第4話 第一章その1 

 冬休みが明けてすぐの、一月十二日に俺が職員室に提出したのは、退学届けだった。学校側は、驚きの表情でこちらを見ていたが、やがて俺がその理由を話すと、納得したように頷いた後、俺の退学を受理してくれた。

 それから三日間は、師匠の魔術工房の片付けをしていた。師匠の遺品は、遺言によってそのほとんどが魔術教会に寄贈することになっていたため、案外早く片付いた。そうなると、住み込みで魔術工房に籠もっていた俺の荷物が、あちらこちらで放置されているのが目に入るようになった。

 このままこの荷物を放置しておきたい……そう思うのは、師匠の工房に人間が使っていた痕を残したかったからなのか、それとも、生前に「物がどこにあるのかが自分で分かるなら、見た目が悪くても整頓だ」と言っていた師匠の癖が移ってしまったのか。いずれにせよ、元々綺麗好きだった俺は、師匠の影響を色濃く受けてしまったのだろう。悪い癖が移ったものだと、独り工房内で笑った。

 一月十五日の早朝。ゆっくりと、だが着実にしていた身支度が昨日のうちに完了し、俺は駅へと向かった。駅の前では、恐らく先生が話したのであろう、俺の退学を知った元クラスメート、先生方が立っていた。

 「よう、お前ら。どうしてここに?」

 あえて、そんなことを聞いてみる。すると、彼らは俺を取り囲み、一斉にそれぞれの声を発する。

 「雨切、どうしてやめるんだよ!」

 「もう、魔術のことを教えてもらえないのね……」

 「てっきり、お前は主席で俺らと共に卒業するものだと思っていたが」

 「これ、私の連絡先……困ったことがあったら、何でも相談してね」

 「雨切君。遠く離れた先でも、君のたぐいまれなる才能が発揮されることを、先生は願っているぞ」

 ……ああ。

 やっぱりこいつらのほとんどは、俺のことなんざ見ちゃいない。

 こいつらが見てるのは……俺の魔術の才能だ。

 四属性を使いこなし、中でも風と地においては、他生徒の追随を許さない、唯一の第二層魔術習得者。

 天賦の才。神の贈り物であるそれを、俺は子供の頃から振るい続けた。おかげで、今まで生活に苦労したことはない。毎日まわりにちやほやされて、努力しなくても魔術面ではトップクラスであり、教会からはその才能を賞してか、やがて学費が免除された。

 ……そんな伝説は、今日で終わる。

 「すまないな」

 俺はそう言いながら、左手から弱い風を生み出す。俺の近くにいた者は、突然そんな表層魔術を使ってどうしたのだろうかと首をかしげ、そうでない者は、まず俺が魔術を使用したことにも気づかなかった。

 数秒の沈黙。周囲が落ち着いたところで、俺は再び口を開いた。

 「さっきのは、俺の全力の風魔術だ」

 その言葉を聞いて、周囲は目をぱちぱちとさせたが、やがてそれを冗談だと考えたのだろう。じわりと笑いの声が広がっていった。

 「おいおい、こんな時に変な冗談はやめろよ~」

 そう言いながら、俺の肩に男子生徒の手が置かれる。だが、俺はそれを強く振り払うと、真剣な声で話した。

 「本当だ。俺にはもう、魔術をろくに使うことが出来ない。どんなに魔力を回しても、出来るのは表層魔法の一部だけだ。お前らと同じ学校で過ごし、最強の魔術師になろうとその才を発揮してきた雨切仁は、もう死んだんだよ。だからもう、お前らとは、顔を合わせることすら恥ずかしい」

 俺は、顔を俯かせ、地面を見つめた。俺はもう、クラスメートとは話をする気分ではなかった。

 「それって……マキラ先生の死が、関係しているのか?」

 「ああ、そうだ。そして俺は、師匠の遺言に従い、ここケセド圏を出て、ホド圏へと向かう。今まで、ありがとな」

 後ろからの声に、俺が退学する理由は全く知らなかったんだなと、頭の中でぼんやりと考えながら、俺はそう答えた。これ以上クラスメートたちと話す必要はないと思ったので、無理やり前へと身体を押し出すことで人の輪を壊し、駅へと向かった。

 その間に俺を呼ぶ声は聞こえてこなかったし、俺が乗った汽車が出発する際に見送りをした人は先ほどの人数から半分以上減っていた。


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