体は認知で出来ていた。
出席番号10番 工藤有宇
出席番号22番 松浦有紀
◆◆◆
さて、わたしは今、選択を迫られている。
これまで一度も想定したことのないケースに面食らってもいるけど、不意打ちの意外性ってこんなに破壊力あるのね……と謎の納得をしている自分もいて。
はい、つまり混乱してます。
駅の前でばったり出くわした松浦有紀と見つめ合っているこの時間。おそらく秒数的には2~3秒なんだろうけど。
わたしの脳みそ、現在フル稼働中。だってさすがに無視できない。真正面から会っちゃったから。
あーー、そんな頭よくない自覚あるし、しょっちゅうバカにされてるから諦めてたけど、わたしの脳みそ結構イケるくない?
今すっごいいろいろ考えてるし。うん。
「えーーっと……ライブ帰り?」
「…………うん。」
そして私は、遠回しに、でも見たものはなかったことにしない方針で行くことにした。
だって、あからさまにその話題避けたら……ねぇ。わたしだったら死にたくなると思ったから。
「どこでやってたの?」
「…………横アリ。」
「横浜? わ、結構遠くない?」
「そうでもない。ムサコまで出ればすぐだし。」
さて、ここからどうする、わたし! もう当たり障りのないトークを続ける自信がない!
いつもクラスではわりとツンとした雰囲気で売ってた子が、思いっきりアイドルの名前がデカデカ書いた手提げを持っているところに遭遇した場合の、一言。
降りてこい笑いの神! いや、今それ降ろしちゃダメか……。
いやー、でもこれどうしろと。せめてもっと堂々と、向こうから今日のライブの感想でも言ってくれたほうが気持ちいい。
でも、こんな夜に明らかグラサンしてるし……。つまり、見られたくない、バレたくない趣味なわけでしょ、アイドル……。
もうなんというか、わたしの気持ちお察しください状態。
「す、すまん有紀。悪気はないのじゃ。」
「まりじゃあるまいし、何のその口調。」
「いやーえっと、大丈夫言わないから。」
「うん、言ったら殺すし。」
……安心した。ここでめっちゃうろたえられたり、泣きながら懇願とかされたらやりにくいことこの上なかったけど。
そういう感じで来られると、楽。わたしも言わないだけで済むから。言ったら殺られる! 脅されてる! って感じで、うんわかりやすい。
「うん、言わない言わない! いやー、でも、うん。そうだったんだね有紀。」
「何がそうなのよ。別にいいでしょ、アイドル好きだって。」
うん、全然悪くないよ、文句言ってないよ!
でもね、そんなふうにあからさまに口を尖らせていうとね、こう、後ろめたさが溢れ出るわけよ有紀!
心の何処かで恥ずかしいかもって思ってる証拠なのよ! って言ったら刺されそうだから言わないけど。
「全然いいと思うよ!
ってか好きなものって他人からとやかく言われる筋合いないしね、うん。」
「そう、そうなの! アイドルはいい。可愛いし最高!」
「お、おう……。いきなり前のめりできたな……。」
ホントに好きっぽい。これはにわかじゃない。まぁグッズ買うくらいだしそうだよね……。
そのアイドルの名前は私も知ってるけど、最近の曲は知らない。昔すっごい売れたのは知ってるけど、今ってメンバー変わりまくって全然わからない。
まだやってたんだー、位の感じ。これも恐いから言わない。
「有宇、どんなの聞くの?」
「んーーーー。んーーーーー……?」
音楽の話か……。ってか、音楽ってそんなに聞かなくない? むしろ小学生の頃のほうが聞いてた気がする。最近全然聞いてない。
「最近あんま、かなーーーー……。あ、そのアイドルは昔のは知ってるよ。」
「みんなそうだよね。最近の知ってる人は周りにあんまりいない。
かっこいいんだけどね、すごく。」
「かっこいいんだ! 可愛いじゃなくて?」
「そうだよ。ダンスとかすごいんだから!」
明らかに目が輝いてますよ有紀さん。あー……ほんとに好きなんだこれ。
意外だな、ホント。いつもツンとした美人でちょっと近づきがたいかもしれませんよ? くらいの感じだったのになぁ……。
明日から無駄に絡んじゃいそうだよ有紀。なんか急に仲良くできそうな気がしてきたよわたし。
「売れなくなったわけじゃないんだけど、
メディアの露出減ったからから仕方ないんだよね。
みんな結局、そういうところでしか判断しないから。」
「あ、そうなんだ……。ごめん消えたと思ってた。」
「いいよ、実際消えてたし。よくわかんないけどさ、広告っていうの?
そういう大人の事情みたいのでできてるらしいよ、世の中。」
なんか複雑な話だ。人気があっても、テレビとか出れなくなったりするってことなのかな。
なんでそんなことが起こるのか私には全然理解できないけど、アイドル大変だな。芸能界ってそういうところなのか。
「数字で結果が出てても、消えたとか知らないって言われる気分って、どうなんだろうなって、たまに考えるの。」
有紀が急に深刻な表情で喋りだす。
「やっぱり、絶対寂しいよね。ファンって、
その人の本当の姿を知らないっていうか、テレビとか雑誌とか……
ライブだって絶対に近づけない最後の数メートルみたいのがあって。
結局、生身の人間として触れることって叶わないから。
いるのもいないのも同じっていうか……虚構、っていうか。」
握手会とか最近あるらしいけど、あれはどうなんだろう。という空気の読めないツッコミは胸にしまう空気読めるわたし。
「だからね、
記憶から薄れたらそのままいなくなっちゃうような存在なんだなって思うのよ。
何がいいたいかって言うと……。」
有紀は考えがうまくまとまらないのか、無言になってしまった。
でもなんとなく言いたいことはわかる。例えば私たちはクラスメイトなわけで、自分の生活の一部みたいに日々一緒に生活してる。
そこに存在していることを、たしかに確認できる者同士っていうか。だからこそ、いなくなってもお互いを意識できるし、簡単に忘れたりしないよね。
……でも、それすらも程度の問題なんじゃないかっては、思う。今は考えられないけど、5年も10年も会わなくて連絡も取らなかったら、やっぱり忘れちゃうんじゃないかな。
と、思ったことも言わないでおく。有紀の話に水を差すから。
「うまくいえないけど、忘れられるって致命的だなって。
みんなに認知されることで、やっと形を保ててる気がするんだよね。
アイドルって。」
虚構だから。みんなから忘れられたら、消えてなくなっちゃうんじゃないかってことか。
うん、それはなんか、わかる。
でもさ、じゃあ私たちってどうなんだろうか。
この地球上から、例えばわたしのことを知っている人が、覚えている人がゼロになったら。
わたしってどうなっちゃんだろうか。
「……じゃあ、有紀の好きな子たちが消えないようにわたしも協力するよ。
今度曲聞かせて?」
ふと頭をよぎった考えに、なんだか背筋が寒くなって、わたしは無理やり切り替えスイッチを押す。
気まぐれな提案だったけど、有紀がうれしそうだからいっか。これを機に仲良くなれそうだし。
わたしたちは、なんとなく同じ方向に歩きだす。もう少し今日のライブの話でも聞いて帰ろう。
そして少しでも多くの時間を一緒に過ごして、覚えていてもらおう。わたしのこと。
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