蛇口からコーラは出ないから。
出席番号2番 綾瀬みう
出席番号20番 藤原陽菜
◆◆◆
芽依と別れた私は、スーパーに寄り道していた。
母からの緊急依頼を受けて、お酒のおつまみを物色しなければいけなくなったからだった。
ちょうどよく半額になっていたお刺身をいくつか選び、そのほか自分のほしいものもついでに選び、レジで今日も励むまりにちょっかいを出して、さくっと用事を済ませる。
早く帰ってお風呂に入りたい。芽依と結構歩いたから足が疲れていた。これだから帰宅部は体力がなくていけない。
帰り際にもう一度だけまりに声をかけて、私はスーパーを出る。駐車場を横切って帰ろうとしたら、声をかけられた。
「綾瀬ー。今帰り?」
「……? あれ、陽菜。どしたの。」
「ん。たそがれてた。」
そう言って陽菜は、飲みかけのコーラのペットボトルに口をつけ、ぐびっと一口飲んだ。
「みうも遅いじゃん。どした。」
「んーー、芽依と夜のお散歩? のち母の晩酌のツマミをお買い物。」
「健気な娘おつかれ。」
陽菜は駐車場の縁石の上に腰掛けていた。指で隣を指差す。座れってことか。
さっきまで早く家に帰りたいと思っていた私だけど、ばったりクラスメイトに会ったのがなんだかうれしくて、素直に陽菜の隣に腰を掛けた。
「石の上に素直に座る綾瀬はやっぱ素敵。」
「そういう陽菜も座ってるでしょ。」
「ほら私、育ち悪いから。」
「何言ってんのよご令嬢様。」
陽菜のお家はお金持ちだ。こう、すっごくわかりやすい感じの。つまり陽菜は押しも押されもせぬお嬢様。でもこんな感じでちょいワルな女の子。
グレてるわけじゃなくて、適度に、いい感じで遊んでる。私はそんな陽菜が嫌いじゃない。むしろ好き。
やっぱり、お家があんまりお金持ちだとこうなるものなのかな。とちょっと思ったりする。
でも陽菜は適度なところで踏みとどまっていてエライと思う。
「綾瀬に会えてよかったー。
そろそろ諦めて帰んなきゃって思ってたんだけど。」
「おうち、窮屈なの?」
「おーぶっこむねー。うん、ズバリ超居心地悪い。一人暮らししたい。」
「さすがにまだ高校生だもんねぇ……。」
「ね。空いてるマンションはあるけど、高校出るまではダメだってさ、うちのが。」
陽菜はコーラをグビグビ飲みながら両足を投げ出す
スカートが危うい感じでめくれたので、そっと直してあげる。
その手を掴んで、陽菜はギュッと握ってきた。
「綾瀬んちの親ってすごいと思うんだよね。」
「え。なんで。」
「娘が立派だから。どんな教育受けてたの?」
「普通だよ普通! 娘に酒のツマミを買わせるような親だよ!」
「仲いい証拠じゃんそれ。うらやま。」
褒められても何も出ないというか、私はたいして特別な親だとは思っていないのでなんとも言えない。
お金が特別あるでもないし、立派な仕事をしているわけでもない、本当にありふれたサムシングだと思うんだけどな。
「あれだよ、隣の芝は青く見える的な。」
「まーね。ないものねだりかー。」
そう言って、陽菜は残りのコーラを一気に飲み干した。そして空いたペットボトルをぼんやり眺めている。
「……うちがお金持ちだとしてさ。でも蛇口からコーラは出ないわけよ。
別になんでもかんでも思い通りになるわけじゃないんだよね。
むしろ肝心なことはどうにもなからなかったりさ。」
陽菜は、ペットボトルとグシャリと握りつぶした。
遠くから聞こえる鈴虫の音以外は何も聞こえない静かな駐車場に、その音は響き渡った。
「だからなんだろ。
私のうちがお金持ちっぽいことはどうでもいいことなんだよね。
私がほしかったものがそれで手に入るわけでもないし。」
「……ほしかった。過去形?」
「まー昔の話。」
この話はこれでおしまい、という合図なのか。陽菜は立ち上がった。釣られて私も立ち上がる。
「陽菜、私、大切なことを忘れてたよ。」
「お、どした。」
「アイス買ったんだった。しかも箱のやつ。」
「やば。早く帰んなきゃじゃん。」
私は頷きながら袋をガサゴソとやる。
「というわけで一本いかがかね。バニラ。」
「いただこうじゃないか。」
私はバニラの棒アイスを一本陽菜に渡す。
私たちはアイスとアイスと乾杯風に軽くぶつけた。
それが、さよならの合図。
陽菜は、街灯の明かりの向こうに消えていった。
私も帰ろう。裕福じゃない、でもわりと素敵らしい、一般家庭綾瀬家へ。
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