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 神戸の北側を東西に伸び、神戸を特異な町にした六甲山地は、色々と観光資源として活用されている。なので、それらと下町を結ぶ交通網も何かと発達している。

 私達は三宮駅に戻り、平日なのでもちろん休日よりかは頻度は少ない直通バスに乗り、ある駅の下に着いた。バス停のすぐ前にある石段をのぼり、バスの中で買えた共通キップを駅員さんに渡す。片側の真ん中の所に穴が開いた状態で返してもらい、そのまま左右をホームに挟まれているケーブルカーに乗り込む。

 車掌さんがドアを閉めてケーブルカーは出発し、多くの外国人の家族連れが乗る車内に英語の機械の音声が流れる。それは右から左に聞き流しながら、5分間外を見続ける。それは、次の の時も一緒で、家族連れの大人からは優しい目や応援する目で見られた。


「やっぱり兄の進路選びはおかしいですね」

「かしら?」

「本の虫だったのに警察、しかも特高に入った。部長さんは『これといった切っ掛けは無かったらしいね』と言ってましたが、澁谷さんと会ってみて改めてそう思いました」

「私?」

「はい。部長さんと同じく『普通の警察』を恨んでいるような瞳をして、三宮駅の警察官を見ていました」

「……洞察力もジュンに似てるわね」

「ありがとうございます」


 東洋の神秘とも称される夜景が見下ろせる展望台やそれに程近い外国通貨も対応の市営遊園地には脇目を振らず、大きな道路の歩道に入り、静かに歩いていく。

 少しすると『←龍巣』という看板が見えたので、所々で草が生えている普通の山道となっている脇道に入る。


「ここは、初めてですか?」

「ええ」


 崖の一部を崩して出来た道は、突然ぱったりと途切れ、代わりに工事現場とかでよく見かける黄色と黒色の が横に張られていた。


「順二君は『巣』を見るのは?」

「霧島山麓の方で見たことがありますけど……ここまでは大きくなかったですね」


 窪地。

 それが、龍が自らの力で土ごと吹き飛ばして作った巣の形であり、それに元々の傾きは関係なかった。


「富士山のあの火口みたいですね」

「ええ。何て言うのかは知らないけど」

「私もです」


 普通のドラゴンなら、大体は山頂に火口みたいに巣を作るが、ここにいたドラゴンは例外だったようだ。

 三角形の斜辺を消して、真ん中から分度器の外周をその部分に書いたような形、と言えばわかるだろうか。そんな風に見事にえぐりとり、その底の方には足跡らしきものが池になっていた。一方で、その周りはもちろんオーバーハングしている崖の斜面にもしぶとく草木が生えてきていてもいた。

 後で宝永ほうえい火口と知った富士山の火口よりも更に綺麗に抉りとられているここに、兄は最後にいて、ここから天空へ飛び立っていき、そして地上に墜ちていった。


『………………』


 自然と手を合わせ、兄だけではなく未だ原因不明で暴れて討たれたドラゴンの冥福を祈る。


「確か、仕事で神戸に来ている時に、兄が無断でここに来てドラゴンに乗ったんですよね?」

「ええ。泊まっていたホテルにいる時から険しい表情になって、朝起きたら忽然と消えていて、探していたら昼ぐらいにショートメールが来て、そして空の上の人になったわ」

「泊まっていたホテルから、ですか。着信やメールは? 確か履歴は残りますよね?」

「警察が調べて、それを盗み見たけど、一切怪しいのは無かったわ。当時の班員も同じよ」

「……自白薬ですか?」

「そんな生易しい物じゃないけどね」


 道を戻り、摩耶山の近くで他に事件に関係している所は無いので、そのまま下に降りる。その途中で、ホテルも行きますか? と聞かれたので、それに頷く。


「駅はどこに?」

「新開地よ」


 三宮から元町、西元町、北神戸と進んだ先にあるのが、神戸が出来て以来その副都心として不動の地位を保っている新開地で、今日も観光客らしき人が多かった。

 その海よりの所にあるビジネスホテルが特高の人達が泊まっていたホテルで、どこにでもありそうな普通のホテルだった。


「最上階に自由に入れるレストランがあるわね」


 という事でそこで昼飯を食べて、帰りのエレベーターには乗らずに、泊まっていた階を澁谷さんを見ながら怪しまれないように散策する。

 事件から5年も経っているので痕跡は無く、澁谷さんが記憶を思い起こしただけだった。なので帰ろうとした時に、まだ行ってなかった所があるのに気付いた。


「……班の中に煙草を吸う人はいました?」

「…………ジュンも吸ってたわ」


 といっても、野ざらしの外に備え付けられた物なので、何も無かった。


「っ!?」


 兄が泊まっていた階の踊り場に着いた直後に猛烈な寒気が来た以外は。

 

