第5話 第一章その2
ケセド圏からホド圏まで、汽車で約八時間。硬い座席に座りっぱなしで、ものすごくヒリヒリしていたお尻の部分を右手で抑えた後、外の開放感に導かれて、ついつい大きな背伸びをした。
「う~~~~ん」
頬を軽く叩き、深呼吸をすることで脳の働きを活性化させる。ぼんやりとしていた頭の中が、しだいにクリアになっていく。
平日の昼過ぎでもあって、空いていた駅を出ると、あたりに広がるのは、コンクリートで固められた世界。こうも似た風景ばかりだと、何だかつまらないものである。利便性のためには、仕方のない気もするが。
ホド圏の中でも、工業系の発展が目覚ましいのが、ここアルカンテである。人口約六千万が、この狭い面積の中でギュウギュウ詰めになっている。主な理由としては、工業というのは、魔術の才能のない者にとっては絶好の収入源であり、そのため田舎や他圏から出稼ぎに来る者が多くなってしまうからである。
「……さて」
俺は、人混みの中へと突っ込む。絶えることのない人の乱流に身を任せ、進んでいくと、ようやく目当ての場所にたどり着く。
そこは、『メラロック武具店』という名前で、この都市で唯一、機械兵器と魔装兵器の両方を扱っている店である。
「いらっしゃい!」
ドアを開けると、人の良さそうな黒人男性が、よく響く声で俺を迎えた。筋骨隆々としていて、まるで鋼のようだ。
「すまない。前にオーダーメイドを予約していた、雨切だが」
「ああ、あんたが!」
愉しそうに笑い、それから「失礼」といって工房の奥に入っていく。少ししてから、やがて戻ってくると、彼の手には一本の短剣があった。柄の部分は十五センチほどだが、その一方で、刃の部分は十センチほどしかない、アンバランスな見た目である。また、柄の部分には矢印のようなマークが彫られていた。
「待たせたな。いやあ、ブレードの長さとかの調整には、相当な手間がかかったよ」
そう言いながら、けれどまんざらでもないといった表情で、俺に短剣を渡した。そしてその後、練習用の人形を離れた位置に置く。
「試してみな」
彼の言葉に頷きながら、短剣の柄を握り、掴んだ右手に魔力を込める。
すると、それに反応した短剣は蒼い光を放ち、やがて、元々あった刃の三倍くらいの長さのブレードを形作った。
俺はそれを見て、まずは安心したように頷くと、すぐに真剣な表情に戻り、短剣を中段やや担ぎ気味に構え、前傾姿勢で腰を落とす。目を瞑り、精神を集中させると……。
「ふっ!」
気合い一閃、風を切り裂くような音と共に、大きな突進切りを放つ。
刃が人形に接触すると、そのままナイフでバターをすくうように、滑らかにその身体を真っ二つにした。
俺は静かに立ち上がり、体勢を整えると、今度はヒュヒュン、と軽く何度か振る。
「どうだ?」
男が、待ちきれないといった様子で聞いてくる。俺はしばらく足下にある剣先を見つめていたが……やがて満足げに笑った。
「ああ、最高だ」
「よっしゃ!」
男はややオーバーリアクション気味のガッツポーズをする。隠さない人だなあと、俺は男に好印象を持った。
「そうだ、もしよければこの短剣、もう一本作ってくれないか?」
「お、任せとけ!実はもう、何本か作ってあるんだよな」
準備がいいなあと思いながら、俺は二本の短剣を買った。
「兄ちゃん。あんたもしかして、傭兵だったりするのかい?」
代金を払う際に、男はそんな質問をしてきた。俺は苦笑しながら、コインとお札を置いて、こう答えた。
「まさか。ただの魔術師だよ」
すると、男はしばらく俺を見ていたが、やがて大声で笑い出した。
「そうか、そうか!いやあ、あんたは面白い奴だな。兄ちゃんに出会えてよかったぜ」
「俺も、あんたみたいな性格のいい腕利きの鍛冶屋で武器を造ってもらえて、満足だよ」
そう言ってから、俺は店のドアを開けた。「まいどあり!」という男の声が後ろから聞こえてきて、少しばかり気分が良くなった。
次の行き先は……ガルラック牢獄か。うへえ、清らかな身である俺が、牢屋と縁があるだなんて思いもしなかったわ」
そうぼやきながら、メモ帳を確認した俺は、先ほどよりはゆるやかな人の波の中へと進んでいくのであった。
罪の烙印 宵霧春 @yoigiri
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