第4話 処刑
「ミズキは……聖職者、なんですか」
「あぁ、そうだよ。お前の嫌う聖職者だ。弱いけどなあアハハハハハハハッ!!」
ミズキの代わりにジーンが答え、笑い出す。
ジーンとの過去の悲痛な記憶が、ミズキを震えさせた。お腹を押さえ畳むようにして体を丸める。
ナシチは聖職者という言葉に反応し、鋭い歯を露見させて歯を食いしばっている。
「せっかくお友達になれたのに残念だ。感動したぜ。ハハハハハハハッ!!」
ジーンは盛大に大口を開けて笑い、吊るされたナシチだけを集中して鎖で叩きつける。鎖と鎖がぶつかり火花が散る。それほどまでに熾烈に速く、そして力強くナシチは鎖で叩かれ続けている。
「ウゥ……」
ナシチの瞼は腫れすぎてもうほとんど開いていない。視界がジーンを捉えているのかすらも判断できないほどに。口内からの流血は激しくなる中、それとは反比例してナシチの呻き声は段々と小さくなっていく。
ジーンは動かなくなったナシチへ攻撃の手を止め、うずくまり震えているミズキを蹴って無理やり仰向けにさせた。頭を抱えようと手で覆うことよりも先に、ジーンの足底がミズキの頭に押し付けられた。
「イッッ……ごめんなさいごめんなさい。俺の負けだごめんなさい」
「惨めだなぁ、ミズキ」
ミズキは涙を流し細かく震えている。ジーンに対するよっぽどの恐怖がミズキから勇気も気力も根こそぎ奪っていった。
「十秒だけ時間をやる。失せろ」
「……えっ…………?」
グリグリとミズキの頭を踏みつけた後、蹴飛ばすようにして足を離した。
「早くしろ。十……九……八……七……」
「えっ……!?」
途端に始まったカウントダウンに戸惑いつつも、ミズキは鞄を持って震える足に鞭をうち、途中で何度か転びながらも廃墟から姿を消した。
「ミズキ……」
「クハハハハハハハハ!!」
ナシチの呟きはジーンの爆笑でものの見事にかき消された。
「人間ってのはそういう生き物だ。何でもかんでもすぐに鵜呑みにしちゃう単細胞な獣人ちゃんじゃ、人を疑うことができなくて残念だなあ」
ナシチの縦に長い耳が飾り毛とともにゲンナリと萎れた。
「俺が必ずお前を助けてやる! だから、俺を信用してくれ……だってよ…………どうだ? 今の気分は。裏切られた時の気持ちを、一言一句俺に説明してくれよアハハハハハハハッッ!!!」
「……ヒッグ、ウグッ……やっぱり」
「やっぱり、なんだよ。その続きを教えてくれよ!! やっぱり? やっぱり??」
盛大に大口を開けて笑うジーンは有頂天だ。それもそのはず。ジーンの趣味は人が悔しがる姿を見ることだ。今のジーンにとって、最高に気持ちの良いことが目の前で起こっているのだから、心底快楽が湧き出ているのであろう。自分の用意したレールの上で起これば尚更だ。
ナシチは下唇を強く噛んだ。犬歯が深く肉に突き刺さり血が溢れる。パンパンに腫れた瞼の下にある線のような眼からは、目頭と目尻の両端から涙がボロボロと顔中を濡らす。
「…………やっぱり……ウグッ………………まだ、裏切られだあ……」
「クッ……アハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!! また泣くんだもんなお前は!! なんて能のない馬鹿なんだ獣人は!! 信念の骨がグニャグニャじゃあ、いくら夢を掲げても虚しいだけだ。お前が諦めなくても、他の奴らはお前とは違う。テメェの背中はテメェで守るしかねえんだよ脳筋! 信じるだけ無駄。圧倒的な力の前じゃ、本音がズル剥けだ。お前の弱点は、一人だ。アハハハハハハハッ!!」
腹を抱えるほど笑った後、時間をかけてゆっくりと冷静を保ち始めた。その間にもナシチの目からは涙が溢れ続けている。
ジーンは手のひらから鎖を出現させ、それをブルンブルンと空中で回し始めた。
「脳筋獣人にはもう飽きた。木の実のやつは必ず後で追いかけてぶっ殺すが、まぁ、だいたいストレスも発散できたことだ。そろそろ終わりとするとしよう」
「……ウッ、グッ…………」
空を切る音が次第に大きくなってペースが早まっていく。廃墟に溜まった砂埃が風圧に負け始める。腰を落とし、鎖をナシチの首元めがけて狙いを定める。
「死ぬ前に、聞きたいことが二つある。リーチって化け物に、聞き覚えはないか?」
ナシチは動かない。ただ涙を流すだけだ。
「そうか。なら、最後の質問だ。お前は、氷の聖職者クローリムと接点があるのか?」
首を振って否定したところで死ぬことは変わりないが、聞き覚えのない名前に、小さくだが小首を左右に動かした。
「どうやら俺の、見間違いだったらしい」
縦に回転をしていた鎖が一瞬だけ空中で動きを止め、その遠心力のすべてと全体重を乗せて、ジーンは鎖をナシチの首めがけて横一直線にーーーーカランカラン。
「ん?」
ピタリと鎖は宙で止まり、鎖の先端がナシチの頬を掠り肉を軽く抉るだけでとどまった。
「なんだぁ? 木の板?」
どこからか床に落ちた木の板を拾い上げると、再びカランカランとジーンの手前に木の板が落ちた。廃材だ。
方向的に廃材は投げられたものだ。ジーンが壊した扉の入り口で、ミズキは鎖が巻かれた右腕をだらんとさせており、左手で最後の廃材をジーンの下に投げ入れ、叫ぶ。
「俺と勝負だセグンダ・ジーン!! 雪辱の数々を今!! お前のボンバーヘッドに叩き込んでやるぜ!!」
「なに?」
ミズキはジーンの返事を待つことなく素早く廃墟から走り出て行った。ジーンは拾い上げた廃材を握力だけで粉々にし、そこらへんに放り投げた。頬が引きつる。
四方八方に毛先が伸びた髪を、額から頭上に向かって滑るように撫でた。
「どうやらまだ、一人じゃなかったようだな」
手のひらから鎖を出現させ、それをブンブンと空を鈍く切る音を奏でながら振り回した。
「あいつだけは絶対に殺す!!」
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