第8話 JK

 ジジイは五十人はいただろうか?五十人のジジイと、それに連れられたJKが空を飛ぶ光景。こんな光景、もう二度と見れないと断言できる。ジジイの飛行速度は割と速く、あっという間に水原達の元へと着いた。


「しつけえな!本当に殺しちまうぞ!?」


 ピアスの男が溢れ出ている汗を拭いながらジジイに言った。ジジイは既にボロボロで力尽きていた。それでも必死に三年の足にしがみついていた。ジジイの姿を見て再び出そうになった涙を何とか堪え、私は息を大きく吸い込み、叫んだ。


「いっけえええええええええええ!!!!!」


 私の掛け声と共に空中のジジイは一斉に三年生に飛び込んでいった。無数の魚雷が放たれたかのようだった。


 ジジイ達の頭突きが三年を次々と襲った。一撃が襲うと、痛みを感じてる暇もなく次の一撃がやってきた。三年は何が起きてるか全くわからない様子で、泣き叫んでいた。ちょっと可哀想にも思えた。さっきの余裕の表情はどこへやら。水原達は三年が、なす術なくやられる様を青ざめた顔で見ていた。唐突の逆転劇に言葉を無くしてしまっていた。


 闘いはジジイの勝利に終わったのだった。


 ジジイの一人が私を丁寧に地上へとおろしてくれた。私は一度深々とお礼を言うと、倒れていたジジイの元へ駆け寄った。


「大丈夫!?」


 そう言って私はジジイの体を起こしてやると、腕を肩に掛けさせ、乱闘が起こってる所から少し離れた所へ向かった。ジジイの体はとても軽かった。顔はすっかり腫れあがっており、唇は切れ、鼻血は固まった後だった。ジジイの荒い呼吸の音が私の耳をくすぐったくさせた。


「やるじゃ…ねえの…」


 小さな声だった。私は横目でジジイを確認する。ジジイは目を合わせようとはしなかった。「私は何もしてないよ…」まっすぐ前を向いて返した。


 無事に安全そうな所へと着くと、ジジイを壁に寄りかからせた。私はその横に座った。しばらく沈黙が続いた。その沈黙の中、ほぼ同じタイミングで私とジジイは大きな溜め息をついた。お互いに顔を見合わる。それが面白くて、クスクスと笑い合った。すっかり緊張の糸もほぐれた後、私は口を開いた。


「大人を頼れって言ってたけど…私は、ジジイに頼りきりだったよ…」


 ジジイは表情を緩めながらも、黙って地面を見つめていた。


「ジジイが現れてから、色々変われたんだよ、私…。最初会ったときは本当に何が起きたのか分からなくて、でも何故だか勇気をもらえて、安心できて…。とにかく、本当に変わったんだよ!水原達に少しは反撃は出来たし、彼氏…は残念だったけど、友達だって出来たんだよ!今日はこんなことになっちゃったけど…でも、今の私がいるのはジジイのお陰だから、だから、その……ありが…」


「もう…」


 ジジイが私の声を遮った。ぱっとジジイの方を向くと、ジジイも私の方を向いていた。


「もう、大丈夫だな…」


 優しい表情で言われた。


「うん!」


 笑顔でそれに答えた。ジジイが私の返事に満足そうな顔をすると、ゆっくりと立ち上がった。私も立ち上がろうとした時、暗闇の方から大量のジジイがやってきた。水原達を連れて。水原は私の元へ駆け寄るや否や、非常に綺麗な土下座をした。


「すびまじぇんでじだぁぁぁぁぁぁ!!」


 水原が号泣しながらそう言うと、他の女子も続いて土下座をし、謝罪の言葉を述べた。あれ程まで美しかった水原の顔は泣き崩れた結果、グシャグシャになっていた。彼女達は土下座しながら子供のように泣きわめいた。


「分かったから!もう、大丈夫だから!」


 私がそう言って必死に彼女達を起こそうとしても、頑なに土下座を止めようとしなかった。困惑した表情でジジイの集団に目をやると、彼らは親指をビシッと立てて、白い歯を光らせ、満面の笑みを見せた。それを見た私は、彼女達に何があったのか詮索するのは止めることにした。


 フウと息をして辺りを見回すと、ボロボロになっていたジジイはいなくなっていた。そして私が目を一瞬だけ離すとジジイの集団もいなくなった。私の周りには泣きじゃくる水原達だけが残った。




 水原達の横には私の荷物があった。下着姿だったことを忘れていた私は、慌てて制服を着ると、鞄を肩に掛けた。それからしばらくは、そこに立ちすくんでいた。その日の余韻に浸った。数分が経った。水原達はまだ土下座を続けている。


「もう十分だから!ちゃんと帰ってよね!」


 まるで母親のように彼女達に言うと、私は家へと向かった。その途中で前髪を上げた女が依然として倒れていた。今度は踏まないようにし、体を揺さぶって起こしてあげた。彼女は私の顔を見るや否や目を丸くした。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 彼女もまた土下座を始めた。トラウマを植え付けてしまったようだった。さっき水原達に言った事と同じことを言った。案の定、それでも止めなかった。再び帰るように言って、改めて家に向かった。


 辺りは暗くなっていた。完全に活気を無くした商店街の中を私は一人歩いていた。


「ミーコ!!」


 後ろから私を呼ぶ声がした。振り返ると、そこにいたのは彼だった。私を囮にして逃げた彼。私は怒ることも無く、無表情で彼の言葉を待った。彼は目を泳がせながら言った。


「あ、あの…俺、怖くなって、だから逃げて…でも今度は…!これからは、えっと…」


 私はゆっくり彼に近づいた。彼と目を合わせた。それから私はポケットから五百円札を取り出した。彼がまた何か言おうとしたが、私はそれを遮るように彼の腹に五百円札を突きつけた。彼には何も言わず、私は走って商店街を駆け抜けた。彼の事を振り返ることは無かった。


 私は走り続けた。間もなく商店街を抜けるというところで、毎度の如くクロックスに躓いた。私は一瞬の隙に体制を整えて、転倒を回避した。しかしクロックスは私の足から放り出され、商店街に転がった。振り返って、じっとクロックスを見つめた。それから一度大きく頷くと、私は片足に何も履いてないまま商店街を後にした。商店街には片方だけのクロックスのみが残った。


 私の片足はアスファルトに直接触れる。


 その熱はもう感じない。

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