8-E

 午後2時13分、その頃の摂州は全体的に異様な緊張感に包まれていたと言われている。

 そんな中、まず最初に災厄の始まりを感じ取ったのは、震源の直上震央にあった畑とそこで何時ものように野菜をとっていた老人だった。地面とその上の物達はまるでトランポリンのように跳ね上がり、老人は植えていた大根が地面から飛び出すのを見た。

 地面が土をあちこちに噴き出しながら戻り始める頃には、押し波は畑を見渡せる家に達し、地面と共に家を押し上げていく。


「ひーー」


 中でテレビを見ていた老婆が悲鳴を上げるより前に、想定しても対処出来ないであろう歪みに限界を迎えた家が畑に近い方から崩れていった。

 そして、震源に一番近い地震計に達する頃には、既に数多くの和風の家々を同じような結末に導いていたが、その波の高さは急速に低くなっていく。

 だが初期と呼ばれるその揺れの余波がある中で、本番の揺れが襲いかかる。


「お゛っーー!?」


 震源の近くにいた電車の運転士は、地面と共に線路が波打った直後からブレーキをかけ始めるが、この主要動が真横から来た時に片輪が外れ、そして横に傾き始める。

 一方、その列車が走る路線の始発駅はというと、縦揺れよりかは横揺れの方が強く、最初に引っ張られた方へと人も物も転んでいく。

 まだマグニチュードが6・6と小さかったものの、震源が浅く、また古くからと新しい街の狭間の辺りで起きたため被害は規模の割には大きくなった。


「に、西猪名市で地震!」


 その被害が拡大していくのを防ぐのが行政なのだが、近代では初めての直下型の大地震にすぐさま対応出来たかというとそれは怪しかった。

 この前震と後の本震によって耐震基準が全面的に見直される事になったのは有名だが、その際に近畿地方一帯で問題となったのが行政施設の耐震性だった。

 その疑問の端緒になったのが、この前震の直撃を受けた市役所で、一連の地震の中でも屈指の悲劇が起きる事になる。


「くっ!?」


 その西猪名市の市役所の職員は最初に大きく横に揺さぶられ、座っていた者の中でも真っ白な床に投げ出される人もいた。

 そして横揺れによって人々は翻弄される事になるが、物も凄まじいそれに揺さぶられた。


 つまり。

 市役所を支える柱達が破断したのである。


 その時、3階にいた人々は永遠のようにも感じた揺れが収まりかけた直後のからの轟音に更に身を固まらせるが、一部の人は天井から落ちてきた諸々に打たれる事になる。

 6階の部屋で決済をしていた女性市長は、過呼吸を起こすが、そばにいた秘書によって助けられ、彼に支えられながらカーペット越しでもわかるほどの亀裂に気を付けながら廊下に出る。


「し、市長!」


 その2人に走ってきたのは、秘書課の職員の1人で、スーツの右腕の所が肩まで千切れていた。


「どうした」

「ご、5階が無くなっています!」


 その報告に、市長はまた過呼吸を起こす。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 西猪名市北西部で起きたマグニチュード6・6の地震は、市役所の近くの地震計で観測された震度7を筆頭にして西は広島、東は松本まで揺れを観測するほどの規模だった。

 被害はその西猪名市を中心として周りの町にもあったが、市役所の5階部分が4階に抜け落ちるまでの激震には見舞われなかった。


『こちら西猪名市役所上空です! 本震を一部壊で耐え抜いたものの、余震で全面壊する危険性があることから、災害対策本部は市役所の隣の体育館に移されました!』


 この地震を受けて、態勢を整えていた州知事はすぐさま国に支援要請を出し、国も円滑にそれを了承して全ての関係機関に通達し出動させる。

 被害を拡大させる要因になる火災は、昼飯と晩飯の合間だったという事と、広がっていたデマに食されて使っていた数が少なく何時もより気を付けていた事から少なかった。

 しかし、猪名川の河口付近にあって地盤が弱かったり山間部も多い西猪名市の被害は、すぐに駆けつけれたとしても大きく、数多くの安否不明者が出ていた。


 そして、後に『西猪名地震』と呼ばれる地震によって急激にアクセスが増えたために繋がりにくくなったネットに、午後5時23分に新たな情報が貼られる。


『24時間後±3時間 M7.5M7.8 大阪湾有馬高槻断層帯』


 という、新たな予知情報が。

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