スーパーの姫。

 出席番号4番 庵野凛子

 出席番号14番 鈴木まり


 ◆◆◆

  

 目の前で、気まずそうにレジ打ちをしている少女をじっと見つめる。


「……いや、大丈夫だよ? ここでたかだか数百円をごまかしたりしないから。」

「あなたの仕事ぶりを観察していただけで、

 何も不正をしないか監視しているわけではないのだけれど。

 後ろめたいことでもあるのかしら。」

「いやいや、そなたの視線はまるで辻斬りのようでござるよ。」

「失礼ね。人を無差別殺人犯呼ばわりするなんて。」

「そこまで言ってないでしょ! 通り魔程度でしょ!」

「最近は通り魔もたちが悪いからね。」


 こんなふうに普段と変わらない滑らかさで話しながら、鈴木まりの手元に狂いはない。

 よどみなく、買い物かごの中から商品を取り出しては一発百中でバーコードをスキャンしていく。


「……姫、チョコ買いすぎじゃない? 

 これ売り場の一種類ずつ全部持ってきたでしょ。」

「よくわかったわね。さてはチョコマニア?」

「こっちのセリフだよそれ。……商品は大体把握してるよ。毎日いるんだし。」


 またも感心する。別に彼女を試したわけではないが、本当に私は売り場のチョコを一種類ずつ選んで持ってきていた。手元に狂いがなければの話だけれど。

 それを並べるわけでもなく、鈴木さんは順番にバーコードをスキャンしているだけなのに、その事実を言い当てた。

 学校では、なんとなく日々を生きています、というふうな顔をしているくせに、仕事に関してはものすごく優秀な働きをしているように見える。


「やりがいはあるの?」

「ないっす。ぜんぜん。日々思うよ、私なんでバイトしてるんだっけって。

 ああ、悪いこと言わないからこのドレッシングやめといたほうがいいよ。

 絶対後悔する。」

「そんなこと言ってもいいの?」

「哀れな被害者を増やしたくないだけだよ。

 こだわりないならオススメ持ってきてあげる。」

「じゃあお願いします。」


 鈴木さんはレジを離れて小走りで売り場に消えていく。

 学校ではほとんど話したことはない。でも彼女のアルバイト先であるこのスーパーでは、なぜだかよく話す。

 ここにいる彼女はとても話しやすい。それに、会話に飢えているようにも見えた。

 いつしか、私は余計なもの含めて、ここに来る時は大量の商品を買い物かごに入れるようになった。


「お待たせ。ゆずこしょう、女子に優しいノンオイル。感想待ってる。」

「ありがとう。美味しかったら箱買いしてあげる。」

「そんときは家来つれてきなよー姫。

 スプーンより重いもの持ったことないでしょ。」

「家来、そうね。じゃあ私のナイトを連れてくるとしようかしら。」

「店内甲冑はNGねー私服で頼む。」


 私は、鈴木さんの仕事を見るのが好きなのかもしれない。

 ずいぶんと失礼なことを言われているはずなのだけれど、彼女の手つきを見ているとまったく気に触らない。本来私はもっと面倒な人間で、すぐに気分を害する性格のはずなのに。


「……うお、大量のチョコとドレッシング一本。

 ありったけの紅茶の下からサンマが出てくるか普通……。」

「秋ですもの。」

「そんな優雅に言われてもだね。」

「七輪で焼くと美味しいのよ。」

「まさか自分で火をおこして庭でうちわパタパタとかしないよね。

 そういうのは召使にやらせない姫。」


 ふふ、と笑っている自分に気づく。そう、これはちょっとしたイタズラ。

 特に必要はなかったけれど、買い物かごの底からこれが出てきたら、鈴木さんがどんな反応をするのか見たかったのです。

 案の定の表情に、私は満足していた。


「はい、以上でございます姫。カードも使えるけど現金がいいなー。」

「私はまだ高校生よ? どうして毎度聞くのかしら。」

「もってるくせにー、黒いやつとか。」

「黒い服ならたくさん持っているけれどね。」


 思わず口が滑るほど、私は私らしくなかった。

 いつもなら、しまったと自分を責めるところなのに、今はまぁいいでしょうと思ってしまっている。

 どうして自分が、こんなにご機嫌なのか説明がつかない。それほど、この数分に満たないどうでもよい会話が気に入ってしまっているのだろうか。

 私が財布を開いている間、鈴木さんは手際よく商品を袋に詰めてくれていた。

 ああ、小銭に夢中でせっかくの早業を見そびれてしまった。


「ほい。持てる?」

「ええ、スプーンよりは軽そうだから大丈夫。」

「そ。遅いから気をつけて帰るんだよ。

 って、外で爺やが待ってるか。馬車で。」

「ええ、そうよ。心配無用です。」


 そう言って私は、手を振ってスーパーを出た。

 外にはもちろん、馬車なんて待っていない。私は自分の足で自宅に帰る。もとい、城に帰る。

 気づけばあまり上手でない鼻歌を歌っていた。まったくどこまでご機嫌なんだか。

 補充したチョコレートがなくなる頃、また遊びに来よう。

 まったく益にならない、でもどうしようもなく愉快な戯言を彼女と囁きあうために。

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