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「灯里、このあと予定ある?軽く飲んでかない?」
ダンスでかいた汗を流し、シャワールームから出ると、鏡の前で化粧をしていた
このスタジオに通うようになって約4年、ほぼ同じ頃に通いはじめたカオルと、灯里はすぐに仲良くなった。灯里より3つ年下の22歳、実家の〈あしなデンタルクリニック〉に勤める歯科技工士だ。
「いいよ」
「うゎあ、良かったぁ。実はね、すっごいイケメンがいるバー、見つけちゃったの」
背中まであるマーメイドアッシュのゆるふわ髪をかきあげながら、カオルが鏡越しにウインクしてきた。
「へえ、どんなイケメン?」
「うふぅ、ナイショ。見たらわかるよ、もう、モデル並みにカッコいいんだから」
「そりゃ、楽しみね」
「あ、でも好きになっちゃダメだょお、灯里」
自分より少し短い、それでもふわりと肩を越す灯里の栗色のセミロングを梳きながらカオルが言った。
「大丈夫、応援するから」
「ホントぉ?でも、灯里って案外、魔性の女だからなぁ。心配」
化粧をしながら、今度は灯里が鏡越しにカオルに訊く番だった。
「魔性の女?」
「うん」
思わず灯里は破顔する。
「やだ、やめてよ。ウケる。魔性どころか、モテない歴25年よ」
「え~、そうかなぁ。自分で気づかないのは罪だよぉ」
灯里の後ろで、そうカオルが口を尖らせているのが鏡に映る。それにさらに笑って、灯里はメイクを終えて立ち上がった。
「お待たせ、行こ?」
157㎝のカオルと156㎝の灯里は、体型も揃って華奢で双子のように雰囲気が似ている。そんな親友と腕を組み合うようにして、更衣室を出た。
エレベーターを待っていると、ふたりはダンス・インストラクターに呼び止められた。
「よ、お疲れっ。どっか行くの?」
そう声をかけてきたのは加藤慎二、24歳。ニューヨーク帰りのヒップホップ系ダンサー、スタジオでは講師名〈シンジ〉と登録している。かなり明るめの茶髪をつんつんに立たせたヘアスタイル、172cmと少し小柄だけれど、キレのいいダンスと創造性の高い最先端の振り付けで生徒には抜群の人気がある。
「灯里と飲みに行こうかと思って。シンジも行く?」
カオルがまるで友達のように、気安く呼び捨てにする。最初こそ灯里は先生と呼んでいたが、仲良くなるにつれて、カオルにつられるようにスタジオの外では「シンジ」と呼べるようになった。
「おう、行く行く」
「なんか、イケメンのバーテンダーがいるバーらしいよ」
そういう灯里に、シンジは途端、不機嫌な顔になる。
「なんだ。それじゃ、俺、ジャマ?」
「そんなことないよぉ。シンジだって、喋んなきゃ十分イケメンだよぉ」
「カオリ、お前。喋んなきゃっていうのは余計だろ。しかも一番年下のくせに、なんで一番エラそうなんだよ」
賑やかなふたりと、灯里は揃って夜の街へ出た。
目指すバーは、大通りから一本入ったところに隠れ家的にひっそりとネオンを光らせていた。クラシックな趣がある雑居ビルの地下1回、狭い階段を降りると、〈mole~モゥル〉の洒落た看板が見えた。
「mole?へ、もぐら?」
とシンジが言う。
「え、モゥルってもぐらって意味なの?」
カオルが驚いたように訊く。
「なんだ、お前。知らないで来てたのか?」
「だって、まだ3回目だもん」
「回数関係ないだろ」
「ふんだ。ちょっとばかし知ってると思って」
「おう、ニューヨーク帰りを馬鹿にするな!」
相変わらず、ああ言えばこう言うふたりを促して、灯里たちは店内に入った。
カウンターには蝶ネクタイをした初老のバーテンダー、30代くらいの顔色の悪い男性がテーブル席の客へ、カクテルを運んでいる姿が見えた。
「イケメンて、あれ?」
その男性を目で追うようにしながら、小さな声でシンジがカオルに訊いた。
「違うよ、あんなんじゃない」
声を潜めて失礼な発言をするカオルについて、右奥の小さなテーブル席に向かい、足の長いスツールに腰掛けた。
「なんか、今日はいないみたいだなぁ」
そう残念そうに呟いて、カオルはメニュ-を手に取る。それを乱暴にシンジに突き出すと言った。
「何にする?」
「俺、ちょっと腹減ってるんだけど?灯里は?」
「うん、少し」
食べ物のオーダーはシンジに任せて、灯里はジントニックを選んだ。
「他のカクテルって甘いのに、アルコール度高くて無理」
「あたしも、じゃ、ジントニック」
とカオルが言う。
「俺はシンガポールスリング。チーズ&クラッカーとビスタチオ、あとペペロンチーノも頼んでいい?」
「あ、いいね」
しばらくしてやってきた顔色の悪い男性に、シンジが全員の分をオーダーしてくれた。
「残念だったね、いないなんて」
灯里がそう言うと、少し不機嫌なカオルにシンジが言う。
「お前、シフトくらい確認しとけよ」
「だって、最初来たときは水曜日にいたもの」
「どんな人なの?」
そう訊く灯里に、カオルは嬉しそうに答える。
「金髪で、青い目の外国人よ」
「へ~、ナニジンだよ?」
「知らない。あ、でも日本語話してた」
「じゃ、訊けるだろ。ナニジンかぐらい」
「う~ん、凄ぉく自然な日本語だったから、ハーフかもね」
飲み物が運ばれてきた。訊けよ、という風にシンジがカオルを突く。
やめてよ、と眼で睨みつけたカオルに替わって灯里は訊ねた。
「今日は、いないんですか?あの、金髪の…」
顔色の悪い男は、無愛想に灯里を見て言った。
「ああ、アレン?今日は、シフト交代してもらった」
「いつもは、水曜日なんですか?」
「水、金、土。アンタもアイツ狙い?最近、そういう女の客が多くてさ」
言外に、やってられない感を滲ませて言う男に、灯里は謝った。
「ごめんなさい。そういう訳じゃないんですけど」
「ま。儲かってオーナーは満足だろうけどね」
と初老のバーテンダーを見やった。
男が去ると、カオルは目を輝かせて灯里の左腕に自分の両腕を巻きつけた。
「うわぁ、ありがと、灯里。やっぱり、灯里だわぁ。頼りになるっ」
「じゃ、今日はいつものように3人で飲みますか」
シンジがそう言って、3人は機嫌よくグラスを合わせた。
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