「柊ちゃん、どうし…」

 灯里が全部言い終わらないうちに、玄関のドアを後ろ手に閉めた柊に唇を塞がれた。

「っん、ちょ。待っ…」

 何度も唇を奪いながら、柊が靴を脱ぐ。そして灯里を苦しいほどに抱きしめた。

「なっ…、柊ちゃ…っ」

 ブラをつけていない胸を、部屋着の上からまさぐられる。その間も唇は奪われ続けて、呼吸をするタイミングが掴めない。いきなりの柊の行為を戸惑いながら受け入れる灯里の息が、次第に上がってきた。

 それを察した柊が今度は灯里を抱き上げ、キッチンに続くリビング兼寝室へ向かう。そしてベッドへ、灯里をすとんと落とす。

 あっという間に部屋着は上下脱がされ、ショーツ1枚になってしまう。柊自身ももどかしげに来ているものを脱ぐと、ブリーフ1枚になった。

 裸の胸を、裸の胸で押しつぶされて、灯里はああ、この感触だと思い出す。



 初めての夜、細いと思っていた柊は意外なほど筋肉がきれいについていて、骨格が美しかった。男性特有の骨ばった、硬い筋肉のついた躰を肌で感じながら、なぜだかふたりの素肌が溶け合うような錯覚を覚えた。

 酔った勢いで「もうどうなってもいい」と思ったけれど、いざベッドに押し倒されると灯里を襲ってきたのは恐怖だった。たった1度だけ、処女を失ったそのとき以外、異性に触れられたことのない躰。

 どうしていいかも、快楽のなんたるかもわからない。女として未熟すぎる自分に、今更ながら気づいたけれど、ベッドの上ではすでに遅かった。

 最後の強がりで「激しく抱いて傷つけて」と言ってはみたものの、その言葉がなぜ脳裏に浮かんだのか、それがどういう意味を持つのかを灯里自身が理解していなかった。

 ただうわ言のように何度か同じ言葉を繰り返し、後は柊まかせで泣いていただけだった。我ながら情けなくて、もう2度とないかもしれないと思っていた。

 だから今日の、性急すぎる柊の行動がわからない。


「灯里」

 耳元で柊が囁く。そして耳朶にそっとキスをする。舌先で耳やうなじや鎖骨をくすぐられて、初めての夜にはされなかった行為に戸惑う。その行為はさらに続いて、胸や脇腹をそろりと刺激されたり甘噛みされるうちに、ぞくりとした何かが躰を駆け上がる。

「や、柊ちゃ…」

 この間と、柊は明らかに違う。何故違うのか、灯里にはわからない。

 やがて肌を強く吸われる感覚がして、柊が証をつけたのだと知る。それは胸から腹、脇腹、お尻にまで続いて、白くきめ細かな灯里の肌に赤い花が次々と咲いた。

 それから柊の顔は灯里の頬にぴたりと寄り添うように上がってきて、再び深い口づけをされた。そうしながら、柊の指が灯里の秘められた場所をそっと撫で上げる。

 

 灯里が躰を硬直させるのを感じて、柊は淋しく思う。

 僕に想いがないから?

 灯里の愛おしい部分は、まるで固い蕾のように指1本の侵入すら拒んだままだ。

 そんなに僕が嫌?

 だからいっそう、柊は意地になる。今夜は絶対に、感じさせてやる。心は閉じたままでも、躰は快楽の海へ溺れさせてみせる。侵入を拒む入口から指を抜くと、柊は再び灯里の躰に唇を這わせはじめた。


 柊の動きが、灯里を焦らせる。何をしようとしているの?どこまで、行くの?まさか…。

 そのまさかが現実になったとき、灯里は小さな悲鳴を上げた。

「だ、ダメ。そんなとこっ…っん」

 柊が、この間とは違う。何かが、そして全く。

 けれども、灯里自身もこの間とは明らかに違っていた。やがて初めて味わう感覚に、灯里は堪えきれない嬌声を発して仰け反った。

「灯里」

 何が起こったかわからない様子の灯里の頭を抱き、キスをすると柊は言った。

「灯里、気持ちよかった?」

 そんな柊を灯里は驚いたように見つめる。

「気持ち…よ、かった?」

 灯里、キミという人は。イクってことを、まさかいままで知らなかったの?柊は不思議に思った。これまでの男たちは、何をしていたんだ。

 


 これが、イクということ?

 灯里は、初めてその快楽の淵を見た。そして、次はきっと私の番なのだろうと考えた。だから柊がしてくれたように、その躰にキスを落としはじめた。同じように、時間をかけて。でも、灯里はそこで不自然に止まった。

 初めて眼にするその異様な形に、灯里は息を飲んだ。これ、どうすれば…。



 息を飲んだ灯里の眼が、驚きに狼狽えたのを柊は見た。何故?灯里、キミは見たことがなかったの?そんなことって…。

 だが、柊のその疑問に答えるように、灯里はおずおずとそこにキスをした。しかし次にどうしたらいいのか、考えあぐねているらしい。

「灯里」

 柊はそう名前を呼ぶと、おいでと言った。

 情けなさそうに自分の横に躰を横たえた灯里を、柊はこれまでに以上に愛おしいと感じた。

「灯里、少しずつでいい」

 その意味を測りかねるように、灯里が小首を傾げる。

「いいんだ。僕が抱くのだから、灯里を。激しくそして傷つけながら」

 そう宣言するように言って、柊はもう一度、灯里を愛撫する。慈しむように大切に、限りなく優しく甘く。一度愛撫を受け入れた躰は、再びゆっくりとやわらかくほどけていく。


 そうだよ、灯里。ゆっくり、ゆっくりでいい。僕を感じて、そして快楽にもっと身を委ねて。気持ちよくなろう、身も心も溶け合って。

 何も心配しなくていい、怖がらなくていい。僕が、キミの全てを引き受けるから。必ず、引き受けるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る