1ー1

1日目 午前


 西鹿児島を夕方に出て、緊張していたが熊本に着くまでには既に夢の中に入っていた。だからだと思うが、まだ夜が明けきる前には目を覚ます事が出来た。

 腕時計で時間を確認してまだまだだとわかった私は、昨日の晩飯のつもりで買っていた黒豚の弁当を食べる。

 食べ終わったのはアナウンスが始まったタイミングで、何も広げていなかったのでゆったりとドアに向かう。


『岡山~、岡山~です。新幹線、山陽本線、伯備線、宇野線、津山線、吉備線はお乗り換えです』


 本当に言わないなとは思いながらも、首都圏有数の町の1つの中心駅のホームに降りて、人の流れについていく。

 活気もなく駅員さんの声やおっさんの寝息が響くだけの改札前の広場から人の流れは別れるが、無言の看板が言ってくれているのでそれに従う。

 在来線のホームの東側にあり、新幹線のホームを挟んだだけの鉄道の岡山駅のホームの1つには、既に梅田へと青い海沿いをひた走る列車がいた。

 世界の列車のデザインを評価するグランプリで1位を獲得したらしい茅名鉄道の特急専用の青色の車体は、今日も日本人の清潔性によって新品のように輝き、それは内装も一緒だった。

 午前5時半、思ったより混んでいる中、始発は静かに岡山駅を出る。


『岡山出ました』

『了解です』


 言われた通りに出た直後にショートメールを送ってみると、すぐに返事が帰ってくる。

 それによって様々な思いが生まれては消えていき、しばらく暗くなった画面を見続けていた。


「よろしくお願いします」


 呟いた言葉はもちろん相手に聞こえるはずもなく、少しひんやりとした空気に消えていった。

 その後は、特段何をするわけでもなく、様々な色の景色を見たり、持ってきた小説を読んだりして時間を潰す。父曰く、私と兄の本の好きな雰囲気は真反対だったか。探偵ものでも兄が熱血系なら、私は本屋の探偵系のように。

 赤穂で4分の3、網干あぼしでほぼ全部の席が埋まり、立っている人も出てくる。明石で座席の間の通路まで広がり、長田ではその辺りも満杯になってきた。なので、長田に着く前にはドアの方まで何とか移っておく。

 そして三宮駅。日本の特異な町の中心駅のホームはスーツ姿の人で満杯で、わずかに開けられている隙間を頼りに進んでいく。


「この通りは、この先の歩道橋渡って階段降りていただいて3つ目の所ですね」

「ありがとうございます」


 案内された通りに歩いていき、洋風の館が左右に建ち並び、ヨーロッパの何処かの町に入ったかのような錯覚を覚える通りを歩いていく。

 その途中にイタリア語? で木の板に彫られた店の名前が見え、一応開いているのを確認してから中に入る。


Benvenutoベンヴェヌート。煙草は吸われますか?」

「吸いません。オレンジを1つ」

「かしこまりました。あちらの席へどうぞ」


 通りを行き交う様々な人が見れ、真上を がまわっている席に座り、店に着いた事をショートメールで言ってから読書を再開する。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 自販機やファミレスのオレンジジュースとはまた違う飲み心地や味を堪能しながら、外の喧騒と切り離された世界に浸る。


「ジュンもそんな感じで読んでたわね」


 そんな言葉がかけられたのは、読みはじめてから10分ぐらい経った時だった。

 ジーパンにジャンパー、そしてコートという出で立ちの女性の顔と、特高の人から送られてきた写真を照らし合わせてから立ち上がる。


「初めまして、二ツ目順二です。兄がお世話になりました」

「初めまして。特高の澁谷柚です。葬儀の時に行けなくてごめんね?」

「いえ、両親も納得していました」


 今も同じ部署にいるという澁谷さんは「ありがとう」と呟いてから、私の対面の席に座る。


「お久しぶりです。Caffèカッフェ d'orzoドルゾでよろしかったですか?」

「ええ。よく覚えてますね?」

「僕達coniugi夫婦のような美男美女は嫌が応でも覚えてしまいますよ」

「あら。さっすがイタリア人ね」

「お褒めくださりありがとうございます」


 即興の漫才に思わずクスッとなると、澁谷さんは何故か驚いたような表情を浮かべた。


「笑い方も似てるなんて」


 なるほど。こういう所は似てるなって、親戚全員から言われてたな。


「まずは座って飲みましょうか?」

「……ええ、そうね」


 そしてそれぞれのを飲みながら自己紹介をして、兄と澁谷さんの馴れ初め話も甘い空気で聞けた。

 過去の話が終われば、次は未来の打ち合わせをして、私達はこの町ではよくある現地の人が営むイタリア料理店を出る。シチリアに帰ってチップを渡すのを忘れてた時に、僕達も日本人になったなと思ったよ、という会計の時の店主の話にまたクスッとした。

 

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