「大丈夫!?」


 手すりを掴んだ私は、澁谷さんに片手をあげてこたえ、久し振りに感じた理由を考える。


「……何があったの?」

「…………私が魔法使いな事は知ってますか?」

「ええ。ジュンは『龍巣の近くで雷の魔法を発現するもの』って聞いたけど……まさか」

「私の場合は『それ』に『ドラゴンスレイヤー』が加わります」

「武器なしでドラゴンを討てる魔法使い、ね。だから、部長も詳細は話してくれ無かったのね」

「そして、私達家族を保護したんでしょう」

「それだけでは無いわ」

「わかってます。というより、純粋に感謝しています。公僕の魔法使いになんてなりたく無いと一緒に言ってましたし」

「……ジュンもそんな事は言わなかったわね」


 本当にどうして特高になったのか。

 それよりも、なんでこんな所で、強いレベルの魔法があった時に感じる寒気が来た……の…か。


「澁谷さん。新開地にドラゴンが来たことは?」

「無いわ。あの事件から、神戸とドラゴンの結合は注目されてたから」


 ……まさか。


「何かわかった?」

「いえ」


 非常階段から中に入って、ホテルから出る。


「泊まらせていただくのは何処どこですか?」

「……お多福さんよ」

「はい?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「神戸ほど世界でも特異な町は無い」


 かつて神戸を訪れたロシアの皇帝ツァーリは即位を祝うパーティーの場でそう断言し、世界の一般の人々にも有名になった。

 基本的には大政転換後10年の間に整えられた法律や条約などの集まりを生かし続けている神戸市は、日本の法の上では『特別S国際I都市C』となり、他の町のように総務庁に属するのではなくその上の内務省に直接属している。

 更に基本法とされる日本と諸外国の間で順次結ばれた『神戸条約』に基づき、基本的には『外国人と条約締結以前に元々いた日本人の家族』の末裔しか住んでおらず、また京都や大阪と同じ『政令指定都市』に準じた扱いを受けている。

 そんな神戸は、区割りもわりかししっかりとしている。つまり摩耶山の近くから流れ出る生田川から大倉山や元町の東にある宇治川までの中心部が、多種多様な人々が住んだり、娯楽の場所が設けられているエリア。その西側は、今は鉄道山手線が通っている辺りを境に北側が裕福な外国人、南側が普通の上の方の外国人が住んでいる。更に西、須磨の方は高級住宅街だ。一方、生田川の東から市境でもある芦屋川までは北はやはり高級住宅街で、南は日本人が比較的多く住んでいるという風になっている……らしい。


「お久しぶりです」

「4年ぶりですね」


 本線の三宮駅とは別の所にあるホームから山手線に乗り、北御影駅から更に北にいった所に、今回泊まらせてもらう御方の家はあった。

 正門の呼び鈴は鳴らす事無く、家の前にただ静かに立っていた家政婦さんについていき、裏口からその御方の家の敷地の中に入り、左右の木々に圧倒されながら進む。


「その方が二ツ目君ですか?」

「は、はい! 二ツ目順一の弟、二ツ目順二です。よろしくお願いします!」

「よろしくね。私は元特高で、今は『神戸の委員』をしている多福加奈枝です」


 神戸の委員、とは確実にあの委員の事だろう。


「……本当にあの子に似てるわね」

「はい」


 どんな人かおおよその確証を持てた私は緊張しながら、多福さんの事を最後までどんな人か隠していた澁谷さんはその多福さんと談笑しながら、家政婦さんは気配を消して大きな大きな洋館を歩く。


「澁谷さまのお部屋はこちら、二ツ目さまのお部屋はこちらとなります」

『わかりました』


 部屋に大きな荷物を置き、まだ夕方だが晩御飯を食べるために澁谷さんの後ろをついていく。


「洋食では無いですがよろしかったですか?」

「はい」


 骨が綺麗に抜き取られた確か高い魚のはずのめばるは絶品で、味噌汁やご飯もおかわりをしてしまうほど美味しかった。


「たくさん食べましたね」

「はい。とても美味しかったです!」

「やっぱり似てるわね、藤谷」

「はい。食べる順番は違えど、量は一緒でした」


 へえ、兄少食だったのに。


「明日はどこに?」

「武庫川に行こうかと考えています」

「なるほど。順一君の無罪が証明できるよう、ここを我が家だと思って動いてください」

「…はいっ」


 この神戸を仕切る委員会の委員の1人である多福さんも、兄の無罪を信じていてくれている。

 その事に更に勇気を貰えた私は、明日に備えるために早めに眠りについた。


 

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