単にミズキを捕まえることができるのか疑問に思った。あまりにも簡単すぎないか、と。そして、ミズキが逃げるときのあの目はまだ死んでいなかったことに違和感を感じた。
ジーンは自分の鎖であればどこにあるかが大体の位置を把握できる。確かにミズキの右腕に絡まっている鎖はこの民家を指している。ジーンの鎖は鉄製でまず切られることはない。
外せるわけがない。
ジーンは再びドアノブに手を伸ばし、握った。
「俺を侮っちゃいけねえよ」
何かしらの罠が待っている可能性は大。そのまま民家を壊すのは容易。だが、それこそが他に油断を招かせるための罠かもしれないと思考を最大に巡らせ、そしてふと、ミズキの考えが理解できた。
鎖、知り合い、木屑、民家、挑発、逃走、火花、信用、コピー、聖職者、獣人、弱点ーーーー。
答えは、簡単に見つかった。
ジーンはドアノブを捻り、ドアを開いた。顔面にブワッと何かがぶつかる。煙か。中は長年ためた埃が全て家中に舞ってるのかと思うほどに、視界が不鮮明にぼやけていた。霧がたっていることを彷彿とさせる。そして、気づく。
木屑だ!
次の瞬間、ジーンの目は一部始終を捉えた。
ミズキがその奥で左手に持ったナイフをふり上げたのを。
そのナイフを自分の右腕に絡みついている鎖に振り下ろしたのを。
その一瞬火花が散ったことも。その一瞬で部屋が炎に包まれ爆発したことをッッ!!
「ウオオオオオオオオォォォォォォ!!」
民家一軒が吹き飛び爆発した。ジーンを、そして当然、ミズキすらも巻き込み、さらにはその隣の民家にまで爆発の威力は行き渡った。民家の支柱や瓦や小物類が辺りに風圧で散らばり落ち転がった。パラパラと木屑と土埃は雨のように降り注ぐ。
爆発に巻き込まれたミズキは路上にゴロゴロと転がり、仰向けになった所で爆発での吹っ飛びの衝撃の勢いは止まった。全身から少なからず煙が上がっている。焼けたのだ。火傷は軽症じゃ済まない程度だ。呼吸をするのすら辛いものを感じる。
「ハァ……ハァ……ハァ……やったか…………」
ようやく呼吸が落ち着き言葉を発した。手応えを感じていた。そう確信していた。だがーーーー。
「フハハッ…………フハハハハハハハッッ!!」
「……まじ、かよ…………」
土煙が未だに上がるその奥の爆発して粉々になった民家から、ジーンは盛大に笑い声を発した。
「勝ったと思ったか。殺したと思ったか。…………これがお前の、奇策ってやつか」
土煙を片手で振り払う。その動作はまるで、自分はピンピンしているぞと強く表現しているようであった。
ジーンは廃材となった民家の残骸の山に、片足を乗せた。ジャララララという鎖同士のぶつかる音とともに、廃材が割れる音が響いた。
「#鎖の世界__チェーン・ワールド__#」
ミズキは目を見開いた。ジーンの体は隙間なくチェーンに覆われていた。それで爆発を間一髪で牽制したのだろう。
ジーンは読んでいた。ミズキの次の行動の一手を。
ここまで来る途中、昨日のドンリザードを軽装化するために捨て去った荷台から溢れる木屑が無くなっていることを訝しんだ。ジーンは考えるのをやめ怒ったふりをしながらミズキを追っていた。その最中はまだ思いついていなかったが、ミズキがいた民家の前のところで閃いたのだ。粉塵爆発。
火花という伏線、木屑という伏線、わざわざ住宅街の一軒の密室の民家を選んだという伏線に、ジーンは気づいてしまった。ドアを開ける前、鎖で全身をくまなく覆い巻けるように警戒をしていた。それが功を奏し、身を守った。
ジャララララジャララララ。
金属音を立てながらミズキの元へ歩み寄り、動かなくなった体に足を乗っけた。ミズキの悲鳴はとても儚げなものだった。
「残念だったな遺憾だったな。道連れを利用した粉塵爆発は、案外面白い発想だったが、こんな感じに終わっちまったな」
「グッ…………」
「オラッ!!」
「……グアッ!」
横っ腹に全身に鎖を巻いたジーンの重すぎる踏みつけが、見事に肺を圧迫させるように入った。
「昔からそういう機転は効くやつだった。信じてたぜえ。何かを仕掛けてることくらい。まんまとばれちまったけどな」
「俺は……」
「お? まだ喋れるのか。家の中での大爆発を直で食らったってのに……伊達に名目上は聖職者だ」
グリグリとひどい火傷を負った腹部に、ジーンは足を擦り付ける。鎖の重さがさらに言葉にできない痛みを増幅させた。
「俺は……冒険者に、なって……」
