第2話 プロローグその2
その日は、例年と同じで特に変わったことのない日になるはずだった。
クリスマス・イヴ。それはクリスマスの前夜、すなわち十二月二十四日の宵の日のことである。イヴと聞くと、てっきり『エデンの園』で有名なイヴを思いつく人もいるだろうけれど、どうやらそうではなくって、夕方を表す単語、イヴニングから取っているらしい。
「へー、それって、テストにでも出るのかな?」
私の話を聞いていた肉屋のおじさんは、そんなことを言った。私はこういう冗談を言われるのはあまり好きではなかったが、無視するのはおじさんが可哀想なので、とりあえず明るい感じの返事をする。
「いやー、出るとは思いませんが……というか、今日はクリスマス・イヴなんですし、わざわざ勉強の方に話を持っていく必要ないじゃないですか!」
「ははは、それもそうだな。悪かったよ。
ほれ、一つおまけだ」
おじさんは愉快そうに笑いながら、コロッケを一つサービスしてくれた。
それは、うんちくを聞かせてもらったお礼なのか、私の気分を害したことへのお詫びなのか、それとも……私の人工の両脚、右腕を見て、私に哀れみの念でも抱いたのか。
まぁ、理由はともかく、コロッケがひとつ増えたのはいいことである。合計三個のコロッケが入った袋は温かく、しばらくは冬の寒い帰り道のカイロ代わりになってくれるだろう。相手に合わせた答え方をすることで、こういう風にいい事があったりする。人脈も広がるため、この世の中を渡っていくためには必要不可欠な、基本的なテクニックの一つだと言えよう。
「ありがとうございます」
私はお辞儀をして、その店を離れた。後はこれを、研究所で働いている父親に差し入れとして渡しに行けばいい。サービスとしてもらった一個は、私が頂くことにしよう。そんなことを考えながら、上機嫌で歩いていると。
ヴォォォン、ヴォォォン! と、耳をつんざくようなけたたましい警報が鳴り響く。そして私は、それを聞いてうんざりとした表情になる。
『南方正門より、卑物襲来! 付近の住民は、安全を考慮して直ちに避難すること!繰り返す……』
門番の報告は、瞬く間に国中に広がった。だが、国民に焦りの表情は見られない。このような出来事はよくあることで、すっかり慣れてしまったのだ。
ただ、一つ国民に文句があるとするなら、それはきっと、
「クリスマス・イヴの日くらい、お家でパーティでもしとけよ」
であるに違いない。南方正門付近に住む人々は、警備員の支持に従って北側への移動を余儀なくされたため、中には不満を抱いている者も多かった。
そんな人々の波に逆らうように、私は南方の正門へと向かう。コロッケは、この騒動が終わった後のお楽しみに取っておく。
「私です。門を開けて下さい」
私の声を聞いた門番が、正門を開く。私は門を通って国の外へと出ると、門番に一礼をする。
そして、目の前の卑物を見て……私はうへぇという声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます