第3話 プロローグその3

 「あー、ゴーレム系の敵か。厄介だなあ」

 私は目の前の巨大な怪物を見て、私はそんな言葉を漏らす。

 体長2メートルの身体は、全て土の材料で造られているのがゴーレムの鉄則である。今、私の周囲に広がっている黄色がかった地面の色とは異なり、黒色の身体であるということから、恐らくは砂鉄を集めて造られたのであろう。

 基本的に、ゴーレムの額には「EMETH」という、真理を意味する文字が刻まれており、頭文字の「E」を取り除いてあげることで、「METH」という、死を表す文字となり、崩れ去る。これがゴーレムの一番有名な対処法である。

 だが、『卑物』と化したゴーレムには、そんな方法は通じない。何故かというと、このゴーレムは魔術師によって造られたものではなく、魔術師が魔術を行う際に排出される『卑力』の塊が、悪意を持ってゴーレムを造ったからである。卑力によって造られた魔物を、私たちは便宜上、卑物と呼んでいる。ゴーレム作製の際に消費される魔力は、卑力自身が補っている。なので、『EMETH』の文字を刻むという、魔術師のゴーレム製造の行程を遵守する必要はないのだ。卑力は、ゴーレムという存在を、悪意によって侵蝕しているのだ。これを倒すには、圧倒的火力によって破壊する他はない。というか、私はその方法以外を知らない。

 「では……参ります」

 私は右腕に魔力を回す。すると、それが起爆剤となって、金属音を立てながら、右腕が変形していく。

 「ゴァァァァ!!」

 当然、その騒音にゴーレムも反応したようだ。私の姿を見るや否や、こちらへと突進してきた。砂鉄の密度は一立方センチメートルあたり約5,1グラムあるため、もじあのゴーレムが純度100%の砂鉄で出来ていたならば、恐らくその質量は約500~600キロになるだろうか。もしこの突進を食らったならば、私の骨は一瞬にして砕け散るであろう。

 「けど、遅すぎるんだよね」

 私は笑みを浮かべながら、既に変形が終わり、チャージも溜まった主砲をゴーレムへと向ける。

 「……吹っ飛べ!」

 反動軽減のために脚をしっかりと折り曲げて、砲撃準備を整えたら、あとはそれを目標に向かって放つだけ。眩い蒼の光を放ちながら、右手の主砲から魔力弾が放たれる。

 それは圧倒的速さでゴーレムとの距離を縮め、接触。そして、ゴーレムの巨体を呑み込む大爆発を発生させる。

 「っ……あー、相変わらずコスパが悪いなあ」

 私は、痛む頭を抑える。いくら身体の一部が人工物でも、魔力弾を放つために必要な魔力は、人の身である私自身が負担しなければならない。あの一撃であまりにも多くの魔力が一気に消費されたため、一時的な身体障害が生じたのだ。主な症状は、頭痛と倦怠感である。

 でも、少しは足止めになったでしょ……そう思っていた私の予想は、すぐに裏切られる。

 「ゴオォォォォォォ……」

 「う。嘘でしょ!?」

 舞い上がる砂煙の中から、ゴーレムが飛び出してきたのだ。どうやら、ゴーレムは直撃の前に両腕を交差させることで、あの砲撃を耐えたようだ。その結果として、両腕が失われている。だが、今の私にとっては、ゴーレムの腕のことはどうでもよかった。死が、私のところへと迫っている。それが、私の心を焦らせる。

 「おい、何とかしてあいつの動きを止めろ! じゃないと、俺たちは攻撃が出来ないだろ!」

 後ろから、門番がいらだちの声をあげた。そして、それに呼応するかのように門番と一緒に後ろで待機している迎撃兵が「そうだぞ!」と叫ぶ。

 うるさいよ。私がいなきゃ、何も出来ないくせに。

 心の中に溜まった苛立ちを解き放つかのように、私は大声で叫ぶ。

 「うあああああああああ!」

 何としてでもゴーレムの進行を防ぐべく、私はゴーレムの足元めがけて主砲を放つ。これにより、たとえしぶとく耐えたとしても、肢体を失ったゴーレムは、もはやただの的に成り果てる。そうなってしまえば、最早勝ったも同然である。

 しかし……私のこの行動は、あまりにも迂闊すぎた。主砲による攻撃は、ゴーレムにとっては2度目であり、既にその性能を知っている。さらに、恐怖に駆られていたため、魔力を集中させるのに時間がかかり、その間に自分がどこに向かって撃つのかを、その主砲の角度で簡単に知られてしまったのだ。

 「ゴァッ!」

 ゴーレムは跳躍し、大きく空を飛ぶことで、私の主砲をかわした。

 「あ……」

 そうだった。ゴーレムは宙に浮くことも出来るんだっけ。

 ぼんやりとそんなことを考える私めがけて、ゴーレムはゆっくりと落下していく。それに対し、私は満足に動かせない身体を引きずって、少しでも被害を少なくしようとする。その逃げ方は、まるで芋虫のよう。

 ズウゥゥン……という音を立てて、ゴーレムが地面に着地した。その際に、私の右足が踏みつぶされて、千切れる。幸い、足は既に失われ、人工物となっていたために、痛覚が私を襲うことはなかった。

 「でやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 足を折り曲げて衝撃を軽減したため、動くことができない数秒の間に、私は左足をブレードへと変形させ、大きく横に振り払った。

 「ゴアァァァ!?」

 少しばかり耐久が脆い関節部分を正確に狙うことで、脚を切断することに成功し、ゴーレムはそのまま地面に倒れた。

 「よくやった! 後は俺らが仕留める……行くぞ!!」

 「「「うおおおおおお!!」」」

 そして、動けなくなったところを、迎撃兵たちが仕留めに行く。迎撃兵たちがこうやって動く場合は、自分たちが攻撃しても大丈夫だと確信した時だ。つまり、私は用済みだというわけである。

 「…………帰ろう」

 そう思った私は、負傷した右足を引きずりながら、門を潜っていく。

 後ろでは、どうやらゴーレムを無事に倒したのであろう。男たちが勝利の雄叫びをあげていた。 

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