目一杯歯を食い縛る。そうしていないと意識が簡単に飛んでいきそうだった。火傷の痛みとジーンの重みの痛みと擦られる痛みに耐え悶えながら、地面の土を強く握る。小さく住宅街に吹く風すらも、疎ましく思えた。痛みが全身を鞭打するようだ。
「聖職者、全員の能力を…………コピーするのが、夢だ」
「……ハハッ…………アハハハハハハハッッッ!! まだそんなことほざいてたのか!! 一つもコピー出来てないくせに、夢だけは達者だなぁ、おい」
「ナシチは……最強に、なれるやつだ。こんなところで死んじゃ…………いけない……」
「ナシチィ? ああ、あの化け物のガキか」
「あいつだけは、助けてやらなきゃ……ダメなんだ…………ッ!!」
「助ける? なに寝言言ってんだ。頭まで爆発したのか?」
ミズキは目一杯に歯を食い縛る。ギリギリギリと歯が擦れ軋む音が口内に伝わる。が、その痛みより全身の火傷とジーンの踏みつけの方の痛みの方が増していく。意識が半分虚ろになり始める。
ミズキは片腕を前に出し、ジーンの鎖で巻かれた片足をつかんだ。体中で比較的被害の少ない右腕で。
その右腕にはもう、鎖は巻かれていない。
「…………なんだ?」
「自分の能力の限度を知っておくんだったな…………」
「限度? そこからなにをする気だ? あいにく、俺は自分の弱点は知ってる。電気、熱、サビ。今のお前には、俺に弱点をつけることはでき」
「案外、鎖って重いだろ?」
「何言ってやが…………ッ!!」
ジーンは目を見開いた。
ミズキは大気中に舞った土埃を気にもとめず、大きく息を吸い、叫んだ。
「ナシチ今だ!!!! 逃げろ!!!!」
瞬間、ナシチは怒りの形相で遠くから一歩で跳躍し、一瞬で飛んでジーンとの間合いを詰め、
「ウオオオオオオオオオオ!!!!」
思い切り蹴り飛ばした。
全身を鎖で巻かれたジーンはけたたましい音を引き連れ、民家に一瞬で吹き飛んでいった。ジーンに覆いかぶさるように民家は崩れ落ちた。華奢な体からは思い描けないナシチの底力に、ミズキは唖然とした。獣人がどれほど力を重んじているかが伺いしれる。
一瞬の出来事に、意表を突かれたミズキは痛みを我慢することを忘れてしまった。痛みにそこを突かれ意識は本能的に遮られる。そんな中、納得した。この勝負は勝ちだと。
武士の甲冑の反動のダメージは地面がほぼ全て吸収すると本で読んだことがあった。そして、吸収する地面がない空中では、反動の衝撃は全て純度百パーセントで中の人が受けるのだ。あの中身は、一体どうなっているのだろうか。想像することすら悍ましい。
ナシチは叫ぶ。
「逃げるわけないじゃないですか!!」
ジャララララ。ジーンの体に巻き付いていた鎖が次第に解けていく。一発KOかよ……。そう思った直後、民家に押しつぶされたジーンはむくりと起き上がった。
「そういう手があったか…………。さすがに……俺じゃなきゃ死んでた」
「フンッ!」
ナシチは鼻を鳴らした。なぜ生きているのか不思議だった。しかし、それはジーンが吹き飛ばされた先までの道にあいた直線が、なぜなのかを物語っていた。ジーンは飛ばされる直前、複数の鎖を地面に突き刺していた。それでも吹き飛ばされる勢いは止まることはなかったが、鎖の振動はいくらか地面に吸収された。
「危険だ……お前は、非常に危険だ。殺してやる」
瓦礫から抜け出したジーンは、咄嗟に手のひらから鎖を出現させ飛ばした。ミズキの元へと。
「相変わらず汚いやつです」
「…………ナシチ」
飛び出た鎖はミズキの鼻先まで一瞬で間合いを詰めたが、それをナシチが片手で払い飛ばした。
「ハハッ……ほんと。いつの間にそんな仲良くなったんだ」
ジーンは笑い髪をかき上げる。体中は傷だらけで立っているのもやっとなのにもかかわらず、ジーンは余裕の笑みを浮かべている。
ガクッと突如ナシチは膝を曲げた。地面につきそうになったところで、ナシチは歯を食い縛る。
「ナシチ……逃げろ」
「バカ言わないでください」
「どうしてだ。もうお前は戦える体じゃないだろ」
ジーンの鎖がまた一つ二つとミズキに襲いかかるが、ナシチはミズキの正面に立ってそれらを払い飛ばす。
「五日間袋叩きにされて、ロクに飯も食ってねえお前が……あいつに勝てるわけーー」
「自分がそんな目にあってるのにぼくに逃げろっていうんですか!」
ミズキの言葉を遮りナシチは叫ぶ。ジーンはそれを見て遠くからあざ笑う。
「何を言われようが、ぼくは逃げませんよ。ミズキをこんなところに置いて行くことなんて……死んでもしません」
「じゃあ、死ね!」
ジーンは鎖を左右に立ち並ぶ民家にグルグルに巻き付け、それをばねにしてナシチとの距離を一瞬で詰めた。思っていた以上の速さに意表を突かれる。ジーンは拳にチェーンを巻きつけナシチの顔面をぶん殴った。痛ましい鈍い音がなる。が、
「あぁ?」
ナシチはその場でよろけるだけで、吹き飛ばなかった。口から唾を地面にペッと吐き出す。唾は赤黒かった。
「ぼくは、最強になるんです」
ナシチはジーンの腹に拳を叩き込んだ。ジーンはよろける。だが、倒れはしなかった。
「#鎖の世界__チェーンワールド__#!!」
先ほどと同じようにジーンの体中に隙間なく鎖が巻かれた。鎖で巻かれた両拳を叩くと、鈍い金属音が響いた。
「なら、勝ってみろ。この俺を超えてみろ」
「ナシチ!!」
ミズキは叫んだ。ナシチはジーンの鎖で巻かれた拳で吹き飛ばされるが、地面から足は離れない。ジーンはそのナシチに拳を遠慮なく叩き込む。
確実に、ナシチを仕留めるつもりでいる。ナシチは体中から血を流血させたまま、殴られ放題になっている。時々繰り出す殴打は、重厚な鎖で巻かれたとは思えないジーンの俊敏さによって回避される。
「まずい……まずいまずいミまずいまずい」
ミズキは歯を食い縛る。
何か方法はないのか。何か手はないのか。何か穴はないのか。
考えひたすら脳をフル回転させるも、現状の打破は何も思いつかない。ミズキはイラつきで拳を地面に叩いた。
「くそっ……」
右腕はジーンの鎖のおかげで体の中で比較的には傷を負っていないが、右腕だけでは何も出来ないのは明白だ。その間にも、ナシチは鎖の拳を体に叩き込まれていく。
何かないか何かないか何かないか何かないか何かーーーー。
途端、閃く。
ミズキは大きく息を吸い込む。肺が粉塵爆発のせいでヒリヒリと痛むが、今は気にしていられなかった。
「ナシチ!! そんなんでお前が、最強になれっかよ!!」
「ハハッ」
ジーンは笑い、ナシチに拳を叩き込む手を止めない。
「死にそうな顔すんなら、お前が最強を語るな!!」
「ぼくは…………」
ナシチはジーンの猛攻から距離をとり、ミズキの正面に立った。目の前にフラつく足が映る視界に、ミズキは心を痛めたが、
「ぼくは!! 強いんです!!」
「言うじゃねえか。そんじゃあ、終わりとしよう」
ジーンとナシチは互いに距離を縮めていく。
「#鎖の世界__チェーンワールド__#!!」
「超えてやる!! 超えてやる!!」
ジーンの鎖の拳がナシチの拳とぶつかる。瞬間、大気がビリビリと揺れる。ナシチの拳からは血が噴き出す。第二撃第三撃と拳同士がぶつかり、両者の殴打が熾烈に大気を揺らす。
「やれ! ナシチ!!」
ミズキがやれることは、ナシチを鼓舞することだけであった。最強を否定されればナシチは幾らか怒りを覚えるはずだという予想が見事に当たった。しかし、ナシチの拳はジーンの拳と重なるだけだ。それに対してジーンの拳はナシチの顔面も腹部も胸も、的確に徐々に捉えていく。ナシチの拳に対してジーンの鎖の拳はふた回り以上も大きい。その上、生身のナシチは拳をくらう度に血をいたるところから飛沫させる。
状況は最悪だった。だが、ミズキは予想通りだと思った。
「勝て!! ナシチ!!」
ナシチの拳がミズキの言葉を合図に少しずつジーンの体に当たっていく。やはり、思った通りだ。ミズキは思う。
限界がきたのだ。ジーンの拳はだんだんとそのスピードを保てなくなっていく。当然だ。鉄の鎖を体中に巻かれた状態で動き回るなど、どんなに鍛えていても限界がくるに決まっている。鉄の重みは筋肉の動きを鈍くさせ、その分使われなくなった筋肉は硬直していく。一打打つ度に辛いだろう。ミズキは歯を食い縛り、口角を上げた。
ナシチの殴打のラッシュがジーンを圧倒しきる。
「ナシチ!」
一瞬の隙をついてナシチは血まみれの拳を強く握って、大きく振り被る。
「お前はーーーー」
「ぼくはーーーー」
ナシチの拳が、鎖で覆われたジーンの腹部に熾烈な音を立てめり込んでいった。
「「最強だ!!」」
ジーンの全身の鎖が解け、ジーンだけが民家に激突した。
勝った。ミズキは安堵した。瞬間、その一瞬の安堵で全身に爆発の時の痛みが蘇った。気を抜いていたのは一瞬だ。それでも体は、痛みを思い出した。
「ウオオオオオオオオオオォォォォォ!!!」
ナシチの馬鹿でかいはずの雄叫びも全身の痛みのせいで、意識と一緒に薄らいでいく。最後まで聞いてやりたかった。が、もう限界だった。
ミズキはフッと微笑んだ後、意識がなくなり力なくその場に倒れこんだ。
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